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■第18話:魔王様の初めての友達候補

「横から失礼。よければ仲介役になりましょうか」


 突如現れた黒衣の男を、4人の男達が一斉に睨んだ。

 そしてリーダー格であろうスキンヘッドの男は丸太のように太い腕を振り回して怒鳴り散らした。


「お呼びではないッ! 下がれェ!」

「まぁそう言わず。これでもポーションの目利きは……」


 その瞬間、スキンヘッドの男は机を叩いた。

 バキッ、とイヤな音が響く。料理がないことは幸いだったが、打ち付けられた木の机には小さな亀裂が走っていた。

 そして唯一置かれていたポーションは打ち上がり、落下しようと静止したところを死神が掴んだ。


「この娘がッ! うっすいポーションを高い金で買い取らせようとしたのだッ! これは戦場に身を置く我々への……って勝手に飲むなッッ!」

「んぐっ……ああ、お金はそこに」


 死神はいつの間にやら銀貨一枚を机に置いていた。そして奪われる前にポーションを飲み込んだ。


「ま、待てえッ!」


 スキンヘッドの怒声が耳に痛い。

 ほのかな苦味が胃にたどり着くと同時に沸き上がるような体力。やや青紫色のポーションのを飲みきってから、死神は机の銀貨を指で弾いた。


「ごちそうさま。……ギルドが定める基準値にも問題ない。正当な評価を持ってポーションを買うべきかと――」

「貴様ァっ!! 我々を愚弄するかッ!」

「え、愚弄……?」


 今のどこに愚弄した要素があったのだろうか。

 死神としては冷静に分析したつもりでも、スキンヘッドの男には面目を潰されたことになってしまったのだろう。

 その横から、青髪の少女もぐいっと出てきた。


「そ、そうだよ! 私はちゃんと調合したもん……!」


 死神の言葉に自信を取り戻したのか、自身の正当性を訴えている。

 だが、そこで彼の逆鱗に触れたのかもしれない。

 耳まで茹だっていたスキンヘッドの男が、とうとう爆発してしまった。


「ししし新入りがぁ……生意気を言うなぁぁぁあああああッッ!!」


 青髪の少女に向けて、丸太のような腕が振り上げられる。

 当たれば少女の端正な顔立ちを崩しかねない豪腕だ。いくら激昂しているとはいえやりすぎである。


 悲鳴を上げた、青髪の少女。

 彼女を守ろうと素早く手を伸ばしたのは――シエラだった。


「あぶないです!」


 この場に不釣り合いな鈴の音を鳴らしたような少女の声。

 それと同時に訪れたのは――巨漢が宙を舞う姿だった。


「え」


 力の抜けていくような小さな声だった。それを発したのはスキンヘッドの男か、唖然とする周囲の客達のものか、はたまた青髪少女のものか――いずれにせよ誰しもがその光景を見送っている。


 だが、死神だけはしっかりと見えていた。

 シエラは振り下ろされた豪腕を横から掴むなり、そのまま前に思いっきり引っ張ったのだ。そして半身になった男の足を払っていた。

 訓練で教えた通りの見事な投げ技だ。

 

 遅れたように、ドッシャアアアアアンという豪快な音が響きわたる。

 

