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魔王と弓と法皇と  作者: 美音 樹ノ宮
6/11

次の朝

~再生された英雄譚~







「んん...」



どこかで経験したことある光景だ。

目を瞑っていても光がなだれ込んでくるような。

そして暖かな体温が肌を包む。

多分意識が覚醒しているのだろう。

思考する余裕がある程度には、目が覚めている。

しかし目を開けられないでいた、それはひとえに昨日のことがあるから。

目を開けた先にあるのはいつも通りのマンションの天井なのか。

それとも記憶に新しいゲームの世界の天井なのか。

はたまた【ドルトロント】の金属製の天井が目の前に見えるのか。

まぁ最後者はないだろう、今包まれている暖かなものは確実に日の光であるからだ、と

まだこんなことを考えられる心の持ちようが残っているのは、最後の記憶が異世界の女性を見ながら掠れていったからだろう。

出来れば現実世界に戻りたくなんてない。

いつまでもゲームの世界で過ごしていたい。

それもまだこっちの世界に来て外の景色と人外の美しさを持つ森召種(エルフ)を見て、眠っただけなのだから。

でもいざ目を開けようとすると緊張する。



「ええい、どうにでもなれ。」



誰かに消えることがあるのかと思えるほど小さな独り言を一つ飛ばし、区切りをつけるかのように決意を固め、一気に目を開けた。



「...あぁ、よかった。」


「起きたのね、(あい)。」



辺りを見渡した(あい)の目に飛び込んできたのは、昨日の可憐な美女。

リルは部屋のお花の水替えを行っているようで、新しい水の入った花瓶と取り換えている最中だった。

それも昨日と同じ服装、しかし違う点と言えば腰から剣をぶら下げていることだろう。

レイピアのように刀身が細く、一般的に魔術に長けた森召種(エルフ)の設定上、彼女たちが持つと言えばの剣で間違いない。

そして相変わらずの美貌、朝からこんなものが見れるなんて、それだけで心が安らぐなんて、異世界様様。

ハグなんて、必要ないんだ。



「おはよう、リル。」


「おはよう、体はどう?」


「昨日と変わりないな、寝起きの分少しだるいけど。」


「それは大変ね、今日もゆっくりしていなさい。」


「いや元気だから、昨日から。

 それに、始まって丸一日寝てるだけのゲームって...。

 頼む、外に出ちゃダメか?」


「うーん、どうだろう。

 本当に体はなんともないの?」



しっかりとした看病を、というか守護をしてくれていた彼女は、本当に心配そうな顔を浮かべ、(あい)の顔を覗き込んだ。

耳に掛けていた髪が、首をかしげたことによって垂れ下がる。

たったそれだけの動きにドキッとした(あい)は、とりあえず顔を背け、言葉を続ける。



「まぁ、本当に大丈夫なのかって言われたらわかんないけど、でもなんともなさそうだよ。

 それに、おなかもすいたし。」


「んー...わかったわ。

 それじゃあ、服を着たら下に降りてきてくれる?

 服はそのタンスの中に入っているから。

 あとタオルとかも...それで、その部屋。

 お風呂に入ってから来てね。」



あっちやこっちやに人差し指や親指で視線を誘導させ、それぞれの位置を教えてくれる。

そして「それじゃ。」と一言かけてから彼女は部屋を後にした。

一人部屋に残った(あい)

