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■第8話:魔王の力

 死神と魔王の日常は、相も変わらず変化がない。


 起床し、森を歩き、訓練し、食事を摂り、体を洗ったら就寝する。

 それだけではどこまでも変わらない日常が味気ないようにも思えるだろう。しかし、シエラからすれば幸せな日々だった


 起床は、目覚めると隣に誰かがいる安心感がある。

 森の散策は、果実や野草を摘まんだりしながら、美味しいものや不味いものに一喜一憂できる。

 訓練は、日々成長していく自分が実感できている。

 食事は、とにかく食べ飽きない。兄が工夫し、色んな美味しいものを食べさせてくれるからだ。

 そして就寝する前には、兄がどこから持ってきたのか本を読ませてくれる。知識になるものではないけれど、童話だったりと面白い話が多かった。


 何気ない日常に幸せを感じられたのはシエラにとって初めてのことなのだから。



 しかし、そんな日常の中に疑問を抱くことはあった。

 兄から教わった【全属性を行使できるルーン】。凄いよと褒めてくれたのに、未だに魔法の基礎も教わっていなかった。

 これは兄曰く「ルーンには必ずデメリットがあるんだ。その大きさは個人によるけれど、成長過程のシエラが使うことはないよ」とのことらしい。

 後はやっぱり、毎日仮面を外さないことや、その奥は若いと言いつつ古いことを知っている兄が何者なのかということ。


 多くの疑問はあったけれど、シエラが追究することはなかった。

 ――今が幸せならそれでいいのだから。

 




 季節は秋から冬に移ろいでいた。

 二人が出会ってから短いようで長い、一年の終わりを飾る冬の到来前。

 比較的温暖と言われる南部だが、冬は冬でハッキリとした寒さが到来する。何年に一度かは雪を見ることだってあるほどだ。


 二人が朝から食料を探していると、森の中で目を光らせる生物の姿があった。

 それはシエラにとって記憶に焼き付いているであろう、真っ黒な狼――オブシディアンウルフ。


「……ぁっ……お兄様……」

「大丈夫、落ち着いて」


 しかし、あの時とは違うオブシディアンウルフだが、死神はあえてそれに触れなかった。

 数ヶ月前に彼女へと恐怖を見せつけた彼らに対して立ち向かえるのか。彼女の成長を確かめたくて、死神は逃走するのでもなく拳を構えた。


 【オブシディアンウルフ】

 ユニオンという組織が定める魔獣のランクには5段階ある。数字が小さいほど危険とされる階層制度だが、1段階違うだけで凄まじい違いがあるほどだ。

 そしてオブシディアンウルフの場合は、第4位冒険者相当の魔物。

 一般人には到底相手にならないが、ある程度経験の積んだ冒険者ならばなんとか倒せる魔獣だ。


 シエラは大きく深呼吸をしてから腰の短剣を抜いた。緊張は見られるが、その目は爛々と敵を見据えている。


「いきますっ……!」


 先手を打ったのは、シエラだ。

 ここ数ヶ月で狩りの仕方を教えていたとはいえ、自分から向かっていくことに死神は驚いてしまった。恐怖心を律する術が備わっていたのかもしれない。


『バウバウッ!!』


 呼応したようにリーダー格のオブシディアンウルフが吠える。それと同時に、草むらの中から数体が躍り出た。

 シエラの眼前に広がるであろう、五体のオブシディアンウルフ。


「視界を広くもつために……右からっ……!」


 それらを掻い潜るように、鋭い白歯が迫るところでシエラは右に跳んだ。そしてすれ違い様、一匹の狼に刃を突き立てる。


『ゴォ――』


 絶命した狼から刃を抜くと、シエラはそれを持ち上げた。筋骨隆々としたオブシディアンウルフ達はそれだけで相当な重さがあるはずだ。膝で持ち上げて、うまく盾のように持ち上げた。

 残り4匹は仲間を盾にされてか一瞬の躊躇を見せる。


 その隙にシエラから躍り出た。

 迫る歯牙を避け、一匹を蹴り崩し、孤立した一匹へと冷静に刃を振るう。なるべく4匹を見据えるように右から切り崩しているようだ。

 

 縦横無尽かつ変則的に舞う姿は見惚れるほどに美しい。

 死神はその足下に襲い掛かってきたオブシディアンウルフを山積みにしながら、感嘆の息を漏らしていた。


「我が妹ながらこの成長には目を見張ってしまうね」


 冒険者という視点で見れば、彼女はまだまだ未熟な少女だ。

 しかし、少女に望むのは自分の身を護るための力。それを満たす才能の片鱗と見届けることができた。


 ガヂンッ――という歯牙の打ち合う音。

 シエラの打ち上げた掌底が顎を捉え、狼が大きくのけぞっている。そして体制を整えるよりも早く喉元を一閃した。

 今ので5匹目。

 緊張を解くように大きく息を吸い込んでから、シエラはぱっと振り向いた。

  

