『炎竈の鍛冶屋』
~再生された英雄譚~
「いらっしゃい!!」
来店に対する元気な声が室内に響き渡った。
野太く力強く、そしてハイテンション、まるでただ入店しただけの自分たちまで無条件で元気にしてくれる、そんな気がする声量だ。
その出迎えてくれた丸坊主の地槌種は、入店した者の正体がリルであることに気が付くと、「ちょっと待っててくれ。」とこれまた元気に一声くれて、奥へと入っていく。
それに頷き返したリルは、隣にいるアイについてくるよう視線で促し、受け取ったアイは進むリルの後を追いながら、店内にいる他の客や武器などを目にカウンターの方へと身を進めていった。
現実世界からでは到底想像もできなかったであろうゲームの世界の武器屋。
汚い、暗い、鉄臭い、木材を基調に設計されなんともむさ苦しい場所、といったイメージを持っていたのだが、事実はその真逆。
大理石のような綺麗な石材をもって作られた店内は明るく、鉄の匂いなど皆無で他の衣類店と同じかそれ以上に爽やかな香りが充満していた。
そして商品は乱雑には置かれておらず、品数はさすが高級店かあまり多くはないのだが、一つ一つが丁寧に壁掛けされていたり、ガラスケースで管理されているものまで存在している。
広さは思い描いていたモノの約三倍ほど。
流石に壁掛けの商品がある故高さは1,5倍ほどで落ち着いているのだが、横に十二分な広さを展開しており、それが思い描いていたこじんまりとしたイメージをより濃く裏切ってくれている。
所々に点在するショーケースは、日本国での宝石店を彷彿とさせ、さらにはそのショーケースもただのガラスではなく細工が施された逸品にて、それらしい高級感を放っていた。
またその輝きに乗じ、壁に掛かった武器もハイクオリティという名の眩しさを展開し、それはさながら本物の宝石かのようである。
これはさすがに心躍る。
アイの第一印象はその一言に尽きた。
先程までのテンションは何処へ、流石に場の空気を読んだのか大人しくなったアイに、リルは少しだけ微笑みを浮かべる。
そうは言ってもただ黙り込んだという感じではなく、驚きと興奮で周囲の光景を見入ったための沈黙のようで、今も首をグルグル回しながらいろんなところに目を向けていた。
それもそのはず、未だリルですらこのお店に来ると目移りしてしまうのだから。
特に冒険者でもなく、コレクターというわけでもないのだが、その武器の輝きときたら無意識に手を伸ばしてしまうほどに、誘惑してくる何かを秘めている。
その魔力に当てられたものから必然、お金を払い終わったところで我に返る光景というのも何度も目にしていた。
そんな彼らと同じ様子のアイに、再度リルは「ふふッ」と声に出らしながら笑みを浮かべる。
そして正面を向き直すと、そのままカウンターへと歩みを進めた。
「すごいな、こんなところだったなんて。」
「まぁ、ドールとメウの出で立ちからしたら、こんなお店を運営しているなんて思いもしないでしょうね。」
「やっぱり、普通に高級店なのか?
