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煙を吐く

作者: まんじゅ(´ん`)

 この季節になると、虚しさを覚える。

 気がついたら繁華街に来ていた。特に行きたいお店もなく、ただブラブラと歩いていたら

いつの間にか賑やかなところへついていた。

 この秋も終わりつつある夜の街の空気は身にしみる。

 なぜここにいるのかと問われれば、アルバイト先の最終出社日を終えて――元はといえば自分が会社をの不祥事を摘発しようとしたからだが――帰宅しようかと思って街をボーッと歩いていたら、こんな賑やかで明るく、幸せそうにしている人たちが妬ましく見えるところに来ていた。

 思えばバカなことをしたと思う。組織に習うべきがこの国の掟だというのに、自分はそれを守れなかった。組織よりも自分の正義を優先した。


 街を歩き、そんなことを巡らせて、適当な店に入った。

「いらっしゃいませ」

 店内は奇妙な雰囲気だった。甘い香りの漂う店内にはいくつものホースのつながったこれまた奇妙な形の鉄パイプが上に出ているガラス瓶が陳列されている。また、そこにいる客達は、陳列されているものと同じと思われる瓶とホースと鉄パイプで、ホースに口をつけると瓶の中の透明な液体がボコボコと音を立てては、ハァと息を吐いた客の口からは真っ白な煙が出ている。

――なんだこれは

 その奇妙な光景に圧倒されていると、店主の男から声がかかる。

「シーシャって初めてです?」

しーしゃ。初めて聞く。

「え、ええ、初めてです」

心も定まらぬまま生返事をする。

 店主は鋭い眼差しを――しかし冷たくはない――こちらに向けると、シーシャの説明をし始めた。

「簡単に言うとタバコの一つの吸い方です……まあそこで立っていても疲れると思うので、どうぞそこの席に掛けてください」

 店主に進められるまま席に着く。

 店主はカウンター越しに置いてある瓶を指差して説明した。

「まず、この鉄パイプの上に付いている漏斗状のパーツにシーシャ用のタバコのフレーバーを入れます……あ、なにか吸いたいフレーバーとかありますか?」

と言ってメニューを差し出してくる店主。その名前から、タバコとは思えないような――アップル・カシス・グレープフルーツ・ブラックジャック・アラビアンナイト……――まるでカクテルの様な名前ばかり入る。

「それじゃあ、“レモン”を一つ」

「はい」

 店主は棚からアルミ製の缶を取り出すと、数回中身を割り箸でかき混ぜた後、先ほどの漏斗状のパーツの中にフレーバーを詰めていく。

「それでは続きを。この漏斗状のパーツ……“クレイトップ”って言うんですけれども、これを先ほどの鉄パイプの先端につけるんです」

そういいながら瓶から鉄パイプを引っこ抜き、瓶の中に水道水を入れ始めた。そしてその瓶に氷を入れながら

「それで、これがシーシャ……“フッカー”とか“水パイプ”の特徴ですけど、この瓶の中に先ほどの鉄パイプの先端が1cmくらい浸かる程度に氷水を入れます。これが市販の紙巻たばこのフィルターになる部分ですね」

店主はそう言いながら鉄パイプを瓶に装着し、フレーバーの入ったクレイトップにアルミホイルを包んで、穴を開けていた。カウンターの奥の方では炭がガスコンロの火で炙られている。

 そして店主は手際よく鉄パイプにアルミホイルで包んだクレイトップを装着し、その上に先ほどまで火で炙られていた、真っ赤に燃える炭を乗せた。そして鉄パイプの下部のホース口にホースを差し込むと、

「……まあこんな感じで吸うタバコです。ストローでジュースを飲む時みたいに吸ってみてください」

とホースの吸込口を差し出してきた。私はそれを受け取り、試しに吸い込んでみた。

「……ッ! ゲホッ、エホッ!」

 タバコも薦められて吸ったものの、その時も喉に来るいがらっぽさでむせた。今回はそれほどではないがやはりむせる。

 その私の様子を店主は咎めもせず、かと言って嘲笑するようなこともせず、静かに見つめている。

「始めての時は皆そんな感じですよ。恥ずかしがらずに、無理して吸うこともありません」

店主はそう言ってくれた。

 しかし不思議と――味と水を通すからなのか――慣れるとこれが心地よく吸える。いつの間にか浮遊感を覚え、心地よく吸っている自分が居た。

 よく考えてみれば、自分からこういった店に入るのは初めてかもしれない。きっかけがなかったのか、暇がなかったのか、そういうのは別にして、たまたまいつもとは違う一日を過ごそうとしているのだから、ちょっとこの秋の終わりの心の虚しさと向き合ってみることにする。

