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尋問

 

 周りで話し声がする。しかしそれらの声はどれも不鮮明で、まるで習いたての外国語のように、単語の意味はわかっても話している内容が理解できない。

 

 そうはいったものの、監視、処分、解剖――。そんな物騒な言葉が耳に入ってきた当たりで、半分眠ったままの状態の光一はいよいよ起きなくてはならないと直感した。


 意識が急激に覚醒する。勢いそのままで目を開くと光一の目の前にはエリーゼの姿があった。

 

「お目覚めになって? 気分はいかがかしら……いいえ、お答えにならなくて結構よ。その恰好では口を動かすこともままならないでしょうから」


 彼女に言われたように、光一は自分が言葉を発することができなくなったことに気付いた。口の周りに異物感を感じる。どうやら猿轡をはめられているらしい。


 それを外すために手を動かそうとしたところ、動かない。光一が下を向くと、太くて目の粗い縄が腰のあたりに巻きついているのが目に入った。光一は椅子に座らされていたが、縄は腕もろとも光一の身体を拘束して椅子の背もたれに固定していた。かなりきつく結ばれているらしく、少しでも動くと腹の柔らかい部分に縄が食い込んだ。


「その布は後で外してあげるわ。でも、今はまず先にあなたの意思を確認させてほしいの」


 エリーゼは右手に持っているサーベルを光一の喉元に突きつけた。


「あなたは私の敵? それとも味方? ここではっきりさせる必要があるわ」


 エリーゼはここで言葉を切って光一の目の中を覗き込んだ。

 彼女の目には暗い光が灯っていた。

 

 敵対の意思がないということを示すために光一はとりあえず首を振ってみる。しかしエリーゼはサーベルを持った手をおろさない。その表情は、ここ数日間で徐々に彼女と打ち解けてきたように感じていた光一を失望させるものだった。


「お嬢様。僭越ながら申し上げさせていただけますと」


 エリーゼの後ろから声が聞こえた。

 どうやら部屋の後方に控えていたマリナが口を開いたようだった。


「東様に話をさせてはいかがでしょうか。このままではその方の考えが伝わってきません。まずは猿轡を外してからお嬢様の御質問に答えて頂けばよろしいのではありませんか?」


「それもそうね」


 エリーゼはあっさりと頷くとサーベルを持った手をおろして光一から目線を外して後ろを振り向いた。マリナはいつの間に着替えたのだろうか、ビジネスライクなスーツに身を包んで部屋の片隅に佇んでいた。

 

 とりあえず身の危険が去ったことで光一には周りを見る余裕ができた。どうやら自分は地下牢のようなところに監禁されてるらしい。薄暗い室内には天井からつるされた小さなランプの光が弱々しく輝くのみで、そのほかには一切の家具等が置かれていないため、どこかうすら寒さを感じさせるのであった。

 

「マリナ、お願いしていいかしら」


 エリーゼの命令に従いマリナは光一に近づいて口から猿轡を外した。久々に口から吸う空気は僅かに心地よく、また光一はようやく口をきけるようになった。


「説明してくれないか、エリーゼ。どうして僕はこんな目に遭っている? 僕が何をしたっていうんだ」


「質問したのはこちらよ、光一。同じ質問を繰り返させないでちょうだい。あなたは私の敵なの、味方なの?」

 

「もちろん味方さ。そもそも僕には君の敵にまわる理由がない」


 しかし、その言葉を聞いてもエリーゼは納得しなかった。服の中からペンダントを取り出すと、それを光一の目の前にぶら下げて言った。


「じゃあ、これが何なのか説明してもらえるかしら」


 それは光一がこの国に来てからはいつも首から下げていたペンダントで、勾玉によく似た形状をしていた。光一は表情を変えなかったが、内心ではいくらか動揺していた。できるだけそのことを悟られないように、努めて平静に話した。


「ただの装身具さ。僕だっておしゃれのひとつぐらいはするよ。この国では見ないアクセサリだよね。僕の国の特産品なんだ。気に入ったのなら、今度本国からひとつ取り寄せて君にプレゼントするよ。僕が気を失っていた間、預かっていてくれたんだね。ありがとう」


