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■第13話:ユニオンとギルド

■第13話:ユニオンとギルド



 アクアリウムへと訪れた人々を最初に出迎えるのは、多くの人たちで賑わう大通りだ。

 目に入るのは、眩しく光る白の世界。白壁の家々が左右に連なった大通りは商人や住人によって大きな賑わいを見せていた。

 大通りの中央に伸びた大運河では、人を乗せた船が行き交っている。豪奢な橋の上では飲食を楽しんでいたり、ペットの散歩をしていたりと、人々が喜びに弾んでいるようだ。


 風光明媚な景観と、喧噪に賑わう都市。それが水紋都市アクアリウム。


 そんな大通りに一際目を引く者達が現れた。

いかにも怪しげな全身黒尽めの男と、対照的に真っ白な少女。何よりも注目の的となっているのは黄昏色の大狼だ。


「おいっ……あの魔獣はなんだ……?」

「知らねえっ。デザートウルフの大人でも見たことねえぞ……」

「けどあの黒い奴は見たことがあるな。なんだったか……」

「さぁ知らんな。おおかた傭兵ギルドのやつだろう」


 商人や住人達がヒソヒソと小声で話し合う中を、少女が横切る。

 大通りの人たちが彼らを避けていくせいか、まるで海が割れたように続いているようだ。


 目を引くのにはもう一つ理由があった。

 そんな黄昏色の大狼を従えているのが、齢10歳程度の少女だということだ。


「長寿のエルフの子か……? いや、顔立ちが違うな」

「あんな可愛らしい見た目して、あんなおっかねえ魔獣を従えてんのか……」

「いや、だが見ろ。あの堂に入った佇まい」

「ああ……達観したように前だけを見続けている」

「既に魔獣使い(サモナー)として熟練した技術が見受けられるな」


 周囲の喧噪はさまざまな憶測を立てて盛り上がっていく。

 彼らは、さながら大通りを騒めかせる奇術師サーカスの一行だ。


 一方で黒い男については、あまり騒ぎ立てられていないようにもうかがえる。

 だが、それを噂する黄色い声も混じっていた。

 顔を隠した男は後ろ姿だけならばミステリアスな雰囲気を漂わせている。巨大な魔獣の傍に身を置き、先行する姿は名のある傭兵ギルドの部隊長のようだ。

 そんなところに気づき、どこか熱っぽい視線を送るのは女性達。


「ねえねえ……わたし、あの人に話しかけてみようかな……」

「あの黒い人? ……でも子連れっぽくない?」

「アハハ! 玉砕覚悟で行ってみたら?」


 女性達は、左右を繋ぐ橋の上で談笑していた。

 もしかすると家庭を持った男性との危険な恋愛かもしれない。しかし、意を決したように一人の女性は立ち上がった。

 そして動き出そうとしたとき、一人の男がその肩を掴んだ。


「やめときなって」

「あなたユニオンの……知ってるの?」

「奴とは元同僚でよ、ユニオンの討伐依頼なんかを一緒にしてたんだ。姿形もそうだけど、なーんか含みのあるようなやつなんだ。大した実力はないんだけど、時々影のあるような言動をしてくるし、仕事の後に誘っても俺はいいなんて言って帰っちまうんだぜ」


 その話を聞いた女達は、思わず黙してしまった。


「悪いやつじゃあないんだが、影みたいに暗い男さ」



――……――……――……

 ――……――……

 ――……



「いや、だが見ろ。あの堂に入った佇まい……」

「ああ……達観したように前だけを見続けている」

「既に魔獣使い(サモナー)として熟練した技術が見受けられるな」


 なかなかに面白い話だ。行き交う人々の会話を、死神は笑いを堪えながら聞いていた。

 目の前のシエラは確かに堂々としているかもしれないが、おそらく頭の中は真っ白で、ただただ兄の背中を追っているのだろう。

 

「ぷっ……くくっ」

「はわわわわ……おに"いさま……シエラは限界です……今すぐこの海の中に飛び込みたいです……」

「どの道、いつかは注目を浴びたんだ。早めに恥ずかしがっておくといいさ」

「そんなぁ……」


 シエラは涙ぐんで、リードを掴んだ手を震わせていた。

 こんな子が魔王とは誰も思わないだろう。ましてや死神も彼女が魔王としてやってこれたのかと疑問なほどだ。……だが、そこら辺は操る者達がいたのだろう。


「でも綺麗な街だろう?」

「そ、それは……はい! とっても綺麗な街ですね……河が左右に分かれてたり、お店がいっぱいあったり……それに良い匂いがします……」

「確かに飲食系の露店は多いかもね。ギルドの商人が活発なんだ」


 注目を浴びながらも、二人は市街の大通りを進む。

 フェンリルですら悠々と通れるほど広い道だが、前を行く人たちは皆無だった。誰もが避け、まるで割れた海を渡っている気分だ。


「そういえばさっきの人も、肩にユニクオってかいてましたね」

「……ユニオンね。いわゆる、この都市の王様的立場さ。ここいらは王政だった名残もあって、ギルドっていう商業組合が多かったんだ」


 ふむ、とシエラは小首を傾げる。


「同業者による集団『ギルド』は、お互いの技術や利益の向上のため情報を共有している――いわば商工業的身内だね」

「お店みたいですね」

「うん。王政だったここで、自分たちの利権を守るために生まれたものが発展していったんだ」


 商人、工匠、土木、運送、傭兵など生活に密着したものが一般的だ。しかし、ギルドというシステムが発展していくうえでは大きな問題もあった。

 

