表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

我、魔王を辞めたい

魔王城。それは勇者の目的地。勇者は魔王を倒すために世界各地で様々なイベントをこなし数々の人と出会い、最強の武器と防具を身につけ、頼りになる仲間と共にここを目指す。


そして魔王城最上階、ひときわ広いその部屋に魔王は待っている。青紫色のランプが不気味に灯るその部屋で豪華な装飾がついた大きな大きな椅子に座りながら魔王は待っている。


***


我は魔王である。いきなりだが我、魔王を辞めたい。


「のう、宰相よ」


傍に控える宰相に声をかける。上等なローブに身を包み、全てを見透かしたような目、身が引き締まるような雰囲気。その佇まいはまさに強者の貫禄を見せつけているようだ。当てつけかな?我への。


「なんでしょうか魔王様」


「我、魔王を辞めたい」


直球勝負。なんともいえない空気がこの場を包んだ。しばしの静寂が流れる。この空気感のせいで横の宰相の顔もなんだか迂闊には伺えない。


しばらく時間が経った後、宰相は小さくああと言うと魔法を使った。宰相の光魔法で我の前にこんな選択肢が映し出される。


『あなたは魔王を辞めますか? ーはい/いいえ』


え?これって……え?


とりあえず『はい』の方の触れてみる。


『……本当にあなたは魔王を辞めますか? ーはい/いいえ』


『はい』


『…………本当に本当にあなたは魔王をは辞めますか? ーはい/いいえ』


『はい』


『………………本当に本当に本当にあなたは魔王を辞めますか? ーはい/いいえ』


これ知ってるぅぅぅぅぅぅ!勇者がやるやつじゃん!最初の街で王様が勇者にやるじゃん!お前は我を魔王にしたいの?したくないの?どっちなの?ついでにいちいち『……』と『本当に』が増えてくのムカつく。


宰相は我の前まできてひざまづくと優しい笑顔で言った。


「気が済みましたか?」


なんのだよ!済んでないよ!なんの発作だと思ったんだよ!別に魔王飽きたから勇者やりたい衝動に駆られたわけじゃない。むしろ「ようこそここは始まりのまちだよ」とか言いたい衝動だよ俺が感じてたのは!勇者よりは村人!魔王よりはスライム!


「宰相よ。我の命令は絶対だったな」


「もちろんです。死ねと言われれば死にますし、殺せと言われたら親でも殺します。もちろん消せと言われれば勇者でも冒険の書でも消します」


うん、最後のはいらないね。


「では、我魔王を辞める!止めるな!」


「はっはっ!ご冗談を」


笑い飛ばされたけど?命令。


「いやいや、今命令は絶対と」


「ええ、ですが今のは命令ではなく冗談ですよね?」


「冗談では……」


「まさか本気だとは言いますまい。貴方様は魔族の王であらせられるんですよ。辞めてしまったら魔族は終わりです。勇者にたちまち魔王城は攻め落とされこの国は支配されてしまいます」


宰相がひざまづいたまま真摯な目で訴えてくる。我がやめたら民が迷惑するか。勇者にたちまち攻め落とされてしまうと。だが……


「宰相よ勇者は何回魔王城に攻めてきた」


「ゼロですね」


嘘じゃん!我何もしてないけど勇者魔王城までも来てないじゃん。我が辞めても絶対何の影響もでないよ!そもそも()()してないのに魔王にもなったし!


だって我一般兵だったよ!魔王軍の一般兵だったよ!何の手柄も立ててないけどあれよあれよという間にこの椅子に座らされたし!てか前魔王様どこよ!元気溌剌だった爺さんどこよ!隠居か?隠居なのか!我に椅子譲ってどうしろと。磨けばいいの?


