■第29話:vs女騎士 - 2
「お兄様……ぁあ、ああああああああああああッ!」
仮面の奥、虚ろな瞳には大絶叫する妹が映る。腰の短剣を抜き去り、死神の元へと駆けようとしている。
隣のストレンシアは顔色を失い、慌てふためくなり手提げから小瓶を取り出していた。
フェンリルは目を剥き、駆け出した主人を追うか、踏みつける黒竜を優先するか、逡巡するように二つを見比べている。
「……刃向かうのが悪いんだ、死神よ」
セシリアは悔恨を断ち切るかのように目を伏せ、長剣を引き抜こうとした。
だが、その剣が全く動かないことに気づく。
「なっ……剣が抜けなっ……」
驚愕に目を見開いたセシリア。
それを嘲笑うように、心臓を貫かれたはずの亡霊は口端を裂いた。
「――良かった。相手を溶解するルーンだったり、石化するルーンなら、見苦しくなってしまうからね」
死に絶えたはずの男がゆらりと立ち上がり、その場にいた全員が驚いたように動きを止める。セシリアの震える声が、起き上がれるはずのない男に向けられた。
「なぜ、生きて……」
「そして君の大事なものは……やっぱりこれだったか」
粛然として囁く死神に、セシリアの手が震える。
「離せっ!」
「……『死神』のルーンは――君の大切なものを殺す」
剣を抜こうと藻掻くセシリアに、死神は宣言する。
そのルーンは、名は体を表す。
酒場で出会った彼女は、この剣を誇りと称し、大切にしていたのを死神は思い出した。――だから、心の中で最後に謝罪をして。
「さようなら」
その言葉を合図に、剣は死を迎えた。
死神の心臓を貫く剣先から、白銀の色素が飛散し、灰へと還るように粒子と化していく。
既に死を迎え、この世界からいないものとされた剣はもう動かない。
サラサラと風に揺られ、光を反射しながら、やがて元素へと変わり――そして世界から消えた。
剣先から連鎖していく崩壊が、やがてセシリアの見える剣身まで来ると、それを動かそうとしながら彼女は叫んだ。
「わ、たしの剣が……消え、………………離せ! 離せぇぇ!!」
もう死神を貫く刃は消えたのに、それでも崩壊は止まらない。
白銀の剣身は形を失い、豪華絢爛なる柄までもが金砂のように散りゆく。そして星屑となって、死神の背後にある崖へと吸い込まれていった。
「やめろっ……これは私の……大切な……」
――主の剣。
その言葉が続くよりも早く、騎士の剣は全てが雲散霧消する。
「ぁ――」
「…………」
膝をついたセシリアを、今度は死神が見下ろした。
謝罪も、哀れみも向けない。
どう取り繕おうと彼女は敵だ。
彼女らの事情は知らないが、大切な妹を傷つけた側の人物には違いないのだから。
そして敵がひとつの組織である以上、彼女を変えても意味がなければ、改心するはずもない。シエラがそれを思い出すだけで辛い気持ちにあうのなら――死神は何度でも立ち塞がろう。
「……君に死を与えるつもりはない。君には使者になってもらわなきゃいけないから」
セシリア達の陣営からすれば、死神は暴君だ。
そして、暴君からシエラを取り戻そうと、これからもセシリアのような刺客を送ってくるだろう。
ならば伝えなければいけない。
「シエラが許さないかぎり、私は何度でも立ち塞がる。万の軍勢を引き連れようと――不老不死の死神が立ち塞がると、そう伝えろ」
死神の言葉に、女騎士はギッと睨む。
見たところ、彼女の武器は長剣一つだ。最早戦う術もないのだろう。
「貴様っ……!」
「恨んでくれていい」
崩れ落ちる女騎士の横を抜けて、死神は歩き出す。
そして駆け寄ってきていた妹が飛び込んでくるのを、まるで見せつけるように両手を広げて待ち構えていた。
「おにいさまっ……! だ、大丈夫なんですか!?」
「何ともないよ。いわゆる幻影の魔法というやつでね、あれは幻だったのさ!」
「ま、まぼろし……そんな魔法があるんですね……」
あっけらかんとウソを吐いて、死神はシエラを抱き留めた。
しかしシエラの不安そうな表情は晴れないのは、セシリアを前にしているからだろう。
「…………セシリアさ、ん……」
「…………お嬢様、……わたしは」
『ォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』
その時、大地を揺るがす黒竜の咆哮に、全員が弾かれたようにそちらを振り向いた。
ストレンシアの方へと向かおうとした、フェンリルの一瞬の隙を突いたのだろう。
姿勢を低くしたまま、両翼を広げて駆け出した黒竜が三人の方へと向かう。
セシリアを助けようと飛び出したのだろう。
ならば、このまま彼女を回収してもらい、飛びだって貰おう。
――しかし、死神の思考をかき消すように、フェンリルまでもが咆哮した。
(フェンリルもこっちに……?)
