家という体のお城
~再生された英雄譚~
すでにお昼の一番大変なピークは過ぎ去り、がらんどうとした駐車場にぽつんとお目当ての車は駐まっていた。
中には運転席に座るおじいさんと後部座席に座るおばあさん、助手席には眼鏡をかけた明らかにお仕事ができそうな女の人が乗っていた。
俺が近づいていくとそれに気が付いたおじいさんは助手席の窓を開けた。
そして女の人が「乗ってください。」とだけ言うと、タクシーでもないのに後部座席のおばあさんの乗っていないほうの自動ドアが開いた。
そのままおばあさんに促されるまま車に乗り込んだ。
運転を始めたおじいさんは相変わらず不愛想だが車にかかっている演歌が好きなのだろうか。
曲を聴きながらほんのりとオーラが朗らかになっていく。
おばあさんは相変わらずにこにこと笑っていて、女の人は二人とは相反してパソコンを操作しながらタブレットで文字を打ち、肩と頬で支えた携帯に向き合って英語で語りかけていた。
少し端末を見ると明らかに英語ではない文字。
漢字だらけのパソコンのウィンドウとまた違いフランス語のもう一つのウィンドウ。
顔は明らかに日本人。
驚きで「うわっ。」っと感嘆。
その様子に気が付いた女の人はちらっとこちらに目線を向けるとパソコンを閉じ、タブレットの電源を切り、英会話を終わらせた。
そして顔をこちらに向け、眼鏡を掛けなおす。
「初めまして、私は御古都 唯といいます。
あなたのお話はよく聞いています。
私の祖母と祖父が大変お世話になっています。」
「あ、絲璃って言います。
こちらこそ、おばあさんとおじいさんには助けられています。」
なんとなく違和感のある言い回しだが、イライラが一瞬で和らぐ、あんな職場の唯一の楽しみでもあるからあながち間違いでもない。
「本日は祖母というよりも我々一同あなたに要件がありまして、ついては私どもの家でお話をしますので、今は少しお待ちください。
ちなみに家までは30分ほどかかりますので、くつろいでいただいて結構ですよ。」
そういうと御古都さんは笑った。
仕事ができる感じの人の笑顔は普通の人の笑顔よりも断然きれいに見える。
御古都さんがいい例でその笑顔は見とれてしまうほどに美しかった。
「ごめんなさいね、急に御呼び立てしちゃって。
どうしてもあなたにしてほしいことがあってね。」
「いえいえ、全然大丈夫ですよ。
逆に安心しました。
実は今日の料理で何かおかしいところがあったのではないかと心配していたんですけど、そんなことなさそうでよかったです。
「ふふ、いつも通りおいしかったわよ、ねぇおとうさん。」
そう言っておじいさんに話をかける。
おじいさんは当然のように言葉をしゃべることはないが、大きくうなずいて見せた。
「いつも思っていますけど、お仕事大変でしょう?」
「そうですね、特にあの時間はたくさん人が来ますし。」
「私たちもそれをわかって、時間をずらそうかと思っているんだけどね、あなたがいつもあの時間しかいないから仕方なくね。
ごめんなさいね、いつも元気なあなたを見ていると、私たちも元気をもらえるようでね。」
そういうとおばあさんはふふっと笑った。
「僕もお二人のこといつも待っていますよ。
やっぱりあんな感じの仕事場だと色々なお客さんと接することがあるんですけど、お二人とお話しする時が一番待ち遠しく感じてますよ。」
「ふふ、うれしいねぇ。」
おばあさんはそういうとおじいさんもあなたの事気に入っているよ、と笑いながら教えてくれて、おじいさんも照れることなく自信満々な顔でうなずいている。
(こういうところが好きなんだよな。)
「おじいさんと息子や孫に男の子が欲しねって話をしていたんだけどね。
残念ながら女の子ばかりでね。
私たちは絲璃さんのこと、本当の孫のように思っていますよ。」
なんとはっきり言うことだろうか、そんなに正面切って言われるとうれしい半分気恥しいな。
その様子を見ていた御古都さんは、目を閉じて小さく笑っていた。
その後からおばあさんは笑いながらおじいさんと最近あった出来事や今までの面白い事件、二人の馴れ初めやらを話してくれた。
そのどれもが昔のことなのに、現代を生きる僕にも面白くうらやましいと思えるような出来事で、自身に置き換えてみながら「楽しそうだな」、と聞き入っていた。
そうこうしている走っていた車は止まり、家に着いたことを知らせてきた。
家?じゃないな、城か。
家というにはお門違いなほど大きな敷地、何かしらの門を通ったなぁなんて思ったのは約5分ほど前。
それから車を走らせていたところは庭だとか何とか。
どこかで見たことあるな。
そうだ、アニメの世界だ。
僕はお金こそつぎ込んだりしないがそれでも十分といえるほどアニメオタクだ。
そんな俺みたいなやつならだれでもこういうだろう。
アニメでみた金持ちの家だ、と。
それがピッタリとはまり、それ以外の例えは全くはまらない、そんな家。
何となく門をくぐったあたりからこんな予感はしていた。
だが実際にこれを見せられると何というか何にも言えないというかそんな感情にかられる。
家、基城の前には大きな中庭があり、ほんとにいるのかスーツを着た人や、メイドらしくない服装のメイドさんみたいな人たちが草木の手入れや、ガゼボというのか、お茶したり、雑談をするようなあの場所の掃除をしている。
