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古の大火

一週間ほど投稿が遅れてしまいすみません。

改めて、週一投稿を目指します!

 

 二人が駆け足で現場に到着したときには、辺りはすでに霧に包まれていた。視界が極端に悪く、足元の地面ですら霞んで見えるほどである。


「どうしたことだ、これは」


 鬱蒼とした木々に覆われて、色のない牢獄に閉じ込められたような不安を感じつつ、光一たちは盗人たちが待ち構えていると思しき地点までやってきた。しかし、その場には物音ひとつ存在しなかった。それどころか人の気配も感じられず、十名近くの盗賊が辺りに潜んでいるとは光一には思えなかった。


 しかし、エリーゼは警戒を続けたまま口を開いた。


「やつら、ここに居るわ。姿は見当たらないけれど、ダロガンス家の探知魔法によるとこの場所によそ者の気配が漂っている。どんなに呼吸を押し殺しても高位の魔法からは逃れられないわ」


 しかしエリーゼには不可解なことがあった。魔法によるセンサーは男たちがこの場所にいることを示していたが、彼女の耳には男たちの息遣いひとつ聞こえない。まったくの静寂の中で二人の存在だけが妙に浮いていた。


「簡単なことよ。焼き払えばいい。このあたり一帯をすべてね」


 光一が止める間もなくエリーゼは早口で何事か唱えると、二人の周囲で火の手が上がった。最初はランプの明かりくらいだった火は、徐々にその規模を増していき、あっという間にあたり一面は火の海になった。


「これ、どうするのさ! 放っておいたら山火事になっちゃうんじゃない?」


 光一があわてた素振りで問いを投げたが、一方でエリーゼは落ち着き払った表情をしていた。何も案ずることはないというように光一の肩に手をかける。


「この炎は森の木には何の影響も及ぼさないわ。ただの炎じゃないのよ」


「でも、さっき『焼き払えばいい』って聞こえたんだけど」


「それは空耳よ」


 みるみるうちに広がっていく炎は、あたりに生えている高木に接してもその樹皮を焦がすことさえしなかった。その場にあってその場にない、まるで映画館に行っても映画に出演している俳優と会話ができないことと同じくらい当たり前であった。


 光一はふと気になってエリーゼに訊いてみた。


「そういえば、この炎ってどういう仕組みになっているの?」


「炎熱系統の現象操作魔法よ。もっとも、この魔法はダロガンスの血統にしか使えないけどね。分類上はそうなっているということよ」


 光一の耳に聞きなれない単語がたくさん入ってきた。炎熱系統、現象操作? この国でいう魔法というのは呪術的なものではなくて、体系化され秩序化されたものであるというのか。


「詳しく教えてくれないか。君のことについて、もっと知りたい」


 当初エリーゼは光一の言葉をそのままの意味に受け取って当惑したが、その真意が掴めると、猫のような眼を細めた。


「今の段階では、あまり多くのことを教えてあげることはできないわ。あなたが私のお客様なのかどうかはまだ決まっていないから。でも、どうしてもというのなら――そうね、この依頼を無事にやり遂げたら、考えてあげても構わないわ。いいえ、約束しましょう。あなたがダロガンス家の保管していた重要な文書の奪還に成功した暁には、あなたの知りたいことをなんでも教えてあげる。この国の魔法体系の話から、私自身のプライベートな話までね」


 挑戦するような目つきでこちらをじっと見ているエリーゼに対して、光一は俄然、やる気が湧き上がるのを感じた。絶対にやり遂げて見せる。そして、自分がこの国に来た目的を果たす。そのためにはどのような困難であっても乗り越えることができるような気がした。


「僕は必ず奴らを見つけ出すよ。そのために、まずは情報をくれないかな」


「必要な分だけならかまわないわ」


「じゃあ、さっそく訊くけれど、奴らの足跡をたどった魔法は、奴らの何を目印にして機能していたのかな? つまり、サーモグラフィーが温度を感知するように、魔法であいつらの体温を探ったりしていたのかってことだけど」


