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呪いの館  作者: 宮城まこと
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第十一話

 稲穂の後悔の記憶を取り戻して五日という時間が経過したが、彼の体に再び呪いの痣が浮かび上がることは無かった。

 透子が彼に施した解呪は見事に成功したのだ。

 そして稲穂はお礼金としてのまずは二十万が入っている紙袋を入れた鞄を大事そうに抱えながら、館に続く山道を歩いていた。

 稲穂には千歳に聞きたい事が山ほどある。まずはあの透子という千歳の体の中にいるもう一人の女性のことだ。

 二重人格なのか、それとももっと他の何かか。当然、透子から千歳に主人格に戻ったときに尋ねてみたが、「それはまた後日に」とはぐらかされてしまったのだ。

 あれからというもの、どうしても透子の存在が不可思議に思え、日常生活にでも支障をきたして夕夏梨に小言を言われたのだ。

 今日こそは透子のことを詳しく教えてくれるのだろうと決めつけている。大事な休日を犠牲にしているのだ、そうでなければ困る。

 じりじりと稲穂を焦がす太陽に手をかざしながら見上げた。

 すでに夏は訪れている。つい先日まで夜は肌寒かったのだが、もう蒸し暑くなって寝つき悪い。

 季節が変わったように稲穂の心も呪いが解けたおかげで、いや後悔の棘が抜けたおかげで変わったのだ。

 よく笑うようになり、明るくなったと優司に言われた。


 あれから優司とはその後連絡先を交換して、互いが暇な日に遊んでいる。

 優司は社会人だが、勤めている会社は小さいが社員同士が仲が良く楽しくやっていると稲穂に話す。

 稲穂は大学で起きたことや、周りの人間について話したが、夕夏梨や東や千歳の三人については詳しく問いただされた。

 優司は自分ですら恋人がいるのにも関わらずに、稲穂にはそれらしい影がまったくないことを懸念していのだが、稲穂は余計なお世話だと言い切った。

 恋人は無理をしてまで作るものではない。それが稲穂の持論だった。

 それ故に現在に至るまで恋人は、誰一人とていないのも事実。

 優司との会話を思い出しながら山道を歩いているうちに館に着いた。屋根に止まっている烏に鳴かれるが、心なしか歓迎されているようだった。

 ウワサによる悪いイメージが、稲穂にこの館を気味の悪い物に見せさせていたのか。

 老女だと聞いていたが実は若い女性で、入ると呪われると言われていたが、本当は呪われた人が入ってるのだ。

 ウワサとは当てにならない、と改めて稲穂は思った。

 そうなると、この館の外観はなかなか(おもむき)のある良い趣味をしていると言えるだろう。ただ少し時代錯誤をしているのを除けばだが。

 いや現代で感じることの少ない、この寂れた雰囲気がたまらないのだろうか。まるで過去からタイムスリップして来ているようだ。


 いけない、このままでいると日が暮れてしまう。稲穂はひもを引きベルを鳴らす。

 数秒後。扉が開くと夏服に衣替えしている千歳が出迎えてくれた。

「稲穂さん、こんにちは。……本日はご足労をかけて申し訳ありません。どうぞ中に、冷たいお茶を淹れますね」

 千歳は微笑みながら、稲穂を屋敷の中なかに招き入れる。

「二階の、相談室でお待ちください。……飲み物を持ってすぐに参ります」

 千歳にそう言われ、稲穂は頷き図書室の隣にある相談室に向かう。

 相談室の扉を開けると、初夏の日差しが明るく彩っていた。一層落ち着ける雰囲気が際立っている。窓が開いており、そこからそよ風がカーテンを揺らして稲穂の頬を撫でる。

「こんなところで本が読めたら、最高だろうな」

「はい。ここは読書に最適ですよ……」

 誰にも聞かれまいと、ぼぞりと呟いた独り言はどうやら後ろから来た千歳に聞かれてしまったいたようだ。

「千歳さん、僕がトレイをテーブルまで運びますよ」

 稲穂は良かれと思って手を差し出すと、彼女はかぶりを振る。

「大丈夫ですよ。お気遣いだけ、有難く頂戴しておきますね。稲穂さんは……お客様ですから、どうぞおかけください」

 稲穂は彼女――千歳には現金だけでは返しきれない感謝の念を感じている。だからこそこんな些細なことから恩返しをしておきたいのだ。


 おそらくながら一生かけても返せない恩を受けた身として。

 だが、ここは彼女の心遣いに従うことにした。あまり粘るとただの押し付けになってしまう。それだけはしてはいけない。

 稲穂は椅子に座り、一息つく。

「どうぞ、麦茶ですが」

 稲穂の目の前に氷が入ったよく冷えた麦茶のコップを置き、千歳は暑さに参っているような顔をしながら座る。

 見た限りでは彼女もあまり暑さは得意ではなさそうだ。いや、この世界に暑いのが得意な人間がいるはずがない。

「いきなり暑くなりましたね」

「ええ。私としては、少し肌寒いぐらいが丁度良いのですが……。こうも暑いと気が滅入ってしまいます」

 いきなり現金を渡すはさすがに下世話だと思い、稲穂は会話を挟むことにした。

 彼女の淹れてくれた麦茶を飲む。汗のかいていたせいか、余計に身体が反応してしまう。

「……あの」

 珍しく千歳から話を切り出していた。

 コップをテーブルに置き、千歳の話に耳を傾ける。

「先日は……ご説明不足で、申し訳ありませんでした。透子さんのことは、いきなり話すと信じてもらえないものですから、順を追ってと思っていました。言い訳になるのですが、私としたことが仕事が重なり、すっかりそのことを失念しておりました。申し訳ありません」