「あれ」


 投げた本人であるシエラも驚いていた。

 彼女はその手応えのなさに驚いたのかもしれない。

 なにせ彼女の今までの相手は死神だ。彼と比べれば、並大抵の者では相手にならないのも自然なことだった。


「てめえ! 頭になにしてやがんだッ!」

「子どもだからって油断してりゃ……!」

「教育してやるよ! ガキがッ!」


 弾かれたように3人の男達も続こうとしている。

 しかし、これ以上に騒ぎを大きくしてしまうのは本意ではない。死神が前に飛び出すと、何かを語るように仰々しい演劇を繰り広げた。


「どうどう。……君たち、本日この水紋都市アクアリウムに訪れたという巨狼をご存じかな!」


 死神は情熱を口調や仕草に乗せて、熱の籠もったような言い方をする。


「名称不明、種族不明。ユニオン推定、第3位冒険者相当ともなる上位狼種……そんな猛獣を従えし、雪の乙女の噂を!」


 ざわめきや、息を飲む音が酒場に広がっていく。

 男達も体を強ばらせ、訝しむように攻めあぐねていた。これだけ人々の喧噪に溢れた都市だ。噂ともあれば瞬く間に広がっていたのだろう。


「彼女こそが、その雪乙女だッ! この幼い身でありながら、第3位相当の巨狼を倒すどころか、配下へと従えし少女であるぞ!」

「あれはお兄さ……んぐっ」


 詭弁をぺらぺらと並べて、死神は語る。

 ――この都市における第三位とは常人を越えた力という証明だ。不意を突かれたとはいえ、この巨漢を軽々と放り投げたことで信憑性は増したことだろう。


 演劇は半分成功。

 だが、演劇を嗜まない者達には効果がなかったらしい。


「そ、それでもかしらをやりやがったんだ……」


 一人の男はそれでも身構えた。

 ダメか、と死神も拳を握りしめた瞬間、再び怒号が響き渡った。


「やめんかお前らッ!」


 その怒声は、男らに「頭」と呼ばれたスキンヘッドの男だ。


「けど頭っ……」

「これ以上は醜態を晒すだけだっ! ……もういい、今日は帰るぞ」

「は、はあ」


 先刻までは酒でも入っていたのだろうかと思うほどにスキンヘッドの態度は一変していた。やけに素直なことである。

 衆人観衆の目に加え、少女に投げ飛ばされたという事実が彼を動かしたのだろうか。


 だが、スキンヘッドの男は去り際、こちらに向けて言葉を放った。

 正確には、死神の隣にいた青髪の少女へ向けて。


「この事は上に話しておくからなっ……小娘が」

「っ……」


死神の後ろに隠れていた少女が恨めしげに声を漏らしていた。

 ――彼女の信用の失墜分はある程度支払う必要がありそうだ。

 


 青髪の少女の手を引いて、二人はカウンターへと逃げるように移動した。

 周囲の好奇な視線や、ヒソヒソと囁き合う声に晒されていたのは、もちろんシエラだ。

 そんな耳まで真っ赤なシエラを挟んで、死神と青髪の少女は腰を据えていた。


「さっきはほんっとーにありがとう。私はストレンシア・ラナンキュラスって言うんだけど、長いからストレって呼んでね。あなた達は?」

「えっと、シエラっていいます」

「シエラちゃんね。こんな小さいのにすごいんだね!」


 クスクス。

 女性らしい唇に指を添えて、ストレンシアは値踏みするように目を細めていた。

 袖の短い衣服から出ていた艶めかしい肢体や、嗜虐的にも見えるツンとした瞳からは蠱惑的な雰囲気を感じさせている。

 意図的ではないにせよ、どこか扇情的な少女だ。死神が5年後を楽しみにするほどには。


「私はシエラの兄で、死神っていうんだ」

「……へ? シニガミ? それって……名前?」

「どちらかといえば……愛称かな?」


 ケラケラと笑って、死神は肩をすくめた。


「シエラちゃん、あなたのお兄さんの名前はなんていうのー?」

「………………ぇ、っと……お兄様は……死神さん、です」

「……へ?」


 ストレンシアはツンとした目を丸くして、ワケが分からない様子で首を傾げた。

 それが至極真っ当な反応であることは死神にも理解できる。受け入れていたシエラが不思議と言えるほどだ。


「髪色が違うし……名前も教えないでお兄様って呼ばせるなんて……もしかして、そういう変な趣味なんじゃ……」

「いやいや誤解だ!」


 何が誤解だというのか、とでも言いたげにストレンシアはカウンターを叩いた。


「いやいやおかしいでしょ! 大体なんで仮面もつけてるの!」

「シ、シエラは気にしてませんから……」

「そういう問題じゃなくない!?」

「……まぁまぁ! 私のことはどうでもいいじゃないか。はっはっは」

 