もう一度窓の外を見ては石畳の上を様々な種族の者たちが行き交い挨拶を交わす瞬間を目の当たりにする。

あぁ、素晴らしい光景だ。



「とりあえずあの猫耳を...ってあれ。

 お腹すいているって、まじ?」



自分の発言を思い返し、遅れて自問自答する(あい)のお腹は「ぐぅ~」とひもじい音を鳴らしている。

そのお腹をさすって、少しだけ沈黙。

そんなこんなで完全に覚醒し始めた脳が、様々な異世界の景色を記憶の中に投影し始めた。

街並みから別の町までの道中、魔術に空を飛ぶこともできるかもしれない。

剣も弓も、それに魔導具(グリモア)と呼ばれている魔道具も。

それらに心揺り動かされないものがいるのかと。



「...っし。

 じゃ、風呂にでも入るか。」



興奮冷めやらぬ身体を誰にも見られていないという解放感から自室で一瞬暴れることで制限させ、一気に冷静に戻ろうと試みる。

未だ少々気持ちがフワフワとしているが、これも仕方のないことだと割り切って、リルから聞いた通りの引き出しからタオルをとるためベッドを降りて移動を始めた。

湯船につかることなんて、マンションに住んでいるときからないからこそ、いつも通りシャワーだけを浴びるため、浴室の扉を開け、中に入る。

そこにあるのは明らかに現実とは違うシャワーと、これは現実通りの木製の温泉らしき浴槽だ。

そしてその浴槽にはしっかりとお湯が張られていた。



「リルか、助かるな。」



改めて彼女に感謝の念を送ると同時に、履いていたパンツのみを脱ぎ、隣の籠に入れておく。

そのかごも竹のような材質で編まれたかなり品の良いもので、その奥行きのある落ち着く香りが、お風呂の中までを安らかな雰囲気にさせ、またしっかりと湯気の立ったお湯も近づくだけで心の芯から温まるような心地よさ。

なにかは知らないが、長年自分の体を守ってくれていたらしい彼女のいたせりつくせりの配慮を有難く思い、まずはシャワーに手を伸ばす。

そこにあるのは壁から飛び出た筒のような白い円柱。

その先には見たことあるシャワーらしい穴がいくつも空いている。

恐らくこれがシャワーであると、間違いないはずなのだが、そのスイッチがどこにも見当たらない。

幸い、風呂の熱気で体が冷えることはないが、それでも探すことに疲労感を感じつつある頃合いで断念、大人しく湯船にだけつかることを選択した。

もちろん湯船のお湯を使って体を一度清めることは忘れずに。

少し集めのお湯が体を伝って表面上の汚れを落としてくれるのを待ち、あとはゆっくりと湯船につかっていく。



「ふぅぅぅうう...。」



それはまるで天にも昇るような心地だった。

木製の浴槽、その木の香りと先の竹のような奥行きのある香り、そして真の意味で体の芯から温めてくれるこのお湯と、しっかりと足を延ばせる浴槽。



「てか浴槽広ッ。」



上を向いていざ昇天、するようにため息をついた(あい)の第一声は驚きの声だった。

浴槽のふちに頭を乗せつつ腕を掛け、それでも十分スペースのある浴槽に悠々と大の字に足を延ばしてみる。

そのままじっとしていれば水滴一つ音もしない感じの良い浴室からは、これから始まるであろう冒険への興奮の想いも直に薄れるであろうやる気のなさが漂い始めた。

それはまるで、冒険そのもの、そして異世界そのものを...



「あ、これゲームの世界なの忘れてたわ。

 すげーなマジで。」



何もかもを忘れかけていた青年、絲璃(いとり) (あい)は既にこのお風呂の虜になってしまっていた。







それから(あい)が部屋を移動したのはおそらく30分後ほど。

シャワーが使えないから体を洗うことはしなかったが、特に汚れているわけでもないし匂いもしなかったのでこのままでいいかと風呂を出て、早々に着替えを済ませる。

リルに言われた通りのタンスの中には、彼女が着ていた青と銀の衣類の男バージョンとでもいうべき正装とそれとは別にラフな恰好の衣類が入っていたので、迷うことなく青銀の正装を手に取る。



「く、くそ、入らん。

 てかこれどこに着けるんだ...あれ、これ合ってるのか?

