■第33話:ファミリア・ギルド
「いい朝だ」
朝日が昇り、屋敷の庭にいる死神は眩しさに手をかざした。
閑散としたこの住宅街ならではの静けさが、澄んだ空気とよく合っている。
庭の木陰で、ひとり不満げに睨む女性をのぞけば。
「……屈辱だ、なぜ騎士である私が草の始末をせねばならんのだ……」
「働かざる者食うべからずという格言があってね」
「……せめて死神の剣を貸してくれれば一瞬だというのに……」
「自分の手でやってこそ、労働のありがたさを実感できるだろう?」
悪戯っぽく笑った死神に、セシリアは納得いかない様子だ。
「よし、これで三日の滞在を許してあげよう」
「余らせている部屋があるのならば貸してくれてもいいだろう!」
「残念、ここはギルドメンバーのみが使える屋敷だ」
ギルド、という言葉を聞いて、セシリアは不思議そうに小首を傾げた。
「なんのギルドなんだ?」
「未定だけれど……みんなが家族のように過ごせるギルド、かな」
セシリアに夢語りだと笑われるだろうか。
そんなものは成立しない。そう言われるのを死神は覚悟していたが、セシリアは意外にも柔和な笑みを浮かべていた。
「みんなの帰ってこられる居場所ということか。いいんじゃないか」
「……意外だね、肯定してくれるなんて」
「お前は時折、私のことをセシリアではなく騎士として見ているようだな」
彼女の言葉に意表を突かれた気分だった。
確かに、彼女というよりは敵である女騎士として見ていたかもしれない。
「私だって、別に他者の幸せが嫌いなわけではない。……勘違いするなよ! お前を殺すのは私だからな!」
「ぶ、物騒なことを……」
きっと睨まれて、死神は肩をすくめた。
「おにいさま! できました!」
庭の一角、リナリアと肩を並べていたシエラが叫んだ。
二人の金と白の髪が触れる先には、小さな木の看板がある。
「どれどれ」
リナリアがデザインする、ギルドの看板をシエラが手伝っていたらしい。
死神を模した長い鎌が弧を描いていて、その中には白兎と狼――おそらくシエラとフェンリルの姿がある。
「元とはちょっと違うのだけれど……シエラちゃんのデザインを取り入れてみたの」
「描いてみました!」
慈愛の微笑を咲かせたリリシアの傍で、シエラが誇らしげに言う。
鋭い鎌に比べて、ウサギさんと狼さんは実に可愛らしい。ここがシエラの手を加えた部分なのだろう。
死神は「うん」と満足げに言った。
「いいね。これをギルドのマークにしよう」
「はい!」
嬉しそうに笑うシエラに、そういえばとセシリアが下唇を撫でる。
「そういえばシエラ様は読書とお絵かきがお好きでしたね」
「は、はい……すこしだけ……」
読書が好きなのは死神も知っていたが、お絵かきは知らなかった。
そんな死神を、フフンッと一瞥するセシリアはどこか勝ち誇ったような笑みだ。
……どうだ、羨ましいか、という意味なのだろうか。
そんなセシリアを無視して、死神は看板を持ち上げた。
「あっ、死神さん、仕立てた服はクローゼットに入れておきましたよ」
「ああ、ありがとう。……ここ最近服をダメにしてね……」
「ではいいタイミングでしたね」
「うん、ちょうどシエラのもなかったし最高のタイミングだ」
リナリアの笑顔につられて笑う死神は、この肌寒な時期にシャツ一枚と軽装だ。
それもこれもセシリアのせいである。
「多分、この先も服を台無しにしそうだから……よかったら、また数枚お願いしていいかな」
「はい、いつもお世話になります」
リナリアが恭しく頭を下げるが、死神からすればお世話になっているのはこっちだ。
なにせ同じデザインばかりをずっと頼んでいる客だ。
仕立屋としてはともかく、服のデザインを兼業する彼女らには発展もなく退屈な仕事だろう。
それでもイヤな顔をしない彼女に感謝しつつ、死神は門前に向かった。
すると門前に背を預ける、長身の男。――アイズだ。
「……本当に何も起こらないんだな」
「ね? よかったら部屋でも覗いていくかい。正面と一部は家具も揃ったよ」
「いや、いい。今日は前祝いに来ただけだ」
彼は手に提げていた布袋を手渡す。中はやっぱり酒だ。
「ってこれ樽酒かい? 随分と高い物を……」
「祝いだ。これから発展するギルドに対し、名前を売るためにな」
「……討伐依頼なら、個別で請け負うよ」
ふっと笑みをこぼして、アイズはそのまま立ち去っていってしまった。
布袋の中には名刺やら入っているあたりはさすがだ。
死神は布袋を肩に提げながら、門前に看板を飾った。
この威圧的な屋敷とは似付かない、可愛らしい看板である。
「よし」
今日から、正式に発足だ。
ファミリア・ギルド。
集まる人々の絆で紡がれる、家族的な組織。
死神とてギルドが商業的な意識をもって強い絆を結ぶものとは理解している。けれど、願わずにはいられなかった。
「居場所のない人が、傷ついた人が、ここで絆を育み、そして巣立っていけるように」
永久に生きる死神がそれを成そう。
……それには人集めも大切だが、まだ入団希望者が来るはずもない。
アットホームなギルド、笑顔が絶えず、やりたいことを先輩がしっかり教えます!
