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呪いの館  作者: 宮城まこと
二頁目
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第六話

 翌日。学食にて稲穂は昨日の出来事を後悔していた。

 千歳にも言われた通り、彼は人として間違ったことはしていないし、言っていない。だが仕事人としては未熟を極めている。

 余計な事にまで首を突っ込み、彼女の仕事を妨げてしまった。

 謝ることではない。千歳はそう言ってくれた。彼女の優しさが改めて身に染みるが、それでもあのときの怒りを抑えてさえいればと思うと、どうしても無意識のうちにため息が出てしまう。

 最近はため息が癖になっている。してはいけないと分かっていても、どうも堪えきれない。

 そして尚口から漏れ出ようとするため息を、今度こそはとぐっと飲み込む。

 どうであれ、彼女の仕事を邪魔してしまった。この結果は変わらない。

 いや、それでも間違っていないはずだ。あのまま口論を聞いていたら、かな子が必ず涙を流して悲しんでいたことだろう。

 他人(ひと)の涙はできることなら見たくない。それが女性ならなおのことだ。

 まだ依頼は終わっていない。過ぎたことに気を取られずぎるのは彼の悪いところだ。そのことは稲穂自身がよく分かっている。

 頭の中を切り替える。

 また後日に機会は有るのだ。そこで蔵にかけた呪いを解く。

 鉄治は想像以上に堅物だ。もし話せたとしたとしてもどんな呪いをかけたのか教えてくれるかどうか。機嫌を損ねると、怒号を飛ばされるかもしれない。


 せめて家族に伝えても良いぐらいなのだが。

 そうだ、何故家族にすら伝えないのだろか。ずっと気になっていた。みな子はともかく、可愛がっていた孫のかな子すら何も知らない。

 言えない秘密があるのか。

 稲穂は椅子に深く腰掛け、落ち着いて考えてみる。

 蔵は物をしまっておく用途の物だ。そこにわざわざ呪いをかけるのだ、相当な理由が必要なはずだ。

 まずは、いつその呪いをかけたのか。年を取ってからだとすれば、遺書の可能性も十二分にある。遺産の割り当てがかな子に多くいっているとか。

 見つかってしまえばみな子が激怒し、遺書を書きかえるかもしれない。だからこそ見つからないために蔵に隠して呪いをかけた。

 いや、ドラマの見過ぎだ。そもそも、見たところみな子もそんなことをする人ではない。憎まれ口は叩くものの、今まで鉄治の世話をしていたのだ。

 となると、もっと他のものか。

 例えば、物を隠す為とか。秘蔵のコレクションでもあるのか。

 考えがまとまらない。一度思考を止め、切り替える。

 家族にも言えない秘密。誰にだって秘密の一つや二つあるだろう。それについては否定しない、むしろあって当然だ。

 だが、死ぬ間際になるまで隠しておく必要があるのか。これは個人の尺度なので何も言えないが、死ぬまで守ってきた秘密を暴くとなると、気が引けてくる。


 ここで臆病になってどうする。鉄治は曲がりなりにも解呪を依頼してきたのだ、解いてほしいと願っているのだ。

 もしかすると最後の願いになるかもしれない。この願いだけは叶えてやらなければらない。解呪師としての義務や頼まれた者としての責任がある。

 そして稲穂の前に夕夏梨が座った。

「あれ、今朝見たときより顔色が良くなっていますね。何かあったんですか?」

 今朝彼女に会ったときはしつこいほど心配された。それだけ自分のことを思ってくれているのは有難いのだが、夕夏梨はいつも大袈裟なのだ。

 部の合宿で自分の不注意で包丁で指先を切ったときも、彼女は一番に絆創膏を取り出して貼ってくれた。それほどの怪我ではなかったのだが。

 もし、熱中症で倒れたあの場に夕夏梨がいたら大騒ぎする姿が容易に目に浮かぶ。

 まるで母親のように稲穂のことを見守っている。母にそう言われているのだろうかと勘ぐってしまうが、それはさすがに考えすぎだ。

 手の怪我で思い出したことがある。

 彼女は少し前まで手に傷を作っていたことがあった。本人は自分の不注意と笑って誤魔化していたが、どうにも気になった。

 夕夏梨のことなので危険なことはしていないと分かっているが、傷を見ていると無性に心配してしまうのが、稲穂である。


 心配症はお互い様だな。と稲穂は微笑む。

「む、笑ってるだけじゃなくてちゃんと質問に答えてくださいよ」

 頬を膨らませて怒る夕夏梨に向けて、稲穂は明るい表情を見せる。

「ごめんごめん。いや本当にお互い様だなって思ってさ」

「お互い様って……何のことですか? もう、教えてください!」

 鼻息を荒くして夕夏梨は前のめりになる。

 彼女が前のめりになったことと薄着となったせいで、多少の服のたるみで目の前にいる稲穂に胸の谷間が意図とせず見えてしまっている。

 稲穂は顔を赤めて、視線を逸らす。

「あっ、あとで教えてあげるよ」

 一刻も早く夕夏梨に椅子にきちんと座ってもらいたい一心で、慌ててながらも誤魔化す。

 彼女は不満な表情を露わにしながらも、首を傾げて椅子に座る。

 これで目のやり場に困らずに済む。やはり、夏になると女性のどこを見ていいのやら分からなくなる。下を向いてもこの時期にストッキングを履いている女性は少ない。足を凝視するのもいかがなものか。かと言って胸を見るわけにもいかない。

