チュートリアル、終了か?
~再生された英雄譚~
「あ、開かずの間の住人っていったい...」
「い、いやぁ、そのなんだ。」
屈強な男、それも漢の中の漢が回答を渋っている...。
しかしそれとは反対に、単眼の娘が変わってくれたように内情を説明してくれた。
「この宿、『青銀の都宿』はここらではかなり有名な宿屋でね。
それはもう設備含め食事含め、そして看板娘含めで大盛況。
そんな宿屋も、一つのある点を除いては完璧であると言われていた。
それが最上階の一番奥の部屋、開かずの間が存在するという事。」
何とも面白おかしく、ホラーチックに話してくれる魔法使いらしき女性。
しかしもうすでに落ちは見えた。
だが黙って今後の行く末を見守ろうと、藍は静かにその話を聞くことに徹する。
「その中からは確かに人が住んでいるような気配を感じるが、その姿を見た者はいない。
そして度々、ここの店主にして冒険者たちの癒しの的であるリルちゃんが、その部屋に人目を忍んで入っていく姿を目撃した者もいる。
これまで数多くの冒険者がこの謎の解明をしようと、窓から中を覗いてみたり、酒に酔ったふりをしては部屋に入り込んでみようとしたり。
しかしその結果、いついかなる時でもリルちゃんが背後から現れ、計画は失敗。
ちょっかいをかけようとした者はもれなく今後一切この宿に泊まることができなくなったという。
普段は優し気な雰囲気のリルちゃん、しかしその部屋に関わろうとした者には冷酷無慈悲な殺意のともった目を向ける。
それはまるで、知られたくない何かを、他人を殺してでも守護しているかのように。
いつしかそれは『開かずの間の住人』として、この宿の七不思議の一つになっている、とね。」
「七不思議の一つって、他に何か?」
「いいえ、それ以外は完璧って言ったでしょ?」
ほら見たことか、分かりやすい説明をどうもありがとうお嬢さん。
口を噤んで最後まで聞こえた藍はそれはそれは納得したようにも呆れたようにも頷いた。
しかし、おそらく自分の存在がリルに迷惑をかけていたことは確かであろう。
(第一彼女が706号室に関わろうとした人間を始末してでも止めようとしていたのは、俺の体を守るためだろうし。)
それだけでも彼女の負担になっていたのは事実、それにかなり有名になっているみたいだしこの宿屋にもそれなりの重荷を背負わせていたことにも繋がる。
後で謝っておこう、心にそう決意した藍は料理が運ばれてくるのを待ちながら冒険者たちと再度話を続けていった。
「それにしても、こんなひょろい兄ちゃんが『開かずの間の住人』だったなんてなぁ。
兄ちゃん、リルさんとはどんな関係なんだ?」
「いや、俺にもよくわかんなくて。
えっと、訳アリの事情含めこの世界の知識に疎くてな。
時間があればでいいんだが、色々質問させてもらってもいいだろうか。」
「おうおう、ここであったのも何かの縁、何でも聞け!」
やはりこの男、できる異世界の住人だ。
気さくにもここでようやくこのゲームの事情について聞けることに安心し、ここまでが一チュートリアルであるのだろうと納得。
かなり現実味のある、そしてかなり操作性の違うこのゲームでは、これまでの常識では測り切れないものがあることを肝に銘じ、早速ここら辺のことから聞き始めることにした。
(それにしても盛り込んだ設定なんだな、俺)
改めて思い返す自分の設定に笑みを浮かべながら、目の前の冒険者と言葉を交わせていった。
「まず自己紹介から、俺の名前は絲璃 藍。
一応冒険者をしようかなって短絡的に考えている。」
「じゃあ私はメウ、そっちのがドール。
私は見ての通り単瞳種で、こっちのは地槌種の騎系族。
ここの隣でそれなりに知られた武器屋を営んでいるわ。」
「ぶ、武器屋、なのか?
