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■第20話:探し人とは

 満面の笑みでショートケーキを食べる、女騎士。

 頬にクリームを付けてご機嫌だ。いやまてよ、つい最近もこんな子どもを見ていた気がするような。


「おいひいなぁ……あむ……」


 年齢は20を迎えてないくらいだろうか。

 お酒を飲めたあたり、長寿のエルフ種だからその数倍あるかもしれないけれど、なんとも子どもっぽい。


「セシリア、今はどこに住んでいるか聞いてもいいですか」

「んぐっ……、中央の宿だ。アミティエの宿、だったかな?」


 アミティエの宿といえば、中央沿いの有名な高級宿だ。

 なるほど、確かに身なりは良さそうだ。

 軽装ながら赤い鎧は細部まで装飾が行き届いているし、腰の剣に至っては絢爛な柄が金を帯びていた。抜かずとも、その剣が名工の一品だと理解できる。


「……ありがとう」

「え?」

「いや、この街では話せる人もいなくて……その、寂しかったんだ。……だから声を掛けてくれて嬉しかった」


 ズキンッ。

 少女らしいまぶしさの笑顔に、心臓を突き刺された気分だ。邪な感情で声をかけたのが申し訳ない……。


「いつでも話相手になりますよ。もちろん、人捜しも」

「助かる。異国で出来たはじめての友人だ。…………ふふっ、嬉しいな」


 ああ、間違いない。この人は天然の男殺しだ。

 両手を添えて、消え入るような声で「嬉しい」なんて言われれば、並大抵の男達は心臓ハートを打ち抜かれてしまうに違いない。


「だが、今日はこれで失礼するよ。食事を済ませて探索に行く途中だったのでな、……死神と呼んで良いのか?」

「ぜひ。私にとっては忌むべき名前ではないので」

「そうか。では……」


 短く告げると、セシリアは腰に下げたポーチを探った。

 そこから金色に光る硬貨を取り出そうとしたところで、私は手を上げて制する。


「ああ、お金はいいです」

「……? そういうわけには……」

「先ほどケーキを取りに行った時、お金は払っておいたので」


 まぁウソだけれど、ここの女将なら話を合わせてくれるはずだ。

 だがセシリアは不満といった表情だ。


「ではその分を渡そう」


 しかし、私は首を振った。

 きっと彼女は奢られるという厚意を良くは思わないだろう。苛立ってか、彼女はふくよかな双丘を押し上げるように腕を組んだ。ムッと睨まれてしまったけれど、私は作り笑顔でそれに返してやった。


「今度会ったときに、そのお金で飲みましょう。楽しみにしてますから」

「……む、だが……」

「その時にご馳走になりますよ。……会うための口実なんですけどね」


 煮え切らない様子の彼女に、私はわざとらしくニヤリと笑ってみせる。

 これが水の都の慣れた女性達であれば、女たらしの軽口野郎として蔑まれたことだろう。

 だが、彼女は少し驚いたような顔をしてから、失笑するように頷いた。


「……ふふっ、わかった。次は私がご馳走すればいいんだな」

「ええ。だから、"また"お会いしましょう」


 セシリアは流麗な所作で一礼すると、そのまま何も言わずに去ってしまった。

 船着き場の右にある、地上への階段。

 数歩上がったところで振り返った彼女は、微笑を浮かべながら手を振っていた。


 怒っただろうかと不安になったけれど、どうやら心配はなかったらしい。


「……なんともまぁ、背伸びでもしているような可愛らしい女騎士だ」


 さて、シエラ達の所へ戻ろう。

 カウンター前で仲良く談笑を交わす、水色と白の少女。…………ん、白の少女?


「あっ、お兄様おかえりなさい」

「おかえり~」


 何を話していたのだろうか、私を見ながらクスクスと笑う少女達。けれど、まぁ打ち解けてくれてよかったよ。

 けれど私は何かに引かれるような思いで、シエラを注視した。


「……」

「……お兄様?」


 ……いや、まさか。

 だが、彼女のいっていた主君の要素をシエラは満たしている。ケーキのような体は理解できないが、最初は寡黙的だったことも知っている。


 けれど疑問が沸いた。

 私達が水の都に来たのは今日のことだ。それなのに彼女はまるで待ちかねていたかのようにここを探していたということになる。


 そういうルーンがあれば可能か……?