 ストレンシアは言葉を失っていた。蠱惑的な彼女の目元は見る影もない。

 だがやがてストレンシアはそれを振り払うように小さく咳払いをした。


「こ、こほんっ……わかった、死神さんで。うん。……ところで物は相談なんだけど」


 ズイッ、とストレンシアが詰め寄る。

 引き下がったのは相談のためということだろうか。

 その口の端は大きく吊り上げて、満面の笑みというよりは営業笑顔的なものを張り付けているようだ。


「わたくし、しがない薬師の端くれなのですが……冒険のお供にどうですか! ポーションでも荷物持ちでも、何でもします!」


 おそらく先ほど語った、シエラが第3位冒険者相当という話から繋がったのだろう。そこで彼女は雇ってもらおうとした――のだろうが、あれは死神のウソだ。

 死神は申し訳ない気持ちでいっぱいだが、率直に伝えることにした。


「残念ながら私達は……冒険者ではないんだ」

「……え”」


 ピシッ、とストレンシアの笑顔が固まる。素っ頓狂な声と一緒に彼女の中で何かが崩れるような音が聞こえた気がした。


「じゃ、じゃあこれを期に冒険者ギルドに入るとか!?」

「うーん、予定はないなぁ……」

「でも凄い魔獣を従えているんでしょおお……! 勿体ないよお……!」


 もはや詰め寄るというより、ストレンシアの震える手がシエラの双肩を握りしめていた。シエラはシエラで困っている様子だ。


「お願いいいぃぃぃい! 何でも! 何でもするから雇ってぇぇぇぇえ!」

「あわわわわわ……」

「お、落ち着いて……」


 必死の懇願に顔を歪ませて、黙っていれば名の通るであろう美少女が台無しだ。

 そして死神は周囲のヒソヒソ話が加速していることに気づいた。


「わ、わかった! ちょっと待って……考えよう」

「ほんと!?」


 顔を上げたストレンシアはまるで救世主でも目の当たりにしたかのように喜んでいる。

 もちろん同情とかではなく、死神も一応考えていたことがあった。


 薬師。それは冒険者にとって唯一の治療手段を提供する大切なパートナーだ。

 ポーションの調合だけでなく、荷物持ちや雑用を兼ねた【バックパッカー】として活動する者も多い。

 傷の治癒速度を向上させたり、身体能力を活性化させたり、逆に沈静化させたりと、冒険におけるポーションの存在は必需品だ。


 バックパッカー、シエラを冒険者にするつもりではないが丁度良いかもしれない。


「ストレンシアさん、歳はいくつ?」

「じゅ、十六歳だけど……?」


 歳もシエラと近い。

 もっとも、シエラの幼い見た目に比べると、ストレンシアはやや大人びている


「ま、まさかシニガミさん……」

「うん?」

「幼い子しか愛せないとかじゃ、ないよね……? わたし……体を売るのは……」

「…………」

「ひゃんっ」


 コツン。

 死神が無言で小突いていた。


「飛躍しすぎだよ」

「……だってお兄様とか呼ばせててぇ……」

「……? へんですか?」


 彼女は、死神がそういうプレイを強要していると言いたいのだろう。シエラが理解していないのは幸いだった。

 死神は小さく咳払いをすると、懐から金色に光る硬貨を取り出した。


 都市で発行している金貨だ。

 その重さによって価格は変動するが、水紋都市では銅が12g、銀が6gと続く中で金は僅か3gほど。しかし、その価値は銀貨のおおよそ12倍にもなる。


「!?」


 それを13枚。彼女の年頃なら一ヶ月は贅沢に暮らせる額だ。

 そして新米薬師の平均給与から考えるに、ストレンシアにとっては二ヶ月分の賃金となる。彼女はわなわなと震えながら、それを凝視していた。


「ストレンシアさん、君に頼みたいことがあるんだ」

「なんなりと! ご主人様! ……ああ待って冗談ですうううう」


 誤解を生むような発言はやめろと金貨を取り下げようとしたところ、ストレンシアが必死に押さえた。

 気を取り直して、死神は依頼内容を告げた。


「何も考えずに、ここでシエラと会話していてほしい。……それが雇用面接だ」

「……へ? それだけ?」

「ぇ、おっ、お兄様ではなくシエラですか?」



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