■第3話:魔王様の真価、死神さんは語る
魔王が死神の妹になってから一週間が経った。
未だにエーデルウッドに拠点を置く二人は、朝食を探すために森を徘徊している。早朝の日射しは柔らかいものかと思いきや、中々に強烈だ。
ここ最近、エーデルウッド近辺はとにかく熱かった。
昼頃になれば炎暑を感じてしまうギラギラとした日射しに変わることだろう。
今日も死神に抱かれているシエラは、拾われた時とは一変して、痩せこけた頬や荒れた肌にはハリが戻りはじめているようだ。
年頃の少女にしてはまだ痩せているが、少女らしさが見え始めている。
「いつもすみません……お兄様」
「いいや、足の腫れはそう簡単に収まらないから気にしないで。それに毎日重くなっていく我が妹に生命の尊さを感じているよ」
「……恥ずかしいです」
恥ずかいと言いつつも、その表情はどこか困ったような表情だ。それも慣れたようで死神は喉を鳴らして笑っていた。
「フッフッフ、もしもシエラが丸く肥えたら、明日の朝食にでもしてやろうか」
「そ、そんな……。……で、でもシエラはお兄様に食されるなら本望です」
「私は相当なグルメだからね。美しく成長するまでそれはやめておこう」
互いに冗談を言い合いながら、食料を探す穏やかな日々が続く。
とはいえ、シエラは未だに表情が豊かではなかった。それは死神に対して、不信感もあれば遠慮をしているのだろう。
ぎこちない笑顔や、真っ直ぐ目を見ると反らしてしまう仕草は、可愛らしくもあり距離感を感じてしまう。もちろん、そういう性格の人もいるがシエラの場合はどこか固い。
あくまで死神の経験談だが、身近にいた人物との意思疎通が上手くいっていなかった子供らに多い。――それはまぁ時間が解決してくれると信じよう。
「そういえば以前に魔法の話をしたけれど、シエラは魔法を使える?」
「はい、少しだけ」
その問いに答えるように、シエラは開いた左手を前に差し出した。
ボウッ――と人差し指に淡い赤。
死神同様に炎の属性に対しての適正だ。しかし、それでは終わらなかった。
「……えっ」
死神は思わず声を漏らした。
ボウ、ボウ、ボウ、ボウ、ボウと五つの音が連なる。
中指に青い光、薬指に緑の光、小指に土色の光、親指には黒紫色の光、そして手のひらには雪色の光。一つ一つが宝石を宿したように美しい。
死神が目を剥くほど驚愕したのは、彼女が複数の属性、それどころか全ての属性を発現させたことだ。
自身が生まれながらに偏った、ひとつの属性しか使えない。それが魔法のように世界の理なのだから、ありえない光景を目にしていることになる。
「すごいよ、シエラ! 力がないなんてとんでもないな……!」
「そうなん、ですか?」
「ああ、世界で唯一無二の力だ。他の人からは言われなかったの?」
シエラは静かに首を振った。艶が戻りはじめた長い銀髪が揺れる。
「できるようになったのは最近でした。勇者さんに会う……数日前」
「なるほど。この素晴らしい才能を気づかないとはね……」
誰に対して言ったわけでもなく、死神は口の端を吊り上げた。
どこか怪しげな笑顔に見えるが、他意があるわけではない。彼女が無力だという話に「ざまぁみろ」とでも言いたげなだけだ。
そして彼女が六属性を行使できる理由に、「もしかして」と死神は続けた
「シエラにはそういうルーンがあるのかもね」
「ルーン、ですか?」
「わかりやすく言えば、スキルだったり、アビリティかな?」
アビリティ、という言葉にシエラは納得したようだ。
「人っていうのは小さな元素で構成されている説があってね。その中心に一つだけ、核に刻まれた能力――ルーンを持っていることから来てるんだ」
生物の最小構成要素には、【核に刻まれた能力・ルーン】が存在するという説があることを死神は語った。
生物にある核に、そのものだけの特殊な力が隠されているということだ。
「そのルーンこそ、生まれつき特殊な能力を記したものだ。例えば……他者を鑑定する能力や、毒に抗体を持つといったもの不思議な力。そんな能力を、大陸によってスキルといったりするんだ」
特殊な能力を東大陸ではスキル、西大陸ではアビリティと呼称されていることがある。ルーンはそれらの総称として使われるが、シエラには馴染みがなかったようだ。
