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第15話 癒やしたいから

気が向いたので今日はもう1話

 陽奈希ひなきの希望でやってきたのは、郊外にある植物園だった。

 色とりどりの草花が咲き並ぶ庭園を、俺と陽奈希は二人で並んで歩いている。 


「こういうのが好きだとは、知らなかったな」


 俺は「重そうだから持つよ」と預かった陽奈希のバッグを持ち直しつつ、そう口にする。


「きれいな花を見て、香りが漂ってきて……歩いてるだけでも、なんだか癒やされる気がしない?」

「なるほど……」


 咲いている花の名前とか、どういうところが魅力とか、そんな詳しい知識はまったくないけど……こうしてひたすら自然が広がるだけの空間にいると、なんだか力が抜けてきて、難しいことを考える気がしなくなってくる。

 おかげで段々と頭がすっきりとして、心が穏やかになってきた。

 ……自分で思っていたよりも、俺は精神的に疲れていたらしい。


「……陽奈希もなかなか、いいセンスしてるな」

「ふふ、ありがと」


 俺が褒めると、陽奈希は得意そうな顔をした。

 しかし、ここに来たかったってことは、陽奈希も癒やしを求めていたんだろうか。

 まあ、最近は文化祭実行委員の仕事で忙しそうだしな。昨日だって、土曜日なのに集まりがあったくらいだし――


「じゃあ、次は……えいっ」

「ちょっ……!」


 掛け声に合わせて、陽奈希が俺の腕に手を回して抱きついてきた。


「……次は、こういう癒やしはどう?」


 密着した状態で、陽奈希は俺を見上げてくる。

 上目遣いに向けられる、純真な眼差し。


 は……破壊力が強すぎる。

 こんなものを向けられて、何も感じない男は、そういないだろう。

 なんというか、陽奈希はあの沙空乃さくのと双璧をなす美少女なんだと、改めて実感させられた気分だ。

 そんな存在の好意が今、俺に対して一身に注がれている。


「あー、その……悪くない、な」


 ……いやいや、動揺しすぎだろ、俺。


「うんっ、それなら良かった」


 俺の気を知ってか知らずか、陽奈希は満足そうに頷いた。

 そうして腕に抱きつかれたまま、また二人で歩き始める。


「…………」

「…………」


 ひょっとしたら、傍から見たら今の俺たちは、特に会話がなくても花々を二人で眺めてリラックスしている、仲の良いカップルにでも見えたかもしれない。

 けど……俺の意識は花ではなく、ある一点に奪われていた。

 

 さっきから腕に、柔らかいものが二つ、押し付けられるように当たっているのだ。

 ……あまり意識したことがなかったけど、結構大きいんだな。

 これは当たるというか、腕が包み込まれていると表現した方がいいレベルのサイズかもしれない。

 天宮姉妹はスタイルもいい、なんて声は聞いたことがあったけど、これは納得せざるを得ない。

 ……これも陽奈希のいう、癒やしの一貫なんだろうか。


「あ」


 陽奈希がおもむろに声を上げた。

 まずい、邪なことを考えているのがバレたか……?


