■第15話:死神の嫁
――……――……――……
シエラの頭の中では、「お嫁さん」という言葉が反響していました。
「話はそれだけだ」
「あ……ああ、また後で」
逃げ出すようなお兄様に手を引かれて、また大きな道に出ます。
また好奇な視線を感じましたが、そんなものは気にならないくらい頭の中はグルグルです。
シエラとお兄様はあまり踏み込んだ話をしたことはありませんでした。
遠慮とか、そういうのではなくて必要がないと思ったからです。お兄様はなぜ仮面を外さないのですか……とか、どのような過去があるのですか……とか。
シエラは今が幸せなら、それで良かったのです。シエラにも話したくないことはありますから。
「シエラ、その……さっきのは違うからね」
でも、お嫁、嫁、よめ……。
お兄様は焦っているようですが、シエラのほうが焦ってしまいます。
もしもお嫁さんがいるとしたら? シエラは間違いなく邪魔な娘です。
いえ、待ってください……お兄様の持ってきた本の一節にこんなことがありました。
『この娘は誰なのよ!』
『こ、これは違うんだ……彼女は、そこであった……従姉妹さ!』
『ウソよ! 貴方のことだから浮気相手との娘なんでしょう! 離婚よ!』
『待って、待ってくれ!』
あわわわわわわわわわわわわ。
「お兄様! シエラのことはお兄様のペットだと伝えてください!」
「ちょ、大声で何を……!」
運河を行き交う人々の哄笑や、行き交う人たちのヒソヒソが、穏やかな風に乗って運ばれてきました。
いいんです、お兄様。
シエラは妹でなくとも、ペットのような扱いでも、傍に居られれば満足なのです。
「ま、待った待った……っ、そうだ」
お兄様は横に逸れて、なにやら大通り沿いの屋台に向かいました。
屋台の上では、果物を棒に差したものを売っているようです。その一つを受け取ってから、戻ってきたお兄様はそれを渡してきました。
「店主が珍しい生き物を見たからって二本くれたよ。はい」
「……? ありがとうございます」
棒に刺さった果実は、私の握り拳ほどあります。
果実には何か透明な物が包まれているようで、それを頬張ってみました。すると、蜂蜜のような甘さが口いっぱいに広がっていきます
「……~ッ! おひいひゃま、こひぇあみゃいでひゅおね」
「食べたことなかった? アメといって、チビチビ舐めながら味わうんだけれど……」
「ガリゴリ、バキッ……うぇ」
そ、そうでしたか。
このままかみ砕くのかと思っていました。
それよりもです。果物の周りの薄い膜がとてもとても甘くて甘くて、ほっぺが蕩けてしまいそうでした。
「フルーツアメって言えば、ここいらの人気お菓子だ。主に女の子に人気でね」
「……なるほど……んっ、……あむ、おいしいでしゅ」
「ほんと美味しくなったものだ。昔の甘味はキビなんかだったけれど、えぐみもひどいし、すぐに飽きる甘さも今じゃ食べられたものじゃない」
キビ……?
お兄様はそれを思い出してチロリと舌を出していました。甘いのなら、それだけで美味しそうですが……。
――ハッ!
これはお兄様の持ってきた本の一節にあった、食べ物でお願いする一節……。
『ほうら、お嬢さん……これをあげるからおじさんの言うことを聞くんだよ』
『わーい』
『この事は……パパやママには内緒だからね?』
なるほど、お兄様からの暗黙のメッセージというわけですね。
わかりました。お兄様のために、シエラは頑張ります。
「……まだ何か考えている様子だね」
「シエラは大丈夫ですよ、お兄様」
今のシエラはこのフルウツアメよりも固いのですから。お任せあれです。
「まぁ……論より証拠ってことで、ここを曲がればね」
目の前に十字路が広がっていました。
奥の方には塔のようなものがあって、右は運河の橋です。
お兄様のいう左の方は出店がぽつぽつとありましたが、進むにつれて出店はなくなっていき、街も静かになってきました。
家々を覗いてみると、どうやら商店と工房が中心のようです。
そんなお兄様が手を掛けたのは、他の店とは違って、看板も掛けられていない扉でした。
「フェンリルはそこらへんに繋いでおこう。ここで待っているんだよ」
「えっ……でもいいんですか?」
「そんなに長居はするつもりもないからね。……いいかい、フェンリル」
「……バウッ」
ここらへんのお店の方に怒られないか心配です。
やや不満げなリルリルさんに謝って、お兄様と一緒に扉をくぐりました。
目に入ったのは、棚の仲で綺麗に折りたたまれた布、キラキラとしたドレス、ちょっと可愛らしい服なんかがいっぱいに飾られています。
右には作業机と本棚。