「ただ……もしもギルドが蔓延したら、どうなってしまうと思う?」

「……大っきなギルドが偉くなりすぎてしまいそう、です」


 シエラの答えに、死神は満足げに微笑んだ。


「そう、市場を……果てには市政までも独占してしまう。それらを管理し、運営の手助けをするのがユニオンという存在なんだ。元々の王政とギルドが合体したという他にはない成功例だね」

「なるほどぉー……ぉ」


 頷きながら、シエラの視線が移ろいだ。

 何だろうと死神も目で追ってみると、串焼きを売りさばく出店のようだった。店主が扇いだ煙に釣られてしまったのだろう。

 死神はクスリと笑って、店主へと数枚の銅貨を手渡した。


「牛の串焼きを三つ、そこのイモと、ホタテの串焼きも同じく三つ」

「へい! やさしいお父さんでよかったね、嬢ちゃん」

「……わぁぁ……は、はい! あっ、でもお兄様です!」


 店主から串焼きを受け取ったシエラは満面の笑みだ。

 しかし、店主は間近に迫るフェンリルの眼光に震えているようにも見える。死神は小さく頭を下げた。


「獣連れですみません。……ありがとうございます」

「いえ! また来てくだせえ!」


 商人としての職務を優先させた店主に感謝を告げて、死神は大通りへと戻った。

 

「どう?」

「あむあむ……んぐっ……。全部柔らかくておいしいですぅ……」

「くっくっく……そうだね。ギルドは品質の維持という面では厳しく統一されているからね。ギルド同士の競争として職業教育なんかも充実してきたし、街の発展に繋がっているんだ」


 なるほど、と頬いっぱい膨らませながらシエラは頷いた。


「ほら、あの肉は甘辛くしてるからお前はこっちだ」


 死神は串焼きからイモを外して、フェンリルの口元に添えた。

 死神なりの優しさだ。少ないだろうけれど、目の前で匂いだけ嗅ぐのは辛かろうという心遣い。

 しかし、フェンリルは死神の手ごとかぶりついた。


「っ……! そ、そろそろ調教が必要かな……っ」

「ガウッ……」


 イモだけを奪取して、プイッとそっぽを向くフェンリル。

 いずれ教育が必要かもしれない、と死神は密かに計画を思案することにした。


 そして喧噪に塗れた大通りの途中、死神はふと足を止めた。

 周囲の好奇な視線に紛れて、刺すような視線を感じていたからだ。


「二人とも、こっちに行くよ」

「あむあむ……はぃ」


 大通りから逸れて、フェンリルが入れるかも怪しい細道。

 陽の光を反射する白壁も、ここではやや薄暗い。

 少し歩いてから死神は振り返った。


「先ほどからこちらを見ていたけれど、何か用かな?」


 続くようにしてシエラとフェンリルも振り向く。

 眩しいくらいに差し込んだ白光を背にして、問いかけられた人物は口を開いた。



「……俺だ。どうやら巨大な魔獣が現れたと聞いて、ユニオンから偵察しに来たんだがな」


 そう親しげに話しかけてきたのは、目つきの鋭い男だ。

 線の細い体に見えて、毅然とした姿には精錬された佇まいを感じる。中分された灰色の髪を摘まんで、鋭い目の男は肩をすくめていた。


「アイズじゃないか! 久しぶりだね」

「約半年振りだな、死神ひとさらい


 アイズと呼ばれた男は眉間に皺を寄せながらも、再開を懐かしむように口端を吊り上げている。

 人さらい、というのはシエラを見たうえでの発言だろう。


「紹介するよ、私の生き別れた妹……シエラだ」

「シ、シエラです! ここ、こんにちゅわ!」


 慌てたせいか噛んでいた。

 シエラは頬を紅潮させて、あわあわと慌てていた。

 

「アイズ・ローエングリンだ。こいつ(死神)とは、まぁ……杯を交わす仲だ。よろしく頼む」

 

 アイズはとにかく目つきが悪い。

 切れ長の鋭い目だけならともかく、いつも怒ったように眉をひそめているためだ。

 また、底の見えない威圧感が彼を纏っているからだろうか。

 なんにせよ初見では、皆が彼を恐れるほどの強面であり、アイズが「子ども泣かせ」というのは有名な話である。


「はい! お兄様のお友達さんっ……! シエラも、アイズさんとお呼びしていいですか……?」

「ん、ああ」

「アイズさん。……えへへ」


 しかし、シエラにはその恐怖がないようだった。

 ここに来るまでに多くの経験があったお陰だろうか。

 魔王という立場、怪しげな兄との邂逅、そしてオブシディアンウルフやフェンリルとの対峙。――どれも少女の身とは思えない経験達だ。


 アイズも一瞬だけ驚愕の色を見せたが、すぐにニッと笑った。


「……ふっ、確かに死神こいつの妹だ」

「自慢の妹だよ。またしばらくいるから、暇なときは飲み明かそう」

「そうだな。依頼があれば、また呼ぶ」


 二人はそれだけ告げると、会話を終えた。

 そんなアイズは、もう一人に対する言葉に迷っているようだ。小首を傾げた少女に、アイズは困ったように頭を掻いた。


「……兄貴と仲良くな、優秀な魔獣使い(サモナー)さん」

「あははっ……アイズさん、またお話しましょう」


 フッと小さく笑って、アイズは踵を返した。



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