トイ・ピアノ
別に投稿しております「とい・ぴあの」とのセットストーリーです。
こちらは母親の視点から書いています。
もう何年も前の夏の終わりの話です。
その年の猛暑で、何年も使い続けた自宅の二階の寝室のエアコンが、動かなくなってしまいました。
8月ももう終わるという時期だったので、今年はもう買い替えを急ぐより、1階のリビングに布団を敷いて寝ちゃおう、ということになり、その夜からフローリングに家族3人分の布団を敷いて寝ることになりました。
リビングのエアコンはその年に買い替えたばかりだったので快適で、「なんだ、今までも、2階の寝室なんて行かなくてもよかったんじゃないの?」夫と娘はそんな会話をしていました。
いつもと同じように、娘を真ん中に川の字で。
夜中。
私は目を覚ましました。
どこからか、ピアノの音がするのです。
娘の練習用の小型のグランドピアノはリビングに置いてあるのですが、そんな近くではなく。
………………二階?
怖くて体を固くしながら、娘の体を探しました。
なのに、娘はそこにいないのです。娘は当時小学2年生。夜中トイレに行く時でさえ私を起こす甘えん坊でした。
「あいちゃん…………二階にいるの?」
私は娘が二階に上がって行ったものと思い、布団から出て、階段を上がりました。
階段を上がりながら、思い出しました。――――そうだ、あのピアノはおもちゃのピアノの音だ、と。
娘が生まれた時、友人からおもちゃのピアノをもらって、二階のドレッサーの上に置いていたことを思い出したのです。
かなり年季の入ったものだったのですが、元はドイツ製の、おもちゃといえど、正確な音程が出るように設計された、アンティークとしても価値のあるものだ、ということでした。
結婚前にその友人とはアンティークめぐりを楽しんだ仲だったので、贈ってくれたものでした。
階段をあがる。
寝室のドアは閉じてありました。ドアの隙間から、庭に面した窓のカーテンを開けてあるらしい、月明かりの光が漏れていました。…………月の明るい夜だったのです。
「あいちゃん?」
そう呼びかけながらドアを開けるとそこには…………一人で着替えたのか、発表会のドレスを着て向こうを向き、おもちゃのピアノの鍵盤をたたく姿がありました。
なんだか娘ならぬたどたどしい手つきで。娘は三歳からピアノを弾いていたので、そのころにはもう、指使いもできていましたから。
「あいちゃん? どうしたの? 今頃おもちゃのピアノなんて」
娘の肩に手をかけこっちを向かせたとき―――――――
その顔はなんと形容したらよいのか。
人間ではありませんでした。真っ黒い、毛むくじゃらの顔の中に空洞の様に真っ黒な瞳、そして、それはトイ・ピアノを壁に投げつけると、口を大きく開け、叫びをあげながら、牙をむき、私にとびかかってきたのです。私は―――――――
気が付くと、カーテンの隙間から朝日が差し込んでいて、汗をビッショリかいてリビングの布団の中にいました。
隣には、まだ、よく寝ている娘もいます。
――――夢だった。
夫と娘を送り出してから、二階の窓を開けに階段を上りました。
寝室のドアは閉まっていました。
ピアノの音など聞こえません。
一瞬、怖いと思った自分がおかしく
「ふふふ」と笑いながら、ドアを開けると―――――――-
部屋の床には、壁に投げつけられ粉々に壊れたトイ・ピアノが、散乱していました。
――――――夕べのことは夢ではなかった。
私がそう思った時、私の後ろで、獣のような息遣いが聞こえてきました。
恐怖で固まった体を、渾身の思いで、わずかに動かし、それでも恐怖で自分の背後の足元に視線を向けるのが精いっぱいでした。少しづつ床から、視線を上にあげると――――――娘の発表会用のドレスの裾が目に入りました、さらに目をあげると、そこにいたのは――――――-。
「aichan,dousite,sokoni,iruno.......,naze,sonnamede,mamawo,miruno......,dousi.......」
貴重なお時間を頂戴いたしましてお読みいただきまして、ありがとうございました。