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■第25話:屋敷と、その後の騎士

 ギイィィィィ――……


 大きな扉を開けるなり、悲鳴のような軋んだ音。

 建物内で最初に目に入ったのは、中央の広い吹き抜けと左右にある階段だ。いかにもな屋敷の作りである。


 部屋は目視した限りでは1階4つ、2階に6つと十分すぎるほどある。

 3階まで吹き抜けた玄関は、景観を重視した社交場といった印象だ。

 

「……なんにもいないよね……?」

「あわわわわ……」

「うん、今のところは掃除が大変そうなことくらいかな」


チリ積もって灰色に染まる階段を眺めてから、隅々も見回していく。

 掃除をしてからカーペットを敷き、花でも飾れば、立派な玄関へと変貌を遂げるだろう。


「ちょ、私達を置いてかないでえ!」

「警戒はしてるから大丈夫だよ」


 抱き合う二人を背に、館の右奥、階段下にある扉を開く。

 扉の先の通路が長く続いていて、どうやら中心部の庭を囲うように左右で繋がっているらしい。


 しかし、広い。

 街の中央から離れているとはいえ、あまりに優良物件すぎる。不審な気配どころか、物音ひとつない静かな屋敷だ。


 適当な扉を一つ開けると、食堂のようなものが広がっていた。

 数十人は座れるであろう長机の奥にはカウンターがあり、その先が調理場のようだ。

 この部屋だけで暮らせそうな広さである。


「くっくっく……いいね、これだけ広いと色んな想像が膨らむ」


 死神は気持ちが高ぶっていた。

 どんな家具配置にしようかとか、どういう家にしようかとか、男が自分だけの持ち家に憧れるような気分なのかもしれない。


「なに急に笑い出して怖いっ……」

「失礼な。こういう荒れていながらも探索しがいのある場所を開拓するのは、男として気分が高揚するんだよ」

「そうなんですか……?」


 そうなんです。死神は頷いて、屋敷をどうするか考えていた。

 商店には向かない。だが、工房や倉庫、はたまた宿屋として運営したりもできる広さだ。死神の中では色々な想像が忙しなく巡っていた。


「……ていうか二人とあの子だけで全部使うの……?」


 あの子というのはフェンリルのことだろう。

 ストレンシアは呆れたようにジトーッと半目で睨んでいて、子どものように浮かれた死神を批判しているようにも見える。


「使う部屋だけを掃除したら……?」

「ごめんなさい、シエラもそう思います……」

「なっ」


 女性陣との温度差に、死神は不満げな声を漏らした。考えてみればシエラなんてこの何倍もある城に住んでいたのだろうから憧れすらなさそうだ。

 そして、現実的には彼女らの言い分が正しいだろう。この広さは確実に持て余すだけだ。メイドでも雇わなければ清掃すら行き届かないに決まっている。


「……わかったよ。とりあえず開拓計画は一時頓挫だ」

「え、でも買っちゃうの?」

「金貨700枚だからね。将来を考えて、これを逃す手はないと思う」


 この屋敷が破格の金貨700枚でなければお断りしただろう。

 しかし、行く行くはこのギルドにも人が増えていくかもしれないことを考えて、軽く整備だけはしておくべきだろう。

 何よりフェンリルには都合がいい。


「さて、と。後でここを買い取ることにするよ。……シエラもいい?」

「……死霊でませんか?」

「なあに、もし死霊が出たとしてもこっちには"死神"がいるんだよ」

「……た、たしかにっ……!」


 ストレンシアからはじっとりとした半目で睨まれたが、シエラは肯定するように頷いていた。

 そんな素直な少女の頭を撫でて、死神は調理場を覗き込んだ、その時。


 ぐううぅぅぅぅ――……


 静寂を打ち破るように腹の音が響いた。

 ――死霊の泣き声か!?


 死神とストレンシアが音の方向へ振り向くと、お腹を押さえていたシエラがハッとしたような顔を見せていた。二人の視線に気づくなり、シエラは茹だったような真っ赤な顔をぶんぶんと振る。


「い、いえ……大丈夫です、大丈夫ですよ!」

「くっくっく……そうだね。今日はこれくらいにして食事としようか。――ストレンシア、悪いんだけれど二人で食事に行ってきてもらえる?」


 死神がいくつかの金貨を手渡すと、二人は不思議そうに首を傾げた。


「お兄様はいかないんですか?」

「アイズに話をしないといけないからね。ついでにフェンリルに食べるものをあげて、その後で宿に帰ってくるよ」

「そうですか……」


 どこか寂しさを訴える眼差しに、死神は引っ張られる気分だった。

 考えてみると、この街に来てから初めての別行動かもしれない。しかし、今日のシエラには心強い友達がいるはずだ。


「おー……経費さまさまだぁ……。任せて! とびっきり美味しいところをお姉さんが紹介してあげるから!」


 金貨を受け取ったストレンシアは興奮気味だ。そんな彼女となら寂しい気持ちも吹き飛ぶに違いない。

 そして死神は最期に一つ、強調するように付け加えた。


「ただし、昨日の酒場には来ないようにね」


 その理由は、シエラを追ってきたセシリアの存在。

 昨日の様子から察するに、また彼女は酒場に訪れるだろう。


「まぁ私としても行きたくないからね……あいつら居るかもしれないし。おっけー」

「うん。じゃあシエラ、ストレと仲良くね」

「……はい。いってきます……!」


 二人を見送ってから、死神は庭先へ向かった。

 するとフェンリルは庭の草を踏み荒らしたり、体をこすりつけて暴れ回ったりしている。土を掘るならまだしも、泥遊びのような趣味なんてあったのだろうか?

