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■第28話:vs女騎士 - 1

 幾度となく剣劇は繰り返された。

 

 達人同士の試合は一刀のみならず、激しい連撃によって相手を崩した者が制する。

 どちらかが微細にでも乱れれば、刹那の一撃にて決着は着くだろう。

 しかし、拮抗する両者の剣は何度も火花を散らした。


 攻め手に転じる死神の刀は鋭く、疾風のごとく走る。

 それを受けるセシリアの剣は、流水のごとく揺らぎ、後の先へと転じていく。


 セシリアの粗暴にも見える振り下ろしを受けながら、死神は奥歯を噛みしめた。


――なんて重い剣だ。

 

 受けた刀が悲鳴を上げ、死神には激震が走る。

 腕がこのまま吹き飛びそうな程の一撃を流し、死神は旋回した勢いで刀を振るうも、それもまた防がれてしまう。


――剣を扱う試合では分が悪い。


「黒竜よ。……シエラ様を捉えにいけ。くれぐれも傷は付けるな」

「リルリル! そいつを捉えろ!」


 応、とフェンリルが咆哮したのを確認し、死神は後ろへ跳んだ。

 そして懐から取り出した発煙筒を取り出し、視界を奪おうと詠唱を紡ぐ。だが、その隙を騎士が逃すはずもない。


「――斬ッ!」


 女騎士の裂帛の気合いと共に振るわれた一閃が、取り出した発煙筒を両断する。


「小細工が通じる相手でないのは承知……!」


 だが、死神の本命は、発煙筒に影に隠していた小刀。

 小さな所作で投擲された小刀は、矢のように奔る。


「もういい! 人にしてはよくやったッ!」


 だが、その小刀も横から薙ぎ払われた手刀に捌かれてしまう。

 

「……恐ろしいくらい強いな」

「それは死神、貴様に送る言葉だ!」


 死神は後退しながら、セシリアの剣を受け流す。

 気づけば防戦一方になり、騎士の剣を回避することに全神経を集中せざるを得ない状況だ。


 流水のごとく閃き、されど烈火のごとく押し寄せる連撃。

 認めよう、認めざるを得ない。


 今までの彼女の性格はまさに仮面で、間違いなく剣の頂きに立つ騎士だ。

 その一挙手一投足を捉えながら、死神はふと笑みを浮かべた。――ようやく。


「……ようやく本気が出せそうだッ!」


 その瞬間、死神の刀が激変する。

 今までは連撃を視野においた太刀筋が、突如として大ぶりの横薙ぎへと変化。


「血迷ったか、死神」

「――」


 長剣を翻し、横薙ぎを防ぐ。

 そして刃を滑らせ、長剣は無防備な男へと別れを告げる――というのが彼女の筋書きだったのだろう。


 だが、獰猛な一撃は、防がれてなお衰えない。


「なっ――」


 狂暴な横薙ぎは、彼女をくの字にへし曲げた。驚愕に歪む女騎士を地面に叩き付けて、死神は拳を何度か握り合わせてみる。


 元々、死神は力で押していく性格だった。

 だが、使う機会がなかった筋肉は急激な開放に悲鳴を上げ、軋むような痛みが走っていく。――今は、それすらも心地いい。


「行くよ、女騎士」


 死神と女騎士の距離は開けている。

 それなのに刀を振り上げた死神に、女騎士は刮目し、そして次の瞬間には飛び退いた。


「はぁッ!」


 黒い刀身が、縦一閃に走る。

 その瞬間、轟音が響き、突風が砂埃を巻き上げて世界を支配した。

 

