ライン工場
ウチの社長は脳みそが湧いている。
先日、沸騰ブレイン社長が発表した内容はこうだった。
「社内コミュニケーションの改善の為、わが社の各製造ラインのベルトコンベアに毎週違う製造ラインの従業員を乗せて、すべての工程に流れて行ってもらう。そこで、今までは機械が相手だったが、今回は各製造ラインの仕事ぶりのおかげでお互いの工程があるということを再確認し、一人残らず感謝の気持ちを持って次々に流れてくる違うポジションの製造ラインの同僚に感謝の言葉を述べて欲しいと思う。さ、今日から早速行こう!!まずは第一製品を検品してベルトコンベアに載せるみんながこのベルトコンベアに乗るんだ。さぁ、乗って乗って!」
全従業員、ぽかーん。だった。
ひそひそと社長をディスる小声が聞こえてくる。
「うわ!今度はウジが湧き始めたか!?」
「今回はスポーツカーのラジエター並みに湧いてるな。沸点120℃だ」
「私は定刻に出勤して毎日変わり映えしない仕事内容を淡々とこなして定時に家に帰るだけでいいのに」
「そんなことしても意味ないじゃんね?さっさと今日の業務終わらせて帰りたい」
「他のライン工の事なんてしったこっちゃねーよ。目の前の仕事を時間通りこなすだけだろ?」
「おもしろそ。機械の気持ちも知りたかったりするんだよね。ボウリングの球の気持ちになれるかな?」
「まず、言いだしっぺの社長が乗って行け」
「あ、第3ラインの松島さんに会えるかも。。。」
それぞれがさまざまな心境を口から吐くように相次ぐ。
この会社の業績は中の中だ。
ただひたすら受注した仕事をクオリティを維持したまま生産性を高める。
現在は労働賃金の低いアジア諸国が主力の生産形態だが、運よくこの会社には独自の技術があり、差別化出来たので今でも仕事を受けることが出来ている。
下請けの仕事をこなすのが8割、下請けだけでは受注が細った時に共倒れしかねないと危惧し、社長が新たな路線を開拓するため、この会社の持てる技術を多方面に生かすために模索し、様々な分野で活躍出来ないかと奔走中だ。
社長は今の精度とスピードでは困難だと判断し、その原因はどこかと工場内を歩き回る毎日を過ごしたのちに思いついたのが、今回の人間ベルトコンベア輸送だった。
製品の向きやスピードに工夫の無い単一な業務に精度としてムラが出ていた。
ライン工は一つのポジションに着くと他のポジションに移ることなく毎日を終える。
そこで、各工程の事情をそれぞれの担当ポジションの人間から生を声を聴いて従業員同士で改善を図り、一人が全員の為、全員が一人の為という画を描いたのだ。
否定的な考えが多数の従業員の脳内にある中、第一担当ライン工がベルトに載せられているので、他のポジションの人間は各配置につく。
そして先々の工程に次々と運ばれていく第一担当ライン工の従業員
寝そべっていたり、目を閉じてビクビクしていたり、艶めかしいポーズを取っていたりとさまざまだ
どのポジションの人間もまず思うのは、いつもは無機質な未完成の製品が運ばれてくるはずのこのベルトコンベアに生身の人間が運ばれてきた違和感と、予想以上にみんなぎこちないながらもノリノリで動き回っていて、さっきの小声ディスりはただの照れ隠しで本当はすっごい楽しみにしていたんじゃなかったのかと勘繰れるほど異様な光景だった。
緊張してこわばっていたり、正座して深々とお辞儀をして消えて行ったり、挑発的なポーズで異性も同性もカモンと指をパラパラパラっと小指から人差し指へ流れるように指を折っていたり、びっくりするぐらいおしゃべりをして消えて行く者、ダンスをしたり、歌を歌ったり、来ないと思ったらダッシュで現れて驚かせたり等、変人だらけの第一グループだった。
その第一グループは、社長からベルトコンベアが動き出す前に
「この先の各担当者たちに一番印象に残って、笑わせて、もう一回見たいとリクエストをもらった人が優勝として100万出す」と言われていたからだった。
それを知らずに運ばれてきた第一グループの人間を見た各工程の工員たちは、なんという変人ばっかりが集まっているんだ!?と、衝撃を受ける
中には、自分の好みの容姿をした人間を発見して名前と顔と担当製造ラインを焼き付けている者や、あまりのおかしさに噴出してしまった者、見向きもしない者、ダンスや歌に見惚れてしまう者等、反応も様々だった。
この取組みは社長が最初に各ラインで一番の者に報奨金をあげていたが、そのうち報奨金よりも
「あんな怖い顔をした人があんな事をするなんて、、」
「ただの人見知りのボッチだと思っていたのにあんな特技があったなんて、、」
というギャップが受けて当初の毎週の報奨金ではなく、年一回の報奨金総取り一人勝ち制になり、報奨金目当てに頑張るのも理由の一つだったが、不思議な事に学校祭のノリに近くなり、この時の為に仕事以上に創意工夫を凝らし、ベルトコンベアで運ばれて消えて行くまでの僅かな儚い一瞬のためにこの一年で準備をし、優勝できなくて膝をついて涙する者も現れたほどだった。
同じ人間でも生まれも育ちも違えば十人十色、見た目と中身はなかなかどうして分からないものであった。
ここで知ったお互いの知らない趣味嗜好、ギャップのひどさに、仕事しながらも、あんな面白い人が前の工程でこれを真面目に組み上げた事を想像するだけで噴きだしてしまう笑いの絶えない不思議なライン工場になっていた。
それは仕事にもつながり、次の工程の人がやりやすい向きにして送り出したり、間違えやすい部分に印をつけて次に引き渡したり等、思いやりが仕事に生かされ、生産性にも一役買っていた。
中にはこの人間ベルトコンベアが発端となって出会い、お互いの秘めた部分に魅かれて結婚した者もいる。
そして、この取り組みはこの会社にとって目覚ましい発展を遂げる事になった。
「はい、みなさん、お手元のパンフレットの3ページ目を開いてくださ~い!」
声を上げるのは脳みそが湧いていると言われていたあの社長だった。
「はい、順番に参ります、第一工程の変顔10変化の山田さん!第二工程の歌と踊りと時々江頭ダンスの横山さん!第三工程、はみ乳のヴィーナス上野さん! 第四工程、しょーもない冗談がしょーもなさすぎてじわじわ来る西田さん!そして今回の特別ゲスト、ミスター適当、高田さんです!!最後に去年のベスト・オブ・やりすぎ悪ふざけ、井内さんです!!」
各ラインの選抜がこの日のために運ばれてくる。
この工場は「ふざけた大人が運ばれてくる日本で一番おもしろいライン工場」として日本中に知れ渡り、地域の有名な観光スポットになったことにより観光収入という新たな収入源を得、またこの取り組みが面白いにも関わらず仕上げる製品は一級品のクオリティを持っていることが業界内でも有名になり、大手メーカーも”ここの工場に製品を作ってもらっています!”というアピールをして販促する会社も出るほどの人気の工場になった。
その工場では今日も、いい年こいた大人たちが、一年の準備期間を経て、毎年どれだけふざけれるかをあの儚いベルトコンベアの一瞬のために試行錯誤していた。