冒険者じゃなくて?」
「いやー、俺らは冒険者兼鍛冶師、巷じゃ上級鍛冶師と呼ばれている。」
「上級鍛冶師、か。」
「説明が必要か?
よしそれじゃあ教えてやろう。」
流石気さくな頼れる兄貴分、いい流れで情報が聞けそうで安心だ。
「俺たちは本職は鍛冶師なんだ。
そして、鍛冶師にとって問題点や非効率な部分を取り払い、他の者と比べて上級扱いされているのが俺たち上級鍛冶師だ。
鍛冶師にとっての仕事は二つ、冒険者の武器防具の修理や製作、そしてそれに必要となる素材の確保。
前者は鍛冶師となれば当然できるものなのであるが、後者はなかなか骨が折れる。
それこそ、鍛冶師初心者は素材集めが出来なくて挫折するところから始まるくらいだ、それで残るやつが大勢いるとは限らない。
その方法は二つ、買い物をするか自分で取りに行くか。
買い物をする場合、素材料は高くつくがゆえに、低品質のものでも高値で取引しなければならない。
これが一般の鍛冶師と呼ばれる者たちだ。
そして素材を自分で取りに行く場合、単純な話買い物に必要な費用がかからないため、高品質なものを鍛冶師の作品と同価格で売ることができる。
これが上級鍛冶師と呼ばれているものの仕事だ。」
後はわかるよな、というような問いかけに終始頷きを返しながら、早速異世界での新情報の獲得に成功する。
心躍っているのはいつもの事、しかしいざこう話を聞くともう躍っているというよりは爆発しそうな勢いで興奮してしまっていた。
いつまでこれを繰り返すのか、何とか躍っている胸を押さえつけつつ、最初に話された語句の中でも気になっていることについて思い出しつつ質問を飛ばしてく。
「なるほど、それで早速いくつか聞いてもいいか?」
「おう、なんだ。」
「最初にメウさんが話してくれた中で、単瞳種っていうのと、騎系族ってのがわからないんだが。」
「...おう、まじか。」
「あなた、一体どこから来たのよ。」
とそこで今まで二人が見せた表情とは違い、一気に人外なものを見るような視線に変わったのを感じた。
なんというか憐れむような、同情するような、そんな目線だ。
なんでそんな目で俺を見る、ゲームの世界でもなんか心に刺さる目線を飛ばしてくるな、と心の中では思った。
がしかし、これは心底の疑問なので仕方なく首をかしげることで留め、彼らの言葉を今か今かを待つことにした。
「えっと、地槌種には鍛系族と騎系族がいるって、教えられなかった?」
「いいやまったく。」
「それじゃあ、私みたいな一つ目の単瞳種の子に会ったことは?」
「いいえ、まったく。」
「...兄ちゃん、苦労、してたんだな。」
「やめろそんな目で俺を見るな!」
(言っちゃったよ、せっかく我慢したのに。)
「いやまぁ、あれよ。
地槌種の騎系族っていうのは、こいつみたいに筋骨隆々で、かなりガタイのいいタイプの地槌種よ。
騎系と呼ばれているだけあって、どちらかというと戦闘向け、騎士タイプの地槌種のこと。
それと、鍛系族っていうのは、鍛冶に適したずんぐりむっくりな奴らの事。
余談だけど、連むのならこういう騎系族の奴らにしておくことをお勧めするわ。
鍛系族の奴らは厭味ったらしく頑固な奴らが多いから。」
「そうそう、低級種と中級種に部類されるからって、同種族の中でいがみ合ってても意味ないと思うんだがな。」
(うーむ、難しい。
聞きたいことを一つ聞いたら二つ以上の聞きたいことが出てくるぞ。
これ、時間足りるんだろうか。)
この世界の知識がないのはゲームの設定上常識のようになっているそうだ。
ここからさらに聞きたいことが多くなることを見越して、何かを探すため辺りを見渡すと、探していたモノの正体を発見。
そう料理が運ばれてきたのだ、それもここにいる三人の。
「おまちどうにゃ~、これと、これと、それとこれ。
で、あんたがリルの言ってたアイさんかにゃ?」
高級まで行かずとも、中級レストランで量のある料理と言えば、と言った品もあり食べ応えもありそうな食事と、その良い香りにつられて運ばれてきた軽やかな声。
顔をあげるとそこに天然の猫耳が生え、それ以外はいかにも人らしい猫耳っ娘が料理を運んできてくれていた。
それもまぁ可愛らしい子だ。
「あぁ、どうも。」
「にゃはは、なんかリルの好みのタイプみたいだにゃぁ。
いや、この顔からリルの好みが染まっているのかにゃ?
