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呪いの館  作者: 宮城まこと
二頁目
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第四話

 稲穂はそれから講義を終え、千歳が待つ駅前で一人待っていた。

 予定より早く講義が終わり、かなり早く着いてしまった。待っているだけでやることは何もない。完全に暇を持て余していた。この太陽が大きな顔をしている下では参ってしまう、千歳の到着を木陰のベンチに座り待つことにした。

 考え事でもするか。と稲穂は、駅前に向かう際にたまたま夕夏梨と会って少し話をしたことを思い出す。

 彼女は何かと自分のことを心配してくれる。バイトが忙しいといつも零しているのを気遣ってくれてか、甘いものを差し入れてくれたり、人と話すのがストレス発散と言って彼女はよく話し相手になってくれている。

 この間の呪いの件から夕夏梨には迷惑と心配をかけてしまっているのは間違いない。

 彼女は去り際、稲穂に向かってこう言った。

『身体に変化とかありませんか? あまり忙しいと体壊しちゃいますよ? 気をつけてくださいね』

 と微笑みかけてくれた。

 忙しくなるのはこれから先もずっとだ。関わる人の数が増えるとそれに伴い、厄介事も予定も増えてしまう。

 今、意識すべきことは一つだけ。無事に依頼を遂行できるかどうかだ。それはきっと千歳も分かっている。

 所詮稲穂は見習いだ、足を引っ張ることだけはしてはいけない。千歳が自分にしてくれたことを思い出して、解呪に当たる。

 彼女の解呪師に成りたての頃は、どんな解呪を依頼されたのだろうか。例えばもの探しとか。

 やはりそれほど難しくないものだったか、それとも真逆に稲穂のような呪いを解いたのか。どれも有り得そうだからこそ、想像が膨らむ。


 千歳の性格で考えると、きっと人の話すのも一苦労だったはずだ。それに透子のことも説明しなければならない。

 彼女がどう説明したのか、気になるところだ。

 そうなると、透子と初めて主人格を交代したときは両者どういう風になったのか、これもまた気になる。

 生暖かい風を肌に感じながら、会ったら聞いてみようと稲穂は思うのだった。

 呪いは生きている。ふと千歳が言ったことを思い出してしまった。こうしている間にも彼らが知らない所で、誰かを苦しめているのだろうか。

 胸が痛くなる、もし自分と同じように苦しんでいる人間がいるとするならばどうにかして助けてやりたい。

 心底、自分は運が良いと痛感する。

 近くに自分のことを心配している後輩がいて、たまたま助けてくれる日比谷千歳という人物がいただけだ。

 どこにも向けられない痛みを抱えたまま、溺死するところだった。

 だからこそ、その運を誰かに分けてあげたい。自分が解呪師になることで誰かが助けられることに繋がるのなら。

 それが稲穂の選んだ道。

 まだどんな解呪師に成るのか決まっていない、そもそも千歳以外の解呪師は見たことない。だが、いずれは彼女のような人に成りたい。誰にでもに寄り添えるような立派な人に。


 視界の中央に、千歳の姿を捉えた。

 まだ昼間なので人並みの濁流に流されていないようだ。彼女は稲穂を見つけると駆け足で寄ってきた。待たせてしまったと勘違いしているかもしれない。

 稲穂はすっと立ち上がり、千歳に寄っていく。

「お待たせして……しまいましたか?」

 不安そうな千歳の顔を見て、稲穂はかぶりを振る。

「いえ、僕も今着たところですから。丁度良かったですよ」

 どうやら彼女もこの暑さには参っているようで、このまま連続して移動するのも酷なはずだと判断した。それにここから病院では相当距離もある。

 どこかで休憩を挟めないものか。

「千歳さんはお昼はもう?」

「いえ、お昼前に出てきたものですから……まだ」

 それなら丁度良かった。見たところ、車の通りも悪くない。渋滞は起きないはずだ、駅の近くの同じファミレスで食事を済ませよう。

「お昼を食べてから行きましょうか。それに、この暑さで僕も参っちゃいそうです」

 稲穂のほのかに汗がにじんでいる顔や首を見て、千歳は自分も予想以上に疲れていると知る。これは彼の言う通り、どこかで一度休憩を取った方が良い。

 千歳は微笑みながら小さく頷く。


 稲穂の足取りは暑さに負けぬほど軽やかだった。

 二度目の千歳との食事。館に来ているとき、いつもしているだろうと言われればそれまでとなってしまうが、それとこれとではまた話が違うのだ。

 館で食事をするときは、ほとんどが自分で持ってきた弁当で、手作りの料理を味わったことなど先日の一度くらいだ。

 彼女の料理は美味かった。出来ればもう一度味わいたいぐらいだ。見た目が少しだけ悪かったが、それが可愛らしい。

 失礼、話が逸れてしまった。

 実のところ、一緒に飯を食べていると言っても会話はほとんどない。

 離婚寸前の夫婦のように。いや、稲穂の場合は結婚どころか付き合ってすらいないのだが。そう、例えるなら付き合い始めた初々しい二人。と表現するのが当たり障りもなくてよろしい。