いや本当に魔王になってから一日中この椅子に座って終わり。仕事もさせてくれない。新手の拷問かな。我じゃなっかたら精神壊れて終わってる。我一日中呆けてられるタイプだったからいいものを。


だから前魔王様は度々単騎で人間の国に突撃してったのか。やり甲斐のある仕事を求めてのことだったのか。まあ我にはそんなことできないからここにいるけどさ。


そういえば…


「なぜ勇者は攻めてこないのだ?」


丸い大陸の中央にあるのが勇者の出身国。そして最北端にあるのが我の国と城。歩いて進んでもそれほど長くはかかるまい。


「ああ今勇者なら大陸の最西端にいますよ」


なぜそんな所に……


「魔王を倒すための最強の剣を取りに」


え?なにそれ知らない。というか多分、我ふつうの剣でも死ぬよ?そんな剣取りに行っても完全にオーバーキルなんですが。痛くしないでください。


「まあ、私が流した噂なので嘘なんですが」


嘘かよ!


「ちなみにですがその前は最東端にこの次は最南端のさらにその先の絶海の孤島へ。それから再び最西端に船で行って中央の国に戻ってからこちらに来る予定です。噂に踊らされて」


鬼畜かこいつ!


「なぜそんなに勇者の内情に詳しいのだ?」


「私の支持で勇者パーティにスパイとして魔族入れてますから」


え?やっぱりそれも我初耳なんだけど。


「3人ほど」


たしか勇者パーティって四人……


「頼れる仲間が魔王の前で裏切ったら勇者はどんな顔するのかなと」


鬼か!


「ちなみにその3人の魔族は私の機嫌を損ねた罰としてその茶番世界一周に参加しています」


鬼か!


「裏切り?心配しないでください。家族、恋人等はこちらの手中に」


鬼か!


「勇者の今の現状は常に映像で送られ続けていますが見ますか?」


お……え?


「こちらですよ」


またもや光魔法によって我の前に映像が現れる。今代の勇者は何気に初めて見るな。映像が徐々に鮮明になっていき、そこに映し出されたのは……


謎のピンク色の粘液にまみれ、服が溶けた半裸の男性四人だった。そして今まさにピンク色の粘液の塊みたいなやつに捕食されるところだ。


映像がぶつんと消えた。


「これは失礼いたしました。見苦しいものをお見せいたしました」


「今のは?」


「どうやら私の実験動物No.12 ピンキージェリーに襲われたようですね」


やっぱり宰相だよ。


「心配しないでください。お腹を壊さないように後ほどぺっさせますから」


うん、してない。ピンキージェリーの方の心配は一切してない。たしかに実験動物は気になるけど。少なくともあんな怪物があと11体はいるという事実がすごい気になるけど。


「のう宰相。時々お主の部屋の実験室から訳の分からん叫び声だか悲鳴だか鳴き声だかの音がするのは……」


「魔王様」


それ以上は口にするなと言外に伝えてくる。なにその雰囲気。宰相ってどういう役職なんだっけ?宰相(まおう)って読むんだっけか。


我は考えるのをやめた。


「寝る」


「もういい時間ですしね、では魔王様これを」


宰相はそう言って分厚い黒い本を差し出した。これは?宰相に目線で問う。


「『魔王を辞めない100の理由』です」


……我が魔王を辞めたいことわかってたよね?


