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呪いの館  作者: 宮城まこと
二頁目
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第七話

******


 あれからさらに二日経過していた。

 千歳は鉄治の見舞いをするために病院に向かう途中だった。本日の天気は晴れ、この上ない散歩日和なのは間違いないのだが、彼女にとっては日差しは一生をかけて戦わなければならない宿敵だった。汗ばむ顔を上げるとまだ太陽はにっこりと笑顔を向けている。

 私にばかり微笑まなくても良いのに。とついついくだらない冗談を思いつくが、言う相手がいない。

 本日は稲穂と別行動を取っている。いや、何も今日だけではない。ここ最近彼の顔を見ていない。理由をそれとなくメールで聞いてみると、後輩に捕まってしまってなかなか館に行けないとのことだった。

 彼の後輩と言うと、彼の家で偶然鉢合わせた彼女のことだろうか。あのときは余計な事で稲穂に迷惑をかけてしまった。

 今でも申し訳ないと思っている。

 たしか、名前は赤碕と言っていた。彼女は可愛らしい顔をしていて、稲穂に好意を抱いていることは一目瞭然。

 もしかすると、今頃夏休みに向けてデートの約束でもとりつけているのだろうか。

「……?」

 瞬き、心の水面が揺らぐ。

 常に凪いでいることが当たり前だった彼女の心の湖に波紋が広がった。

 寂しい。と思ってしまった。この頃はすっかり一人でいることが少なくなって、誰かと一緒の時間が多くなった。

 そのせいと言ってしまってはなんだが、今までは何ともなかった独りの時間が大きくなってしまった。


 あわよくば――。いや、それはさずかに望みの多寡が過ぎる。

 せめて彼女の恋が上手くいくことを願おう。

 そして、千歳は病院に向かうために歩いている最中に、とある花屋の前で足が止まる。手ぶらで見舞いに行くことはないだろう、せめて花でも買っていかなければ。

 そう思い彼女は花屋に足を踏み入れた。

 店の奥から男性の店員が出て来る。男性にしては髪は長く、背丈も高い。稲穂よりも手足がすらりと伸びていて顔も整っている。

 ここの花屋はイケメン店員がいる店としても有名なのだ。

 千歳もここには何度か足を運んだことがある。しかし、うわさの店員を見に来たいがためではない。もう一つ他の客と違った理由があるのだ。

「いらっしゃいませ――っと、なんだ、日比谷か。今日はどんな用だ?」

 男は千歳にぶっきらぼうな口調で、話しかける。

「こんにちは。……藤宮(ふじみや)さん、今日はお花を買いに来ました」

 男の名前は藤宮(ふじみや)勇実(いさみ)。珍しい名字と珍しい名前。一度聞いただけでも忘れられないだろう。

 二人は顔見知りなのだ。

 しかしそれは千歳はこの花屋の常連客故なのだ。彼女は花を愛でるのは好きだが、知識は本で得た程度しかない千歳に藤宮は丁寧に説明してくれる。


 平日の昼間というだけあってか、店内に客は彼女しかいない。ここまで誰もいないのは彼の店ではなかなかない。

「お前のことだからてっきり、もう一つの方かと勘繰ったよ。珍しいな、お前が花を買いに来るなんて。いつもは違う用件で来るくせに。なんだ、ついに恋人でも出来たか?」

 藤宮は花に霧吹きで手入れをしながら、冗談がてらにそう尋ねる。

「いえ! 決してそんな……! そうではなくて、病院にお見舞いに行くものですから……花でも買っていこうかと」

 彼は彼女の赤くなっている顔を見るからに察する。これは近くに男がいると。それも相当仲が良い。もう少し引っ掛けて詳しく聞いてみたかったが、これ以上は必要の無い詮索だ。

