バイト先
~再生された英雄譚~
「いらっしゃいませ―――」
「二名様ですか?」
「はい。」
「奥のテーブル席どうぞ。」
ここは安くうまいをモットーにしている食事どころ。
僕はそこでバイトをし初め、もう2年目になる。
ここはお客との距離は結構近い。
だから二年も働けば当然いやなことだって多々ある。
回転率がよくて安い、そしてうまいと来たら当然お客はたくさん来る。
そんな店で一番回転率を求めているお昼時にだらだら携帯を見て居座る輩がいる。
さらに周りの目も気にしないで大きな声で騒ぐ輩もいる。
まぁそんな奴らは序の口だ。
ほっておけばいいのだから。
いやなこと、ないしイライラする客とは例えばこういう…。
「あのレジ待ってるんだけど。」
「あ、少々お待ちくださいね。」
(ついさっきも少々お待ちくださいねって言っただろ三回目だぞ。
一回で聞けよ、周りをよく見ろよ。
こっちだって忙しくやってんだよ、見えないのか。)
こういう客だ。
何考えてんだかな。
同じ人間だろ、お前こっち側に来てやってみろ。
その状況で俺もお前に早くしろって言ってやろうかくそ。
なんて思ってても顔に出してはだめだ。
『接客のマニュアル』
『いつでも笑顔』
(はん、笑わせんな。)
お客様は神様ではない。
こういう客は人間ですらない。
二度と来んな、なんて言い過ぎかもしれないが、忙しく疲れている時にこんな態度で来られるとこんな気持ちにもなる。
結局お会計が終わって「ご馳走様。」も言わずに出ていく。
二度と来んな。
はぁ憂鬱。
ご馳走様の一つも言えないのか。
お礼すらできないのか。
(あぁ、また客が来た。)
「いらっしゃいっ――
いらっしゃいませ!」
「こんにちは。」
「どうも、奥のテーブル席どうぞ。」
「ありがとね。」
こういうお客様が神様なんだ。
とある一組の老夫婦。
それは僕がこのバイトに入って唯一楽しみにご来店いただけるのを待っているお客様だ。
まぁこの方たち以外にもいいお客様はたくさんいる。
だがこの人たちは特別だ。
「お水じゃなくてあったかいお茶二つ用意して。」
一緒に働いている従業員の人にお願いをする。
「あと、今のお客様は僕が対応するから。」
「わかりました、どうぞお茶です。」
「ありがとう。」
後輩からお茶二つ受け取り、笑顔とお礼を返し老夫婦の元へ向かう。
僕が働く前からここのお店の常連さんで、初めて接客したのはバイトし始めてすぐのころだった。
右も左もわからなかった僕に対して全く嫌がらずむしろ進んで接客の練習相手になってくださったり、お会計の時には必ず笑顔で「おいしかったです、ありがとう。」と帰っていく。
おじいさんのほうは無口で不愛想。
だが全くもっていやな感じはしない。
そしておばあさんは俗にいうかわいいおばあさんだ。
いつも笑顔でニコニコしていて、お話をするときは必ず目を見て笑顔で会話する。
見ているこっちまで朗らかな気持ちになる。
そして二人仲睦まじくしている感じが何となく伝わってくるほど仲のいい夫婦だ。
必ずお冷ではなく温かいお茶をご注文する。
このお二人が来たときは注文は決まっている。
ほかの従業員もそれを理解しているので、僕が接客している間ほかの場所を変わってくれている。
そしてちょっとした会話を交わし、裏に帰ると二人の注文の品が完成してる。
それを提供して「ごゆっくりどうぞ。」と笑顔で言えば幸せな時間は終了。
すぐにめんどくさい客の相手をしなくてはならない。
それでも老夫婦が帰るまでが一応幸せな時間ってことで。
「注文いいですかー?」
「すぐお伺いします!」
はい作り笑顔。
「お会計840円になります!」
「じゃあちょうどね。」
「ちょうどお預かりしますね。
レシートのお渡しです。」
「今日もありがとね。
ごちそうさまでした。」
「いつもありがとうございます!
またお願いします。」
「ちょっといいかい絲璃さん。」
ちなみに絲璃というのは僕の苗字だ。
絲璃 藍。
ここの制服は胸元に名字の名札を付ける仕様になっている。
誰でも従業員の苗字は把握することができる。
このお二人は僕の名前を絲璃と知ってからずっとこう呼んでくれている。
「どうかしましたか?」
「今日お仕事はいつ終わるかね?」
「今日は10時から15時までですね。」
普段、従業員の情報はお客様には伝えてわいけない。
しかし僕はこの老夫婦のことを自分の祖父母のように思っているし、二人も僕のことを孫のように思ってくれている。
だからこそ、家族にはなすかのように軽いテンションで退勤時間を教えた。
「それじゃあ15時になったら18番の駐車場でおじいさんと車の中で待っているから終わったら来ておくれ。」
ここの駐車場は結構広くて、1~20、30~50までの駐車スペースがある。
18というとお店の裏手、さらにその端っこだ。
なぜこんなことが?
(なんだろう、料理がおいしくなかったのか。
でもそれなら接客の僕ではなく、調理担当の人に言うか。
なら僕の接客におかしなとこがあったのか?
別にいつも通りだったよな。)
俺の頭の中はこの人たちを裏切りたくない一心だったのでヒヤッとしたものの、おばあさんの顔を見ればマイナスな話ではないことが伝わった。
もちろん俺はこの夫妻をお話をすることがとても好きだったので断る理由もなく二つ返事で了承した。
「わかりました。楽しみにしています。」
「ふふ、ありがとね。」
おばあさんはそういうともう一度お辞儀をしておじいさんと一緒に店から出ていった。
一体何の話だろう。
それに楽しみにしていますねって、返事の仕方おかしかったよな。
(まぁそんなことより、さっさと接客に戻ろうか。)
そして藍は15時までミスすることなく業務を全うし、着替えを終わらして駐車場へ向かった。