「っ……はぁ、お兄様! どうでしょうか!」

「うん、落ち着いた良い動きだった。教えたこともできていたし、いい子だ」

「えへへっ……」


 頭を撫でられて、シエラはニッコリと微笑んだ。

 積もったばかりの雪のような髪と、花が咲いたような笑顔に注視して、出会った頃と比べてみれば一目瞭然。驚くほど可愛らしく変貌したものである。


「ウルフたちの死体は……せめてしっかりと葬ってあげないとね。――全てを燃やし、安らかなる終焉を――」


 言霊を呟く、死神。

 ――【詠唱】

 魔法の理を言霊へと変換し、現実へと体現するための前提だ。その詠唱は個々によって多種多様だが、発現する魔法はおおよそ一緒だ。

 死神の指先にチリチリと火の粉が舞う。詠唱が完成した時、死神はそれを虚空へと払った。


「――ブレイズ」


 最下級にして第5位魔法【ブレイズ】。蛇のように渦巻いた炎が対象へと襲い掛かる低出力の魔法だ。子どもでも使える者はいるだろう。

 しかし、死神と放つ【ブレイズ】は次元が違った。


 季節を夏へと逆転し兼ねない業火。それが津波のようにオブシディアンウルフたちを呑み込むと、瞬く間に火柱となって立ちのぼった。

 開けた場所とはいえ、森に放たれては全焼する勢いだ。


 業火の炎に照らされて、シエラは唖然と口を開きながらも目を輝かせた。


「ぉぉぉお……! これが第1位魔法でしょうかっ……!」

「いや、ただのブレイズだよ。シエラなら練習しなくても使えると思う」

「そんなっ…………」


 無理ですと言わんばかりに首を振る。それでも死神が促してみると、意を決したようにシエラも腕を突き出した。


「いきます……っ、――ブレイズ!」


 ――放たれたのは刀身ほどの細い炎。

 それが目の前の業火に吸い込まれるなり、シエラは「あぁっ」と肩を落とした。


「あぅ……シエラではお兄様のようには行きませんでした……」


 くしゃっと笑うシエラ。 

 しかし、死神は目を剥いた。


 ――詠唱は?


 魔法を現実へと体現するための必須条件をさらりとすっ飛ばしていたことに、シエラは気づいていない。

 あっけらかんとしているが、今までの体系化された魔法を、そして世界の理をねじ曲げたということだ。


 ――彼女がもしも上級の魔法を覚えてしまったらどうなる? そして、それを連続で放ててしまったらどうなる?


 無防備な時間が長い魔術師のデメリットなんて微塵もない。そして完成すれば、もはや戦略兵器クラスの存在だ。戦いのバランスもあったものではない。


「……ぃさま! お兄様っ!」

「……え、ああごめん。いや、シエラならきっと私なんて軽々と越えてしまうよ」


 思ったより、彼女のルーンは異常なのかもしれない。

 全属性の行使だけではなく、詠唱の即時帰結。そうなると彼女の真なるルーンとは何なのだろうか。


――……――……――……

 ――……――……

 ――……



 冬を迎える最中でも二人の拠点は湖畔にある。

 死神が料理をしている間は、湖面に映る山肌に向かって剣を振るうのがシエラの

夕暮れ時の日課だ。

 しかし、今日に限っては死神が料理の手を止めている。そして素振りする妹へと静かに問いかけた。


「シエラ……そろそろ美味しい料理を食べたくないかい?」

「……?」


 突然どうしたのだろう。シエラは不思議そうに視線だけを向けた。


「シエラはお兄様の料理なら、いつも美味しく頂いてますよ?」

「ありがとう。……でも、それ以上に美味しいものが世界にはあるんだ」


 そう伝えれば興味を惹けると思ったのだが、あまり反応はよろしくなかった。

 剣を振るうとき、その刃に思いが乗るという。

 何かを感じ取ったのか、シエラの素振りは雑念が乗ったように鈍っていた。


「そろそろ食べに行かないかい? この森を……抜けて」


 言葉を終えると、シエラの紅玉色の瞳には困惑がうつろいでいる。「なぜ」「どうして」と、そう問いかけてくるようだ。

 やがて間を置いてから、シエラはゆらりと素振りを止めた。


「……シエラはお兄様の作る料理が大好きです。もちろんお兄様のことも大好きですっ……でも、……」


 己の心情を吐露するように、ぽつりぽつりと呟く。


「シエラには、……お兄様がいれば、それでいいんです……」


 追いすがるような目。

 俯いてしまった彼女を見て、死神は自身の心臓を捕まれてしまう。


 シエラにとって、死神の妹という居場所は初めてのものだった。当たり前のように居ていい、当たり前のように笑っていい、そんなありふれた居場所。

 夜のように暗く、氷のように冷たい環境下にいたシエラにとって、死神の保護下はあまりに暖かかった。

 それを崩したくないという願いは、死神にもひしひしと伝わってくる。


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