 エリーゼは首を振る。


「いいえ、温度ではないわ。私の魔法が探っていたのは、温度ではなくて魔法の痕跡よ。魔法を使用したあとには、目には見えないけれど必ず身体から魔力使用を表す素体が発生する。これをたどるのが追跡魔法の基本ね。大抵の魔法使いはこの痕跡を覆い隠してしまう手段を用意するのだけれど、ダロガンス家の探知魔法にはそんなごまかしは効かないわ。頑張っても探索にかかる時間を引き延ばすのがやっとってところじゃないかしら」


 光一は顎に手を当てて考える。エリーゼの云っていることは、探知魔法は賊の臭いのようなものを追っていて、その情報をもとに相手の位置を割り出しているということだ。また、賊は臭いを隠すことも可能という。もっとも、探知魔法にはひっかかるらしいのだが。


 ひとつ気にかかる点があったので光一はエリーゼに尋ねた。


「さっき臭いを隠すことができるって聞いたけれど、逆に臭いをわざと発生させることってできるのかい?」


「ええ、できますとも。そんなことをする人はいないでしょうけどね」


 光一の頭に天啓がひらめいた。それと同時に、二人が現在、危機的な状況に陥っていることも認識できた。


 光一は平静を装って言葉を発した。


「落ち着いて聞いてほしい。僕の考えが正しければ、敵はすぐ近くに潜んでいる。だから君には武装を解かずにいることをお願いしたい。ありがとう。じゃあ話すよ……」


 光一はあたりを一瞥して、何の異常も見受けられないことを確認してから再び話し始めた。


「君の魔法には欠陥があるかもしれないんだ。まあ、そう怒らずに聞いてくれよ。それで、相手の臭いをたどる魔法は、その臭いが意図的に出されたものかどうかは判別できないんだ。つまり、敵がここまで逃げてきた道中に、どのような方法を使ったのかはともかく、臭いをまき散らしてきたとする。そしてこの場所で臭いを隠したのだとしたら、探知魔法は道中の臭いの方に強く反応してしまう、ということが起こりうるかもしれないんだ」


 エリーゼははっとした。長いまつげに縁どられた大きな目には、驚愕の色が浮かんでいる。


「じゃあ、奴らは……」


「そう、今、この場所にいるのかもしれない。僕の仮説が当たっていればの話だけどね。でも、すぐに答え合わせはできるように思う。だって」


 光一は懐からナイフを取り出して構える。


「僕が賊だったとしたら、もうそろそろしびれを切らして飛び出してしまうだろうから」


 光一の言葉を待ち構えていたように、頭上から複数の人影が飛び降りてくる。その数は光一の目測で十一人いた。


「ふっ!」


 頭上に振り下ろされる巨大なアックスの一撃を、光一はナイフ一本で受け流した。


「よう、また会ったな」


 にやりと不気味な笑いを見せるその大男は、先ほど屋敷で光一を気絶させたセザール・クールセルであった。肩口から覗く盛り上がった筋肉に力を込めて斧をふるうその姿は、まさしく暴れ牛のようであった。


「うおおお!」


 暴風のような斬撃を一身に受け、光一は体が痺れてくるのを感じていた。


「光一、援護するわ!」


 自身も複数の敵を一手に相手取りながら、エリーゼはタイミングを見計らって火球をセザールに向けて放つ。しかしセザールはその動きを読んでいたかのように身をかわすと、今度はエリーゼの上半身を狙って斧を投げつけた。


 次は光一がフォローする番であった。体勢を崩したエリーゼをバックアップするために地を駆けて一歩で彼女のもとにたどり着くと、ナイフで巨大な斧を受け流そうとして――失敗した。ナイフが嫌な音を立てて折れたのだ。そのため光一は逸らしきれなかった投げ斧を右肩で受けることになった。


