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■第31話:そして祝盃の鐘は

 これまでの経緯をセシリアは無言で聞いていた。

 そして死神の言葉の終わりを見計らって、やはり言う。


「話は理解した。……だが、我々にも事情が」

「そう、それがこちらからすれば関係ないんだ」


 政治的な立場とでも言いたいのだろう。

 死神はその事情を察しつつも、一蹴した。


「もちろん君たちからすれば、私は人さらいだ。それは恨んでいい。ただシエラの意志と、その先を考えると君たちには任せられない」

「……シエラ様は王の血を継ぐ者だ。その使命を全うすべくして生まれた以上、仕方がない」


 だからそれが、と死神は頭を抱えた。


「王とは民のものである、っていうやつか。そうだ。君らはそれを抱いて、何度でも私に立ち塞がればいい」


 もう話は終わりだ。

 死神は腰の刀を指で弾いて、敵対の意志を示す。

 それでもセシリアは食い下がらなかった。


「そもそもなぜだ。お前達の出会いはわかったがあくまで他人ではないか」

「けど、今は兄妹だ」

「偽りで、それが罪でも、か」

「そもそも夫婦という関係ですら元は他人だ。それが家族になれるように、私もなれると信じてる」


 食い下がらぬ彼女の言葉に、死神は思いを吐き捨てる。

 そして最後に、これが死神の意志だ、と。


「妹が泣くような世界なら、私は全ての罪を受け入れる。

 そして妹が望むならば、私はこの世界を守り続けよう」


 もう話すことはないと死神は踵を返した。

 そろそろフェンリル辺りが匂いを辿って来る頃だろうか。


 そんな死神の背に、セシリアはぽつりと言葉を零した。


「……そこまで思っているのなら、もう何も言うまい」


 はぁーっと大きなため息。

 これまでの厳格な声とは違う、柔らかな声色だった。


「なら守り抜くといい。けど…………私は剣を折られたこと、忘れないからな」

「……それは悪かった」

「許さん。貴様が死ぬまで剣を向けてやる」


 どこか悪戯っぽい語調に、死神は笑ってしまった。

 セシリアの失笑する表情にも、あの酒場の時のような穏やかさがある。


「なら私の弱点を教えてあげようか」

「ほう、手の内を晒していいのか?」


 互いに意地の悪い笑みだ。

 そう、死神の不老不死にも弱点がある。

 しかし、その条件は厳しいものだからこそ、問題はない。


「愛し合う人に殺された時、この【原点】のルーンは消えるんだ」

「…………は?」

「相思相愛。あっ、もちろん親愛ではなく愛情でね」


 その条件に、セシリアは当然ながら目を丸くしていた。


 そう、恋だ。

 恋を知り、愛に殺された時に、この原点は消える。

 その時が死神の消える日だ。


 この数千年ではそれも訪れなかったし、この先も来ることはないだろう

 愛する人に殺されること自体あり得ないのだから。


 しかし目の前の女騎士といえば、弱点見つけたりと言わんばかりに微笑した。


「なるほど、それが貴様の弱点か」

「……う、ん、まぁ。けれど話を聞いていた?」


 とても話を聞いていたとは思えない表情だ。

 まるでしてやったりと勝ち誇ったような女騎士の顔。


「いいだろう。簡単なことではないか」


 ふふん、と勝ち気な表情でセシリアは続けた。


「お前を惚れさせればいい、ということだな」

「………………」


 何を言っているんだ、このポンコツな騎士は。

 驚くというより、呆れるような死神の半目に気づいたのか、女騎士はムッと目くじらを立てた。


「なんだ! その哀れむような目は!」

「…………いや」


 先ほどまで敵意を抱いていたことを忘れているのだろうか。

 そして自分が何を言っているのかも。

 