 顔を見ても、夕夏梨の強調された唇に目が行ってしまう。しかも今日はお気に入りの桜色のリップをつけている。

 しまった、八方ふさがりだ。


 だから夏は好きだが苦手なのだ。これで海にでも行ってみろ、おそらく稲穂は目を瞑って過ごすことだろう。

 かと言っても目を逸らしながら話すのは失礼に値する。

 腹をくくるしかない。しっかり目を見て話すのだ。

「それで、質問には答えてくれるんですよね?」

 彼女自身も胸の谷間を見せてしまった自覚がないらしく、そのことについて訊かれなくて助かった。

「ああそのことね。ただ心の中で切り替えができたっていうか、やるべきことが見つかったというか、再確認できたというか」

 そう、すべきこと成すことがはっきり分かった。透子には怒られることだろう、しかし己が誰かのためにと願った気持ちは偽りたくない。

 かな子もために、山村家のために呪いを解く。

「そういうことでしたか。私、てっきりバイト先で失敗しちゃったのかと。あんなに元気のない稲穂先輩は初めて見ましたから」

 彼女は理由を聞けて安堵の表情を浮かべた。

 稲穂も肩の力が抜けて、気の抜けた顔をする。すると忘れていた頃に空腹を訴える音が鳴る。目の前に置いてある弁当を食べろと体が催促している。

 彼女を待たせるのも悪い、食べるとしよう。

 手を合わせて、弁当の蓋を開けた。


 今日の弁当の出来は我ながらよくできていると自負している。

 旬な野菜を使ったおかず、味、そして弁当全体の見栄え。これは人に出しても文句は言われない。料理は得意ではないが、館に通っている間に上達してしまったらしい。

 だが、これは喜ばしいことだ。良い食事は良い生活、良い体を作ってくれる。

 そして――満足気に弁当を頬張る稲穂を見て、夕夏梨は自分とどちらが上手だろうと考えていた。

 彼女はどうして彼が弁当を作ってきているのか正直な所、気になっている。彼は去年まで料理はそれほど得意でなかったはずだ。

 もしかすると、彼の後ろに女の影が。

 邪推かも知れないが、無いとも言い切れない。

 彼の周りには夕夏梨も含めて昔から一定数女性はいた。これに付け加えるとするならば、高校時代から稲穂を想っているのは夕夏梨しかいない。

 ひいてはこの大学で古い彼を知っているのは彼女しかいない。

 つまりは一番付き合いが長いのだ。夕夏梨は稲穂のことをよく知っている。包み込んでくれるように優しくて、女の人にあまり慣れてなくて、些細なことでも顔を赤くなったり。

 何が好きで、何が嫌いかもすべて知っている。

 夕夏梨が一番初めに警戒したのは、何を隠そう東だったのだ。あれほど美人で、周りを煌びやかに見せる女性は見たことなかった。

 しかし、東自身は彼に恋愛感情を向けたことは一度も無かった。


 次に千歳だった。夕夏梨は彼女を初めて見たときから「稲穂先輩を取られてしまうかもしれない」と一番大きな不安の爆弾を落とされた。

 目の前にあるこの弁当も、もしかすると。と考えるだけで胸が張り裂けそうになってしまう。

