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■第14話:死神の描くギルド

 大通りに消えてゆくアイズの背を見送って、二人も先の道を進んだ。

 かと思えば、また別の大通りに直面して街の喧騒に晒されてしまった。シエラの緊張をほぐすように死神は口を開いた。


「さっきのアイズはね、元々冒険者ギルドとして名の売れた冒険者だったんだ。採取、狩猟、探索なんか別れてるけど、彼は魔獣狩りのエキスパートだね」

「おー……それで強そうだったんですね」

「うん。前に冒険者の階層を話しただろう?」


 コクコクとシエラは頷いた。


「5段階に分かれているんですよね」

「そうそう。……けれど、第1位に到達している人はいない。最高が第2位なんだ」

「……? じゃあ1位はなれないものなんでしょうか」


 シエラの言葉に、死神は肯定も否定もしなかった。

 事実、1位というものは存在しないと言っていいからだ。


「1位はダンジョン攻略者のみに送られるんだ。ダンジョン産の魔石から作り出した【神器】を持って証明されるという、ね」

「とても難しそうですね」

「まぁそれを目指す、っていうのが冒険者達のやる気に繋がってるからね」


 そう、冒険者達は第1位という称号を求める。富も、名声も、理想も、全てがダンジョンには詰まっているのだから。


「……と、話が脱線したね。アイズはその第2位冒険者だったんだ。この都市でも3人しかいない、ね」

「そ、そんなにすごい人だったんですか?」


 今更になって「あうあう」と慌てた姿が見られて、死神は満足げに笑う。

 死神にとって、この街での数少ない友人だ。……数少ないというより、3人しかいない友人の1人と言うべきだろうか。


 交友関係の狭さに涙ぐむ死神だったが、次の質問に意表を突かれてしまった。


「シエラも冒険者になれるのでしょうか?」

「…………どうして?」


 死神は感情を押し殺したつもりだった。しかし、怒りに震える語調だったかもしれない。

 シエラが気づいていないことは唯一の救いだと安堵して、尚も表情を作る。


「シエラも冒険者ギルドというのに入れれば、お兄様のお役に立てると思うんです! 戦うことならシエラもできますから……!」


 裏のない、笑顔。

 シエラなりに兄の役に立ちたいという純粋な願いから生まれたのは理解できる。だが、死神の望む姿ではなかった。

 『絶対にダメだッ!』

 ――爆発してしまいそうになる感情を寸前のところで抑えた。


 冒険者とは、夢に満ちていながらも明日すら分からぬ職業だ。

 図鑑にないような魔獣を見つけたとして、その証拠に魔獣を仕留めなければいけない。もしもフェンリルが相手なら?

 見果てぬ地で不思議な宝を見つけられるかもしれない。だが、果たして帰ってこられるか?

 賞金が掛かっている魔獣を討伐しようとし、命を失ったら?


