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■第1話:死神さんは、拾った魔王を妹にするようです

 死神の定義は多くあれど、確立したものはない。


 曰く、全身真っ黒で、農具のように曲がった武器を持っていれば、死神だ。

 曰く、討伐依頼だけをこなすような戦闘狂は、死神だ。

 曰く、味方を犠牲にして自分だけ生き残れば、死神だ。

 曰く、生物を死に追いやるほどの超越した力を行使すれば、死神だ。


 こじつけ甚だしかろうと、死神の定義はそんなところ。

 私が死神という名で呼ばれ出したのも、そういった噂から発展したのだろうか。


 曰く、私の素顔を見た者は、誰もいないからとか。

 曰く、私の素顔を見れば、その日に死を迎えるからとか。

 曰く、私は不老不死だとか。




 大陸の南西にある森【エーデル・ウッド】にある湖は、山肌が影を落とす時間帯は神秘的な緑色で美しく彩られそうだ。

 とはいえ今は夜中も夜中。湖面は鏡のように月を映し、小波を立てて静かに佇んでいた。その湖畔にて、私とシエラは小さなテントを張って休んでいるところだ。


 焚き火の前で、ギッギッと軋む木製イスに腰を下ろす。寝ている魔王ことシエラを抱きながら、彼女の痩身に目を向けてみた。


 私も180ほどの高身長とはいえ、シエラは体にすっぽりと収まってしまう。

 年齢は7歳くらいなのだろうか、とても幼い。

 ……触れてしまってはいけない気分になってしまう。

 まるで卵の殻のように、いやコレは失礼か。ガラスのように触れれば壊れてしまいそうな体である。


 いつ彼女が目覚めてもいいように調理を済ませておいた頃。

 ピクッ、と少女の体が微かに揺れた。どうやらお姫様のお目覚めである。

 眼下の少女は微睡みから醒めるように、呼気を乱してから、小鳥の羽ばたきのように瞬きをしていた。

 そして周囲を見渡した後に、私の姿に気づいたらしい。


「……ぁ……っ……」

「おはよう、我が生け贄よ。そこの焚き火で君を調理するところだったんだ」

「……? シエラはたべ、られちゃう……ですか?」


 冗談混じりにいったつもりが、素直に受け取られてしまった。

 小首を傾げて、こちらを向いたシエラの純粋無垢な視線が痛い。この雰囲気を払拭するように咳き込んでみせた。

 

「ごほん。意識はハッキリしてるようだね。声は出るかな」

「……ぁ、はい」

「声もだいぶハッキリしてきたか。うんうん、少しお話しよう」


 イスを揺らしながら、シエラを抱いて陽気に言ってみせる。

 シエラは借りてきた猫のように大人しいが、それでも目線だけはきょろきょろと忙しない様子だ。


 ……そら、こんな怪しげな男に抱かれて困らないわけがない。

 持ち上げた両腕を広げながら、常に薄笑みを絶やさぬように気をつけていたが。


「まだ子どものようだけど、どうしてこんな場所にいたのかな」

「……川に落とされた後、逃げてきまし、た」

「川に落とされて逃げてきたとは……それまた壮絶だ。事情を聞いてもいいかな?」

「……中央の戦いで、勇者さんに」


 勇者? なぜここで勇者の名が?


「もしや君は国を追われる犯罪者なのかな、……なんてね」

「……い、え、しえらは、魔王で……」


 魔王?

 というと一年前、若き勇者によって討たれたという魔王のことだろうか。そういえば容姿は知らないが幼い魔王だとは聞いている。


 彼ら魔族と東の王国では、中央の資源を巡って争っているのは昔からだ。

 中央には所有権を持った国がないのもあれば、マナを貯蔵できる魔石が多く産出できるというのもあったり、中央のダンジョンから吹き荒れる膨大な魔法の元素が欲される等、多くの理由はある。

 

 そんなことは私からすればどうでもいいことだ。この南地方の人々からしても、今じゃあまり関心はないはずだ。

 当時は傭兵業だとかで賑わってはいたけれども。


 しかし、その渦中にあった魔王ときたか。

 おずおずと言ったであろうシエラに、思わず「ぷっ」と吹きだしてしまった。


「くくくっ……」

「……?」

「私が敵国の人間だったり、魔族を忌み嫌っていたら、顔が真っ赤だったかもしれないよ」

「……っ、ご、ごめんなさ」

「あああ待った待った! 私は別にいいんだ」


 怯えるシエラをなだめようと、ハンモックを揺らすようにイスを大きく動かしてみせたが、ギッギッと壊れそうな音が響いてしまう。

 まぁ実際には街中で言いふらそうと、この嘘つきめと罵られる程度だろう。それ程、ここ南の方では勇者と魔王についての温度差がある。


 それに少女と私らで見た目の差異がない。

 例えば、獣人のような体毛やら角だとか、羽だとか、そういった目立つ特徴は見当たらなかった。


「なるほど。風の噂では魔王が幼いと聞いていたけれど、ここまでとはね」

「……しんじるんですか?」

「ああ、今時、自分が魔王だなんて名乗る子はいないから」


 冗談っぽく笑う。

 彼女に望んだ反応は、笑い合うか、恥ずかしそうに紅潮させることだ。


 しかし、そう呟いたシエラは悲しそうとも言えない無機質な表情だった。

 それよりもと言わんばかりに問いかけてくるルビーのような瞳。


「死神さんは」

「うん」


 上目遣いで、期待するような視線が注がれる。その意味を知ると、少女らしい所作にも可愛らしさは感じられなかった。


「……殺してくれるんですか?」

「君が望むなら、そうしよう」

「ではお願いします……もう、苦しいのはいやです……」


 年端もいかぬ少女からこぼれたとは思えない、悲痛な囁きだ。

 彼女は震えるわけでもなく、ただただ懇願するように私を見つめている。


 その悲哀を帯びた眼差しに当てられると、チリチリと胸が痛む。

 この年頃であれば、こんな陰鬱な森の湖畔ではなく、綺麗な衣服で着飾って、街中で微笑んでいる年頃だろう。


 ……いかん、いかんね。

 ここからは死神というよりは私の気まぐれに近い。この濁った朱色の双眸を、鮮やかに変えたいというワガママ。

 一人で寂しい私の勝手な自己満足。

 

