5.大学生兼××
現在午前7時
マンションの前に不審者がいる。
インターフォンに向かって、先生いるんでしょ!?いるのは分かってるんですよ、まったく書いてなくても良いからどんな状況なのか教えてください!
おそらく、この人は編集者さんだ。
少し草臥れたスーツに最低限行っていると思う髪、必死さを伝える声とその内容。父は出版社に居たので、出世する前はいつも電話越しの相手にあんな感じだったと思い出す。…今もあんな感じの場合多いな。
かと言って、慈悲の必要性は無いと思っている。
…飲み物が切れていたからコンビニに買いに行った帰りにこう言った羽目になるとは。
「住民の邪魔です。通報しますよ?」
「あ、すすすみません、あ、あの自分あやしい者ではなくてこう言ったものです」
そう言って流れる様な動作で差し出される名刺。
かなりの冊数のライトノベルを出版している所の編集者さんで葛原幸多と言うらしい。
…父さんの部下か。
世界は広くとも世間は狭い模様。
「なんとなくラノベの編集さんと言うことは分かりましたけど、ロビーでそんな大声を出されると迷惑ですよ。後、このマンションインターホン押してから向こう側が反応しないと声届きませんよ」
録画はされますけど。
「え…」
「後、その作家さんの連絡先は無いんですか。…まぁ、もっぱら連絡がつかないから家に来たって所なんでしょうけど」
何と言うか本当に作家と編集の良くある形を再現した一幕だと思う。
「そ、そうなんですよ。上司から、先生の住所聞いて急いで来たんですけど一向に出てくれなくて…403の方なんですけど…」
「秘守義務的にそれを言ってはいけないことだと思うのですが」
「え、あ、すみません。極力忘れてください!」
「はぁ、ちょっと待ってください」
そう言ってスマホを取り出し、403号室の住民に連絡を入れる。 3コールほど立つと慌てたような声で返事をしてきた。
「もしもし」
『り、凛!?どうしたこんな朝から変質者にでも遭遇しかけたのか!?』
「ええ、ライトノベル編集者と言う変質者に遭遇しました」
『 』
ちょっとポカンとする編集葛原さんを引きずり、部屋に向かい、ドアを開けると冷や汗ダラダラの先輩の姿が。
こちらは何も言っていないのに流れる動作で俺から2mほど離れた位置に正座をした。
「先輩、寝てましたね?」
「はい」
「ここにいる担当さんは先輩の担当さんで間違いありませんね?」
「はい」
「では、この人連れてファミレスにでも行って話をしっかりと付けてください。行けますよね?」
「あの、寝起きで」
「行けますか、行けませんか?ハッキリしてください。それによってこの後の対応を考えないと行けないので」
「い、行きます!葛原さん3分待ってて!」
「は、はい」
一歩下がって扉を絞める。
ドタバタと音がしているので大慌てで着替えているのだろう。
「確か、葛原さんですね」
「はひ!」
「今後、このようなことが無いようにくれぐれも気を付けてくださいね」
「以後絶対確実にこのようなことが起きないと誓います!」
「そうですか。では」
普通に笑顔で対応をしただけなのに何故、二人はガタガタしているのだろう。
自室に入るとカレンダーが目についた。
…周期的に某女子日が近いな。
どんどんと女に染まっていると痛感する。
…そろそろ、この俺って言い方やめるか。
「お帰りなさい、先輩。夕食までもうしばらくかかるのでお待ち下さい」
「た、ただいま。昼飯だいぶ遅れたから今日はいいや」
現在夕方5時過ぎ。
エプロンに片手にお玉の状態で、やや顔に疲れが見えている状態であった。
「そ、そんな…何で事前に連絡をくれなかったんですか!今日は先輩に少しあたっちゃったから先輩が好きだって言ってくれた料理作ってたのに!」
とても驚いたようにお玉を手から離し、すとんと膝から崩れ落ちる様な動きで膝立ちの状態になり、涙目で先輩を見上げる。
「り、りりりり凛さん?一体どうしたんだ?」
未だ聞いたことのない様な感情的な声に動揺したようだ。
「何か、私が勝手にやった事なのに、ごめんなさい。今朝の事も本当にごめんなさい!」
混乱しているような、どこか焦っているようなそんな声。
これ以上は笑いが収まらなそうなので土下座でどうにか顔を伏せる。
「いや、俺が完全に悪かったんだ。葛原さんからの連絡に気づかないで朝からこんな騒動に巻き込んだ俺が悪かったんだ、すまなかった」
「と、言った感じのシーンが先輩の本棚になった作品にあったのでちょっと再現しました」
そう言ってエプロンのポケットから一冊の文庫本がある。
「へっ?」
…どうやら迫真の演技は通用したらしい。
いや、わざとらしさ満載でしょ?
「……ちょっと待って」
「はい、構いません」
「まず一つ。その本、どうした」
「取り込んだ洗濯物をしまう際にちょっと拝借しました」
家事全般を私がやっているのだ、洗濯ものをクローゼットに仕舞うときにちょっと本棚に目がいって、とりあえず読んでおくかと言った感じに。
この先輩の引っ越してくるときにダンボール2箱本で埋め尽くすほどラノベが多く入っていた。
「で、読んだのか?」
「以前から少しずつ」
まぁ、アニメ化した作品があったり、昔サンプルで父が職場から持って来たものを少し読んだりしてたので知っている作品は少なくはなかった。
「次にさっきのアレ、なんだ」
「再現ですけど」
「いや、それは分かるがなんだその演技力の高さ!?」
「中学校3年間演劇部だったので」
ほんと、演劇部が終わってからTS病にかかったのは不幸中の幸いだった。
もしもTS病がバレてあーだこ-だ面倒なことになっていたら下手したら病んでいたかもしれない。
中学校はTS病に発症してから高校受験関係の時しか行かなかった。
それも皆が授業受けてる最中にひっそりと職員室でその書類とかを書くだけ。
当然、その時は親同伴だった。そうでなかったらやはり、メンタルボロボロになっていたに違いない。
「私からも一つ質問良いでしょうか」
「…はい」
「先輩は、年下の甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる髪の長い女性が好みなんですか?」
「うわぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
先輩は叫びつつ全力逃走で部屋へ逃げて行った。
いや、先輩の部屋に飾られていたのがどれも妹キャラとか後輩キャラがメインに映っている物が多く、極めつけはそのキャラを担当した声優さんのサインすら持っていると言ったところか。
あれ、自分の好みを周囲にバレるって結構な精神攻撃な気がしてきた。
いや、ちょっと待て、先ほどお、俺は
『年下の甲斐甲斐しく世話を焼いてくれる髪の長い女性が好みなんですか』と聞いた。
もしかして、俺先輩の守備範囲に入っているのか?
いや、それは無いか。
そんなに魅力的に映るような性格じゃないし。
…ようやく、ラブコメらしい展開が始まった気がする。
ここから展開は動く、はず。