 .........んーわからん!!」



せっかく異世界らしいコスプレができると思ったのに。

着方の分からない正装をこれまた断念。

悔しそうにそれをタンスに戻す(あい)は、「シクシク。」と涙を流しながらラフな方の服装にスルッと着替え、部屋を後にする。

...本当に惜しかった。







「やっと降りてきた。

 さ、ご飯できてるわよ。」


「あぢがどう...」


「...何で泣いてるのよ。」



ラフな格好に着替えて部屋を出た(あい)

まぁ異世界の、それもゲームの中の宿屋と言えばこんな感じかな、そう思って廊下を目の当たりにすると、あまりの違いに驚いていた。

この世界の価値観なるものは一切わかっていない、何せここに来てから一日も経っていないのだから。

しかしこれはどう考えても豪華すぎるだろう、そう思えて仕方ない装飾の施された廊下が目に入ったのだ。

人が二列でもすれ違えるほど広さのある廊下に、途中意味のなさげなインテリアが飾られ、綺麗な絨毯にシミ一つない壁。

よく手入れされているそこには、ここで働く従業員の姿勢そのものが見て取れた。

変なところでバイトの経験が役に立ったなと、嫌なことを思い出しながらそこを歩いて進んで行く。

(あい)が泊まっていたのは一番奥の部屋のようで、無説明に「下に来い」と言われても一方通行になっている廊下を進むことは簡単だった。

しかし、突き当りで階段に差し掛かった際に、二度目の衝撃を食うことになる。

「俺、7階で眠ってたのか。」と何となく高い階層にいたことはわかっていたがここまでとは思いもしなかったとあんぐり。

一階層には6つの部屋が用意され、それが計6階分。

一番下の階層には食堂とこの宿のフロントらしき場所、荷物を管理するのかそういった場所も存在している。

それもこの食堂ときたら、部屋に泊まる者以外も歓迎する飲食店も兼ね備えているらしく、かなりの広さをもってして、従業員らしきメイドさん達も大忙しに働いていた。

そういえば、この世界に来る前に、御古都(みこと)さんにこう言われていた。

「家の主にあったら―――――と言え」と。

ということはその言葉の意味をしっかりと理解したリル本人がこの宿を仕切る店主で間違いない。

正直に言えば大変そうだな、と思った。

飲食店でのバイト経験があるからこそ、この時間にしてこの賑わいは相当なものであると見る。

しかしそれを口にする、もしくは他人にそんなことを言えるような状態ではなかった(あい)は、とあることがきっかけで半べそを掻きながらゆっくりと食堂へ足を運んできたのだった。



「手に持てたのなら装備くらいできるだろ。

 なんでこっちの世界に来てまでこんな変わりない恰好を...。

 それも、ごわごわしてチクチクして、かなり着辛い。」


「あれ、青と銀の制服、用意してなかった?」


「着れなかったんだよ、着方わかんなくて。」


「あー、分かったわ。

 じゃあ今はそれで我慢して。

 あと、適当なとこに座って、今料理を運ぶから。」



そう言って去るリルは青と銀の正装に、それを邪魔しないようにこれまた品のいいエプロンのようなものを付けていて、なんとも家庭的な雰囲気が出ていて可愛らしい。

これもまたいいなぁ、と一人頷くころには涙はどこへやら。

もうすでに頭の中では周囲のザ・冒険者な彼ら彼女らに夢中である。

特に話しかけることもせず、一人なのでカウンターに座って隣や後ろから聞こえてくる話声に耳を欹てながら料理を待った。



「―――――そうそう、あの依頼な。」


「―――――今日も同じ奴でいいか?」


「―――――私、新しく新調した武器を試したい!」


「―――――今日も頼むぞ、サポーター!」



そうこれぞまさに冒険者の会話だ。

とりあえず何の事かはわからない、だがそれもまたいいと一人にやけながら鳥肌の立つ体を必死に抑えつけ、ただひたすらに自身を殺し周りに聞き耳を立てることに専念した(あい)



「―――――ちゃん、にいちゃん。

 おい、にいちゃん。」



と、顔を伏せて周りの声に集中していたところに、明らかに自身に向けて発せられる声があるのが聞こえ、急いで顔をあげる(あい)

隣を向くと、なにやらガタイのいいつるっぱげの漢と、その横に座る単眼の可愛らしい女性が座ってこちらを見ているのが目に入った。

二人とも冒険者なのだろう、男性の方は戦士の、女性の方は魔法使いらしきローブを着て、食事をしているところのようだ。


(間違いない、俺に話しかけているよな?)