それとも武器屋ってのはこういうのが普通なのか?」
「いいえ、ここは特別よ。」
やはりというべきかここを勧めて来た二人のことを甘く見ていた様子のアイ。
それはまぁ仕方のない事なのかもしれない。
彼ら二人、ドールとメウに関してはここまでのお店を展開しているだけあって、鍛冶に対する想いは人数倍。
到底理解することのできない発想力や、生まれつきの想像力、お互いをこの上なく信頼しきった意思疎通と、どこまでも突き詰めた基本。
そして上級鍛冶師なだけあって戦闘力もさながら、自分たちで調達する素材には一切の手抜き無しと来た。
この仕事ぶりから打たれる得物は、やはり他の鍛冶師の作品とは一閃を駕した効力を発揮する。
人数倍の想い、それは人数倍の努力と苦労を意味し、ゆえにそれら作品は無条件に人を惹きつける魔力を帯びるのだ。
と、ここまで聞けば素晴らしい仕事ぶりをする二人、という印象を受けるのだが、それはあくまで鍛冶師としての二人。
じゃあ普段の様子はと言うと、アイが甘く見てしまうのが当然とばかりに、何の取り柄もない酒呑みといった感じなのだった。
仕事の期間はまばら。
それは上級鍛冶師特有のスタイルで、素材集めにどれほどの時間がかかるのか、そしてそこから作る作品がどれくらいの時間を要するのかで変化するため、一ヶ月休暇が取れない時もあるらしい。
その期間ずっと働き詰めというのは、どの職種の仕事人からしても、流石の一言だ。
ただ問題は、そんな忙しい期間を終え休みとなれば、一日を通して飲み明かすというおかしなルーティーンを何より大事にしているというところだ。
普段を働き詰めにしているゆえ口を出せない者が多く、またリルがうるさく言ってやっても右から左へ抜けているのが現状。
毎度毎度、二日酔いのテンションで『青銀の都宿』の食堂へ足しげく通ってくる、死にかけの二人を介抱する身にもなってほしいものだ。
そしてそういった場合の彼らの出で立ちはと言うと、作業着でも戦闘用防具でも下に着こんでいるはずのインナーのみ。
店は店で気にかけているらしいのだが、そっちにすべて引っ張られてしまったのか、本人たちはむさい、鉄臭い、汗臭い。
そこに酒臭いも混じれば、ほぼ同じ人原亜種なのか疑問に思うレベルで、人となりを完璧に等閑にしていた。
メウもメウでいい年の女性なのに色気づく気が更々なく、あれだけ繊細な手腕を持っているドールは仕事以外では超が付くほどガサツ。
長年やいのやいの言ってやり、少しはマシになったのだが、それでも精々着替えをするようになった程度で、酒屋に行く頻度が少なくなったわけではなかった。
ある意味では似通っているその点も、仕事仲間としてのパートナーにしっくり来ているのかもしれないが、『人生の』という意味では「あり得ない。」との一点張り。
身を固める様子は一切ない、二人を思ったリルのそのお節介も、もしかしたら意地にさせてしまっているのかもしれないが。
上級鍛冶師は自分で素材を取りに行く、取りに行けるほどの戦闘力を持ち合わせた職種だ。
それゆえ、その本質は冒険者と遜色ない。
いわばいつ死んでもおかしくない職業とされている。
なぜそこにそれほどまで没頭できるのかは、リルも宿屋を継ぎ、運営する上では同じ思いなのだろうとは察しがついていた。
ただ、そうであったとしても、帰りを待つ者がいない、または帰りを望んでくれるものがいないというのは、どうしても寂しいのではないかとも、思ってしまうのだ。
それはアイを待っていた自分だからこそ、悲観的に考えすぎている事なのかもしれない。
そして彼ら二人を心底心配できる、友人だと思っているからこそ、口うるさく言ってしまうのかもしれないのだが。
とまぁ、少し脱線し気味だったかもしれないが兎に角、色気の無い彼らの普段の調子からは、高級店を運営しているという事実を見極めるにはオーラが感じられないのだった。
ただただ親しみ深いねえさんと、気さくなあんちゃんという感じ。
それはアイ以外の者であっても勘違いしてしまうのも無理はないと思えるほどに。
後は、決まった客をあまりとらないというスタイルも、その要因になっている一つかもしれない。
あくまで庶民的な武器屋を展開している彼らは、一見さんお断りなどということは一切ない。