 互いに目は合うのだが、稲穂が話そうとすると必ず目を伏してしまう。

 慣れていないせいもあるのか、それとももっと別な要因か。

 彼女とは必要最低限の会話しかしてない。彼からするともっと話して、解呪師である彼女を深く理解したいのだが。

 話しかければ答えてくれるが、彼女から話しかけれることはそれほど多くない。

 壁は減ってきているのだが、まだまだ数はある。ここでくじけてはいけない。

 外で食事をすれば気分的な意味合いでも楽になれ、言葉が軽くなる。


 座る距離も近くなり、話しやすくもなるだろう。

 ファミレスに入り、千歳はそばを稲穂は冷やし中華を頼んだ。

 あくまでも昼飯を食べるだけであって、それほどゆっくりしていられない。ぼやぼやしていると病院の面会時間が終わってしまう。

 数十分後、二人の料理が運ばれてくる。この間もあまり会話がなかった。

 このままで普段と何も変わらない。意を決して稲穂が口を開く。

「あの突然ですけど、千歳さんが初めて解いた(まじな)いってなんだったんですか?」

 稲穂からの質問に彼女は箸を置き、答えてくれた。

「初めての、解呪は人隠しの呪いでした。なんてことのない、ただの学生のいたずらでした。いじめられていた子がその呪いをかけられ、周囲の人間から認知されないようになってしまい。……かけた生徒が反省の意を込めて解呪を依頼してきました」

「そのときはもう、透子さんとは?」

「はい。私が解呪師に成ったのは一年ほど前ですから。……透子さんはたびたび入れ替わっては色々なことを教えてくれました」

 彼女はそこはかとなく懐かしむように笑う。

 稲穂は千歳のことはまだそれほど知らない、当然透子のことも。千歳がどうして呪いに手を出したのかも、どうして透子が封印されていたのかも。

 まだまだ知らない彼女たちがいる。これからは同じ目的で動くのだ、仲を深めても罰は当たらないだろう。


「どうしましたか、稲穂さん?」

 千歳に言われて、視線を上げる。

「あっ、いえ。なんだがこういう風に食べると千歳さんが良く笑いながら話してくれるなって思ってまして」

 やはり、彼女は余程人から褒められていないのか、それとも単に稲穂が彼女のことを褒め過ぎなのかどうか判断しかねるが、顔を赤くしていた。

 それに気がつかず、稲穂は続ける。

「館にいるとあんまり会話がないので寂しいかなって。アハハ、なんちゃ――」

 彼女の顔にようやく気がついた。

 申し訳なさと恥ずかしさで顔を真っ赤にしている。まるで林檎のように。いや、それ以上に赤い。熟れすぎている。

 このままでは頭から水を被りかねない。稲穂は急いでフォローする。

「ああっと、ですからね! もう少し千歳さんとおしゃべりして仲良くしたいなって」

 フォローになっていない。が、今更遅い。そもそも千歳の耳に入っている時点で訂正などできない。

「稲穂さん……! このような人の多い場所でそんなことを言われると、とても恥ずかしいです。私も話したいと思っているのですが、どうしてもどう話を切り出して良いものやら……分からなくて」

 大方稲穂の考えてきたとおりだった。彼女は単純に人とは話し慣れていないだけで、本当は千歳も彼と話したかったのだ。


 いじらしい。もっと積極的に話してくれても良かったのに。と言ってもそれは稲穂とて同じ。彼が精一杯話しかけて慣れさせなければならない。

 稲穂も反省しなければならない、口下手なおかげで話を上手く繋げることが出来ない。

 口が滑ってしまい思わず、ついつい本当のことを言ってしまうのだ。

「それじゃあ、まずはお互いの好きな食べ物から知ることから始めましょうか」

 稲穂は笑って言う。

 千歳も黙って頷いてくれた。


******


 それからさらに十五分後。稲穂たちは食事も終わり、稲穂と千歳は病院行きのバスに乗って向かうことにした。

 ここで意外な彼女の弱点が分かった。車酔いをしてしまうらしいのだ。

 窓際の席に座らせて稲穂の方に寄りかかっている。相当弱いのか、白い顔をしている。彼女の為にも飲み水でも買ってくれば良かった。

 電車は大丈夫で、車は駄目なのか。タクシーに乗ったときはどうだったのだろうか。まさか酔いながら自分を運んでくれたのか。

「大丈夫ですか?」

 こくりこくりと頷く。誰から見ても嘘だと分かる。

「もうじき……慣れます。心配しないでください」

 すると彼女の言う通り、みるみるうちに顔色が明るくなっていく。どういう原理なのだろうか、稲穂は車酔いには無縁の人生だったのでまったく分からない。

 彼女は呆けた顔をしている説明してくれた。

 千歳は元々車酔いをしやすい体質だったのだが、透子の魂が入り込んでからというもの、乗って数分は酔うがその後は平気になってしまうらしいのだ。

 これで納得するしかない。見たところ、本当に大丈夫そうだ。あの館から毎日歩いているのだ、体力もある。心配はいらないそうだ。

 そして、市内の病院に到着する。


 塚原総合病院。稲穂は昔の記憶を思い出す。

 ここで祖母が息を引き取ったのだ。あれはまだ自分が小学二年生だった頃だ。懐かしさのあまり足を止めて虚空を見つめていた。

 稲穂は無意識のまま、千歳につれられるように歩き始める。

 待合室では風邪を引いた子供を連れている母親の姿や、おなかを大きくした妊婦、ご老人がいた。

 千歳が山村鉄治の病室を教えてもらうために受付嬢と話しているが、その間でも稲穂はよく通った廊下をただただ見つめていた。そこに幼い頃の自分の背中を映し出していた。

 母に手を引かれて、祖母の見舞いに来ていた。

 この廊下を真っ直ぐ行って二階に上がると祖母の病室があった。

「稲穂さん、どうかしましたか?」

「大丈夫です。行きましょうか」

 稲穂は千歳と並び、山村鉄治の病室に向かうのだった。

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