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■第7話:暗躍するもの、二人の日常


 中央から南西に移動すると、かつてのシエラが住まっていた都市は存在する。

 

 魔族達の最大拠点である、栄華を極めた都市。――ルインフォート。

 山を削って建てたような都市は高低差がハッキリとしていて、その中心の天をも貫かんとする魔王城を抱くようにして賑わっている。

 耳の伸びたエルフ族、羽の生えた鳥人族、男女共に小柄なドワーフ族。そこに住まう種族は多種多様だ。


 敗戦の傷跡を見せないほどの賑わい。

 民からの絶対的な支持を受けていた賢帝魔王の遺した施策もあり、今は安定を見せている。

 

 しかし、魔王城は違う。 

 魔王を失い、その娘すら失った魔王城は慌ただしかった。

 長い歴史を感じさせる荘厳な魔王城は都市の誇りとばかりに構えているが、その内情は今にも瓦解しそうなのである。

 そして魔王城の一室、【四魔将・会議室】と書かれた扉。その中では、長い漆黒のテーブルを囲うように3人の者達が腰を下ろしていた。

 

「魔王が見つかったというのかい?」


 口を開いたのは、眉目秀麗な男。

 氷のような存在だった。鷹のように鋭い眼光、冷淡さを感じさせる青い髪、そして感情のこもらない冷たい声は、他者を震え上がらせる威圧感を孕んでいる。


 しかし、問いかけられた男はひょうひょうとしていた。

 不精髭の蓄えた口辺を引きつらせて、「おいおい」と肩をすくめている。


「おじさんに凄まれても困るっての……。占い師によると水の都に向かっていく娘、いや魔王の影が見えたんだと、さ」


 自身を「おじさん」と呼んだのは口ヒゲを蓄えた男だ。燃えるような赤い髪を後ろに流しているが、その闘志は片鱗も感じない。

 だが、服の上からでもわかる鍛錬を積んだ体躯は、彼の存在を物語っていた。


「ジーク、要点だけを伝えるな」

「……ったく、魔王の後継者が現れないから調査した結果、死んでいないことが判明。占い師によると中央部から南部へと伸びた川を下る影を見たようだ。その周辺を第四席に探らせたものの、あまりに広域すぎて見つからず。

 そして、さっき。水の都付近に魔王が現れる占い結果が報告されたってことよ」


 報告と言うには礼儀も作法もなっていないが、青髪の男は納得したように下唇を撫でた。


「――以上だ。……【四魔将・第一席】、【生物の到達点】にして、【氷の覇者】こと【魔王の夫】ルキウス殿には嬉しいかぎりだろうよ」

「……そのような呼称に興味はない」


 眉目秀麗な男――ルキウスと呼ばれた男は、ジークを訝しげに睨んだ。

 だが、その称号に偽りはない。


 【四魔将・第一席】

 【氷の覇者】

 【生物の到達点】

 【魔王の夫】


 かの勇者と魔王の戦いにおいても、ルキウスは単身で勇者一行を苦しめ続けた。

 そこに彼個人の敗北はない。

 勇者が魔王を討つまで、勇者の仲間と軍勢単位が合わさり、ようやくルキウスを足止めしていたほどだ。


「……そうか、生きていてくれたんだね。我が嫁、シエラよ」


 ルキウスは笑う。

 氷の仮面を砕いてまで、その口元をニタリと張り裂けんばかりに歪ませた。


「ふふっ……やはり私は神に愛され、運命に愛され、世界に愛されている……誰よりも、誰よりもだ……!」

「おーい、ルキウス。戻ってこ……」

「魔王を連れ戻す。私が嫁を直々に迎え入れてあげよう。――ふふふっ……今度は守ってあげねばならないね。最期まで、我が部屋で」


 氷の闘志を燃やし、豹変したルキウスは立ち上がる。

 だが、それを制する女性の姿があった。


 スラッとした体躯に、起伏がハッキリとした女性らしい体つき。ややウェーブがかった炎髪を片方だけ横に結び、毅然とした佇まいで制している。

 炎髪から覗く長い耳は、彼女がエルフ族であることを示していた。


「その任、私にお任せください。この【四魔将・第三席】にして【剣の頂に立つ女騎士】、セシリアが行きましょう」


 気の強そうなマリンブルーの瞳が、強気な彼女の表情を映えさせていた。

 その自信は彼女の実力によって裏打ちされている。


 【剣術を極めたエルフの女騎士】

 剣であれば、勇者にすら引けを取らぬ唯一無二の存在。


 彼女が向かうのであれば何の心配も要らないとルキウスは判断した。


「そうか、では君に任せる。女騎士・セシリア」

「はっ! 必ずやこの剣に誓って、魔王様を連れ戻してみせます!」


 その剣に曇りなし。

 女騎士セシリアは、任せてください、と大きく胸を張っていた。




「……大丈夫かねぇ……やーな予感がするんだよなぁ」


 ただ一人、口ひげの男だけは不安げに見守っているのだった。


「どう思うよ、第四席?」

「………………」

「お前はせめて喋ろうぜ」

「………………」


 口ひげの男は一人で頭を抱えた。

 これが魔王城に名を連ねる、上位第四席達。

 一人一人が圧倒的な力を持ちながら、性格や実務力に関しては考慮されていない戦闘部隊だ。王と大臣亡き今、暴走気味な自分らに決定権があるのかと思う度に酒を飲まずにはいられない口ひげの男だった。