そのまま表の玄関を通り過ぎ、車は家の真裏に進んでいく。
そして裏の玄関の前に車は止められた。
「絲璃さん、もう少しだけお待ちください。
私は少し事情があるので先に降りますが、後に使用人が来ますので、祖父母とともに降りて、彼らについていってください。」
それだけ言うと御古都さんは、降りて行った。
そのままおじいさんは運転を続け奥にある駐車場へと車を進めた。
玄関から駐車場に行くのも3分ほどかかった時は「まじかよ、」と、その言葉しか出てこなかった。
その道中、使用人がいるのにどうしておじいさんが運転してるのですか?と失礼に当たらないように伺うと、
おばあさんではなく物静かなおじいさんがおじいさんらしく「好きなんだ。」と答えた
まぁ正直に言うとバイト先で車を見た時から何となく感づいていた。
例え車に興味がある人からしても見たことのない、だが高級車だとわかるような車に乗っていたからだ。
駐車し終えると使用人が裏口から出てきて、車の外に控えた。
おじいさんはすぐに降りるとおばあさんが乗っているドアを開けて手を差し出す。
おばあさんは「ありがとね。」というと当たり前のようにその差し出された手につかまり、車を降りた。
普段から行っているのであろう、おじいさんが来るまでおばあさんは動かず、ドアが開いた瞬間、おじいさんが手を差し出す前に受け取る準備をしてた。
一蓮托生。
ほんの一瞬も乱さない息の合った動きに見とれ、感心しているといつの間にか開いていた俺のそばのドアから「お客様、こちらへそうぞ。」と、別の使用人に声をかけられた。
すぐそばにあったはずのドア、開いた音はしなかった。
僕が乗るときは多少なりとも音が鳴っていたはず。
洗礼された動きによって開く音はかき消されたのであろうか。
使用人といっても若い感じの人だった。
20代後半くらいなのだろうか。
すごく美形で男の俺ですら顔が赤くなりそうなほどだった。
そして車のそば控えていたもう一人は50代くらいのダンディーなおじさん、と呼ぶのが似合う感じの使用人。
色気がすごい。
背筋の伸びもすごい。
どちらの使用人も完璧に鍛え、選び抜かれた逸材なのだと全く無頓着な僕ですらわかるほど何もかもが現実離れしていた。
そして家の中に案内された僕は、また現実離れした景色に対してこういうのだった。
「まじかよ...。」
今僕は応接室のような場所に案内されていた。
二人の使用人の方に案内されるとおりについていき、夫妻は部屋で着替えを、その間僕は応接室で優雅にティータイムを。
嗜めなかった。
目の前に置かれているのは百円均一でよく見たことあるティーカップ。
だがこれまた雰囲気というか、こんな家で百円の食器が出てくることなんてないと思ってしまっているからなのか。
持つ手とつける唇が震える。
さらにアニメのお嬢様のティータイムでよく見かける、アフタヌーンティースタンド。
マカロンやケーキ、クッキーなど数多くの甘いものが並んでいた。
普段から超が付くほど甘党な僕もさすがに唾をのむだけだった。
正直に言うとめちゃくちゃ食べたい。
どうしよう、ご自由にって言われたけど、これだけきれいに並んでいたら壊すのがもったいないな、と悩んでいると応接間の扉が開いた。
そこにいたのは老夫婦ではなく、相も変わらず眼鏡にスーツの御古都さんだった。
「くつろいでは...いなさそうだね。
さすがに堅苦しかったかな?」
「緊張で胸どころか体が引き裂かれそうです。」
「ははッ、だいぶ消衰しているね。
祖母と話していた時とは大違いだ。
君の言いたいことはわかる。
ただ、この現状が分かったからといって、祖父母に対する態度は改めないでほしい。
それこそ、自分が本当の孫であるかのように二人には接してほしい。」
そういうと彼女は嬉しそうな表情と、哀愁帯びた表情を同時に見せた。
「...わかりました?
任せてください。」
バイト中自分の怒りの感情を押し殺し、お客様と接する。
それを得意としている僕だから、老夫婦がめちゃくちゃ金持ちであったとしても、実際もっと丁寧に接しようかななんて考えていたとしても、その感情を押し殺して今まで通り。
接することができるだろうか...といまだに手にもつカップが震える。
そういうと「ふふっ」と、彼女は困ったようにもうれしいようにも笑った。
眼鏡を掛け直すと彼女は唐突に語りだした。
「君を少し調べさせてもらった。
それについては今この場で謝らせてほしい、すまない。」
「え、えっと。
はい、大丈夫です?」
いきなりの話にとりあえず何となく頷く藍。
「単刀直入に聞く。」
そう切り出した御古都さんは少しばつが悪そうに顔をゆがめ、本当に申し訳なさそうな表情を作るとこう切り出した。
「君の両親はもう、この世にいないね?」
「はい、そうですね。」
両親という単語を聞いたそばからその質問の正体には気づいたからこその即答だ。
しかしこの場での即答と、一切感情を表に出さない僕の表情のせいで御古都さんは僕が怒っていると勘違いでもしたのだろうか。
普通に答えたつもりだが、何となく場の空気が変わった気がした。




