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呪いの館  作者: 宮城まこと
三頁目
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第三話

「透子……いくら時が経っても、きみのことを愛しているよ。約束だ」

 モノクロに映る世界で男がそう言った。

 何の確証の無い口約束だとしても、彼女は嬉しかった。

 しかし、そんな想いもあれほど愛した男の顔も今や褪せてしまっている。

 最後の記憶は、あの人が手を握ってくれた感触と涙ぐんだ顔だった。



 千歳は目を覚ます。寝ている間に頬を伝っていた涙を拭いながら。

「……久し振りに入れ替わったな」

 目を覚ますと夢とは違った、繊細な色使いで描かれた鮮やかな紋様が広がる世界。

 千歳――否、透子は自分たちが突発的に入れ替わってしまっていることにすぐさま理解できた。

 彼女は交代を千歳に促すが、肝心の彼女は寝てしまっている。

 これは千歳が自然と起きるまで待つしかない。

 寝ている最中に起こる入れ替わりは、今まで何度かあった。

 これといった対処法はなく、決まってあの夢を見るとこうなってしまう。

 ベッドから降りるために身体を動かすが、胸についている大きなものにバランスを取られる。

「近頃の子どもは、みんな発育が良くて腹が立つな。明治の女性はもっと慎ましやかだったぞ」

 ふんと鼻を鳴らしながら、透子は片手で胸を下から持ち上げる。

 こうしておかなければ、歩き辛くして仕方がないのだ。

 気怠い体を起こして、机の方に視線を向ける。

 珍しく乱雑に置かれた呪い本とノート。

 なるほど、千歳はどうやら夜遅くまで解呪の勉強をしていたらしい。

「千歳……夜更かしは美容の天敵だぞ」

 くすりと笑いながら、散らかっている机の上を片付けるため、ベッドから降りる。

 自分の身体とはずいぶん勝手が違ったが、慣れてくればどうということはない。


 ノートに目を向けると、呪いについて詳しく書かれている。

 千歳が自分のために書いているのではないと、次のページで気付いた。

 このページには現在、稲穂が解呪の訓練をしている「もの探しの呪い」について書かれていた。

 さしずめ、上手くいかない稲穂を心配しているのだろう。

 津田稲穂という男には、透子や千歳のようにこれと言った解呪の才能はない。

 強いて彼の長所を挙げるとするならば、人柄が良いという事だろう。

 困っている人がいれば手を貸してあげ、余計な所にまで首を突っ込む。

 解呪師になることで一番必要なのは、才能の有無ではない。誰かを助けてあげられたら、という気持ちだ。

 透子は椅子に腰かける。

 一方で透子には才能が有り過ぎた。どんな呪いも一目見れば解呪ができ、呪い師の連中や解呪師の仲間内でも疎まれた。

 驕りがあったのもたしかだ。

 この世界に自分が解けない呪いはないと信じていた。だが、その結果がこれだ。

 本に封印される前後の記憶がおぼろげで、どうやって解呪をしていいものかまるで分らない。

 生前の自分に腹が立ってくる。

 家の決まり事を破り、自由奔放に生きていた自分がいつしか縛られてしまっていたとは、笑い話にもならない。


 いい加減、ノートを盗み見てしまっている罪悪感が透子にノートを閉じさせた。

 机の整理をしていくうちに、彼女は一枚のメモ用紙を見つけた。

 伊豆屋かりん。その一件目の内容がびっしりと書かれている。

『伊豆屋かりん。あれは典型的な依存だな』

 千歳に紙面で尋ねられ、そう答えた。

 自分を良くしようと躍起になり、その目的を見失い、最終的には悪影響を及ぼしている。

 明治時代にもいた。どこまでも見栄っ張りで、誰からもよく見られたがる八方美人が。

 生きていれば、誰かに嫌われるのは当然のことと言えるだろう。

 伊豆屋かりんは呪いを使えば、自分を簡単に変えられると知ってしまった。

 何の努力もせず、ただ指示通りに呪いを自分にかければそれだけで、周りからの人望などを集めてしまえる。

 年頃の女の子には、それだけでも十分な効力だろう。

 そこまでして、誰かに好かれたとして何の意味があるのだろうか。

 中身は空で、底が抜けているのか永遠に満たされることのない器。

 それが透子の見てきた人間たちだった。

 呪いの在り方は現代でも変わっていない。単純な願いだったはずが、いつしか己を苦しめる(のろ)いとなる。

 苦しんでいる人たちを何百人も見てきた、助けを請われるたびに、親身になってそれを救済してきた。


 だが、人間の性は時が流れても変化などしない。

「人はみな、生きながらにして罪を持つ。他人よりも幸福であろうとする願いは、いずれ他人を妬む(のろ)いとなる……お母様もそう言っていたな」

 透子はため息をつき、机の上を片付ける。

 片付けが終わると、千歳がようやく起きたのか透子の意識が重くなる。

 机の上を片付けた旨と、ノートを勝手に見てしまった謝罪の言葉を書き連ねたところで、透子の意識は深い淵に沈んでいった。



 千歳は目を覚ます。椅子にもたれかかったままでぼやけた頭では状況を把握するのに時間を要した。

「……!」

 睡眠時における突発的な入れ替わり。

 これが起きるには必ず条件がある。男の人に手を握られている夢を見ることだ。

 一体、誰の記憶なのか見当もつかない。

 自分の夢ではないのはたしかだ。

 だが、今日の夢は比較的長かった。

 おそらく明治あたりと思われる町並みを歩き、約束をしていたのか団子屋の軒下で男の人と会っている。

 言葉や音などは一切なく、ただただ情景が流れるだけ。

「あの夢は……透子さんの記憶なのでしょうか?」

 千歳は、机の上に置いてある置手紙に気がついた。

 どうやら、散らかっていたノートを片付けてくれたようだ。

 ノートの中身を見られたのは恥ずかしかったが、そこは我慢しよう。

 お礼の言葉を書こうと思い、万年筆を持とうとするが――。

「なっ、無い……!?」

 千歳がいつも愛用している万年筆が机のどこにも見当たらないのだ。

 高校進学のお祝いに、父親に買ってもらった大事な物だ。

 ベッドの下、机の周り、ひいては館全体を探しても万年筆の影すら見つけられず、がっくりという言葉が聞こえてきそうなほど肩を落とす千歳だった。

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