 花を買いに来たのなら大人しく買っていってもらおうと、藤宮は言葉を飲み込んだ。

「仕事関係か? それとももっと大事な人か?」

「はい……仕事関係です」

 藤宮勇実。彼は千歳が気を許して話すことができる数少ない男性の一人であると同時に、何を隠そうこの現代日本で残っている貴重な本物の(まじな)い師である。

 呪い師は現代では廃れてしまっており、誰もその歴史や技を継ごうとはしなかった。初代は平安の帝にも使えていたという歴史や技を、藤宮家のすべてを彼がひとりで継いだのだ。

 名門藤宮家の再興。というありがちだが気高い目標は持っておらず、ただ歴史や技を後世に伝えるために学んだだけなのだ。


 現在、呪い本や新しい(まじな)いの作成は呪い師協会により禁止されている。だが、協会から呪い師を名乗る資格を認可された者が人間だけが他人に呪いをかけることが許されるているのだ。

 彼は花屋を営みながら裏の顔では呪い師として悩める者を救っているのだ。花の美しさで心を癒し、呪いで心を支える。

 それが彼の信念だった。

 初めてこの美男と会ったのは、千歳が大学に入ってすぐのことだった。

 右も左も分からない彼女に、たまたま協会の施設で出会った藤宮は呪い師と解呪師の関係とその歴史を教えてくれた。

 そのことについては千歳も感謝している。

 時々仕事のことで分からなくなったときには、彼をこうして頼っている。呪い師という観点から依頼主がどんな(のろ)いを使ってしまったのか、忙しくないときは手伝ってくれる。

