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わからないきずかない‐2‐
鏡太郎が椛と顔を合わせることは少なかった。椛は忙しい身なのだ。せいぜい一回、二回と食事に誘われるくらいだ。だからこそその日、鏡太郎は驚くことになった。雨の降る夜だった。彼女──椛は傘もささず、濡れたスーツ姿で立っていたのだ。
「中へ入れ、風邪をひくぞ。風呂を焚いておこう」
椛はただ、小さく頷く。鏡太郎は何も聞かなかった。嫌なことでもあったのか。どうして濡れているのか。一人でどうしたのか。何もだ。それで良いと考えていた。濡れたスーツは椛の肌から体温を奪い取り、ドロリとした影のようにまとわりついていた。椛が何を考えているのか鏡太郎にはわからないが、いつかその抱え込む『何か』で潰れそうな、そんな危うさを感じた。
──見えたのだ。




