■第26話:発覚
「エルフは長寿を生かして教師になるのが多いからね。私もそんなエルフに、教える立場というのを教わったんだ」
「ほう、死神は教育者なのか。……うん、素晴らしいと思うぞ」
ミルクゼリーを美味しそうに食べながら、セシリアはうんうんと頷いた。
死神は肯定も否定もしなかったが、今はそれが当てはまるかも知れない。なにせ君の王の教師役だからね、とは口が裂けても言えないだろう。
「セシリアは主君を探しに来たとか言ってたけれど、やっぱりその剣が関係あるのかな?」
「ええ、そう……そうだとも。この剣こそ王より祝福を受けた、我が誇りだ!」
セシリアは黄金の花を中心とした絢爛なる剣を撫でた。細部まで行き届いた装飾は、高級な剣と比較しても一目瞭然な美しさだ。
「なるほど、その紋様が誉れ高き騎士を象徴しているんだね」
「わかる!? あっ、いやわかってくれるのか!?」
「うん、伝わってくる」
真摯な答えを返すと、セシリアはパァっと表情を輝かせた。
子が母に褒められた時のような無垢な笑顔だ。今の言葉は死神としても本心である。
「だがこの剣に誓った王は……亡くなってしまった……。あの時の私は……まるで無力だったんだ……」
亡くなった王。――シエラの父親である賢帝魔王のことに違いない。
「あの時に私が駆けつけていれば……! きっと、きっとあんなことには……ならなかった……。……さっきは誇りだと言ったが、私はそれを貫けなかったんだ」
死神はワインを机に置いて、酒に溺れたように心情を吐露していく彼女を見守っていた。そこには後悔と自責の念が重苦しく乗っかっているようだ。
「だから……私にとってこの剣は……誇りと同時に呪いなのかもしれない……。あの悔やんだ日を忘れるな、と……。強くなろうと鍛え、そしてこの剣を振るう度に、誇り、責任、喜び、後悔、謝意、謝罪……ごちゃ混ぜになって渦巻いてしまうんだ」
剣の柄を撫でる彼女はどこか寂しそうに笑った。
行き場のない感情をねじ伏せて、それを殺しているように見える。
死神はといえば、彼女の話が終わるなりワインに口を含み――そして雰囲気にそぐわぬ笑みを浮かべた。
「セシリア、君は素晴らしい騎士だ」
「え?」
死神の一言に、小首を傾げたセシリアは怪訝そうに眉をひそめた。
「君は亡き主君への敬意を忘れず、尚も思い続けている。それは主君からすれば嬉しいに違いない」
「だ、だが……その王を守れなかったんだ……」
「……そうだね。でも君はそれを受け入れて、挫けず、なおも前へと勇猛邁進し続けようとしている。強くなるため、今度こそ守るために、己としっかり向き合っているんだ。どこまでも王のために仕えようとした、理想の騎士の姿を嬉しく思わないわけがない」
捲し立てる死神に、セシリアはどこか驚いたように目を丸くしていた。
「剣に信念を宿す、理想の騎士セシリア。その道は複雑に別れていても、君ならばどこへでも進み続けることができるだろう」
死神の伸ばした手が、呆気にとられた彼女の頭を撫でる。
優しく、愛おしむように包み込んでやり、彼女を肯定し、背中を押して道を示すこと――
「悩むといい。けれど君の信じる王なら、きっと今の君に対して不服を申すことはないはずだ。――信念ある騎士よ、進み続けなさい」
――それがエルフから学んだ教育者の姿だ。
彼女の艶やかな赤髪を撫でながら、優しく諭してやる。
……これは死神にとって、罪悪感に対する贖罪から生まれた行動なのかもしれない。シエラを追ってきた彼女を欺き、あげく利用しようとしたことに対するせめてもの罪滅ぼしだ。
事実を知れば、彼女は死神を軽蔑するだろう。
だが、死神は自身の最低な男っぷりを自嘲しながらも、その手を止めなかった。
「…………ぁ」
「うん?」
死神が離れると、彼女は半開きの口をぱくぱくとさせながら何かを紡ごうとしていた。その口に指を突っ込むお茶目は許されなさそうだ。
彼女はどこか熱のこもった視線で、死神を見上げていた。
「いま……死神が、その……我が王に重なって見えたんだ……」
「あははっ、随分と縁起の悪い王だ」
死王などとは恐ろしい語感である。
「……ありがと。少しだけ肩の荷が下りたかも……」
「言葉遣い、変わってるよ」
死神が悪戯っぽく笑うと、セシリアは取り乱したように慌てた。かーっと真っ赤になる頬を隠しながら、非難するように眉を吊り上げている。
「もう! そういうことは言わないものでしょう!」
「くっくっく……いやいや、ごめんごめん」
「うぅぅうう……!」
セシリアはエルダージュースに口を付けながら、恨めしそうに唸った。
堅苦しい口調を解いたセシリアはなんとも微笑ましい。もしかすると長寿のエルフとなれば年上かもしれないが、少なくとも今はただの女の子にしか見えなかった。
「せっかくしんみりしてたのに台無し」
「そのしんみりとしたのが苦手でね……お酒ってのは楽しく飲むものだと思わない?」
