1話 ホモが山へ行く
突然だが、俺はホモだ。
バイセクシャルではなく、男が好きだ。
しかし、公言はしていない。公言すると人間関係が壊れるのではないかと不安だからだ。
そんな臆病な俺はただ無心に身体を鍛えた。強くなったところで不安は消えないというのに。
ただ、鍛錬の間だけは、付き纏う不安が遠ざかってくれた。
義務教育は初等学問を学べば完了するため、終えた俺は家を出て、魔物の住まう山に籠もった。
初等学問で護身レベルの簡単な魔術と体術は学んだのである程度いけるだろうと踏んだ。
もちろん、ただ強くなるためであれば効率の良い方法では無い。中等部から戦術学科を専攻するのが近道であることは分かっている。
しかし、俺は家族以外の人間と交流するのは避けたかった。油断すると男のケツをつい眺めてしまうからだ。
思春期真っ盛りの中等部でこんな所業をするわけにはいかない。
山であれば、魔物には流石に発情しないし、人もいない。死のリスクを除けば格好の場所だ。
死んだら死んだでその時だ。12才の俺は既に人生に疲れてしまったのかもしれない。
山に籠もってから3日目。
本日は快晴。雲ひとつ無い青空だ。
草木で作ったハリボテのテントから出て、全裸で背伸びする。
嗚呼、裸とはなんて気持ちが良いのだろう。風が心地よく身体をくすぐる。
鍛練といっても、基本は精神統一と筋トレだ。山籠りの初日に化け猪に突撃したら死にかけた。初等部で習った魔術は全く通用しなかった。俺が未熟なためだろう。全力で逃げて何とかなったが、いざ死にそうになると恐れるあたり、俺は本当に臆病だ。まあ何事にも手順が存在する。慌てずに基礎に忠実になろう。坐禅を組み、深く息を吸う。
ーーここは魔素の質が良い。体に魔力が満ち溢れていく。
ふと、後方からガサガサと音が聴こえてきた。
魔物か? いや、それにしてはあまりにも・・・・・・。
「誰だ!?」
後方に振り向き、応戦できる構えをとる。
ーー現れたのは、女の子だった。
「・・・・・・まさかこんな人里離れた魔境に人がいるなんて思わなかったわ」
腰近くまで伸びた黒髪に、金色の目。国指定の中等部の制服を身に付けている。
幼さが残るその顔は、歳は俺とそう離れていないはず。
しかし、驚いたのはその美貌だ。
もし俺が神様で、自由に美人を作れと言われたら同じような顔になるだろう。
「あなたはここで何をしているの?」
「いや、武者修行をするために家を飛び出してきたんだ」
「武者修行って・・・・・・。あなたはここが何処なのか分かっているの?」
「魔物が住む山だろ?」
「名称よ、名称。それも知らずにここにいるなんて・・・・・・。あそこを見てみなさい」
そう言って山の頂上を指差す。
「見たけど・・・・・・。頂上がちょっと紫色になってるな」
「そう、ここは無羅裂山。魔素が濃すぎて紫色に見えるの。強烈な魔素を求める魔物がウジャウジャいるから人間はここに寄り付かない。いえ、寄り付けないという方が正しいかしら」
なん・・・・・・だと?
じゃあ初日に遭遇した化け猪は相当ヤバい怪物だったかもしれないわけだ。というかそれ以降魔物に遭遇しなくて良かった。
「この魔素の中、よく生きていられたわね。あなたは魔族か何か?」
「人間だけど・・・・・・。そういう君は何者なんだよ」
この子はおかしい。この子から”強大な魔力”を感じる。
化け猪には何も魔力を感じなかった。そもそも山に入ってきてから魔力を一切感じていなかった。
しかし、この謎も黒髪の女の子の説明で合点がいく。魔素が濃すぎて魔力を感じられなかったためだ。
だから俺は襲われなかったかもしれない。存在を認知すらされてなかったから。
だが、この子は違う。この魔素の中でも強力な魔力を感じる。この山の環境下でなかったら魔力を感じただけで泡吹いて倒れそうだ。
「私?うーん・・・・・・」
黒髪の女の子は腕を組んで考え込む。
・・・・・・そもそも何者か問われた時に考える素振りをするのがおかしい。
「まあ、何者でも良いじゃない」
そう言って満面の笑みを浮かべる。俺じゃなければこの笑顔で男は落ちていただろう。
「ところで、どうやってここに入ってこれたの?結界が張られていなかったかしら?」
「結界?いや、そんなものは無かったけど」
「・・・・・・そう。まあいいわ、外のことは興味ないし。それよりあなたの話を聞かせて頂戴」
「俺の話?」
「ええ。ここに辿り着くまでの軌跡の全て」
「全てって・・・・・・。なんで初対面の何者か分からない奴に俺の個人情報を言う必要があるんだ」
「良いじゃない。けっこう暇でしょ?全裸でナニしてたのか知らないけど」
「ナニもしてないわ!!修行のためだよ!!あと服を着替えてくるから待っていてください」
・・・・・・そういえば全裸のままだった。