9.祭
「凛っ!」
「心配させましたか?」
「当たり前だよバカ!」
深夜に携帯を借り、ちょっと巻き込まれたから店の中で休んでいると連絡。
携帯、そんなに人登録されてないんですよ、はい。
「で、どうしたのその頬」
「ナンパ野郎に無理やり連れ行かれそうだったので、悲鳴を上げたらグーパンチ顔面に叩きこまれました」
「ちょっとその男どもの削ぎ落してくる」
「安心すると良い、その男どもはすでにモノクロの車体に赤いランプが特徴的なお迎えが来てたから」
「よ、良かったぁ」
ナチュラルに会話に参加するこのコミュ力。
やはりただのオタクではないらしい。
「って、何で凛はこの人に膝枕してもらってるの?」
「この馬鹿な変態がこの体勢の方が看病しやすいと言いまして」
「その割には随分と満喫しているみたいだけど」
「…気のせいです」
…いや、思いの他寝心地がいんだよ。
ここの場所が周囲に人が少ない店の裏手のベンチと言うのもあり、特に気にせずこの体制でいる。
「えっと、あなたは」
「この猫被ってる美少女の友達」
言いながら頭を撫でるな。
「この人は宮村深夜。変態です」
「そうとも言うがせめて前に紳士を付けてくれ。そっちの方が高度な変態っぽいから」
「…変わってるね」
「変わり者ですよ、この人」
なんせ初対面の奴に頼んだとはいえラノベを熱く語り始める男である。
「気軽に深夜きゅんと呼んでくれ」
「黙ってください。深夜」
「みや?」
「そそ、俺の名前が深い夜でシンヤだから読み方変えてミヤってこいつには呼ばれてる」
「なんだかただならぬ関係のようですね」
「腐れ縁の延長線上のようなものです」
久々に親友に会えたというのはテンションが上がるというものだ。
そのまま、倒れた際に何とか無事だった焼きそばを食べながら怪しまれるのであった。
4時少し前、宿に戻ると部員と顧問にどうしたとか色々と心配され宿で休んでいろと言われたが、それではここに来た意味がないと言う事で手伝いに参加。ただし頬にはシップ。で、無理は絶対にするなと再三注意をされた。
祭り会場は少し海辺近くの階段を上がった先にある神社がメインで、会談したにも多くの出店が出ていた。
ここら辺では有名なお祭りなのだが、人が足りずに色々と騒動が起きる場合があるという。そこで若手の家庭科部員が借り出され出店の手伝いやちょっとした荷物運び等を手伝って欲しいとのこと。
会場本部の境内近くの建物に入ると地元のおじさんやおばさんが景気よく「よく来てくれたねぇ」等色々と声をかけてくれた。
そこからすぐに簡単な説明が入り、私は本部近くのところにあるアナウンスが可能なマイクの近くに移動させられた
「萩本さん、でいいのよね。ちょっとマイクテストと言うことでちょっと何かしゃべってみて」
と言われいきなりスイッチを入れられる。
…唐突だがそれに対応しなければ行けない。
『只今から会場内一斉マイクテストを行っています。只今試験中。只今試験中』
と、近所の防災から聞こえるようなそんな放送をかける。
それを言った後、スイッチを入れたお姉さんの方を見るとちょっと驚いたように目を開いていた。
「萩本さん良い声してるわね」
「そう、でしょうか」
「後、突然なのにかまずにスラっと言葉が出てたわね」
「はい」
「とりあえず本題なさそうだから実際に放送する文言の確認をしましょうか」
メガネをクイッと持ち上げる、お姉さんとアナウンスの確認を開始した。
祭はまず神輿から始まり、神楽が出て、花火が上がる。
そこそこ規模の大きいお祭りでちょっと驚いている。
後、お祭り開始の合図を私に丸投げした運営に突っ込みを入れたいところではあるが、始まったのは仕方がない。
何故、この祭りには開始の合図があるかと聞かれれば売り上げを競うそうだ。
地元のお店が屋台を出し、そこで最も売り上げた店には町から金一封が送られ、県のテレビでの出演権が手に入るそうだ。
アピールの手段としてこの出店の売り上げ競争はすごいらしい。
ちょっとした雑誌の記事にも何回か載ったこともあるような祭りだとか。