そして死神が不思議そうに近寄った瞬間だった。


【――……しゃい】

「えっ」


 どこからともなく響く、女性のような声。

 だが死神の察知する空間にはフェンリルしか映らない。結局、何度探してみても声の正体が見つかることはなかった。



 ――……――……――……


 酒場では、今日も女将がどっしりと構えている。

 その一角にある立席には、灰色髪の男と黒髪の男が杯を交わしあっていた。


「……何もなかった?」

「うん。庭のツタが襲い掛かるやら、物が勝手に動くやら、そんな不可解な現象はなかったよ」

「…………なら売却の件は考えていいか?」


 何もなかったとあれば、あれほどの優良物件を逃さないだろう。

 死神は話してしまったことに後悔してたじろいだが、アイズは喉を鳴らしてほくそ笑んでいた。


「冗談だ。売却の前に点検に行ったが、あちらさんは聞く耳持たずだったからな」

「ほんとに死霊がいるのか……」

「どうやら死神には適わないと踏んだか」


 肩をすくめるアイズに、死神は破顔する。


「交渉は成立だ。あとは好きにしていい」

「……ありがとう……! 本当に助かるよ……」

「お前には貸しを作っておきたいだけさ」

「おー怖い」


 互いに顔を見合わせて相好を崩すと、二人は再びグラスを合わせる。

 チリン、と祝福の鐘の音が響くのと同時、店の来訪を鳴らす鐘も響いた。

 ――来訪者は、炎髪を揺らして周囲を探る女騎士。


「……どうやら、次のかどわかす相手が来たらしいな」

「失礼な。あれだけ美しい女性なら誘いたくもなるだろう?」

「くだらんな。話が終わったらまた飲むぞ」


 死神の静止する声も待たず、アイズはふて腐れたように酒を抱えてカウンターへと向かってしまった。

 どうにも彼は女性が嫌いらしい。しかし、後で飲もうということは待っていてくれるのだろう。


 ワッ、と店内の客から、女騎士へと感嘆の声が投げかけられる。

 当人である女騎士はすこし周囲を見回してから、死神を見つけるなり手を振って駆け寄ってきた。


「こんばんわ。今日も甘味を求めてきたのかな?」

「なっ……そんなことはない。私は友に会いに来たのだ」


 やや頬を紅潮させながらも、女騎士セシリアは机を挟んだ向こう側で止まった。


「少し気になっていたけれど、セシリアはエルフにしては珍しい女騎士なんだね」

「……気づいていたのか? 髪で隠したつもりだったのだが……」


 驚いたようにセシリアは肩に掛かる炎髪を撫でた。流水のようでもあり、揺らめく炎からはエルフの特徴である長い耳が見え隠れする。


「顔立ちでもなんとなくね。実は私も西のほうへ旅をしていたことがあったんだ」

「ほう……冒険者か。それで立ち振る舞いが堂に入っているわけだな」

「セシリアこそ」


 死神は空いていたグラスを差し出して、一つのボトルを開けた。

 透明なボトルからは薄緑色の液体が注がれていき、香る爽やかさに女騎士は驚いているようだ。


「こ、これはエルダーのジュースじゃない! ……ぁ、じゃないか!」


 威厳を持たせようと口調でも変えているのだろうか。死神は薄笑みを向けて、そのグラスを手渡してやった。


「エルフの好きな飲み物だったよね。……あっ、これ店のじゃないから店主には内緒だよ?」


 もちろん、事前に許可は取っている。

 だが、さも二人だけの秘密だよと意地悪っぽく言ったのは、親密になろうという死神の下心からくる作戦なのは内緒だ。


「わぁっ……ここに来ても飲めるなんて……。この街で、死神のような友に出会えたことを感謝する……!」

「私こそ、君のような綺麗な女性と知り合えて嬉しいよ」


 死神が口元しか見えぬ屈託のない笑顔、そして歯に衣着せぬ言葉を贈ると、ボンッとセシリアの頭から湯気が爆発した。

 

「なっ、ななな……なにを言っているんだ!死神はあれか! 色狂いというやつなのか!」

「遊び人ならともかく色狂いはちょっと意味が違うよ!?」


 真っ赤になったセシリアに哄笑しながら、死神は切り替えるようにワインを呷った。――そう、コレは作戦である。

 彼女と親しくなって情報を聞き出したり、探し人を手伝う振りをしつつシエラから遠ざけるためだ。


「まったく……、あ、あまりそういう事は言うな……! 慣れてないんだ……」


 しかし、真っ赤になって顔を隠そうとするセシリアは男の本能をくすぐってきた。

 ――死神とて男だ。目的を忘れて、実に愉快な気分になってしまっていた。



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