 彼女自身がそのルーンを持っていたなら、こんな室内にいて気づかないなんてことはあるだろうか? ……いや、どこか抜けていたセシリアならありえそうだ。

 この近くにいる、といった大雑把な居場所しかわからないというのも考えられるな。

 

「んー? どうかしたの?」

「……二人が仲良くなったようでなにより、と思ってね」


 考えていても仕方がない。

 話を逸らしてみると、シエラとストレンシアはお互い顔を見せ合ってから小さく微笑んだ。


 どうやら本当に仲良くなったらしい。

 良い傾向だ。――これなら私のお願いもできる。


「それじゃあ薬師さん。よければ君を雇わせてもらえるかい?」

「……え、雇ってくれるの!?」


 ストレンシアはグイッと前に出た。その表情はまさに花が咲いたような笑顔だ。

 ポーションを買うのではなく、雇う。

 仕事の少ない薬師には、その期間中の賃金が保障される雇用の関係とは喜ばしいことなのだろう。

 契約書もなしに喜んでいるのはちょっと心配だけれど、ね。


「詳しいお話は、……そうだね。明日の昼、中央通りの噴水広場にしよう」

「ええー! でもわかった! ……待ってるからちゃんと来てね?」


 ストレンシアは女性らしい蠱惑的な笑顔で小首を傾げた。

 その言葉の最後には、来ないと怒るからね、という意味が含まれているようだ。私は笑いながらそれに返した。


「シエラぁ、明日からよろしくねー!」

「はいっ、シエラもうれしいです」


 二人抱き合って、喜び合う姿は微笑ましくもあり、ちょっとだけ寂しい……。


「今日は遅いし、そろそろ店を出よう。シエラ、ストレンシアと先に外に出ていてもらえるかい」

「はい」

「ごちそうさまでーす!」


 ここのお金を支払うと知って、むしろストレンシアがシエラの手を引くなり走って行ってしまった。はは、現金なものだ。


「女将さん、何枚?」

「金貨1枚だよ」


 ………………いつの間に私らの高級酒代を超えていたんだ。道理で逃げるわけか。

 酒代、女騎士との食事代、二人の膨大な食事代。カウンターにお代を乗せて、私は重くなった肩を引きずりながら退店した。

 けれどまぁ、今日はいい出来事もいっぱいだったか。



 階段を上った先の扉に手をかける。

 屋外はあいかわらず眩しくて、澄んだ夜空に星一つ観測できないほどの明るさだ。

 私は酒の心地よさと、シエラに初めての友人が出来た嬉しさを噛みしめて、都へ出た最中だった。


 ――ぞくりっ……


 何かが、いる。

 そうだ、あの女騎士が訪れた時と同じだ。背中から牙を突きつけられているような鋭い威圧感だ。

 息を飲んで振り返った。


「……セシ、リア……」


 先に行ったシエラを見られたッ……!?

 帰ったはずの彼女がいるということは、彼女は気づいていたということか……!


 何かを紡ごうとしたが、彼女がそれを制しているようだった。

 他者には有無を言わさぬ重圧感だけが、私に喋るなと告げているようだ。


「……来たか、死神よ」


 セシリアは壁に背を預け、瞑想するように目を閉じていた。

 そこには先ほどの抜けた女騎士は存在していない。

あの態度が敵を欺くものだったとすれば、大した舞台役者である。拍手喝采を送りたいほどに。


「……聞きたいことがあった」


 避けられぬ闘争か。

 開眼したマリンブルーの瞳を突きつけられる。

 いわば私は姫を奪い去った賊のような存在か。喉元に氷の刃を突きつけられたような悪寒が走るも、引くわけには行かない。


 そして一呼吸の時を経て、彼女は動き出した。



「まだ死神の住まいを聞いていないのだ」


 ……………………うん?


「えっと……それだけ?」

「うむ?」


 さもあっけらかんと彼女は頷いた。

 ……もしかして目を閉じていたから……先行くシエラを見ていなかった……? 

 いや、そんな馬鹿な。いくら彼女でもそんな。


「えっと、今引っ越しの最中だから……決まったらこちらから行きますよ」

「なるほど、わかった。では明日もここでまた飲もう」


 え、帰るの?

 そのまま踵を返して、歴戦の猛者たる気配を感じさせた女騎士は去って行った。

 ……そんな馬鹿な。


 目の前の大運河を見つめながら、自分自身の空回りっぷりに大きなため息を吐いてしまった。

 そしてセシリアが行った方向とは逆側から、二人が歩いてきている。


「死神さんなにしてるのー? おそいよー」

「どうかしましたか、お兄様?」

「……ん、いや、なんでもないんだ」


 ――もういないか。

 まるで盗人のように周囲を探りつつ、私は二人の元へと向かった。

 わからない。あの女騎士セシリアがどういう人物なのかわからない。


「そうそう、ストレ。私達はユニオン地区のほうにある宿に泊まるつもりだから、何かあれば呼んでくれ」

「ユニオン地区って……ヘスペリデスの黄金亭!? うっわー、おっかねもちー!」

「そこしか広い厩舎がなくてね」


 一泊だけでも、厩舎含めて金貨5枚。いわゆる高級宿というやつだ。

 

「ねえねえ、それなら待ち合わせ前に行ってもいいー? 中入ったことないんだ」

「どうぞ。カウンターで4階の死神さんを訪ねてくれればいいよ。話は通しておくから」

「やった」


 ……まぁ、女騎士には教えなかったのだけれどね。

 やれやれ。先ほどまでの多幸感はどこへいったのか、どっと疲れたような、気の抜けたような、何ともいえない感じのまま帰路につくことになってしまった。



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