新設のギルドがそんな広告を掲げて、人が集まるものかと死神は苦笑した。
しばらくは二人と一匹のギルドになりそうだ。
「あれ、看板できたんだ」
快活な少女の声に、死神が声のほうへと歩み寄る。
門の中、木陰で丸まったフェンリルに、ストレンシアが寝っ転がりながら言ったらしい。
「そんなところにいたのかい」
「この子が引っ張ったのー」
「ガウッ」
フェンリルは死神に向けて吠えた。
「なんか丸まったところに座ってほしいんだってさ」
「へえ……? けどスパッツみえてるよ」
「…………えっち」
ギッと蔑むようなストレンシアに、誤解だと死神は両手を挙げた。
いくら私有地で女性ばかりとはいえ無防備に転がるストレンシアが悪い。
「そうだ。ストレンシアに内緒の商談があるんだけど」
「ないしょ……?」
「シエラの夢探しに付き合ってほしいんだ。いや、むしろ薬師の仕事に興味を持たせてもいいな」
白衣が似合いそうな子だ。
安全な薬師の仕事もちょうど良いのではと思いつつ口にしたのだが、ストレンシアは「えー」と声をあげた。
「そしたら私の仕事なくなっちゃうじゃん!」
「そうだね……それなら兄弟子っていう感じで、いっそストレンシアもこっちのギルドに入るかい?」
「え、ええ!?」
驚いたストレンシアはうーんと首を捻らせた。
というのもギルドは簡単に抜けることができないのが理由だろう。技術保持の目的もあるし、そもそも引き抜きを嫌うようなところは多い。
ましてや薬師としての実績もないギルドに所属するのは、人生を棒に振りかねないだろう。
「いつでも待ってるよ。シエラも、そして私も君が来るなら大歓迎だ」
「……そんなこと言われたら行きたくなるじゃん」
ぶすーっと膨らんだ頬はどこか赤かった。
そんなストレンシアに片手を上げて、死神は三人のほうへと向かった。
しかし、シエラがいない。
「な、なるほど……裁縫の職人だったのか……」
「はい。よろしければお作りしましょうか?」
「だ、だが今は持ち合わせがなくて……」
「死神さんのご友人なら、後払いでも構いませんよ」
「ほんとうか!? そ、それなら……」
リナリアとセシリアが、かしましく会話していたところらしい。
死神は友人という一言に口を挟もうとしたが、何とか抑えた。
「では……ちょっと失礼しますね」
「なっ、え……えっ!? き、急に抱きついてきてなにを……!?」
「鑑定っていう私のルーンに必要なんです」
何だか邪魔してはいけなさそうな空間だ。
死神は隠れるように二人の横を抜けて、扉の開いていた屋敷内へと向かった。
屋敷内のエントランスは少しだけ掃除を済ませたのもあって、落ち着いた調度品の似合う外観になっている。
シエラはどこだろうか、と死神は周囲を見回す。
テラスになっていた二階の中央部屋――いわゆる応接室から、微かに声が聞こえてくる。
階段を上っていき、死神は応接室の扉に手を掛けた。
「シエラ、入るね」
扉を閉じていたから、聞こえなかっただろうか。
ガチャリ、と扉を開いて足を踏み入れる。
すると、奥の執務机に座るシエラはいたのだが、その格好に死神は目を丸くしてしまった。
「ふふっ」
弾んだ声で、目を瞑るシエラ。
その顔には、死神の予備である仮面が着けられていて、彼女の身の丈に合わない外套をダボーッと羽織っている。
そしてあれは、死神のポーズなのだろうか。
右手で仮面を抑え、左手は外套を広げるように短剣が握られている。
いわゆる死神の格好で、死神の真似をしていた。