「わたしはジュースだから」
「……ごもっとも」
少し顔を見合わせてから、二人は笑い合った。
死神の求めた空気とはこういうものだ。罪悪感が芽吹き始めていたが、この一時を楽しいと思う気持ちは偽りではない。
しかし、そろそろこの時間も終わりにしなければいけない。
……死神へと時折振り向くアイズが「まだか」と睨んでいるからだ。
「っと、そろそろ友人が待っているかな」
「あっ……えっと、死神よ」
「うん?」
名残を惜しむように、尾を引いたような彼女の声がそれを止めた。
死神が振り向くと、彼女は何かを決心したかのように胸に手を当てている。そして女騎士は、図らずも【彼女の名】を発した。
「……私はシエラ様という少女を探してきたんだ。もし、知っている名前だったら教えてくれないか?」
彼女は今ここに宣言した。
彼女が知らずとも、シエラを怯えさせる対象が自身であることを――
「……いや、ごめん。心当たりはないな」
死神は否定する。その答えに、セシリアは小さく微笑み返した。
「そうかっ……いや、仕方ない。じゃあ私は失礼する。これ――」
「ああ、お金は既に払ったから」
セシリアが何かを取り出そうとするのを、死神は即座に制した。
とはいえ、さすがに彼女は不満げだ。
「そうはいかない! 毎度毎度奢られるわけには……」
「また会ったときに奢ってもらうよ」
セシリアはやや恨めしげに唸ったものの、譲らない死神を前にして諦めたように失笑した。
「……わかった。また、次な」
「うん、次だ」
「また次に会う機会を作る。これが色男の技術というわけだな」
「失礼な」
冗談を交わすように薄笑みを向け合う。
だが、死神が行ったのは、意中の女性を誘う時に使うようなテクニックだ。自分でそれを使いながら、恥ずかしさに顔を隠したい気分だった。
「では」
「うん、私は基本ここで飲んでいるから」
短い言葉を交わし合って、セシリアから踵を返す。
そして死神はアイズに対する謝罪を考えようとしていた時だった。
一歩踏み出した女騎士がおもむろに振り返っていた。
恥じらいがパッと咲いたような、赤い笑顔で。
「死神と出会えてよかった……わ。…………また誘ってね」
セシリアはぺろっと舌を出して、そのまま逃げるように走り去ってしまった。
彼女なりの男を惑わす技術だったのだろうか。なんて純粋で、なんて子どもっぽくて――なんて可愛らしいのだろう。
「けれど、自分で言って恥ずかしがるようじゃ甘いね」
死神は余裕ぶってから、残りのワインを一気に呑み込んだ。
顔が赤いのは、この酒のせいに違いない。
死神はアイズの元に駆け寄ってから、遅れたことを謝罪し、酒の肴を話せと強要された。
それはシエラを連れてきた、これまでの経緯についてだろう。死神はシエラが【魔王】であることは伏せて、事の一部始終を脚色していく。
今夜は長くなりそうだ――
――……――……――……
喧噪に溢れ、人が行き交う大通を歩く3人の影があった。
黒髪の男、白髪の少女、青髪の少女。
「いやはや……酒が入ったアイズはなかなかに強引で……」
「だからってこんな時間になるまで女の子2人を放置するのはひどくない!?」
ユニオン最上部の時計は、明日を告げようとしていた。
青髪の少女の抗議に対して、黒髪の男は困ったように笑っている。
「でもシエラはいっぱい食べられて満足でした!」
「……シエラちゃんの食べ歩きに付き合って、もう何十軒も回ったことか」
「あははっ……ストレがいてくれて良かったよ」
二人の中心にいたのは、【シエラ】と名乗った白髪の少女だ。
明瞭快活な笑顔を向けられて、男と女は諦めたように笑っている。
その見た目は3人とも違えど、仲睦まじい家族のように手を繋ぎ合って大通を歩いている。
そう、3人は家族のようだ。
「今度はお兄様も、リルリルさんも連れて一緒に行きましょうね」
「そうだねぇ、ペット含めた家族でいけるような所とかあればいいね」
"お兄様?"
年相応の笑顔。
天真爛漫な笑顔。
"私"が見たことのない笑顔。
声が、でない。
発してはいけないと、止めてはいけないと、喉に何かを詰まらせたようだ。
心臓がうるさいくらい跳ねている。
胸が痛い。
息が詰まる。
なぜ。
なぜ"私"の親愛する二人が手を。
"彼"は一緒に探してくれるって言ったのに。
"彼"はその名を知らないと言ったのに。
さっきまで、言葉を交わしていたのに。
信頼し、名を伝え、互いを認め合ったと思ったのに。
なぜ二人が"家族"と?
なぜ二人が"兄妹"を演じている?
なぜ私に隠す?
「……なんで……シエラさまに……死神が…………家……族?」
なぜ、私を遠ざけようとした。
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明日は祖父の家にいくため更新が遅い時間になるかもしれません