ゆえに、凄腕な職人のように気難しいと言った感じはなく、オーダーメイドですらお金さえ準備できれば初心者でもお構いなし。
そこが上級鍛冶師とも思えない迫力のなさを物語っているのだった。
よく言えばフレンドリー、悪く言えば手に職を付けたばかりの鍛冶師見習いのような人となり。
ただ、そうは言ってもどれほど冒険を始めたての初心者でも、お金さえ受け取れば素材集めから製作工程まで一切の手抜き無しなのだが。
満足しなかった客など、これまで自他ともに見たことがない。
だからこそ、その腕と作品は絶賛の一言。
もしかすると、そういったお客さんの心を掴むスタイルで、帰りを待つ者達を自然と集め、それをある意味婚期を遠のかせる理由にしているのかもしれない。
さらに脱線してしまったが、要は上級鍛冶師らしくないフレンドリーさで、会う人会う人と友達になっていくようなもの達なのだ。
普通であれば固定客を囲い、たまにだけ要望を聞き入れ、それ以外は押し売りのような雰囲気で逸品を専売するような上級鍛冶師。
だが、彼らは金さえあれば超逸品を提供する、言わば超級鍛冶師とでもいうべきか。
ゆえに友達になった側面が大きい、リルも最初は甘く見ていたものだった。
過去の自分を思い出し、少し恥ずかしさに苛まれながらでもあくまで姿勢は堂々と、後ろをついてくるアイに情けないところを見せないように、その超級鍛冶師の到着を待っていった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ごめんごめん、お待たせ。」
高級店の店内に、ある意味高級っぽくない声が鳴り響く。
それはいい意味で子供っぽいってだけで、決して声がチープだと言ったわけじゃない。
もちろんその声の主はメウだ。
キラキラと光る、今にも零れ落ちそうな一つ目が印象的な彼女は種族名単瞳種。
日本国での知識で、単眼種は遠近感や三半規管がどうのこうのと聞いていたが、実際はどうなのだろうと何となく体ごと左右に動かし始めるアイ。
特に理由はない。
その彼を、メウはなんとも不思議そうに首を傾げ、目で追い様子を伺ってくる。
そのしぐさは訳もなく胸にグッとくるものだった。
アニメやゲームなんかでは可愛らしく描かれていた単眼娘。
実際はどうなのかな、と彼女らにVRよりさらにリアルなこのゲームの世界で出会った感想としては、それ以上に可愛らしい。
女性らしい仕草は忘れることなく、それでいて見つめられているという感覚が通常の何倍も大きい目ゆえに何倍も大きく感じられる。
その感覚がまた面白く、アイは動く速度を速めてみる。
ある程度のところまでいくと眼球だけでなく首を動かし、またある程度のところまで戻ると首を正面に戻す、そんなことを数度繰り返したところで、リルからジト目が飛んできた。
「何してるのよ?」
「あぁ、いや、何でもないよ。」
「全く...」
その唇を尖らせたような声の真意は何だったのやら。
背中に響く悪寒に、まるで見てはいけないものを見てしまったかのようなアイは視線をずらし、|顔のにやけを元に戻した《・・・・・・・・・・・》。
そして放たれたリルのため息の後、メウとの会話が続いていく。
「アイさんいらっしゃい。
本当に来てくれるなんて思ってなかったよ。」
「いやまぁ、さっき話を聞いたんですけど。」
「あっはは、急にかしこまっちゃって。
軽い感じでいいわ、そっちの方がやりやすいし。」
「わかった...うんわかった。」
「で、やっぱり来てくれた理由は、そういうことでいいの?」
そういう事とは、分かりやすく武器を買うかの話をしてくれているのだろう。
なんてったってここは武器屋なのだから。
高級店というだけで、その経営者であるメウを自然と敬ってしまっていたアイ。
だが、それはいいと制した彼女の優しさに、多少呑み込めずとも敬語を解いた彼は今まで通り笑みを浮かべ、朝と変わりない彼女の様子に安心して先程の質問に返答を返した。
ただ、何となく含みのこもったイントネーションだった事には、気が付かないふりをしておきながら。
「そういうことだな。
俺の武器を―――――」
「造ればいいんだね。
どんなのにするか、希望はある???」
...訂正、あからさまに気が付いてやればよかった。
武器を作る、それはオーダーメイドということを意味している。