 いいや、傍にいれるだけで、隣にいれるだけで幸せなのだ。せめて今だけはこの時間がゆっくりと流れることを願おう。

 夕夏梨は稲穂にとある提案をした。

「稲穂先輩、今度友達にお弁当作ってくることになったんですけど、もしよかったら先輩の分も作ってきましょうか?」

 稲穂は箸を止めた。

「お弁当か……僕の分まで作ったら、赤碕が大変じゃないか?」

 彼女はかぶりを振る。

「いいえ、一人分多く作るのなんて大して変わりませんから大丈夫ですよ。先輩、今日はお弁当を持って来てますが、食生活が心配なので体に良いもので作ってきますね」

 稲穂は彼女が母親のようなことを言い出すものだから、思わず吹き出してしまった。

 彼女の好意を無為にするわけにはいかない。どうせなら彼女が作ってきてくれた弁当を参考にして、また弁当を作ってみよう。

「そういうことなら、お願いしようかな」

 彼女はやる気満々に任せておいてくださいと言い切った。


 彼女が作る弁当が楽しみでもある稲穂であったが、夕夏梨の何気ない質問で浮かれた気分は終わりを告げる。

「そういえば、日比谷千歳……さんでしたっけ? 全然大学で見かけないんですよね。本当にこの大学の生徒なんですか?」

 いつか聞かれる質問だと分かっていたはずだ。よく校内を友人と歩く彼女だ、毎日来ているのにも関わらず千歳の姿を見つけられないのはどうしたって不信感があるに決まっている。

 おまけに稲穂は自分の同じゼミの生徒だと言ってしまっている。

 ともなると選択してる授業も自ずと定まっていく。

 どうする、実はこの大学の生徒じゃなくてバイト先の先輩でしたとでも答えるか。無理に決まっている。切り抜けるにはどの言い訳が最適なのだ。

 沈黙が長引くと、余計に己の首を絞めかねない。

「千歳さんは、身体が弱くてあんまり学校に来れないんだ。だからじゃないかな?」

 これはうまく誤魔化せただろう。頼む、これで納得してくれ。

 夕夏梨は一瞬だけ怪訝な表情をする。

「そうですか、それなら見かけないのも納得です。すいません、変なこと聞いて」

 案外すんなり信じてくれて良いはずなのだが、本当にそうなのか判断しかねる。女性の場合は何かを察してそうで怖い。

 夕夏梨は何事もなかったように昼食を食べている。献立でも考えてくれていると有難いのだが。


「今度、私に日比谷さんを紹介してくださいね。あのとき、ちゃんと挨拶できなかったので」

 彼女は微笑みながらそう言った。

「分かったよ、都合がついたら必ずね」

 すると食堂内で夕夏梨に手を振る男性を見つけた。稲穂も夕夏梨も気づいて、視線を向けて彼女はその男性に向けて挨拶の代わりに手を振り返した。

「今の子は?」

 稲穂は珍しい出来事にすぐさま夕夏梨に尋ねた。いつも彼女の周りには同性の友人がいる。異性は影も見たことない。

「あの子は、同じゼミの友達です。十津川(とつかわ)って珍しい名前なんですよ?」

 稲穂は彼の姿を見送り、相槌を打ったのだった。

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