 一発当てた時の爆発力はあれど、傭兵よりも危険かつ安定した仕事が供給されない。――そんな職業に、愛しの妹が就くことは許したくない。


 しかし、それは彼女の夢を否定する。

 死神がするべきは彼女の成長を阻害するのではなく、手助けしてやることだ。


 ――……そう、頭ごなしに否定はするな。優しく、諭すようにだ。そして……そうだな。いっそ作る側に回れば彼女を見守っていられる、か。


「シエラ、そんなこと気にしなくていいんだ。君はゆっくりと成長すればいい」

「……でも」

「よし、それなら――私達でギルドを創ろうか」


 そう、今までのように死神が教える立場になればいいだけだ。

 突発に考えついたのは、死神がギルドを設立すること。


 ギルドの内容は多目的だ。

 料理、裁縫、鍛冶、薬学、傭兵、調教術サモナー、……、何を目的にし、何を成すか、全てはギルド次第である。

 そうして学んでいく内に、シエラが見つけた夢に特化して教えてあげればいい。


 知識と技術を身につければ、そこからは他のギルドに紹介することや、人脈を広げて個人で店を開くことも可能だ。

 ――幸い、死神には知識と技術がある。


「シエラとお兄様で……ですか?」


 死神は「うん」と笑って肯定の意を示した。


「ギルドには各々の身分制度があるんだ。大きなギルドともなれば職能別なんだけれど、小さなところは師匠と弟子の徒弟制を組んでいる」

「……ではシエラはお兄様をお師匠様と呼べばいいのでしょうか!」


 なぜか目を輝かせていたシエラに、死神は苦笑しながらも首を振った。


「あはは……いや、私達が作るのはもっと別なギルドだ」

「……残念です」

「残念なんだ」


 師弟に憧れでもあったのだろうか。

 死神は気を取り直すように小さく咳き込んだ。そして頭の中に描いた、別のギルド形態を大きく告げた。


「ファミリア・ギルド! 私達家族のためのギルドだ」


 親族で固めた、ファミリィ・ギルドとは別種の存在。

 集まる人々の絆で紡がれる、家族的な世界こそがファミリア・ギルドだ。

 そこに負の感情や雰囲気、言葉はいらない。さも美しい理想の世界を演出するのが、死神の描くファミリア・ギルド。


 その温かそうな言葉に、シエラの表情は明るさを灯していく。赤い双眸は期待に満ちるように爛々と輝いていた。


「ファミリア……ギルド」

「家族のように手を取り、助け合い、そうして育んでいくギルドでもあるんだ。……だからシエラ、私を手助けしてくれるかな」


 そう問いかけてから死神は右手を差し出した。

 一人では、このギルドは成立しない。家族がいて初めて成り立つギルドだ。

 そして、彼の妹がその手を取ることに躊躇はなかった。


「はい! シエラもがんばります!」

「うん、ふた……」

「バウバウバウッ!」


 言いかけた死神の横から、フェンリルがつんざくように吠えていた。

 なぜ怒っているのか、死神とてさすがに分からないわけではない。むしろフェンリルを忘れていたことに謝罪をしなければならなかった。


「ふふふっ……リルリルさんも怒ってますね」

「くっくっく……そうだね、ごめん。……改めて、3人で頑張っていこう」

「ワンッ」


 ようやくフェンリルも満足げに鳴いた。

 死神としか名乗らぬ仮面の男、年端のいかない少女魔王、伝承にしか見られないフェンリル。

 見事に歪な三人のファミリア・ギルドが行き着く先は、誰にも予測できないだろう。


 死神もまた予測できなかった。

 だからこそ楽しみだ。先の物語を想像して、死神は楽しそうに笑った。


 忍び寄る影に気づかぬまま――



 □




 ――しかし、その影は思いの外早く姿を現した。



「忘れていた、死神よ」


 低い声が二人を呼び止める。

 シエラが反射的に振り返ってみると、先ほど知り合った男――アイズの姿があった。


「うん? ……いつもの酒場が潰れたとか悲しいことは言わないでおくれよ」

「まさか」


 シエラの目の前で二人が笑い合う。

 フェンリルの体を撫でながら、シエラは二人の会話を見守っていた。

 本当に仲がいいんだなぁと胸が温かくなる反面で、羨ましいと思う気持ちもあったせいだろうか。フェンリルを撫でる力は、いつもより強かった。


「いや、なに。街中でお前を見かけたら教えてくれ、と言われてな」

「というと?」


 次にアイズが発する言葉は、そんなシエラを思考の渦へと突き落とすような言葉だった。


嫁さん(・・・・)が心配していたぞ」


 ――よめ。この場合、死神の婚姻関係にある女性を指す?。

 嫁? ヨメ? よめ? 夜目? 詠め? 読め? よ、め?

 嫁という言葉が、シエラの思考回路を焼き尽くすように駆け巡っていく。処理しきれなかった。処理したく、なかった? 処理、処理……。 


「ちょっ、アイズっ!?」

「なんだ、語弊があったか」

「ありありだっ……! シエラ、違うんだ。これはね――」


 兄の語りかける声。けれど世界はぐるぐると渦を巻いて、そんな兄からシエラを引き離そうと呑み込む。

 やがてシエラは目を回して、力なくフェンリルに倒れ込んでしまった。




 ――……――……――……

 ――……――……

 ――……



 もう一つの影は、既にアクアリウムへと潜り込んでいた。

 四魔将・第三席にしてエルフの女騎士・セシリア。

 彼女は二人が到着する三日前から、この都市を警備するように巡っていた。


(魔王様……! 今、参ります……)


 長い炎髪を左横で結び、彼女は悠然と進む。

 研ぎ澄まされた感覚と、歴戦の猛者のみに備わった勘を用いて、周囲に意識の包囲網を張り巡らせた。

 極限まで張り詰められた意識下では、全ての五感が鋭敏となっているだろう。ネズミ一匹、いや、塵一つとて認識できるほどに。


「…………」


 背筋を伸ばし、真剣な眼差しで周囲を探る。

 そして目的の物を視界に入れた時、彼女はさながら烈風の如く駆け出していた。

 

「……あれはッ!」


 一陣の風に迷いはない。

 針を通すように人混みを掻い潜って、女騎士セシリアはそれを掴んだ。


「この串焼きを5本ずつお願い! あっ、いや待って。……そうだ、このホタテと……むっ、プチトマトの肉巻き……くっ……これも5本っ……!」


「へい! 毎日ありがとうね、嬢ちゃん」

「主人の良い仕事あってこそだ。私こそ感謝する」

「ぅ……嬉しいねえ、ほら! 一本おまけだ」

「おっ……おおっ……! あ、ありがとう! この恩は忘れませ、ん……ぬ!」


 どこか作ったような口調をコロコロと変えて、渡された串焼きに小躍りしていた。細い指にいっぱいの串焼きを挟んで、女騎士セシリアは満足げだ。

 そして2種類の串を同時に頬張って、あむあむと咀嚼する。


 左頬に、甘辛い豚肉に包まれたプチトマトのほのかな甘み。

右頬に、柔らかくて旨味たっぷりながら少し香ばしいホタテ。

 もう、何も怖くない。


「んーーーーっ! おいひいよぉ……!」


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