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呪いの館  作者: 宮城まこと
二頁目
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第二話

 稲穂は一階に降りて急ぎ足で玄関に向かう。彼が透子の弟子になってから、初めての依頼かも知れないと思うだけで鼓動は逸る。

 台所で作業をしていた千歳もどうやら鐘の音には気がついたらしく、可愛らしいエプロンをつけたまま接客をしようとしていた。

「千歳さんエプロンつけたままですよ!?」

 彼女は稲穂が注意するまで、エプロンをつけていたことを忘れていたようで、慌ててエプロンを脱ぐ。

「ここは僕がやっておきますから、エプロンを置いて来てください」

 稲穂がそう言うと、彼女は頭を下げながら台所に戻っていく。

 やはり彼女は余程来客に慣れていないのか、時々稲穂が連絡を入れずに尋ねると寝間着のままだったりする。

 所々抜けている姿も愛らしいと言えばそれまでになるのだが、これから先もこの調子だと客の接待は自分がした方が良いなと、思う稲穂であった。

 まだ客の顔が見えていないのにもかかわらず、慌ただしくなってしまった。

 咳払いをし、申し訳程度に服を正して稲穂は扉を開ける。

 彼の目の前にいたのは、柔和そうな女性だった。歳は見たところ稲穂と同じか、はたまた年下か。彼女の童顔がそう見せていているのか。

 身長は稲穂よりも低いのは当然なのだが、千歳よりも低いだろう。

 髪は短く、と言っても肩まではあり、毎日の手入れも欠かしていないのおかげなのか綺麗だった。


「あの、ここは日比谷千歳さんのお宅で間違いなかったでしょうか?」

 少々驚きながら彼女は微笑み決してを絶やさず、稲穂に尋ねた。

「はい、そうですが。何か御用ですか?」

 彼女の笑みにつられてなのか、不思議と稲穂も笑顔になりながら答えた。

「ここなら、おまじないを解ける人がいるって聞いたんですけど。合ってますか?」

 来た。

 稲穂以来の解呪の依頼。無意識に稲穂は手に力が入ってしまう。今回からは解いてもらう側から、解く側になったのだ。

 心構えをしっかりしておかなければ。

「はい、合ってますよ。では今ご案内しますね」

 稲穂は終始丁寧に彼女を相談室に案内した。

 彼女を椅子に座らせてたところで、千歳が人数分のお茶をトレイで運んで来てくれていた。千歳はもう普段の落ち着きを取り戻しており、この場を任せても安心だと判断した。

 解呪師の修行をしているとはいえ、稲穂はまだてんで素人だ。千歳の方が数年も先輩なのだ、話を聞くのは彼女が適しているはずだ。

 それに同じ女性でもある。異性の彼がいると、どうしても話しづらい話題もあるだろう。だからこそ、彼は相談室から出ていこうとした。

 すると、初めに話しかけられたのは稲穂だった。


「あの日比谷さん! 実は私っ!」

 どうやら、彼女は勘違いをしているらしい。稲穂のことを千歳だと思っているらしく、出ていこうとする彼を縋るような瞳で見つめてくる。

 勘違いするのも無理もない。扉を開けたのは稲穂で、日比谷千歳はどちらの性の名前でも一応通じるだろう。

 まずは、おまじないを解く前にこの誤解を解く必要があるようだ。

「っと、落ち着いてください。僕の方も自己紹介がまだでしたね、僕は津田稲穂って言います。それで、座っている人が日比谷千歳さんです」

 稲穂はなるべく分かりやすいように手振り身振りを使って説明する。

 コホン、とわざとらしく千歳が咳払いをして自己紹介を始めた。

「私が……日比谷千歳です」

 彼女は千歳と稲穂に向かって、あわあわと慌てながら頭を下げる。

「すいません! 私、勘違いしちゃってたみたいで!」

 これで一通り誤解は解けたことだから、今度こそ稲穂は部屋から出ていこうと(きびす)を返す。

 話しやすいように菓子でも差し入れたほうが良いのだろうか。そうと決まれば、行動は速かった。

 台所の戸棚は来客用の菓子がある。ついこの間多めに買い足したので、種類も数も豊富だ。麦茶に合うとしたらはやり和菓子系だろうか。

 かりんとうがあったはずだ。


 しかし、またしても稲穂は部屋を出ることが出来なかった。呼び止められたのだ、今度は千歳に。

「稲穂さん……良い機会ですので、今回から私の助手として相談に立ち会ってください。これも大事な修行の一つですから」

 そう言われると出ていく理由はない。むしろここにいなくてはならない。

 稲穂は千歳に「分かりました」と言い、千歳の隣に座る。

 これでようやく話が進む。

「……まずは、自己紹介をお願いできますか?」

 千歳にそう言われると彼女は頷き、自己紹介を始める。

「私、山村かな子って言います。日比谷さん、津田さん、よろしくお願いします」

「それで、山村さんのご相談とは?」

 千歳の言い淀みが無くなった。これはすでに仕事用の顔になっている。これだけは未だに原理が理解できていない。

 稲穂のときもそうだったが、彼女は解呪となると人が変わったようにハキハキと話し始める。いや彼女の場合本当に人が変わるのだが。

