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■第2話:魔法と、妹魔王様への餌付け

 エーデルウッドの森を歩く、仮面の男。

 その腕の中には少女が抱かれている。黒い襟付きのシャツを着た少女は、どこか申し訳なさそうに俯いているようにも見えた。

 

 死神と魔王が妹になって、初めての朝。

 治療したものの、シエラの足はしばらくの安静が必要なほどだった。

 そこで死神は食料の調達を兼ねつつ、彼女に森の知識を教えようと歩き回っていたところだ。

 死神は腰を折り、おもむろにちぎった葉を手渡した。


「この草は食べられるんだ。モヨギと言ってね、乾燥させたのをお湯に入れて飲むのが一般的かな」

「でもお兄様、前に食べたことがあるんですが……吐いてしまいました……」

「よく似た別種があるんだ。森は食料庫といっても、知識がないと危険だからね。知識があるモノ以外は食べないようにしよう」


 なるほど、とシエラが頷く。彼女は受け取ったモヨギの葉を囓りながら、その青臭さに眉をひそめているようだ。


 なんでも口に運んでしまうなぁ、と死神は微笑ましそうに口元を緩めながら、今度はやや尖った葉を渡した。薄い緑が葉先につれて黄色味を帯びているようだ。


「これはイガニイガニ草っていってね。ここらへんじゃ多く生えてるから……」

「あむっ……、……!?」

「あっ」


 死神から手渡され、大丈夫な食べ物と判断したのだろうか。

 シエラは間髪入れずに受け取った葉を囓ってしまった。

 それが災いしてしまう。

 

 口の中に広がるのは青臭さと、舌の上を暴力的なまでに蹂躙する苦味のはずだ。死神も一度食べたことはあるが、苦瓜の数十倍は苦かったと記憶している。

 うええ……と、シエラは今にも泣き出しそうになっていた。


「……うひぇえ……にぎゃいでしゅ……おにいひゃま」

「く、っくく……ね、熱を通さないと苦いんだよ。ほら、見てて」


 少女の悲鳴を受けて、死神は楽しそう笑う。

 左手の指をイガニイガニ草の下に添えた。その人差し指の先に集まるのは、赤みを帯びた光とほんのりとした熱。


 ――【魔法】

 大気中に存在する、視認できない小さな元素。それには火水風地闇光という六大元素によって分類されている。

 その六大元素を行使し、理を持って発現させるのが魔法だ。


 それ故、ことわりを理解しなくてはいけない。

 生物は生まれながらにして、自身に偏った属性が一つだけある。その属性しか理解と行使をできないのが魔法。

 つまりは行使できる属性は一種のみだ。


 死神の指先には、ほんの小さな炎が生み出されているようだ。赤というよりは橙色に近い、爪よりも小さな炎。

 その炎でイガニイガニ草を炙るように熱していくと、緑色の葉がゆっくりと朱色を帯びていく。まるで赤い光だけを吸い出したかのように、立派な紅葉へと変化していた。


「……お兄様は魔法が使えるんですね」

「ああ、人の中にも使える人はいるんだよ」


 この魔法という力を、シエラ達のような魔族だけは先天的かつ直感的に行使できる者が多い。

 しかし、人は違う。学習すれば理解できる可能性もあるが、その道はかなり険しいとも言われ、ほぼ才能の世界だ。

 だからこそ人は利器や技術をもって発展していったのだろう。


 

「ほら、食べてみて」

「あむ……んぐ……、……んっ、とっても甘いです……!」

「繁殖力も高くて、冒険者の即席甘味になる素晴らしい草さ。ほらほら、もっとお食べ」


 「その甘さはなんと果実同等!」と死神は次々と炙ってゆく。


「あむあむ……ありがとうございまひゅ……お兄ひゃま」


 次々とイガニイガニ草を手渡しながら、死神は食べられる草花を紹介していく。

 その道中で、見かけた鳥を仕留めたり、拾った小枝の竿で釣りをしたりと、シエラに適当な知識を教えている死神は生き生きとしている。


 死神と魔王が湖畔に帰ったのは、夕方と夜の境目だった。

 光源の少ない森では夜が早い。黄昏時にもなれば、太く伸びた樹木によって世界は驚くほどに暗くなってしまうからだ。

 しかし、開けたエーデルウッドの湖面には薄らと夕焼けが映っている。徐々に黒い幕が下りていく様は、感傷的な気分を引き出すにはもってこいだ。


「よし、今日は豪勢に行こうか。シエラ、鳥は食べられるよね」

「は、はい。シエラも大好きです」


 彼女にしては、やけにハッキリとした語調だった。料理道具を見てからの瞳も、無垢な小動物の懇願とばかりに爛々と輝いている。

 その視線の先は、太い枝を結んで作り上げた死神自慢のテーブル。ではなく、その上に並ぶ食材の数々だ。


「――よし」


 その期待に応えるしかない。

 元々、この湖畔で過ごす予定だった死神には調理器具や調味料がある。

 いわば舞台は整っていた。その舞台で、死神はいかに完成された演技をするかだ。

 