「視界を奪ったつもりかっ……」


 女騎士の振るう剣が砂煙を払う。

 するとそこには、割れた大地が現れた。およそ彼女の横一歩分に、裂かれた大地が遠くまで続いている。


「次は当てる。……ここで引けば、殺し合いにはならない」

「……人さらいが……上から物を言うな」


 死神へと告げた、女騎士の声には怒気が含まれていた。

 当然だ。

 彼女達からすれば盗人なのだろう。死神とて、シエラが望むのなら返してやるつもりだ。


 だが、シエラの心に傷を負わせ、あの元気な子が震えた声で拒否した相手に渡す道理があろうか。

 シエラを守ると約束した死神に、最早迷いはない。

 ここで女騎士の命を奪うことになろうと、受け入れよう。


「……何度言われようと、私はシエラを離さない。君たちに何を言われようと、ね」

「………………そうか、なら」


 ふとセシリアの瞳に憐憫が映り、そして消えた。

 彼女の目には、もう死神は映らないだろう。恐らく、ただの敵として視認したに違いない。

 セシリアは鈴の音を鳴らす高い声で、小さく告げた。


「――ルーン開放」


 そして微かに、彼女の誇りを象徴する剣が輝いた。



 ――……――……――……



 2人とは離れた地で、竜と狼が対峙していた。


 ワイバーンの一種である黒竜は、その特徴として魔法を行使できる。

 空を自在に駆け、決して届かぬ位置から魔法を放つ、空中要塞のような魔物だ。


 ユニオンの定める危険指定ランクは、間違いなく最上級のAランク。


『――ォォォオ』


 弓すら通じぬ黒鱗、あらゆる魔法を回避する機動力、そして一方的に蹂躙せしめる魔法。

 黒竜は飛び上がり、嘶くように詠唱を紡いだ。


 浮かぶは、緑を宿した六芒星の魔方陣。

 黒竜は口端裂いて、風の迫撃弾を地上へと振り落とす。

 それは地を抉り、生物を粉砕し、肉塊まで圧縮する暴虐の風だ。

 

 黒竜に勝てる魔物など、存在しようか。


 ――だが、存在する。

 伝説の獣、フェンリルは咆哮した。


「ガルァァァアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」


 大音塊が蒼穹へと吸い込まれる。

 その刹那、地上にいたフェンリルは陽炎のごとく消失した。


『――ォ』


 敵の消失に戸惑い、空を彷徨う黒竜。

 その黒竜に、ふと影が落ちる。


「ォォォォォォォオオオッ!!」


 空の覇者に対し、制空権を取った賢狼。

 なぜ、なぜ狼が空に――?


『――ォオオオオオ』


 黒竜は咆哮し、旋回する。

 尋常ならざる跳躍力を持ってしても、空を飛び上がる狼なぞ存在するはずがない。

 未知の恐怖に、迫る歯牙に、翼竜を広げて逃走を図る。


 だが、それすらもフェンリルにとっては足掻きでしかなかった。


「グルァッ!!!」

『ォ、オオ、ォ……』


 万力によって翼を喰らわれ、黒竜は制御不能に陥った。

 そして両者は重力に従って、地上へと落下していく。


 強大な魔獣の着地に大きな砂埃が舞うのと同時、先の方でも主人達がぶつかり合っていたらしい。

 フェンリルは黒竜を伏せさせながら、周囲を見回した。


「ワンッ! ワン!」


 こちらは圧勝。

 暴れ回る黒竜の首根っこを咥え、フェンリルは主人の下へと歩き出した。



 ――……――……――……



 セシリアの剣は、明確に変化していた。

 ――力がまるで入っていない。


 手首だけで剣を動かしているかのような、児戯にも等しい剣術だ。

 だが、自暴自棄になったわけでも、あえて誘っているわけでもないのだろう。


「何を仕込んでいるのかわからないけど、やりにくいっ!」

「ふっ……!」


 何のルーンか不明な以上、それを受けるわけにはいかない。

 死神の直感がそう告げていた。


 過去には毒剣へと変質させるルーンや、触れた物を軟質化するルーン等、多種多様な能力を見てきた死神だからこそ迂闊に攻めようとはしなかった。


 死神は剣劇を縫うようにして刀を振るう。

 セシリアはそれを見透かしているかのごとく回避し、再び攻めへと転じる。


 一見すると、2人は泥沼な状況だ。


 だが、徐々にだが、切り立った崖の方へと誘導されていることに女騎士は気づいていない。

 彼女の全神経を集中させ、足場を踏み外した瞬間に決着を付ける。


 ――しかし、チャンスは思いの外早くやってきた。


 崖まではまだ距離がある。

 だが、その背後から、2人にとって中心の人物ともなる声が響き渡ったのだ。


「お兄様ぁっ――!」


 シエラの声が響いて、一瞬だが2人の意識はそちらに向いた。

 心配そうな少女の声が向けられるのは、兄である死神。


 そんな彼女へと、女騎士の悲哀に満ちた叫びが投げかけられる。


「シエラ様! なぜ、なぜこの男を――」


 その時こそ、千載一遇のチャンスだった。

 卑怯だ何だとなりふりは構っていられない。


 死神の刀が、終の一手として放たれる。

 しかし、女騎士はその表情とは裏腹に――冷静だった。


 突き出された刀を、半身になって逸らした女騎士が跳ね上げる。

 死神の右手からは血しぶきが上がり、黒い刀は孤月を描いて、空に投げられる。


「……ようやく隙を見せたな、死神」


 こちらを見下ろすセシリアに、死神はふと笑う。


「こちらのセリフだ」


 ――達人同士の試合は、連撃によって崩したほうが制する。

 死神は懐にしまっていた二対の小刀を抜き、一刀で受け、一刀で女騎士の無防備な脇腹を狙おうとする。

 彼女が何のルーンを使おうと、受け流すか、一瞬でもつばぜり合いを生み出せれば、こちらの方が早く届く。


 ――しかし、結果は違った。


「……『両断』のルーンに対して、受けというのは存在しないんだ。死神よ」

「がっ、ぁ……」


 小太刀をバターのように切断した長剣は――そのまま死神の心臓を貫いていた。


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