死神は思い出す。
最初に出会った時、フェンリルの川をも飛び越える突進を。制御不能な突貫を。
黒竜に追いつこうと、この距離でフェンリルが走り出してしまえば――死神は咄嗟に叫んだ。
「ガルァァァァアァアァアアアアアッ!!」
「ま、待ったフェン――」
死神とシエラ、セシリアの後ろには崖。
だが、想い虚しく、フェンリルの姿が消失したのを見たとき、死神はシエラを押し飛ばしていた。
「ぇっ……」
意表を突かれたシエラの声。
刹那、黄昏色の獣が黒竜を捕らえ――そのまま死神と女騎士を押し飛ばした。
「ワウっ……?」
「そう、なりますよね」
空中へと舞った死神とセシリアが、空に投げ出される。
しかし、その真下は崖になっていて、よくよく見れば川が流れているようだ。
「お兄様ぁっ!?」
『ォ、ォオ、ォ』
そのまま崖へと吸い込まれるように、2人は落下していく。
死神は真下を見ながら、少し考えた。――これなら問題はなさそうだ。
おそらくフェンリルなら、落下する死神とセシリアを救出できるだろう。
そして動き出そうとしたフェンリルに、死神は声で制した。
「リルリルッ! シエラとストレンシアを任せたよ!」
「……クゥン」
申し訳なさそうに鳴いたフェンリルに、死神は小さく笑う。
2人を呑み込んだ川面に、噴水のように水が高く上がった。
――……――……――……
ストレンシア・ラナンキュラスは完全に一般人だ。
薬師になるのを夢見て、辺境の村からアクアリウムへと訪れた、普通の女子。
そうして夢叶えたものの現状は厳しくて、薬師のギルドも新人が溢れているせいで仕事が全っ然回ってこないときた。
ようやく賃金の高い仕事が回ってきたのに、いちゃもん付けられるし散々、といったところに――救いの手は現れた。
――けど、やっぱり、美味しすぎる話には裏があるのかなぁ、なんて思ったり……思わなかったり。
「お兄様ぁー! あわわわわわ……」
ストレンシアは頭の整理が付かずに川面を見下ろしていた。
「クゥン」
『ォ"ォォ』
「おにいさま……笑ってましたけど、大丈夫なんでしょうか……」
剣で刺されたのに生きていたし、大丈夫なんじゃないでしょうか。
慌てふためくシエラとは対照的に、段々とストレンシアは落ち着きを取り戻してきた。
いや、やっぱり訳が分からない。
横にいる黒竜はすごい怖いし、それを簡単に黙らせる狼さんも怖いし、生き返る雇い主もよくわからないし、本当にもう――
「ああああああああああもうううう!」
「きゃっ」
「!?」
『ォ』
突如大声を上げ、髪を振り乱したストレンシアに皆が驚く。
そしてストレンシアは手提げのポーションをゴクリと飲み干して、大きく息を吐き出した。
「プハァっ……とりあえず! 色々聞きたいことはあるけど!」
驚く一面を払いのけて、ストレンシアは川底を指さした。
「うだうだ悩むより、あの人達を探そう! 話はそれから!」
「は、はい」
今はまず、雇い主に事情を聞いてからだ。
これからもよくわからない事が起きる前に、事情を問いただしてやると意気込んでいた。
なぜ重力に逆らっていたのか……すみません、誤字報告助かりました!
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