 まずは血抜きしていた鳥のレッグには、塩とこしょうをまぶして酒に漬け込んだ。

 手のひらほどの魚は内臓を取って洗い、ハーブとチーズを腹に詰めて、塩をしいた葉に並べてから包む。そして火種で蒸す。


 その火種の上には網を張り、アップルの芯をくり抜いてから、蜂蜜と死神の嗜好品であるワインを入れて網上でじっくり焼く。

 割った竹筒には、鳥の挽肉やタマネギのみじん切り、すり下ろしたパンの粉に卵と加えて網の上に。

 甘辛く漬け込んだもも肉は串に刺して、適当に焼く。

 そして最初に作った鳥のレッグには針金を巻いてから、焚き火に吊して炙った。


「――ふぅ。さぁ後は時間の問題だ」

「……お兄様はすごいですね。料理人……なんでしょうか?」

「くくっ、まさか」


 全てを流麗な所作で、かつ効率良く行った死神はその言葉に満足げだ。

 しかし、初めて向けられたルビーのように輝く瞳が自身ではなく、料理の腕に向けられていたのはやや複雑である。さらには魔法の時よりも輝いているときた。

 

「……いつ食べれるのでしょうか」

「まだ時間がかかるね」

「………………そろそろでしょうか」

「まだ時間がかかるね」

「……………………シエラは倒れてしまいそうです」

「まだ時間がかかるね」


 ふぇぇ、と泣き出してしまいそうな少女に、死神は心の中で哄笑した。


 シエラは待ちきれない様子だ。

 香ばしい香りと、ほのかに甘い香りが合わさって彼女の鼻孔をくすぐっているのだろう。さらにはレッグからとろりと垂れた琥珀色の肉汁が視覚までも支配してしまう。

 もはや恋い焦がれるように料理へと注視されていた。


「料理に嫉妬しそうだよ」


 死神は網から焼きアップルを取り出しながら、目の前の料理に嫉妬の情を抱いてしまうのだった。


「アップルのシチューなんかにしようと思ったけど、はい。このまま食べると美味しいよ」

「ありがとうございます!」


 焼きアップルを乗せた木皿は、シエラの手元で甘い香りを漂わせている。どこか芳醇な香りがするのはワインのお陰だ。

 シエラが「あむっ……」とかじりつく。

 ほろっと崩れたリンゴを口いっぱいに入れてから、すぐに恍惚とした表情を浮かべた。まだ熱いだろうに、忙しなく口を動かしている。

 

「料理はまだまだあるからね。次は焼き鳥! 甘辛くて美味しい一品だ」

「あむあむ……」


 香ばしさと甘辛さは、シンプルながら舌を喜ばせる濃さになっている。子どもにとっては特にマッチしているに違いない。


「……あれ、10本焼いてたのがない……まぁいい! 次は、魚とハーブチーズの塩包みだ!」

「あむっ……とろっとしてて、おいひいです」


 そこで死神はおかしいことに気づいた。

 木皿に盛って渡す時には、その前の品がカラっぽになっているのだ。それも一瞬で。魚に至っては骨一つない。


「あむ、ばり……ぼりっ……ごり」

「………………次は、竹で蒸した棒ハンバーグ……」

「柔らかいけど肉汁たっぷりで……んー……」


 そもそも彼女は先日までまともに食事を取っていなかったはずだ。普通ならば胃が食事を受け付けず、食べられないことを死神は失念していたことにも気づく。

 しかし、目の前からは食べ残しという概念すら消え去っていた。


「さ、最後に鳥足のあぶり焼き……」

「あむあむ、脂がのってておいひいでひゅ……」


 痩せ細っていたはずの頬はパンパンで、これでもかと食材が詰まっては咀嚼されている様子がわかる。

 小さな鳥とはいえ彼女の口に収まらないであろう骨はどこへ行ったのだろうか?


「ごり、……ばぎっ。んぐ……」


 まぁ、饒舌な彼女を見ていればこれでいいか、と死神は気にしないことにした。現に嬉しそうな声色と表情は、死神が見たかった年相応な彼女の姿なのだから。





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