 そんなことは今は置いておこう。透子については後でいくらでも訊くことはできる。しかし、かな子の話は今しか聞くことができない。

 一言一句聞き逃さない心持で相談の臨む。のだが、いかんせん前のめりが過ぎたのか、かな子を意図とせず見つめていたのだ。


 その結果なのか、かな子も男性に見つめられていないせいもあるのか、思わず彼女も赤面していまい言葉が上手く出てこない。

 さすがの千歳も自分にも似た部分を感じて内心苦笑を浮かべてながら、手帳を取り出して鉛筆を持つ。

 解呪の依頼は主に二種類ある。

 まずは(のろ)いの解呪とそして(まじな)いの解呪。いつだってこの館に訪れるのは自分にかかったそれを解くためだ。

 しかし、稀に他人や物にかけてしまった(まじな)いを解く依頼があるのだ。

 稲穂も千歳も、かな子が誰かに呪われるような女性だと思わない。だが稲穂のように知らず知らずのうちに自分にかけてしまっている場合もある。

 一見、呪いといった類の話には無縁そうなのだが、それは以前の稲穂にも言えたことだ。

 何が起こる変わらない世の中で、絶対と呼べるものはない。

 だからこそしっかりかな子の話を聞かなければならない。

 他人にかけられたものなのか、それとも自分にかけてしまったものなのか。

「あの、実はおじいちゃんがかけたおまじないを解いてもらおうと思いまして」

 そう、かな子は言ったのだ。

 千歳と稲穂は詳しく話を聞く。

 かな子の祖父――山村鉄治は三年前に長年吸っていた煙草のせいなのか、肺を患い現在も病床に伏しているのだ。


 鉄治は己の死期を悟ったのか、かな子の母であり自分の娘である、みな子に数十年前に自分専用の蔵に施したおまじないの解呪を解呪師に頼んだ。

 みな子は連日鉄治の世話で忙しいために、そう簡単に館まで来ることができない。そんな母に代わって、かな子が依頼に来た次第である。

 話を聞いてくうちに、妙なことが分かった。

 誰も蔵にかけた呪いを知らないのだ。みな子やかな子はその事をついこの間、聞かされたばかりなのだった。

 鉄治が唯一隠し事をしなかったかな子の祖母がいるのだが、祖母は十年前に他界していて誰も話すことができない。

 鉄治は肺を痛めたせいもあり、会話をすることさえ難しいらしいのだ。

 それでも鉄治は入院する前から無口なこともあってか、入院する前もした後も、肺を痛めたとてあまり変わらない。変わっていくのは、やせ細っていく身体のみ。

 かな子が言うには、鉄治はこの間も無理をして呪いのことを話してくれたのだと。

 鉄治には友人が少なく、というよりも誰かと話しているところすら見かけたことがないときた。

 これは解呪にも一苦労しそうだ。

 せめて、鉄治がどういう人物だったのかだけでも知っておく必要がある。

「それで、鉄治さんはどういう人だったんですか?」

 千歳が尋ねると、かな子は嬉しそうに話し出す。


「私からすれば優しいおじいちゃんです。無口であんまり笑わないけど、でも昔から私を見るとちょっと笑ってくれるんです。子どものときだって、よく手を繋いで散歩してくれたり、膝の上に乗せてもらって写真をみせてもらったり。おばあちゃんと一緒に私の世話をよくしてくれました」

 次の言葉から声色がいきなり落ち込む。明るかったのが常だった彼女だからこそ稲穂たちは余計に心配になった。

「お母さんとは……あまり仲が良くなくて。時々喧嘩もしてました。いつもは優しいお母さんなのに、どうして喧嘩するのが分からなくて、怒っているお母さんが怖くて。二人とも本当は優しいはずなのに」

 表情が次第に曇っていく。

 もしかしたら、鉄治とみな子は喧嘩したまま死別してしまう可能性だって十分にあり得る。

 稲穂は反抗期と呼ばれるものはなかった。今でも父と母とは仲が良い。これが普通だとばかり思っていた。これが、親と子の関係だと。

 しかしながら、稲穂が思い描く普通とは違った関係もあるのだ。現にみな子と鉄治の関係も。

 他人の家庭の問題にどうすることもできない。これだけは解呪師がケアできる範疇をゆうに超えているのだ。

 するべきことは、蔵にかけた呪いを解くこと。

 それだけだ。それがどう二人の関係に変化を及ぼすか分からないが、稲穂たちにはそれしかできない。

 これを無力だと嘆いてはいけない。自分の力でどうこうできるというのは、あまりにも思い上がりが過ぎる。


 稲穂は透子に言われたことを思い出した。

 あれは初めての解呪師の修行に臨む際に言われたことだ。

『これで誰かを助けてやれるって思うのは、私から言わせれば二流や三流の解呪師が思うことだ。余計な事にまで首を突っ込みかねんからな。それは思い上がりが過ぎるってもんだ。私たちがするのはあくまでも本人が助かる手伝い、あとは相手が勝手に助かるだけだ。要は転んだのを立たせるだけで、歩くことまで面倒は見切れん。勝手に歩けるだろうさ、今までそうしてきたんだからな。……でもな稲穂、誰かを助けてやりたいって気持ちだけは捨てるな。それが一流の解呪師に最も必要なことだ。分かったな?』