ふーむ...。」
何やら面白そうなものを見るような視線で顔を覗き込んでくる猫耳看板娘の行為に委縮。
そして数秒間藍の顔を覗き込んだ彼女は「ごゆっくり~。」とこれまた軽やかな声を飛ばしながら立ち去っていった。
「ケモミミだ...。」
「それで兄ちゃん、他に聞きたいことはねぇのか?」
「えっ、あぁ。」
ここで話は途切れると思っていた。
しかしすでに二人はアイのことを見捨てれないところまで来ている。
それはある意味何も知らない子供に正しい知識や道徳を説く先生の立場であるかのように。
藍にとってもあり難い申し出、うまく乗っかって聞きたいことを全部聞いてやろうと意気込んだ藍は、そのまま目の前にある肉を口に放り込んでは話をつづけた。
「それじゃあ、低級種とか中級種ってのはなんだ?」
「それもかなるほど―――――」
そしてここから随分長ったらしいこの世の知識を食べ終わり満足した後も聞き続けていった。
この世界には多種族が存在し、そして彼らには階位として上から下まで順列がつけられていた。
それは力量と魔力、身体能力など含めこの世界でそのまま強さを意味する魔力量なるものによってだ。
上から
神伽
↓
超異種
↓
覇劉種
↓
魔王
↓
上位種亜王
↓
中級種亜王
↓
上位種
↓
低級種亜王
↓
中級種
↓
低級種
となっている。
しかしこれは単純な強さの度合いなだけであって、中級種に属する種族であっても低級種に勝負で負けることがあるのは普通らしい。
そうは言っても、低級種が神伽なる最上位種に勝てるわけがないのは言いようもない事であるのだとか。
ちなみにここでいう亜王というのは、その種族で頂点に立つもののことで、単純に前部の種族の進化種だと思っていいらしい。
低級種亜王であるならば、低級種に属する一種族の中で強すぎて進化した者に送られる称号みたいなものだと。
そしてその中でも選りすぐりのものが、物語には欠かせない、魔王という階位へと至るらしい。
ただここでもとあるカラクリがあり、魔王というのは『魔族の王』ではなく『魔法の王』という意味で、悪いやつらなのかというと全然そんなことはないのだとか。
ちょっと期待外れ感もあるが、そこは人と同じく、良いやつもいれば無茶苦茶している悪いやつもいるときた。
この物語の結末はその悪い方の魔法の王討伐でいいかなと、勝手に思考しながらも二人の会話の続きを聞いた。
地槌種の鍛系族が中級種、そして騎系族が低級種に部類されているのは、なんとも神の嫌がらせ。
「弱い種族だけど、武器造るのに適してるよね、じゃあ中級種で。
あー君らは鍛冶はそんなにっぽいね、戦うしか能がなさそうだ、よし低級種。」
みたいな感じだと。
そこに味を占めた鍛系族と、そんな壁必要なのかと声を出す騎系族の間では同種族でもいがみ合いが存在する。
一方的に元から頑固な性格の鍛系族がどうしても騎系族と一緒にされたくないという横暴を取り消さないことに、その火種があるのだとか。
それゆえ先の説明みたいに、一緒に冒険に行くなら騎系族の方が好まれているらしい。
鍛系族より断然武器の扱いに長け、戦闘向きであり、何より威張ることがないからだそう。
そんな地槌種の騎系族、目の前にいるドールが魔術についてもあれこれ教えてくれた。
魔術にも種族と同じように階級分けが存在しているらしく、上から
最高天杖位
↓
賢王杖位
↓
伯杖位
↓
高級位