 セシリア自身が、死神を愛さなければいけない。

 それが都合良く抜け落ちていそうな気抜けた女騎士に、死神は哄笑を隠せなかった。


「ぷっ、くっくっく……」

「だからなにがおかしい!」


 これが笑わずにはいられない。

 もう死神の敵意もどこにいってしまったのか、気づけば色々なことを話しすぎてしまった。

 これも彼女の話術だとすれば面白いが、そうでないのだから素直に笑ってしまう。


 そんな二人の元へと、大きな声が響いた。


「お兄様ぁっ! やっぱりご無事でしたか!」


 シエラの声だ。

 少し向こうには、息を切らして肩を落としたストレンシアや、黒竜の翼を咥えたフェンリルが続いている。


「やあ、シエラ。こちらも対話を完了したとこだよ」

「対話ですか……?」

「対話とはなんのこ……んむっ」


 パッと女騎士の口を塞ぐ。

 「無礼な」とでも言いたげな視線から背けて、死神は頷いた。


「穏便な対応で帰ってもらうことにしたんだ。フェンリル、そいつを離してもいいよ」

「ワンッ」


 自由となった黒竜は逃げ出すようにセシリアの方へと駆けた。


「じゃあセシリア、言伝の方は頼んだよ。ひろーく伝えてくれると嬉しいな」

「……」


 何か言いたげだが、これ以上に事を荒立てないのは伝わる。

 死神がセシリアを離してやると、彼女はそのままシエラの方へと歩いて行った。


 びくりっと小さな肩が震える。

 けれど敵対する意志はやはり感じない。


「シエラ様、度重なる失礼、大変申し訳ございませんでした」

「ぇっ……い、え」

「この者と話を交わし、私も意識を改めました」


 恭しい一礼に、怯えたシエラの影が晴れる。


「シエラ様の定めを、私の独断では決めかねます。……ですが」


 佇む少女の手を取って、セシリアは愛嬌のある笑顔をこぼした。


「あなたの、いえ……彼とあなたの家族としての幸せをお祈りしています」

「……はい、ありがとうございますっ……セシリアさん」


 それだけ告げて、セシリアは再び礼を捧げる。

 シエラの嬉しそうな笑顔が見れたことを、彼女には感謝しなくてはいけない。


「黒竜、飛べるな」

『――ォォ』


 答えと共に両翼を広げる。

 黒竜の背に乗り込もうとするセシリアに、死神は問いかけた。


「もういいのかい」

「ああ」


 次に会うときは、また敵同士だろう。シエラと話す機会はないかもしれない。

 その確認に、セシリアは迷いなく答えていた。


「貴様こそ覚悟しろ」


 それを最後にセシリアは黒竜へと乗り込んだ。

 空へと消えていくセシリアに、死神は苦笑する。


 また厄介な敵として現れるのか、それとももう現れないのかはわからない。

 しかし二度は戦いたくないのが本音だ。


「――よし、これで一件落着だ!」

「一件落着じゃない!」


 綺麗に終わらせようとした死神に、ストレンシアが怒鳴った。

 ああ、確かに今日一日中、彼女は踏んだり蹴ったりだろう。ワケがわからない状況に首を傾げていたばかりのはずだ。


「……まぁ、こういった意味も含めての賃金ってことでね?」

「こっちにも雇用主を知る権利があると思うんだけど!」

「うん、その通りだ」


 全くもって反論の余地がない。


「積もる話は――フェンリルの背中に乗って話そうか」


 目の前に歩いてきたフェンリルの体を撫でて、半目のストレンシアに搭乗を促す。

 今日二度目の説明だ。

 シエラ本人を前にすることから、また色々とお話をいじって話さなくてはならない。


 死神はため息を吐きつつ、二人に続いてフェンリルの背に乗った。

アクアリウムへと、ゆっくりとした足取りで――



 ――……――……――……



 夜の酒場で、死神はまたも果実酒を呷っていた。


 あれからストレンシアに話したのは、これまでの簡単な経緯。

 しかし、今度は感動的な話へと脚色して、だ。


 シエラは戦争によって親を失った孤児だとか、

 行き倒れていたところに運命的な出会いをしたのだとか、

 実は彼女はとある村の巫女的存在でそれを追う人がいるのだとか、

 少年少女向けの架空物語にありそうなことを連ねた。


 何度もシエラの遮る声は入ったが、それでストレンシアは涙を流しながら納得してくれた。


「慌ただしい一日だった……」

「おにいさま、大丈夫ですか……?」

「体の疲れはないから大丈夫だよ」


 横でパンを頬張っていた妹の心配そうな問いに、笑って答えてやる。

 ただ倒すだけなら、もっと楽だっただろうに。


「シエラ、君は自由だ。君がしたいことを私は手助けする。……だから、いつでも頼ってほしい。それが私の喜びだから」

「……はい、少しだけ甘えさせてもらいます」


 そう言うと、シエラはジュースのグラスを寄せてきた。

 アイズとの乾杯を見たのだろうか。

 死神は笑いながら、果実酒のグラスと打ち合わせて、祝盃の鐘を交わした。


 カランッ――


「ん?」


 その音は、祝盃の鐘ではない。

 店内の扉が開いた、来訪を知らせる音だ。


 死神はちらりと見て――果実酒を吹きだしてしまった。

 ……騎士の、姿。


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