 さて何から思い返すべきか、学生時代はこんな思いをせず、むしろ心は満たされていた気がする。

 それが大学を卒業してから、この秋の終わりの冷たい空気がやけに身にしみるようになった。なぜだろう。

 ……焦がれた人が居た。

見た目は清楚で、繊細な人だった。

彼女と下校するときは、その満たされた気持ちになった。

彼女といるときは、言葉を話さずとも楽しかった。

だけども、その彼女とは、就職を気に別れることにした。

“別れた”というのは正確ではない、“こちらから一方的に振った”というのが本当である。

 それ以来だ、この季節の冷たい空気がやけに身にしみるようになったのは。

.. 街で女の子と出会って語らう

 隣の席の女性がふと気になった。彼女も一人でシーシャを吸っている。――私の知らない香りだが、サンフラワーの様な花の香りがする。――

 そういう柄ではないが、今日は少し非日常を過ごしてみたい。そう思った私は、思い切って彼女に声をかけることにした。

「お一人ですか?」

彼女が怪訝そうな顔をする。――おそらくナンパか何かと思われているのだろう。――

「えぇ、まあ……」

「良かったらでいいんですが、私の話し相手になってもらってもいいですか?」

「“私”って、その身なりで私って言われてもなんだか説得力が無いというのか……」

「というと?」

「そのボロボロのパーカーとそこの抜けそうなスニーカー。破れそうなダメージジーンズはせいいっぱいのおしゃれ何でしょうけど、その無精髭はなおの事ないわ」

 そういう彼女の身なりも、ダボダボのパーカーにホットパンツとタイツ。特に目を引くのはエメラルド色に近く染めた髪の毛であった。

「はあ……なるほど、説得力がないですか」

「というより、なんでさっきからそんな敬語なの? 紳士ぶってるの? そういう人ってあんまり好かないんだけど。てかおっさんいくつ?」

「23」

「23?! 私と一つしか違わないの?」

 ここで比較的歳も近いことがわかったし、彼女の希望通りに敬語を使うのはやめよう。

「……俺はこの店はじめてだし、シーシャも初めてなんだけど、君は」

「あー……まあ、ちょくちょく来てたね」

  『来てたね』とはどういうことだろうか、少し掘り下げて聞いてみる。

「『来てたね』って?」

「ああ、忘れて。大したこと無いから……」

「そう言われると気になるんだけど」

「いや、本当に大したこと無いから」

 そして彼女が人呼吸おき、ボコボコと瓶の中の水を鳴らしながら煙を吸う。「ふぅ」と溜息に似た様子でその花のような香りの煙を吐き出すとこういった。

「……彼氏と別れた」

「……え?」

 コレが“地雷を踏んだ”というやつだろうか、しばらく私は言葉が出ずにいた。とりあえず私もシーシャを吹かす。

「なんていうかさ、あ、私コレでもバンドやっててさ、それで彼氏と音楽性があわないというのか、それ以前に、『真剣に付きあおう』って気があっちになかったのかもしれないね。結局ベットで語り合う。それっきりの関係だった」

続けて彼女は話す

「なんていうかさ、私はダシにされてたんじゃないかって、アイツの音楽の。アイツの歌詞の“あの子”ってワードが、今考えると私のことじゃないかって……今考えると、なんで私もあんなのと付き合ってたんだろうって、思うわけ」

 彼女が「ふぅ」と溜息をつく。私もどう声をかければ良いのかわからなかった。ただ、口からは幸い言葉が出た。

「それは悪いことを聞いちゃったね。なんというのか、そういうのは早く忘れて、次に行ったほうが良いと思うよ」

 彼女は笑んで

「ありがと」

と小さくつぶやく。その後先程までの深刻な顔がフワッとなくなり

「でも、大して気にしてないから。だからさっき『大したこと無い』って言ったんだから」

と言った。

 二人して同時にそれぞれのシーシャに口をつけ、吸っていた。私はまだ慣れていないのか、むせた。

「ゲホッ、エホッ」

「あんた、初めてなの?」

 彼女が冷やかすような顔でこちらを見る。

「ああ、まあ、ね」

「なんでまたこんなとこ来たの?」

 ああ、次はこちらが話す番か。と思い、口を開く。

「そうだなあ……会社、クビになってさ」

「ああ……それで?」

「いや、正確に言うと契約が更新されなかったんだけどさ、次の仕事どうするかなあって考えながらこの辺りうろうろしてたら、たまたまこの店に入ってた」

彼女が笑む。

「あんた、面白いね」

「面白いもあるかよ。大体、コレで3回目だ、契約切られるの」

「あんた、ずっと契約社員なの?」

「ああ、そうだ。専門学校卒業して、右も左もわからずに親戚の会社に取りあえず入ったものの『勤務態度が悪い』って言われてまずは切られた。次に人伝で入れてもらった会社でも『おまえはここでは無理だ』って言われて切られたし。次は派遣会社に登録して入れてもらった会社でミスをして、今はこのザマだ」