――……――……――……

 ――……――……

 ――……



「ぶるっ……」

「どうかした?」

「……い、いえ……?」


 昼下がりの森の中。

 シエラは悪寒を感じて小さく震えた。

 今の今まで死神と模擬訓練をしていた体は火照っていたはずなのに、氷に中に入れられたような寒気を感じてしまったからだ。


「そういえば、そろそろ秋か。ここらは急激に寒くなるからねー……」

「い、いえっ、シエラは大丈夫です! なんだか急に寒気がして……?」

「ふむ。……今日はこの辺にしておこうか」


 兄の言葉は、シエラにとって玩具を取り上げられるような気分だった。

兄と行く狩りや、何気ない会話も、もちろん楽しい。けれど兄と打ち込む模擬訓練は何よりも楽しい遊びだったからだ。


 「まだやれます!」


 シエラは腰を低く落として、ゴム製短剣を逆手に構える。

 その佇まいからは場慣れしたものを感じられるが、訓練を始めてからそれほどの時は経っていなかった。


 走り込みといった基礎体力作りを1ヶ月。さらには型を学び、実践に至る月日は季節を夏から秋に変えていた。

 それでも短い期間で動けるようになれたのは、自分の中に流れる血と、死神の細密な訓練内容のお陰に違いない。

 死神は「仕方ないな」と肩をすくめると、唐突に甘美な条件を口にした。


「よーし、今日は一発でも当てられればお肉のフルコースだ」

「……っ! が、がんばります!」


 己を鼓舞するようにシエラは両手を握る。

 しかし、これは兄の常套句だとわかっていた。短剣すら構えてない死神だが、今までに一発も打ち込めたことはなかったからだ。


 一呼吸。意を決して、シエラは地を蹴った。

 シエラはとにかく敏捷が優れていた。その小柄な体躯もあってか、二歩目からは凄まじい速さで駆け巡ってくる。


 数瞬。

 真正面を見ていた死神の眼下、シエラが懐に潜り込んでいた。


「そう、シエラは体が小さいからね。その速度で踏み込まれると、私からは急に消えたように見えてしまう」


 シエラが短剣を振り上げる――が、半身逸らして避けられてしまう。

 初手の切り上げから、振り下ろし、刺突、右薙ぎ。だが、どれも掠ることすら許されない。


 死神が大きく飛び退いた瞬間、シエラも踏み込んだ。

 兄が太鼓判を押す、シエラの秀でた能力。――それは直感と反射。


「そーっら……と踏み込んでこなかったか」

「……っぅ!?」


 シエラが居たはずの空間に目にも止まらぬ剣閃が走っていた。視認できたのは、死神が振るおうとした最初の所作と、振り下ろした後の姿のみ。

 肌をチクリと刺すような何かを感じ、反射的に横へと身を投げ出したのがこうを成した。


「ちょっと余談になるんだけれど、人の戦いの中では体術を使わないことが多くなってきたんだ」


 喋りながら、死神は踏み込んだ。

 視認できる速度。しかし、全神経を集中していなければ吹き飛ばされていたであろう薙ぎ払いだった。髪を掠らせて、転がりこむように横へ跳んだ。


「それはルーンやら魔法、そして近代的武器の発展によって、必ずしも身体能力と技術の差が勝敗を別けなくなったからなんだ」


 シエラは連撃を仕掛けながらも、その一言一句を聞き漏らさないようにと耳を傾ける。

 そこにコツンッ、という後頭部への衝撃。


 小突いた程度の軽い一撃だったが、反応が遅れているよという死神の助言だったのかもしれない。

 順手に持ち替えて、シエラは大きく振り下ろそうとした時だった。空中に上げた手を、死神に取られてしまう。


「けれど体術があるだけで生存率は大きく跳ね上がる。だから――」


 その瞬間、シエラは奇妙な浮遊感を感じた。視界がぐるりと半回転し、右足が払われたことを理解するのは数瞬の後だ。

 うまく体を捻ろうにも、死神に右手を抑えられたまま。

 このまま無様に地面に転がってまう――

 そう目を閉じたシエラだったが、死神はその背中をふわりとすくい上げていた。


「ただ振り回すんじゃなく、ちゃんと体術を使うんだよ」

「……あっ、そういえば……わすれてました……」


 そのまま抱き上げられて、シエラの頬は羞恥からか薄らと紅潮してしまう。集中していたせいもあって、体術が抜け落ちてしまっていた。


「まぁ……戦いの中で生まれた技術がなくなることは喜ばしいことなんだけれどね」

「……?」


 いつものように微笑を浮かべた死神。しかし、仮面の奥は見えないのにどこか寂しそうに笑っているようだ。

 それに喜ばしいようには感じられない語調を孕んでいた。

 そんな不思議そうなシエラに気づいたのか、死神は仕切り直すように笑った。


「……さて。戻って汗を流したら、お肉のパーティーでもしようか」


 今日もまた、死神に一太刀浴びせることはできなかった。それでもご褒美を貰えるからシエラも楽しんで学べるのかもしれない。


 何より死神の実力は遙か高みにある。

 シエラは思い出したくない記憶の中には、怒号轟く戦場における強者達を目の当たりにした記憶があった。勇者という個で戦場を圧倒する者すら存在していた。


 ――それでも死神の底知れぬ力には及ばない。

 大地を揺るがしたな超常的な能力。生物を本能的に追い遣る威圧感。矢をも捉える目が幾度となく見逃した剣閃。不意を突くことすら許されない体捌き。

 その領域に立つまで、どれ程の年月を要するのか。


 知れば知るほど、考えれば考えるほど、シエラの兄に対する尊敬は深まっていくようだった。


「はい!」


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