「見て見て、着いたよ!」


 どうやらそういうわけではなかったらしい。

 密かに安堵しながら陽奈希の指し示した先を見てみると、そこには芝生の広場があった。


「着いたって、ここで一体何を……」


 言いかけたところで、俺はその広場にいる人々が若い男女のペアばかりだと気づいた。

 ……どうやら、ここは《《そういう》》場所のようだ。

 仲の良いカップルが公然といちゃつくための、非リア充お断り空間である。

 一応今の俺は陽奈希と恋人同士ってことになっているので、違和感なく溶け込めるのかもしれないけど……なかなか尻込みしてしまう。


「うーん……わたしたちは、この辺かな」


 しかし陽奈希は俺の懸念など知る由もなく、抱きついていた腕を解くと、小走りで芝生広場の一角に位置取った。


「そのバッグ、貸して?」


 早く自分の方に来るようにと促すみたいに、陽奈希はうずうずと俺に手を伸ばしてくる。

 ……迷っている時間もくれないらしい。

 まあ、陽奈希のしたいことをすると了承したのは、俺なんだけど。


「ちょっと待ってくれ……ほら」

「ありがとね、ずっと持ってくれて。重かったでしょ?」


 陽奈希は俺からバッグを受け取ると、そんなことを聞いてくる。


「別にそこまででもないけど……何が入ってるんだ?」

「んと、まずはー……これかな」


 バッグを漁っていた陽奈希が取り出したのは、折り畳まれたレジャーシートだった。


「よいしょ……っと」


 陽奈希は手際よくシートを芝生に敷くと、靴を脱いで足を伸ばした姿勢で座る。


「さあ、君もこっちに来て?」

「ああ……」


 言われるがまま俺も靴を脱ぎ、少し間を開けて陽奈希の近くに座ると。


「そうじゃなくて……君はここ!」


 陽奈希は自分の太ももをぽんぽんと叩いた。


「あー……俺にどうしろと」

「このシートで寝転んで、わたしの膝を枕にするの」


 なんか当たり前のように大胆なこと言いますね陽奈希さん。


 ……っと、あまりの衝撃に変な調子になってしまった。

 陽奈希は周りの空気に当てられた……わけでもないんだろうな。

 レジャーシートをバッグに詰め込んでおいたりと、やたら準備が良いし。

 とはいえ、公衆の面前で膝枕をしてもらうのはハードルが高い。

 ましてそれが、間違えて告白した結果、成り行きで付き合うことになった相手となれば尚更に。


「……重くないのか?」


 俺は一応、遠慮するようなことを言ってみるけど。


「わたしがしたいから、いいのっ!」  


 ……こうもはっきりと意思表示されると、断りようがなかった。




 結局押し切られた俺は、陽奈希の太ももを枕にして、シートの上に寝転んだ。  

 ……なんだろう。

 もっと緊張するかと思っていたけど……いざ膝枕されてみると、意外と落ち着くな。

 女の子の膝の上って、こういうものなんだろうか。


「…………」


 あ、なんかぼーっとしてきた。


「えっと、寝心地はどう?」


 なんとなく遠くの方を見ていると、それを遮るように陽奈希が上から顔を覗かせてきた。

 その際に長い銀髪が垂れてきて、どこから発生しているのか分からない甘いにおいとともに、鼻をくすぐってくる。

 いつもの俺ならそこでまた取り乱してもおかしくないところだけど……今に限っては、その感触やにおいすら、むしろ安らぎを与えてくれるものの一部に感じられた。


「そう、だな……けっこう柔らかいぞ。毎日寝る時の枕にしたいくらいは」

「ふぇっ……!? そ、そっか……うん、それは何よりかな」


 覗き込んでくる陽奈希の表情に、動揺の色が濃く走った気がした。

 ……あれ。

 なんか俺、とんでもないことを口走ったような……。

 まあ、いいか。

 それより今は、余計なことを考えず、頭を空っぽにしてこの膝の上を満喫していたい。


「…………」

「ふふ……すっかり大人しくなっちゃった」


 笑い声とともに、陽奈希が頭を優しく撫でてきた。

 俺はその手を払いのけるどころか、全く抵抗することなく、受け入れる。

 そんな自分に、疑問すら抱かずに。


「よしよーし……」


 ふぅ……すべてがどうでもよくなってきたせいか、次は眠くなってきた。

 重たい瞼を閉じる。

 少しずつ、撫でてくる手つきに合わせて、ゆっくりと意識が薄れていき――…………。




「っ……」

「あ、起きた」


 そんな声とともに俺の視界に飛び込んできたのは、どこか慈しみみたいな感情を滲ませた、陽奈希の顔だった。


「……もしかして、寝てたのか俺」


 まだ寝ぼけた頭で、俺はそう理解する。


「足、痺れてないか?」

「大丈夫だよ。君が寝てたのはせいぜい、二十分くらいだし」


 陽奈希は微笑みながら、また頭を撫でてきた。

 ……あ。やっぱり俺、なんかとんでもない状況をあっさり受け入れてるな。

 少しはっきりしてきた頭で、俺はようやく気づく。

 けど……その先を考えたり、何か行動を取ったりはしなかった。


「最近さ。君がなんだか疲れてるというか、悩んでるような感じに見えたんだ」


 無抵抗でいる俺に、陽奈希はおもむろに語りだした。

  

「……そんな風に見えてたのか」

「うん。ちょっと、らしくないなーって」


 自覚はなかったけど……あの時、陽奈希に間違えて告白してから。

 俺は想像以上に気疲れしていたらしい。

 普段なら冷静に拒んでいたような行為の数々を、こんな調子で甘んじて受け入れているのが、何よりの証拠だ。


「だからね? 君の彼女として、わたしが癒やしてあげたいなーと思ってここを選んだんだけど……どうだったかな」


 陽奈希は、俺が自分自身ですら分かっていなかったその異変を見て取って、気遣ってくれた……ってことか。


「もしかして……急に予定を変更したのも、俺のため……なのか」

「……余計なお世話、だった?」


 陽奈希は自信なさそうに、俺の反応を窺ってくる。


 結局、ワガママぶっていたのも……俺に気を遣わせないための、建前だったんだろう。

 陽奈希は自分がやりたいこととか、思い描いていたであろう初デートの理想とか、色々なものよりも優先して、俺のために尽くしてくれていたのだ。

 だったら、その心遣いが。

 

「余計なお世話とか……そんなわけないだろ」 

「……そう?」

「ああ……ありがとな、陽奈希」

「~~~っ!! うんっ!」


 見上げながらお礼を言うと、それまで不安そうだった陽奈希の表情が、満面の笑みに変わった。

 ……あの、ひたすらツンツンしていた陽奈希が。

 こんな風に、彼氏に対して献身的に尽くす女の子に化けるとは。


 ……待て。

 なんで俺……こんなに喜んでるんだ。 

 ここ最近、陽奈希に対して抱く感情と言えば、罪悪感ばかりだったのに。

 今は、それがどこかに飛んでいってしまいそうになる程……嬉しさを感じている。

 陽奈希が俺のためを想って、尽くしてくれることに対して。




 《《沙空乃の双子の妹》》、ではなく。

 天宮陽奈希がこんな風に笑う姿を、もっと見ていたい――

 そんな気持ちが、俺の中から湧き上がりつつあった。

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