「つまり、シエラのルーンは【全属性の行使】という特殊能力が刻まれているのかもしれない。……みんなが一つの属性しか使えない中で、これはとっても凄いんだ」
「そんな……、……お兄様にもルーンはあるんでしょうか?」
しかし、ルーンはあれど中身がない人もいる。はたまた、ルーンを開くのに時間が掛かる人だっている。
死神は含みのある笑みを見せた。
「私のルーンこそ、死神ってやつかな」
「……??」
話をはぐらかされて首を傾げたシエラだが、それ以上は死神も話そうとはしなかった。いつものように喉を鳴らしながら笑って、森の奥へと進んだ。
二人の日常は、あまり変化がない。
毎日の食事を穫りにいく道中で、目に入ったものは死神が説明をしていくといった流れだ。相変わらず、シエラは借りてきた猫のように大人しいものだった。
しかし、徐々にだが彼女の方からも話しかけてくれることを死神は気づいている。餌付けというわけではないが、食事を通して仲が深っているようだ。
一ヶ月が過ぎて、ようやくシエラの足も完治するに至った。
その頃には少女らしい体つきになっていて、柔らかな肌は透き通るように白く、指で触れれば弾力を持っているのが見てわかる。
くすんでいた銀色の髪は、一本一本が白銀色を帯びた絹のように艶やかである。腰まで伸びた髪は、振り向くたびに雪のベールが舞うように美しい。
年の割に幼いのは変わらない。だが、少女のふわっとした可愛らしさに、精巧な人形のような美しさが魅力的なまでに整っていた。
「足の調子は良さそうだね、シエラ」
「はい。お兄様のおかげです」
食料調達の帰り道、その成果と彼女の反応から死神は満足げだ。しかし、草を掻き分けて道を作る最中で思案していた。
――そろそろ街に行く必要があることを。
衣食住のこともあるが、シエラの衣服だ。シエラの装備はぶかぶかな黒シャツに、これまたぶかぶかな黒靴と護身用の短剣のみ。靴には布を詰めているが、さぞ動きにくいことだろう。
獣道の先にある湖の拠点に着いてから、死神は腰から取り出した短剣をくるくると回した。円を描いてクルクルと回る刀身に、朝日が輝く。
「さて、ご飯の前に。……この世界では兎にも角にも生きなきゃいけない。そんな時に必須なのは護身術だ。シエラにも使い方を教えようと思う」
「そちらのは使わないんですか?」
シエラが指したのは、死神が寝ている時ですら身につけている長い武器だ。
左腰に備えられた、槍のように細い黒鞘。
「ん……こっち」
言うなり、死神は腰に差していた剣の柄を掴んだ。
現れたのは、やや曲線を描いた片刃の剣。シエラは不思議そうに見つめた。
「お兄様のそれは何というのですか?」
「これは特注したもので、刀っていうんだ。北東を旅行した時に出会った剣さ」
「なるほど、カタァナ……」
湖面を背にして、孤月を描くように刀身が閃く。
北東にある小国のものだが、優れた業物として死神は気に入っている。
しかし、シエラの身長では振り回すことも難しいほどの長さだ。
「シエラにも背が伸びたら使えるんでしょうか?」
「そうだね。でも普通のとは違うから……最初は短剣で頑張ろう」
「はい」
素直に、そして気合いを込めるようにシエラが胸元で手を握る。こういった小さな仕草に気づくのが死神の楽しみでもあった。
「シエラは賢いから、すぐ成長していけるよ」
「シエラもがんばりますっ……」
――我が妹ながら微笑ましい。
これが一世を風靡させた魔王だというのだから、笑ってしまうというよりは信じられない。そう思いつつも、死神からは笑みがこぼれてしまっていた。
「よし、じゃあ短剣の持ち方からだ。順手と逆手があるんだけれど、まずは普通に持ってみてもらえるかな」
「こうですか」
「うん。力の入れ方は、小指から順にゆっくりとだ」
「はい」
彼女の才能を考えれば、魔法を教えるべきだと怒られるかもしれない。
しかし、魔法使いという職業だからこそ己を守る術が必要だ。魔法使いは強力な一手を持ちながら、詠唱の最中に隙を見せてしまう。
そんな時、反射的に動いてしまうような体作り。それが必要不可欠だと死神は考えている。
補足:ルーン(特殊能力の総称)
→スキル(東大陸の呼称)アビリティ(西大陸の呼称)