「ぐっ!」


 痛みに一瞬息が詰まりそうになる。それでも、その場で動きを止めることはすなわち死を意味するため、光一は無理に身体を動かして続く第二撃を手刀で撃ち落とした。


「ほう、おもしろい。貴様、東洋の武術を使うのか」


 セザールは、新しく買ってもらったおもちゃを加減を知らずに扱って壊してしまう無邪気な子どものような残忍さで、光一の姿をじろりと眺め渡した。


「いや、でもさすがに武器は持った方がいいよね。常識的に考えてさ」


 光一はその隙に、腿のあたりに隠してあった二本目のナイフを取り出す。このように体中に武器を隠し持ってはいるものの、その数にも限りがあることは否定できない。ナイフは今のが最後であり、残りは手榴弾や目くらましの閃光弾がいくらかといったところであった。


「光一」


 エリーゼがぼそりと光一の名を呼ぶ。


「なに」


「今から私は上級魔法の支度を始めるわ。そのためにいくらか時間を稼ぎなさい。人数の上での劣勢を覆すにはそれしかないわ」


「了解した」


 光一は改めて、ナイフをセザールに向けて構える。その瞳には絶対に守り抜くという死守の意思が表れていた。


「その貧弱な武装でどこまでこいつをしのげるか、試してみるか?」


 セザールはどこから取り出してきたのかと問わずにはいられない程たくさんの斧を構え、数本ずつ光一たちの方へ投げつけてきた。


 剛腕から繰り出される投げ斧は尋常ならざるスピードで光一とエリーゼを襲った。光一はナイフに力を込め、可能な限り撃ち落とそうとしたが、それも長く持つものではない。一本を撃ち落とすごとに腕のしびれはひどくなり、いかに鍛えられた光一の肉体といえど、自由が効かなくなり始めていた。


「光一、もう少しだけ待ちなさい。あと少し……」


 エリーゼは光一の後ろで呪文を唱えながら複雑に腕と指を動かし、特大の魔法を行使する準備をしているところだった。魔法はその規模が大きくなるにつれて使用者への負担が大きくなる。これからエリーゼが行使しようとする魔法は広範囲に影響を及ぼす領域魔法のため、彼女の体にかかる負荷は通常の比ではなかった。 


「そろそろしまいにするか、東光一!」


 巨漢は尽きることのない投擲の勢いをますます強め、その手の動きはもはや肉眼では捉えられない程に加速していた。


 一方で光一はすでにほとんど腕の感覚がなくなっていた。痛みを通り越した無痛の世界。もしこの場を生き伸びたとしても、これは長い休養が必要だな、などと現実逃避したくなるほどの絶望的な状況だった。

 先ほど、エリーゼのためにこの場を死守すると誓ったが、いよいよ約束が果たせないのではないかという危惧が現実味を帯びてきていた。


「ごめん……エリー」


「何を謝っているのかしら、光一。あなたはよくやったわ」


 場にそぐわない穏やかな声を聴いて、自分の耳を疑った光一は思わず後ろを振り返った。


「顕現せよ、我が一族の守り神。ウルカーヌスの火柱よ!」

 

 そこに立っているのはエリーゼであったが、同時に彼女とは別の何者かであった。


 エリーゼの身体は眩いばかりの光に包まれ、背中からは――信じがたいことだが――羽が生えていた。炎によって形作られているとしか思えないそれは陽炎のようにゆらめき、エリーゼの姿を天女のように演出していた。


「よくぞここまで持ちこたえたわね、光一。あなたへの試練はこれですべて終わりよ。あとはすべて、私にまかせなさい」


 エリーゼは姿だけでなく声まで普段と変わっているようで、その場にいるのにどこか遠くから響いてくるような、不思議な音色であった。


 それから間もなくして、辺りは古代神の劫火に飲み込まれた。

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