そんなお祭りだからなのかどうなのかは分からないが人員不足が起き、部活動のボランティアと言う形で参加。大学進学する際に“ボランティア”の欄を埋めることはできるので良しとしよう。
そんな祭に多くの人が集まってくるのは理解した。
だが、
「アナウンスの声の人にここに来れば会えると聞いて」
オタが引っかかるとはいったいどういうことなのか。
「何でお前がここにいる」
「そりゃ俺耳が素敵ボイスを拾ったことから始まる」
全力で海辺から走ってきたと言うが、スピーカー一体どこまで通っているのだろうか。
「おっ、萩本。隣のはお前のこれか?」
「違います」
缶ビール片手にこちらを除く顧問岡本。
…酒癖が加速していくな、多分。
普段は敬語のおっとりとした感じの先生なのだが、酒が入ると面倒な性格になると言うのは本当だったらしい。着ている浴衣も少し裾が肌蹴て絶妙にエロい。
先輩みたいに酔いつぶれて寝てもらうのが一番楽なのだけど。
「そっかー。センセーの私より先に男作ろうなんて考えしてんじゃねーぞ!」
「分かってますって」
「私だってそろそろ結婚考えたいんだよー!いいか~萩本!私は--「清華、絡み酒は辞めなさいと言っているでしょう」にゃにすんだ~!」
近くを通ったおばさまに強制連行を食らう先生。
明日の朝には元に戻ってくれることを願う。
「…今のは?」
「顧問」
「…」
「察したか」
「察した。あ、これどうぞ」
そう言って二本のリンゴ飴を渡される。
一本は自分用で買ってきたらしい。
まぁ、お祭り屋台の王道だしな。
「凛ちゃん!迷子の子連れてきた!」
ここで一件目の迷子発生。
半袖短パンで帽子をかぶったショタコンガ喜びそうな格好をした少年が泣きながら佐野の服の裾を握っていた。
佐野が、ちょっと向こうでトラブルあったみたいだからそっちらへ向かわないといけないと言うので完全に私がどうにか再会させないといけない。
「今日は誰と一緒に来たのかな?」
「にーぢゃん」
会話をする時は目線を合わせて会話をする。上から見下ろすと言う行為は威圧感を与えるものだから。
鼻水がだいぶ出ているのか、声はぐもっている。
「にー、にーちゃんと、一緒にぎだんだけど、喧嘩して、気が付いだら、いなくって!」
ちゃんと状況は分かっているみたいだ。
「そしたら、さっきの、お姉ぢゃんが、ここ連れてきて、くれだ」
「一回、鼻かもうか」
そう言ってポケットからティッシュを取り出し、少年に渡すと一生懸命に鼻をかむ。
「それじゃあ、お姉さんが放送でお兄ちゃん呼んでみるから君のお名前とお兄ちゃんのお名前教えてくれるかな」
「うん゛」
そう言って少年、まこと君は兄弟の名前をはなしてくれた。
典型的なアナウンスを繰り返し二回入れる。
それから少し黙っていたんだけどまこと君は下を見てうつむいてるだけだった。
「兄ちゃん、来てくれるかな…」
「来てくれるよ、絶対」
「何で、ぜっだいって言うの?僕が悪いのに」
「ちょっと恥ずかしいんだけどお姉ちゃんも今日のお昼くらいに一緒に来てる友達とはぐれて迷子になちゃったんだ」
「え?」
「友達とまた会おうとして歩き回ったんだけどちょっと怖いお兄さんたちに連れて行かれそうになっちゃったの」
「ゆうかい?」
「そうだね。頑張って逃げようとして大声出してみたけど、ほっぺ殴られてちょっと今でも痛いんだ」
「許せない!」
「うん、ありがとう。でも、その時来てくれたんだ。友達が『やめろ!』って」
ちょっと脱色しているが対してわからないので良しとする。
「それから友達…後ろのお兄さんが助けてくれたんだ。ダメだッ!て思っても、心配して絶対に来てくれるよ、ほら」
「まこと!どこほっつき歩いてたんだ!」
丁度いいタイミングでお兄さんの到着。
ちょっと後ろに下がって、さっき深夜が買ってきたリンゴ飴を二つ取り出して、まこと君に渡す。
「まこと君、これでお兄ちゃんと仲直り、してこよっか」
「い、いいの?」
「いいの」
「ありがとうございまず」