そして高級店のオーダーメイドともなれば一体いくらするのかは、このゲームの金銭感覚のないアイでも何となく察しが付く。
恐らく横を見た、アイの視界に映ったリルが額に手を当てているのはそういうことが理由だろう、申し訳ない。
「え、俺が悪いか?」
「気にしないで、いつもの事よ。」
呆れたように息を吐くリルは二の句が出ず、とすればアイも黙り込む。
ここは経験者に委ねよう、そう考えたアイは彼女が言葉を発するまで待つことにした。
ついでにその様子をキラキラとした目で見ていたメウも、なぜか嬉しそうな顔をして、一緒にリルの放つ言葉を待っている。
そして、何かが決まったのか、腹をくくった顔をしたリルが改めてメウに向き直り、しっかりと目を見つめてようやく気持ちを口にしてくれた。
「それじゃ、中型の弓にしましょうか―――――」
「え、さっきのため息なんだったの?」
何故か乗り気な声音のリルに、間髪入れずアイの渾身のツッコミが放たれた。
一体何を溜め、何を吐いていたのやら、先程のリルのため息には別の意味であったことに今更ながら気が付いたアイだったがもう手遅れ。
すでにリルの『待った』から解放されたメウは満面の笑みを浮かべ、止まる様子もなく二人の手を握り、大きく頷いて見せる。
そしてしっかり鍛冶師らしいその腕力で、二人を引っ張ると店の奥に入るよう促していった。
「ちょちょ、リル。
高いんじゃないのか?」
「構わないわ。
アイが思っている以上に私はお金持ちよ。」
「いやそうだけど...。
いいのか?」
「言ったでしょ、その代わり私たちを守ってねって。」
彼女がいうなら大丈夫なのだろう。
果たして自分が他者から大金にて取引されるものをプレゼントとして受け取ることに、ここまで耐性がないとは思わなかった。
高額な匂いのする買い物が、トントン拍子で進んでいく様子に驚きを隠せないアイは、当然彼女らを止めることなどできそうもない。
申し訳ない思いは言うまでもなく、なんとも居たたまれなくなってしまう彼は、この状況にて本当の意味で大人しくなってしまう。
そして自分の武器を決めるはずなのに、声一つ出すことのないアイに向けて、メウから声が掛けられた。
「アイさん、弓使えるんだ。」
「珍しいのか?」
「まぁ珍しいっていえば珍しいけど、それ以上にリルちゃんが魔法剣士だからね。
相性はあんまりよくはないかな。」
ここで改めてゲームっぽい用語が出てきたことでアイのオタク脳が回転する。
先程までの大人しさは何処へ、すでにワクワクに支配されハイになった思考をフル回転して、彼女との会話に花を咲かしていく。
蚊帳の外にされたリルが、今度は悔しそうに頬を膨らませているのに気が付かないまま。
「相性ってやっぱりあるんだ。」
「もちろん。
そういうのは得意な戦闘距離を考えればすぐにわかるわ。
戦士は強近距離、魔導士は中距離から遠距離、弓士は遠距離とサポートとして弱近距離って感じかしら。
ちなみに、リルちゃんみたいな魔法剣士は近距離と中距離って感じね。」
「それだと、結構バランスいいんじゃないか?
近距離に弱近距離、中距離と遠距離だろ?」
「いいえ、むしろばらける方が危ないのよ。
一人に掛かる負担はもちろん大きくなるし、二人で冒険するなら尚更。
片方が失敗すれば必然二人とも一緒にお陀仏よ。」
「へぇそういう考え方もあるのか。
ってか、このゲームはそういうタイプなんだ。
じゃあ近距離に絞ったほうがいい感じなのか?」
「そうね。
リルちゃんは二人の方が...じゃなくて。
えっと...ほら、二人でいる時は比較的近距離に的を絞った方が何かと便利なことが多いのよ。」
メウが少し言葉を詰まらせた。
理由はすでに爆発しそうなほど頬を赤らめたリルが、呪いそうな勢いでメウのことを見つめていたからだ。
だがそれにアイは気が付かない。
むしろ気が付かないからこそ呪われそうになっているのだが。
口が滑って「二人っきりの方がいい」と言いかけた過去の自分を叱りながら、冷や汗を誤魔化すかのように言葉を続けるメウ。
後ろを振り返って、彼女の顔を見たその体勢から、印象的な単眼を逸らし引き攣りかけている口から、それでも何とか声を出した。
「冒険者って成果を出すことはもちろん必要だけど、それ以上に生きて帰ってくることが全てなの。