 千歳は頭を下げる。

「あっ、頭を上げてください! そんな謝ることではありませんよ。こうして僕の解呪をしてくれたわけですから」


 良かった。まさか、さっさと金を出せと言われるのだろうかとありもしない妄想が脳裏を掠めたが、そうでなくて助かった。

「今日は説明してくれるんですよね?」

 彼女は頷く。

 気になっていた透子のことがようやく聞けるのだ。

「もう二年前のことです。私、日比谷千歳は解呪師になる前はただの学生でした。内気な自分を、どうにかして変えようとして私は――自らに(まじな)いをかけました」

 まさか、千歳が自分のように己に(まじな)いをかけたとは夢には思わなかった。誰よりも(のろ)いや呪いの危険性を知っている彼女が。

 生唾を飲み込み、稲穂は話を遮らないように黙って聞く。

「たまたま、蒐集家である叔父のこの家に呪い本があり……自己変革の(まじな)いに手を出しました。お恥ずかしい話なのですが、本が汚れ文字がかすれていたこともあって、私は別のページの呪いを誤って使用してしまいました。それが、人魂(じんこん)の呪い。その中に……透子さんの魂が封印されていました。人魂の呪いは使用した者に封印されている別人の魂を植え付ける物です」

 彼女は淡々と話し続けた。

「それって、危険なものなんですか?」

 稲穂の質問に千歳は答える。

「いえ、それは判断しかねます。ですが……透子さんは悪い人ではありません。私に解呪を教え、悩める人を助けています」


 たしかに、稲穂も透子に救われた身だ。悪人ではないことは分かっている。だが、(まじな)いは時を経て劣化し、(のろ)いになるとも千歳は言っていた。

 現在は大丈夫でも、今後どうなるか解らない。

「……透子さんが稲穂さんと話したいようなので代わりますね」

 そう言い残すと、彼女は眠ったように全身から力が抜ける。

 少しして、千歳――否透子が顔を上げる。

「久し振りだな、五日ぶりぐらいか? まぁいい。全部千歳から聞いただろ。私はあの呪いに閉じ込められていて、それを千歳が解放してくれた。私の目的はただ一つ、千歳にかかっているこの呪いを解呪することだ。この子には感謝している。だけど、いつまでももう死んだはずの人間がいちゃいけないんだよ」

 ――そこでだ。と透子はスカート履いているのにも関わらず足と手を組む。

「千歳から聞いたところ、お前金が足りないんだってな。見たところ、お前には多少なり解呪師の才能がありそうだ。言いたい事は分かるな?」

 彼女は千歳が普段しないような、悪い笑みを浮かべて稲穂に尋ねる。

「いっ、いえ全然!」

 冷や汗が噴き出しながら、手と頭を振る。

 嫌な予感がする。

「稲穂、私の下で解呪師見習いとしてこの子と一緒に私のために協力しろ。そうすれば足りない分の金は要らない。どうにもこの呪いに関しての情報がまったくと言っていいほど無くてな。こっちも人手が多い方が助かる。どうだ自分で言うのもあれだが、こんな可愛くて綺麗で若い女の子と一緒にいられるんだぜ? 悪い話じゃないだろう」


 悪い話ではない。これで千歳と別れてしまうのは、どうにも惜しい気がしていたところだ。だが、いきなり解呪師に成れと言われておいそれと二つ返事する訳にはいかなかった。

 しかし、稲穂にも生活がある。貯金を切り崩しても、すべての金額を支払おうとするとどこかに無理が来る。

 実質三十万で良いと提示されているのだ。

 ここは呑むしかないのか。

 それに恩もある。

 稲穂は暫く悩んだ結果、答えを出した。

「分かりました。こんな僕でも役に立てるなら」

 透子はこうなると予期していたようにほくそ笑む。

「よし、これからよろしくな稲穂」

 透子はテーブルに置いてある手帳に何やら書きだして、稲穂には何も言わずあのときのように千歳に戻る。

 千歳が起きると、乱れている髪と服装を恥ずかしそうに直す。

「すっ、すいません! はしたない格好で……!」

 その様子をぽかんとした呆けた顔で、稲穂は見つめるだけだった。これにも慣れていかなければならないのか。

 千歳は、手帳を確認する。


「透子さん、また無茶なことを。……稲穂さん、そういうことでしたら私からは何も言いません。これからもよろしくお願いします。私では力不足で頼りないですが、解呪師として一緒に頑張りましょう」

 千歳は仲間が出来て喜んでいるのか、満面の笑みを浮かべる。先ほどとは違って癒される。

「ははは……僕もちゃんとできるか心配ですが、よろしくお願いします」

 こうして稲穂は透子の元で、千歳と一緒に解呪師としての生活が始まる。

 この先の幾たびの困難や出会いや別れが、前に踏む出した彼を待っているのだ。

 しかし、まだ知る由もない。今はまだ千歳の笑顔に見惚れているだけだった――。

これにて、第一章は終わりになります。

次章はただいま鋭意作成中なので、出来上がり次第順次掲載していくので、よろしくお願いします。

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