↓
中級位
↓
低級位
の順らしい。
種族とは違い、これは結構シビアに分けられた階級で、信用にたるものであるとも言っていた。
今ここにいるメウが扱えるのは頑張って中級位。
伯杖位から上はどうやっても上位種以上ものしか扱えないのだとか。
それはひとえに自身の中にある魔力量が足りないのだ。
銃は持っていても弾丸を持っていなければ意味をなさない。
それと同じように、その魔術が扱えたとしても魔力量が足りなければスカッとなる。
これが種族と魔術、そしてそれぞれの階級による知識と情報であった。
そしてついでにこの街やここに住まう人たちの事、身辺情報を単純に教えてもらいもした。
ここは【王都クリスディア】。
始まりはクリスフィア王女とディア・アカンラカズ王子から始まり、それなりに歴史のある王都で円の形をした壁に包まれた都だ。
その大きさは王都の端から端まで、一本道を辿れば歩いて三時間半ほどかかるくらい。
文化もそれなりに発展していて、周囲の国から働きに来るものも多いくらいににぎやかしいところなのだそう。
それゆえここに住む種族は多数いると。
地槌種の両族と単瞳種、森召種に小人の小銘種。
猫耳の猫舞種や兎耳の兎翔種、狼の狼義種に、犬耳の戌愀種などの獣人。
名前が違うのは新鮮でいいが、覚えるのがなんとも骨が折れる、そして獣人を総称して獣交種という使われることはない正式な名前が付いていたらしい事はおまけ。
もちろん聞いたことのある褐色肌が特徴の種族、褐肌種もいるのだとか。
あ、それとこれまた新情報なのだが、こういった人型の種族のことを人原亜種。
そしてそうではない種族のことを妖原亜種と呼び、人間と魔物という関係に近しい対立が存在しているらしい。
ちなみに我、絲璃 藍は人類種である。
この王都にも数多くいる人類種の中の一人に属する事を人伝に聞いた。
正直ゲームくらい別の種族になることを期待したが、それらしい耳や尻尾も生えていないし、ちょっと身長が大きくなったからって巨人なんてわけでもない。
純粋にただの人類種、もうあきらめた。
とまぁ数多くのことを聞いてとりあえずは失礼のないよう各種族に対する禁句ワードなんてものも小耳にはさんだところで、二人がそろそろ工房へ戻ることを教えてくれる。
引き留めては悪い、ご飯を食べ終え、聞きたいことも聞いたし、二人には感謝しかない。
武器屋ということもあって、冒険に出るときは二人に武器を作ってもらおう。
そう伝えた絲璃の言葉になんとも嬉しそうな顔をして、二人は去っていった。
もちろん忘れることなくしっかりと礼はしておいた。
今からは周囲の冒険者の姿を見て、彼らがどの種族なのか、忘れないように口に出しながら人間観察ならぬ、人原亜種観察を行いながら今後の方針を考えておく。
どうせ後からリルが呼びに来てくれるだろうし、忙しそうなら部屋に戻って何とかあの服を装備すること粘ってやろう。
隣の二人が食べ終えた皿を回収しに来た犬耳の戌愀種の看板娘に自分の食器も一緒に渡し、元から一番端の席であることを良い事に少しの間居座ることを決意。
そしてそろそろ少なる成る頃合いの店内を見渡しつつ、知識の定着に勤しむことに...
「あ、ログアウトの仕方、聞き忘れた。」
チュートリアルは終了なのかと、これからはNPCみたく決まった語句しか喋らないのかと。
一人冷や汗を垂らす、藍の姿はそこにはあった。