 昔はよく世話になった。

「なるほど、仕事か。病院となると、今度も面倒なのに関わったな。それで、お客様どんな花をお見繕いましょうか?」

 藤宮は会話もそこそこに、花屋としての仕事を再開する。

「私は……花のことは分からないので、藤宮さんにお任せします」

「承知いたしました、お客様」

 藤宮は素早く仕事を始めた。


 そして五分後。千歳は藤宮に見繕ってもらった花を片手に病院に再度歩を進める。

 ミニバスケットに入った色とりどりの花たち。出費はかさんでしまったが、ミニバスケットは藤宮はプレゼントだと言って無償でくれた。

 色々頼りにしていた兄のような存在だったが、今ではほとんどその助けも必要ない。

 もう一人でやっていけると、千歳は藤宮に見せつけたかったのかもしれない。だからこそ、あの花屋で足を止め、話までもしたのだ。

 安心してくれているといいのだが。

 病院に歩を進めてさらに十五分後。ようやく病院に到着した。花屋を出るころには日差しは夏特有の厚い雲に遮られ、しばらくの間涼しかった。

 見舞いも特に用があったからではない。もう一度だけ顔を見ておきたかったのだ。鉄治は本当はどんな人物だったのか、彼女のなりに見極めるためにも。

 千歳も病院というのはあまり得意ではない。

 子どもの頃の記憶を取り戻してしまうからだ。千歳は子どもの頃、身体が弱くて高校生になるまでろくに学校に通うことすら出来なかった。

 どうしても友達に会いたかった千歳は、身体の調子は良いと嘘をついたが病院に来ると嘘が剥がれてしまうのだ。

 少しの間でも日に照らされただけでも倒れ、食べ物もそれほど食べられない。

 だから読書が友達だった。病室から見る景色はもう飽きていた。


 病室のベッドに鎖で繋がれているようだった。

 今でも抵抗感はあるが、ここまで無事に成長するために仕方ないことだと理解できている。

 鉄治の病室にたどり着いた。そして戸を開けて、鉄治のベッドに周りの人に頭を下げて挨拶をしながら歩み寄る。

 すると、横になっているはずの鉄治はベッドを起こして小説を読んでいた。

 酸素マスクを着けておらず、鼻から管を通して弱った肺の機能を補っている。身体の調子が良いらしく、千歳を見て小説を読むのを止め、老眼鏡を外す。

「こんにちは、鉄治さん。……お孫さんから蔵の解呪を依頼された解呪師の日比谷千歳です」

 ぺこりと頭を下げて、挨拶をする。

 そしてお見舞いの品である花を渡す。鉄治は花を見て表情をわずかばかり緩める。思いの外、花を気に入ったらしくすぐにベッドの脇に飾った。

「椅子に座ったらどうだ」

 鉄治に言われ、失礼しますと言いながら千歳は椅子に座る。

 寡黙な人間と話すのが得意ではない人間で、まずどちらかが話すのか。千歳が口を開こうとして、鉄治が口を開く。

「……それで、今日は仕事として来たのか?」

「いいえ。本日は……ただの日比谷千歳としてお見舞いに来ました」

 千歳は微笑む。


 千歳を見て、鉄治の瞳には懐かしさの情景が浮かび上がる。目頭を押さえて、湧き上がる何かを堪えて彼女にぽつりと零し始める。

「あんたは……俺の連れによく似ている。あんたと結婚する男は幸せ者だろうさ。俺も実際そうだった。だけどな、俺は家族を養うって名目で、立身出世のために自分のために働いていた。気がつけば、周りには誰もいなくなっていた。連れも亡くして、挙句の果てには娘までにも嫌われちまった。親なりに良かれと思ってたんだがな。俺はきっとみな子に、娘に嫌われたまま死ぬだろうな。でもな、こんな俺にでも懐いてくれるかな子がいたから、ここまで生きてこれた。それだけで俺はもう満足だ」

 黙って聞くことしか、千歳にはできなかった。

 一人の、時代や家族を作ってきた男が己の人生を見返しているのだ。そう簡単に言葉が見つかるはずもなかった。

「……ただ、唯一心残りがあるとすればみな子に一言だけ謝りたかった。だけど、あいつと顔を合わせるとくだらねぇことで意地張って喧嘩しちまう。俺は口が下手でよ、話すのが得意じゃあねぇんだ。ここまで上手く話せたのは、連れと以来だ」

 鉄治は妻を亡くしてから、もともと少なかった口数がさらに減ってしまい、夫婦間では伝わっていた言葉に出来ない想いが親子間では伝わらなくなってしまったのだ。

「蔵にかけた呪いも、それに関係していますか?」

 鉄治はかぶりを振る。

「さてな、もう十年前なのとかけたのが他人だから忘れちまったよ」


 その言葉を千歳は聞き逃していなかった。

「鉄治さんご自身で、かけたわけではないのですか?」

「そうだ。言ってなかったか、あれは俺の友人の十津川(とつかわ)正典(まさすけ)がかけたもんだ。なんでも呪い師って言ってたから試しに頼んだ。蔵にどんなものをかけたのか、俺はさっぱり分からねぇ」

 新しい事実が思いもよらない所から現れた。

 ずっと千歳も稲穂も鉄治が自分でかけたものだとばかり思っていた。冷静になれば、あの藤宮を頼っていれば分かったはずだ。

 素人がかけた呪いが長続きする訳がないと。その内容が人ではなく、物にかけるのならばなおさらだ。

 彼女は専門外の分野とはいえ、自分の無力さと無知さを悔やまずにはいられなかった。

「その十津川さんは、今どこに?」

 千歳が尋ねると、鉄治は上を指差した。

「逝っちまったよ、三年前にな」

 最後の手掛かりが無くなってしまった。蔵にかけた元の呪いの陣がなければ、どれほど優秀な解呪師でも解くことはできない。

 どうすればいいのかまったく分からなかったが、鉄治の先程の話を聞いておいて断念する訳にはいかない。

 必ず解く方法はある。いや何としても見つけてみせる。

「すまんなぁ、力になれなくて」


 鉄治は咳き込む。調子が良いといっても長時間話すことは身体に無理を強いるのだ。次にやるべきことは決まった。今日はこのぐらいにしておこう。

「安心してください、必ず呪いは解きます」

 千歳の瞳に静かな決意が宿る。鉄治はその眼を見て安心したのか、水を飲んで落ち着き、ベッドに深く腰かける。

「あんたに頼んで良かったよ。なぁ、俺が死んだらみな子にこう伝えてくれないか……?」

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