依頼の大体は生きてれば何度だって再受注することができるからね。
それで言うと当然、撤退することも戦闘の内。
近距離特化であればその点逃げることに一切足枷を伴わないから、その分生還率も高いってわけ。
遠くの敵は無視して、近くの対処だけ怠らなければ周囲にスペースはできているからね。」
「あぁ、そういう。
...それじゃあ魔導士の職って溢れないのか?」
「あくまで二人の時だからね。
それこそ普通のパーティーは10人体制くらいだし。」
「なんだ、そゆこと。
じゃあ俺たちも二人っきりって危ないんじゃないか?」
ここでようやく話の矛先がリルへと移る。
メウは内心、よくやったとこの時のアイほど人を褒めた試しなど過去にあっただろうか。
ある意味では、大げさに一人の命を救ったなどと思いもしないアイの、この時の懸念はある意味正解でもあった。
本来冒険者パーティーは最低10人から構成されるもの。
役割として、それくらいの人数がいたほうが効率がいいとされているからだ。
分担は戦士が3人、魔導士が2人、サポーターが2人、回復職が2人、弓士が1人といった感じ。
しかしこれは最低ラインであり、望みを言えば鍛冶師も欲しい、魔法剣士も欲しい、回復職やサポーターは多ければ多いだけありがたいし、隠密職やバフ・デバフを操る黒魔導士なども欲しい。
さらに回復職の中でも白魔導士などはその名の通り魔導士としても重宝されるので、そういった特殊な役職も仲間にいてほしいというものだ。
あくまで遠征込みの冒険で、一日の日帰りで終わるような依頼ではない時のパーティーだが、一日で終わるような依頼であったとしても、これくらいいてようやく安心できるといった感じが普通。
それなのに、なぜここまでしてリルは二人っきりの冒険を望んでいるのか。
これは長年の付き合いであるメウもドールも知らないことで、リルに対してこれ以上に無い興味となっていることでもあった。
ゆえに、ここでのアイの問いかけは、メウにとっては一石二鳥の話題振りなのだった。
その好都合の質問に、何でもないような素振りをしながらもしっかり聞き耳を立て、リルの口の動き一つすら見逃さないよう意識を集中―――――
「おう、リルじゃねぇか!
メウの奴が何しに行ったのかと思ったら、お前さんだったか!」
だが、そんな澄み渡った心の中に、土足で踏み込んできたかのような声が鳴り響いた。
もちろんその主は我らが上級鍛冶師、『炎竈の鍛冶屋』の共同経営者であるドールのあんちゃんだ。
気さくでいいやつ、この世界の常識に疎いアイにも優しく丁寧に様々な知識を教えてくれた、このゲームでの唯一の漢友達?
だからメウさん、そんな目で見ないであげてください。
これはアイの心情だ。
珍しく彼女の怒った表情を目の当たりにし、これまでの可愛い彼女は何処へ、鬼のような形相をしているメウは、その矛先をドールへと向けている。
話しの流れが途切れた。
それがどれほどの価値を生む会話だったのか、唯一わかっていないアイには彼女がなぜ怒っているのかその真意はわからない。
ただ一つだけ、恐らくドールは終わったなと、そのことだけは何となく理解できたアイは、そっと視線をリルに映す。
そんな彼女もアイを見て、肩をすくめる事でドールに別れを告げ、二人で両手を合わせてやる。
そして同情の対象であるドールは、その状況をいまいち呑み込めずに、なぜ怒られそうになっているのかその理由がわからない様子でこちらを見つめていた。
ただ、どんなことが理由であれ、これから理不尽にキレられるんだろうなと、長年の付き合いから察しがつき諦めているようだった。
「...もう少しだったのにーー!!!!」
丁寧で優等生気質、何となくそんな雰囲気をメウから感じていたアイは、怒る理由は何であれ自身の探求心に傷がつけば彼女でも取り乱すのだな、と一人想像してみたり。
そしてそれは隣にいるリルにまで飛び火する。
こんな二人を総評し、「女性は変なところでキレるんだな。」と自分を棚に上げた評価を下した。
相変わらずデリカシーの欠片もない。
ただそれに気が付かないアイは、とりあえずもう一度ドールに手を合わせておくことにした。
目の前では五回りほど体躯の小さな女性に、首根っこを掴まれた大男の構図が映っている。
何ともおかしな光景だ。
そしてなんとも平和な一日だ。