なにより落ち着いたいい匂いがしていて、温かな雰囲気を感じるところでした。
「……お客様ですか?」
コツ、コツ、コツ。
その奥にある階段から、女性の落ち着いた声が聞こえてきました。
「リナリア、元気だったかい」
返事を返したお兄様の声は弾んでいるようでした。
……こんなに声色の明るいお兄様をシエラは知りません。
「あら……その声は……」
階段から降りてきた人は、女性としての魅力に溢れていました。
ふんわりと柔らかそうな薄茶色の髪はウェーブがかかっていて、お兄様を見つめた長いまつげの奥には碧眼が見えます。
パタパタと駆け寄ってくる姿は、女性としての可愛らしさと、美しい立ち振る舞いが混濁しているようでシエラまで目を見張ってしまいました。
――なにより胸です。
丸い肩を出しているセーターが胸の部分で、苦しい、苦しいと叫んでいるみたいに大きな山を作り上げています。
……シエラは自分のと見比べてみて、大きな壁を感じてしまいました。
「もうっ。死神さんはいつも突然来るんですから」
「それでも最初に来るのはここだよ」
お兄様はここでも死神さんと名乗っているんですね。
二人とも笑顔で言葉を交わしていました。とても仲が良さそうで、あわわわお互い抱き合ったりなんかしていますっ……!
やっぱり、お兄様のお嫁様なんだ。……どうしてか胸がちりちりします。
「この子がお話の?」
うっ、頷いたお兄様はシエラを前に出しました。
綺麗なお姉様が腰を折って、シエラを覗き込んでいます。……邪な考えを抱いていたせいで、ちょっとだけ驚いてしまいました。
「シ、シエラです! よろしくおねがいします……!」
「はいっ、はじめまして、リナリアって言います。ここの衣服屋兼工房を営んでいます」
衣服屋、それで色んな布が置いてあるのですね。工房ということはリナリアさんが作っているのでしょうか。
「シエラちゃんって呼んでもいい?」
「は、はい!」
手を交わしてみて、その距離に立ってみて改めて思います。
とっても綺麗です。笑顔が似合う、優しい雰囲気のお姉様です。……シエラもいつかはこんな風になれるのでしょうか。
「それでリナリア、いつものように私の服と、今日はシエラの服を頼みたいんだ。できればシエラのは……今から着られるのもあれば」
お兄様の視線が、私を捉えます。
そういえばお兄様の黒衣を借りていました。シエラとしてはこれでいいですが。
「うーん、と。まずは大きさを測ってからでいいかしら。……シエラちゃん、ちょっと抱きしめさせてね」
「……? はい、どうぞ!」
よくわかりませんが、シエラは両手を広げました。するとリナリアさんはシエラの体を包み込みます。
その瞬間、ふわああああああああ、と吐息が漏れそうでした。
お兄様とは違う、お布団の中に包まれるような心地よさがたまりません。柔らかくて、とても良い匂いがして、なんだかこのまま眠ってしまいそうです……。
「ごめんね。……そのまま、そのまま……【鑑定】していくから……」
……? 鑑定とはなんでしょう。
気づけば私は光を纏っていました。日の光に似た、白い光。
何が起こっているのかはわかりませんが、とても暖かくて微睡んでしまいそう。
「シエラ、それがリナリアさんのルーンである【鑑定】なんだ。測定器を使わずに体のサイズを知れる優れものさ」
「でも密着しないとわからないのが難点なの……」
そんなルーンもあるのですね。
測り間違いがなくなるのはいいことだと思います!
「……ほっそりと筋肉が付いていて良い体。シエラちゃんは……140センチ……69の53の69……あっ、口にしちゃってごめんなさい」
「? いえ、シエラは大丈夫です。それより知らなかったことが知れて嬉しいです」
体のサイズはシエラに関係しながら、全く知らないことでした。
そんなことがわかってしまう鑑定スキルはすごいんですね。
「歳は、……13歳……。……死神さん、ご飯食べさせてあげてますかー?」
「もちろん」
やはりシエラは年齢の割に小さいのでしょうか……小さいのですね。お兄様も言ってましたから、はい、気にしてないです……。
どうやらそれで終わりらしく、リナリアさんは離れていきました。
「死神さんはちょっと待っていてね。シエラちゃんは一緒に来てもらえる?」
「はっ、はい」
「私は外で待っているから、ごゆっくり」
先ほど確認すると、ハイファンタジーランキング二位に・・・! 皆様、本当にありがとうございます。
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今日もまた20時頃に投稿予定です