そう言って、兄の方に駆け寄るまこと君。
途中でこけそうになるけど、お兄ちゃんが見事に受け止め、バカと言って頭に拳骨一つ浴びせる。
それをまこと君は声を出すものの泣かず、リンゴ飴を差し出してごめんないと言うと、兄は涙目になりながら頭を撫でた。
そして二人はこちらに礼を言って帰っていった。
その間、リンゴ飴の料金を払おうとしていたが、もう弟さんから目を離さないようにしてくれればいいと言って、断った。
「深夜、勝手にごめんね」
「いや、良いよ。大丈夫」
と、ぼそっとつぶやくと周りが静かなことに気が付いた。
…え、なにかやらかしてしまったのだろうか。
「嬢ちゃんよくやった!」「良い光景見せてもらったよ!」「最近の若い子なのにしっかりしてるねぇ」等の若干不謹慎なとらえ方をされる場合がある発言だが、この場合は褒め言葉として受け取った。
そう言って、その人たちが近くのテーブルにトントンと色々なものを置いていく。
「そこの彼氏さんと一緒に食べや」
こいつ、彼氏ではないです。
「そ、そんな、大丈夫ですよ」
「若いもんが遠慮すんな!」
「は、はい」
と言うことで色々と頂くことになった。
「で、どうしてこうなった」
あの後も、アナウンスを入れたり、迷子の呼び出し等の仕事をしていたのだが、周囲の女性たちに一言、「後の作業は気にしなくていいから、少しは遊んできな」と一瞬にして奇麗な桜の模様の入った浴衣を着付けられ、建物から追い出された。
……解せぬ。
他の部員はまだ仕事をしてる様なのに自分だけこうやって追い出されるよ言うのは気が引け、そこらのベンチに座ってボーっとしていた。
腹は色々と頂いたので何かを食べようと言う気も起きないのでどうしたものかと悩んでいた。
「どうしたもこうしたもお前が有能すぎたんだろ」
「意味が分からん」
「働き過ぎってことだ」
お前が一生懸命仕事やってんだから自分たちももっとやらなきゃって思ったんじゃないか?と付け足される。
「で。お前は如何して黄昏れるんだ?」
「他の部員が働いてるのに自分だけ楽しむのは気が引ける」
「つまり暇なんだな?」
「端的に言えばそうなるな」
「じゃあ、『悪い男に連れ回された』って理由ができるよな」
そう言って腕を引っ張られ、立ち上がり、出店が多くある方へ連れて行かれるのであった。
『5分後より花火の打ち上げが開始されます』
と、アナウンスの声がする頃には色々な食品系以外の遊ぶ出店で色々なもので遊んだ。中には先ほどまで本部の方にいた人に会って値引きしてもらったり、タダにしてもらったりと色々あった。
途中、射的で大きなクマの縫いぐるみを深夜が落とし、俺にプレゼントして来たり楽しんだ。
「じゃ、ちょっと移動するぞ」
と言われ、手を握られ、神社の裏手にある道を進んでいった。
「ど、どこ行くんだ?」
「高い見渡しの良い所」
若干けもの道になっている竹林を抜けると、そこの部分だけ綺麗に上が抜けていた。
「わっ」
感嘆の声を上げようとすると花火の打ち上げが始まった。
…綺麗だ。
うるさく感じる様な音でも不思議と心地の良い音だと感じる。
光って、その後に音が聞こえる。そんな祭特有の音を楽しんでいると、
「なあ、凛」
「なんだ?」
「俺、2学期になることにまたあっちに戻ることにした」
「そうなのか!?…って、した?」
「そう、両親の離婚であっち離れたんだけど、両親がなんやかんやで復縁して二人はあっちに戻ることになったんだけど、俺高校生だからこっちで一人暮らしでもいいんじゃないかって両親に言われてた」
「…」
「けど、悪友がこんなに可愛くなったから悪い虫がつかないようにあっち行くことにした」
…ん?
「その、なんだ…これ読んで後で俺の事殴りに来い。で、隣で色々と話してくれ」
そう言って一冊の文庫本を俺に渡して、アイツはスタスタと帰っていった。
…これって遠回しの告白なのか?
最後の花火で一瞬明るくなった手元の本のタイトルを浮かび上がらせた。
『不器用な初恋』
342ページのラブレターであった。
もはや先輩虫の息。