 あのときは勢いよく返事をしたことを覚えている。

 千歳は透子の教えが受け継ぎ、よく理解しているので、かな子の家庭については深く問いたださなかった。

 呪いを解くことによって鉄治とみな子の関係にどう変化が起きるか、今から到底理解できないがそれでも解くしかない。

 ここで、会話の重くなった雰囲気を変えるため、千歳はかな子にある疑問にぶつける。

「……ところで、あの、山村さん。どうしてこの場所を? もしかして、解呪師協会の方に紹介されましたか?」

 かな子は千歳の質問の意図が理解できず、きょとんとした顔を彼女に向ける。

「解呪師……協会? いえ、私はただウワサを聞いて」

 ウワサと聞いて、今度きょとんとしたのは千歳の方だった。そしてそのまま隣に座っている稲穂の方を向く。


 この顔が絶妙に可愛らしくてなんとも言えなかったが、稲穂にも未確認の情報が浮かんだ。

 彼は解呪師協会というものを知らなかった。むしろ、今日ここで初めて聞いた言葉だ。よもや協会と呼ばれる解呪師の仕事を斡旋する場所があったとは。

 だが、千歳も同じことだ。今日ここで初めて聞いたウワサのこと。稲穂の様子をから察するに彼は何かを知っている。

 稲穂のことも解呪師協会に紹介されて来たものだとばかり思っていた。

 そのウワサについてじっくり話を聞かなければ。

「ウワサ……とは一体?」

 千歳の無垢の瞳を見て、嘘をつくわけにもいかず稲穂は真実を述べた。

「あの、ですね、決して変なウワサではないんですよ。僕も後輩に聞いてこの場所を知ったんですから。えっと、その……怪しい老婆が館に住んでいて、館に入った者は呪われるって」

「あっ、私のところもそんなウワサでした。なんでもここに来ればおまじないとかが解ける人がいるって」

 しかも、日比谷千歳という名前までバレてしまっている。それが稲穂のウワサとの違いだ。

 その事を聞いて、千歳は頭を悩ませている。

「私が……老婆、ですか。一体どこからそんな根も葉もないウワサが。いえ、ウワサですから根も葉も実態もないのが、当たり前と言ったところでしょうか」

 あからさまに千歳は落ち込んでいた。


 珍しい姿だったために、稲穂は急いで励ます。

「いやいや! ただのウワサですから。ね? そんなに気にしなくてもいいんじゃないですか? 実際の千歳さんはこんなに若くて綺麗で、可愛らしいんですから!」

 稲穂は腕を胸の前でたたみ、ぎゅっと拳を握りながら励ましたのだが、彼女はついに顔を手で覆い隠してしまったではないか。

 これは下手なことを言ってしまったか。

「あの……励ましてくださるのは嬉しいのですが、綺麗だとか可愛いだとか……言われ慣れていないものですから、人前だと余計に恥ずかしくて」

 つまり彼女は照れ隠しで、赤くなっている顔を手で隠しているだけなのだ。これで一安心した、嫌われずに済んだ。

 だがしかし、千歳に向かって下手なことを言ったことは変わりない。

 一言一句、すべてかな子が聞いていていたのだ。彼女の顔にもこの太陽のように燦々とした明るさが戻ってきている。

 そして一言。

「お二人は仲が良いですね。あっ! もしかして付き合っている。とか?」

 おそらくながら、悪気の無い一言だと思いたい。いや、そう信じたい。

 見ると分かる、かな子の屈託のない笑顔。これで悪意があった方が恐ろしい。しかし無垢な彼女から放たれた言葉は、ナイフよりも鋭かった。


「あっ!? えっと! 僕と千歳さんはそんな関係じゃなくて! ただの解呪師と助手です!」

 慌てて否定するが、どこか虚しく感じる。千歳に否定されるよりマシだ。

 隣の千歳は褒められた顔がさらに赤くなっている、かな子の言葉がとどめの一撃と相成ったわけだ。

「ええ? でも、見た限りお似合いだと思いますよ」

 これ以上まだ言うか。稲穂も耐えているが、これ以上言われると千歳のように顔を隠すしかない。

 今ですら顔から火が出るほど熱いのに。

 千歳に関しては湯気が出ているのかと錯覚するほど赤かった。

 色々あったが、二人が落ち着いた頃に決めたのだ。この解呪の依頼を受けると。

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