「ミスって?」

「……会社の不正を告発した。正式に裁判にしたわけじゃないけど、告発の仲介団体とのやりとりのメールを監視されてたらしくて、それで切られた」

「ふーん、怒ってる?」

 少し声を荒げていただろうか。自分では冷静に話していたつもりなのだが、だが口は正直である。

「怒ってる」

「まあ、なんか……男だよね」

「どういうことさ」

「なんかさ、男って自分が正しいと思ったことで行動するよね。別に嫌いじゃないし、そういうのが音楽とか……まあ、創作につながる節はあるよね」

 彼女がシーシャに口をつけ、吹く。花のような香りとシーシャの浮遊感からか、あまり意識していなかった彼女を意識させる。

「まあ、忘れなよ。私が言うことじゃないのかもしれないけど。派遣会社に登録してるんでしょ? だったら次もすぐ見つかるっしょ」

 彼女は私に同情するようでもなく、かといって嘲笑うわけでもない様子で話しかける。

「まあ、そうだな」

私はシーシャに口をつけてボコボコと瓶の水を鳴らす。

「だけどさ、やっぱり組織で生きてくにはさ、その組織なり相手に合わせなくちゃならないんじゃない?」

話半分、というより上の空の様な気分でその言葉を聞く。

「……あんた、彼女いないっしょ?」

むせる。不意を突かれて。

「ゲホッ、ゴホッ……どういうことだよ」

「なんかさ、童貞臭い」

彼女が笑う。

「童貞臭いってなんだよ、ちゃんと風呂は入ってるぞ!」

彼女はケラケラ笑い

「だってさ、そんな真剣に自分を通してるんだから、そりゃ彼女できないっしょ。あー面白い」

と言う。

 ――我が強い。確かにそうかもしれない。

そうだ、今回の会社ではところどころチームリーダと意見が合わなくて衝突した。

それ以前にも、学生時代に意見があわなくて衝突しかけたことがあった。

「……まあ『我が強い』と言われればそうかもしれない」

私の口からこぼれた。

「ところでさ、今まで付き合った人とかはいたの?」

彼女が目を細めて聞いてくる。体をいつの間にかこちらに向けていた。私の方はカウンターを向いたまま

「……いない。いたとしても、一緒に下校していた程度」

「ふーん、気にはなっていたんだ」

「共通の趣味もあった。あっちはどう思ってたかは知らないけど、自分は好きだった。結婚の妄想までしてた」

「アハハ、可愛いところあるんだね。無精髭生やしておいて」

 少しムッという気持ちがこみ上げた。

「だけど、ふった」

「……は? なんで」

彼女の顔が歪んだ。

「だって、俺は就職で遠くに行く。遠くに行けば、彼女とも会えなくなる。遠距離恋愛なんて大抵破綻する。そういうものだろ?」

いつの間にか彼女の方に私も体を向けていた。腕を広げ、その言葉を放っていた。

「……あんた、本当に我が強いのね」

「は? どういうことだよ」

「なんていうか……あんた、それでよかったわけ? 彼女の方ももしかしたら好きだったかもしれないし、それなのに一方的に付き合ってもいないのにふられるとか、彼女の気持ちになったわけ!?」

 彼女が声を荒らげる。何かまた地雷を踏んだだろうか。しかし私の口は勝手に動いていた。

「けれども、彼女だって遠距離だったら辛いだろうし、別の男に心変わりするかもしれないし、彼女に直接気持ちを伝えることもできなかったし……」

「それがなんなの! あんた、本当に自分のことしか考えてない。自分が傷つきたくないから自分から別れようって切り出したんでしょ! それくらいの気持ちでもっと彼女と親身に付きあおうとか思わなかったわけ!?」

「なんだよ一体、俺が何かしたっていうのかよ!」

よくわからず。だけども口は動く。周りの客もこちらを見ている。それに気づいたのか彼女も落ち着きを取り戻した。

「……ごめん。声荒らげちゃって」

「いや、いいよ」

 二人してカウンターを向き、シーシャに口をつける。ボコボコと音がなる。煙を吐く。しばらくの沈黙。

 「でも、これだけは言わせて」

彼女の方から口を開いた。

「あんたに足りないのは勇気。特に人と向き合うことの勇気、自分が傷つくことへの勇気……私はそう思う」

彼女はそう言って席を離れると、カウンターの方へ向かった。

「マスター、お会計」

「1500円になります」

「……ごめんね、さっきは」

「いや、いいですよ。こういう場所ですし」

マスターはそう言ってお金を受け取る。そして彼女は、何も言わずに店を出て行った。

 私はその背中を眺めながら――彼女に何があったのか思いを巡らせながら――シーシャを吸う。吸い始めと比べると味が薄くなった気がする。

「炭、足しますか?」

気づくとクレイトップの上の三つの炭はいつの間にか小指の爪ほどの大きさになっていた。私はしばし考え

「いや、いいです。私もそろそろ行きます」

そう告げて席を立った。


 この季節になると、虚しさを覚える。

私の虚無感は消えることなく、心を煙が覆う。

「あの時も、こんな感じだっけなあ……」

つい、そんな言葉を口にした。

私の心は煙を吹き消すように、冷たい風が吹き込むだけだった。


蜂谷涼先生の講座に初めて出した作品。少々自叙伝的な作品ではある。

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