「睡眠の前に読むとよく頭に残るそうですよ」


残せと?頭に刻みつけろと?だいぶ分厚いのだが、こんなに理由あるの?あれ、魔王辞めない方が良いような気がしてきた。


「ふむ、どうやらお気に召さないようですね。その本。一生懸命書いたんですが」


宰相よ。ただでさえ仕事量多いのに余計な仕事を自分で増やすとは……あ、我のせいかこれ。


「まあ、そちらの本はおいおい読んでもらうとして。では今日はこちらをどうぞ。私の愛読書です」


「これは?」


「『魔界の最強最悪モンスター100選』です」


「……」


趣味の悪さよ。だが少し気になってパラパラと目を通す。


「まさか20体も私の実験動物を選んでくれるなんて思いもしませんでした」


よし、じっくり目を通そう。リスク管理大事。


「…………この一番最後の載っているのは」


「実験動物No.1 デスドラゴンですか?」


「危険度MAXで生息地魔王城とか書いてあるのだが」


「ええ、いますよ。魔王城を入った直後の難関として置いてますから」


ほっほー 『何かおかしなことでも?』みたいな空気だしてくるか。


「勇者が来ても瞬殺です」


やったね、勇者が来ても安心だ。


「そして今度はデスドラゴンを倒すために西の果ての島へ」


うん、それはもういい。


というか我そんなことに住んでるの? もうなんか怖くて眠れないんですけど。ご近所トラブル起きたら土下座一択。


「それでは魔王様良い夢を」


「うむ」


圧に負けて結局二つとも本を受け取ってしまった。流れるように魔王のマントも脱がせられる。これが今日の勤務終了の合図。解放感。魔王の証だからしょうがないけどそれすごい肩こるんだよね。


我は椅子から降りるとゆっくりとドアの方へ向かう。しかしこのドア無駄のでかいな。絶対こんな大きい奴いないのに。そのくせドアノッカーは通常通りとか。なにこのファンタジー。どうやって開いてるんだ。


「ああ、そうでした」


我が魔王城の建築ミスを疑っているところに宰相から声がかかる。背中越しに宰相に目線を向ける。


「今日は一緒に寝てもいいですか?()()()()


俺は苦笑して言った


「いいとも。我が()()よ」


我は部屋から出た。


この娘を引き取ってから約十年。魔王軍の宰相になるまでに立派に育ったのは、父親冥利につきる。まさか我よりさきに出世するとは思わなかったが。しかしこうして今でも甘えてきてくれる。


今日は本当にいい夢が見れそうだ。
















「ああ、なんて最高の生活なのでしょうか。愛しの魔王様(お義父様)とずっと一緒にいる生活。ずっと二人きり。頑張って宰相まで登りつめた甲斐がありました。あの魔王様の魅力や強さにも気づけない耄碌ジジイを追い出すことができましたし。しかしごめんなさい、魔王様。何か考えがあってずっと一般兵に甘んじてた魔王様を無理矢理引きずり出してしまって。こらえようのないこの娘をお許しください。でも我慢きれなかったのです。ジジイの部下に顎で使われる魔王様を。でも心配しないでください。もうあの人たちはいないですから。成れの果てなら各地に散らばっていますが。ですがこれで魔王様は働かずとも生きていけます。誰とも関わらずとも生きていけます。魔王様の世界には私一人で充分なのです。しかしさすがは魔王様。仕事を与えず、趣味を与えず私だけに依存するようにこれまで仕向けてきましたが、一向に心を保っていらっしゃる。精神力まで段違いとは私の予想を軽々と超えていくのですね。私は諦めませんよ。いつか私しか考えられなくして差し上げます。心も体も腐らして。私と同じくらいの愛をあなたが与えてくれまで」










悪い夢かな?


……やっぱりこのドア建築ミスあるよ。だってドア越しに中の声がまる聞こえなんだもん。ドア薄すぎだよ。


どうも一緒に寝るなら、娘の仕事が終わるのを待ってから一緒に行こうと戻ってきた魔王です。どうも、どうも。


娘を育てればさ、いつかきっとのきっと衝撃的なことが起こるんだろうなぁと思っていましたよ。もちろんお父さん嫌いと言われた時のシュミレーションもバッチリです。バッチリ心を折られます。


でもこんなサプライズ……


ちょっとドアを開けて中をのぞく。


「魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様魔王様ーーー


パタンと


魔王のマントにくるまり、魔王の椅子に座りながらなんかゴソゴソしてた。


や、やだなーそんなに魔王になりたいならいつでも譲ってあげたのにー


Q、そもそも耄碌ジジイ話とかには突っ込まないんですね?


A、突っ込めるわけがない


とりあえず我の実力的にも気持ち的にも宰相の暗躍も宰相の我籠絡作戦もいろいろ含めてこの言葉を口に出そう。


我、魔王を辞めたい。(いや、本当に身の危険)











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