思わず緊張してしまう(あい)、しかしそれが露わにならないようにしっかりと営業スマイルを浮かべ、二人に返事を返した。



「俺、ですか?」


「そうそう、あんただよ。

 なんだか初めて見る顔だな。」



(おぉぉおおお、こういう決まり文句言うやつ本当にいるんだぁ...!)



「君、冒険者じゃないよね?」


「あぁ、分かりますか?」


「か・な・り、身軽だしそれに...」


「えっと、それに?」


「ううん、忘れて。

 それにしても若いのね、職業は何を?」


「あぁ、えっと...」


一番聞かれたく内容を突っ込まれ、返答に困ってしまった。

とりあえず状況説明だけ。

単眼の娘、すごくかわいい。

一つ目って実際見たらどんな感じなんだろうかと思ったけど、何より印象的なその瞳は髪の毛と同じピンク色でキラキラしててこれまたとても美しい。

そして出るところは出て引っ込むところは引っ込んで、まさに前衛タイプではない体の柔らかそうな感じ。

やはりところどころに傷跡が見えるものの、またもやこれぞ冒険者の証と見える、すごくいい。

後、漢の方。

これはあれだ。

ザ・前衛のザ・絡みやすい怖めのお兄ちゃん、そしてザ・冒険者の希望揃いの属性持ちタイプの人だ。

異世界に行けば、一番会いたいタイプその人。


(これはこれは、いやでもテンションが上がる。)


そしてそんな屈強な男のセリフにもテンションをあげつつ、ここを乗り切る最善の選択肢を考え、会話を続けるよう試みてみる。



「俺、なんというか訳アリで。

 仕事はこれから。

 今はリルの元で世話になっている感じです。」


「へぇ、それはそれは。

 言いたくないことの一つや二つくらいはあるわよね。」


「てことは兄ちゃんよ、この宿に泊まっているってことか?」


「あ、はい。」


「この宿はいいよな、最高だ。

 設備はいいし食事はうまいし、それに立地もいい、おまけに美人揃いの看板娘たち。

 あとなんて言っても風呂がなぁ。」



(うんうん、わかるわかる。)



「で、兄ちゃんは何号室に住んでんだ?」



設備、食事、美人揃いの看板娘たち、そして風呂。

立地以外のすべての項目に共感の意を述べ、変わった話題についていくこと努力する。

思い出す限りでは、自分の部屋番号は...



「えっと、7、0、6だったかな―――――」


「なっ!?―――――」

「へっ!?―――――」



と思い出しつつ口にした(あい)の言葉に、驚いた反応を見せる二人の冒険者。

少しの間訪れた沈黙。

その理由がわからない(あい)はとりあえず首をかしげることにする。

後は二人がその理由を話してくれるだろうと高を括って。



「706号室って、最上階の一番奥の部屋か?」



ほら、やっぱり話を広げてくれる。



「そうです、一番奥の部屋です。」



冒険者のみんなは、なんともオーバーリアクションだなぁと。

新しい異世界の楽しみを一つ見つけたところで、また彼らが困惑している理由を話してくれるのを待った。



「ということは、あんたが『開かずの間の住人』か―――――!!?」


「んんだだだ、誰が『開かずの間の住人』だ―――――!!」



思わず喰い美味に突っ込んだ赤面の(あい)

何だがとてつもないあだ名がついているらしいことを今この場で知った。

『開かずの間の住人』、厨二臭くて恥ずかしいが、悪くない。

そう思った自分は果たして正しいのであろうか。

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