「この世界は広い。まだ見たことのないものが、たっくさんあるだろう」

「……?」

「珍しい生物との出会い、冒険譚を酒場で語らう、好みの異性を囲う、己が最強を目指す、はたまた名声を上げたり、莫大な富を築く……やろうと思えば色んな事ができるんだ」


 まるで幼子に童話を言い聞かせるように身振り手振りで語ってみせる。

 それでも彼女の淀んだ瞳は、不思議そうにこちららを見据えるばかりだ。


「獣の村、水の都、鉄の街、雪の国、竜が飛び舞う山岳、世界樹の空、どこへだって行ける。それぞれの地域には色んな特色や文化、そうだな――名産品と言われる食べ物もあって、それがまた絶品でね」


 風下計算よし。

 話しながら、料理の匂いが運ばれる方向へとイスの向きを変えた。


「……ぅ」


 押し殺したような小さな声が聞こえた。ふと見れば少女の目が微かに輝いているではないか。

 ほほう、なるほど。


 もちろん、お腹を空かせているのはあるだろう。しかし、食事に対して未練があるということもわかった。

 どれ、この近くにある都市の料理を紹介してあげよう。


「この近くにある水の都で食べたのは絶品でね、サックサクのパン生地の中に、濃厚なシチューが入ってて最高だった。現地の甘く瑞々しい野菜の旨味、肉汁が詰まったぶあつーい肉に絡むシチューは思い出すだけで……」

「っ……じゅる……」


 涎を拭うシエラから感じた食欲に、少し微笑ましくなってしまった。

 三日前の極限状態の彼女なら、それでも死を選んだのだろうか。膝に落ちていく唾液には目を瞑ろう、うん。


「さて、この世界には色んな幸せがある。理想こそ日常なのが、この世界だ。それでも先に逝くなら見送ってあげよう。――ただ、もしも生きたいのなら」


 イスの上でバッと両手を広げて、気づけば声を荒らげていた。


「生きる術を教えてあげよう。力を、その使い方を、君が生きていけるまでの時間を手助けしてあげるつもりだ。その代わり今日から君は――私の家族だ」

「……かぞ、く……ですか?」

「そう、家族。私はまだ娘を持つような見た目ではないから、義理の妹としよう」


 彼女の不思議そうな表情。痩せて退いた唇からは、それを反芻するように声が漏れた。


「いもうと……」

「そう、妹だ。家族はなによりも固い絆だからね。もちろん強制はしないけれど、シエラはどうだい?」


 唐突な【家族】という言葉に、シエラは狼狽えている様子だ。こんな仮面をつけた男に突然言われれば当然か。

 しかし、ここまで堂々宣言しておいて私は内心冷や冷やしていた。


 というのも死を選ばれたらどうする?

 こんな齢10歳にも満たなそうな少女を殺せと? バカな。死神さんには無理だ。

 ああ、胸がきりきりする。少女の言葉を待つ私の心中は穏やかではなかった。


 正味、私との関係だって何だっていい。私のお手伝いをしてもらうことでも、技能を叩きこんで雇用する関係だろうとだ。


 しかし、彼女と出会った時の光景を思い出す。

 少女が横たわっていた際の双眸には、どこか羨ましそうに、寂しそうに、動物の親子が映っていたことを。

 それが私の勝手な考えかもしれないけれど、その結論の先に至ったのが家族だ。


 ……おいしそうな食べ物に見えていた、とかだったらどうしようか?


「わたしで、いいんですか……?」

「……っ! ああ、いいんだ。君がやさぐれようと、君が私の元から立つまで責任を見よう」


 むしろ、私の自己満足に付き合わせてほしい。


「わたし……魔王なんていいましたけど、力なんてないですよ」

「うん、いらないよ」


 彼女からすれば、魔王の力を欲する者とでも思われていたのだろうか。

 そんなものはいらない。むしろ家事の一つでも出来るようになれば、私からすれば大満足だ。

 その時、こちらを見上げる少女の銀髪が前の方へと小さく倒れた。


「……シエラをよろしくお願いします、お兄様」

「――百点満点だ」


 お兄様、お兄様か。

 言われてみると何だか心地よくて、頭の中で反芻する度に嬉しくなってしまう。


「まずはご飯を食べて、しっかり大きくなろう。今は7歳くらい?」

「12歳だったと思います、お兄様」

「オ、オォ……」


 黒いシャツを着させていたシエラはとても小さい。栄養不足によって痩せ細ったせいもあるが、元々小柄だったのだろうか。


「まぁ成長を焦ることはないから、ね。とりあえず今はご飯にしよう」

「……はい」


 シエラの両肩を優しく叩いてから、空を仰いだ。

 少女はまだどこかぎこちないが、いつかは打ち解けてくれるはずだ。

 無骨な黒塗りの仮面を撫でながら、これからの事を考えては胸が躍るような気分だった。


 この日、齢12になる魔王を妹にした。



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