 差し出した光一の手をエリーゼは引っ叩いた。


「安い言い訳ね。私が何も知らないと思っているのかしら。あなたが寝ている間に専門家を呼んでこのペンダントを調べさせてもらったわ。この国には鑑識魔法に優れた専門家がいるのよ。彼らの手にかかればどんなに古い宝物であってもその特質や来歴を明らかにすることができるの。特に私の家とつながりのある人たちは超一流よ。この国に山ほどいる鑑定家の中でも最高峰の実力をもつひとを呼んだの。けれど……」


 エリーゼは光一のペンダントを片手で弄んだ。様々な角度から眺めることでその石の秘密を見やぶろうとしているようであった。


「……けれども、その結果わかったことは驚くほど少なかった。この石には魔法の力が干渉した残滓がある。でも、それ以外のことは謎に包まれているのよ。フレデリック先生がお手上げだなんて、私が知る限り初めてのことだわ」


 光一はごくりと唾をのみ込んだ。想像はしていたものの、やはり驚きを隠せないでいた。彼ら魔法使いの中には、魔法を用いて物質の中身を知ることができる者もいるのか。それでは、この石の持つ力を知られてしまうのも時間の問題かもしれない。何とかしてこの状況を打開するすべはないか、光一は僅かな間に頭を無理やり働かせて考えた。


「外からの干渉がはたらかないように、妨害の魔法がかけられているのかしら。この考えが正しいのだとすれば、このペンダントにはとても強力な魔法が込められていることになる。なにせ鑑定家の魔法を拒絶するほどなのだから。でも、それも変な話よね。この国の外には魔法は存在しない。そんな強力な魔法の産物を、いったいどうして国外の人間が手に入れることができるのかしら。いいえ、不可能よ。となると、このペンダントは国内で作られたことになる。それが何者かの手によってこの国から持ち出されて、あなたの手に渡った。そういうことだと私は推測しているわ」


 光一は何も答えずに黙っていた。エリーゼはその様子に苛立ちを見せた。


「沈黙は肯定と受け取ってもかまわないかしら。そうするとあなたは私に嘘をついていたことになるわね。だって、あなたはさっきこう言ったわ。『僕の国の特産品なんだ』ってね」


 エリーゼは怒りをあらわにして光一を睨みつけた。まるで信頼していた友人に裏切られたかのように肩をふるわせている。彼女は絶対に恋人の浮気を許さないタイプに違いないと頭の片隅で思いながらも、光一は慎重に口を開いた。


「それは本当のことだよ。そのアクセサリは僕の国のある都市で盛んに生産されているもので、誕生日に僕の妹がプレゼントしてくれたんだ」


「へえ、あなた妹がいるのね。あなたの口からそのことを聞いたのは初めてよ。まあ、報告書を読んでいたからすでに知っていた情報だけれども」


 光一の言ったことは真実だった。エリーゼが握り締めているペンダントは、数年前に光一の妹が小学校の修学旅行先から買ってきた土産物で間違いない。


 しかし、光一はそれ以外のことは口にしなかった。そのペンダントが初めて光一の手に渡ってから数年後、留学生となった光一が身に付けているそれにはある処置が施されていた。ある意味では、エリーゼたちの住む魔法世界の秩序を根幹から揺るがすことになりかねないほどの異質な力を持ったそのペンダントの秘密。光一が故郷を発つ際に、絶対に明かしてはならないと固く口止めされたことである。


「あなたが嘘をついているかどうか私に知るすべはないわ。でも、あなたは誓えるのかしら。さっき私に向かって言ったことが、嘘ではないと私の目を見て言えるのかしら」


「恐れながら、お嬢様」


 先ほどから二人のやり取りを見守っていたマリナが声を上げた。エリーゼは糾弾の声をいったん引っ込めると、彼女のほうを向いた。


「どうしたの、マリナ。今はあまり邪魔しないでほしいのだけど」


「はい。では手短に申し上げさせていただきますが、東様が真実を述べられているかどうかは、真理監察官のジャン=フランソワ氏をお呼びすれば容易に判明するのではないでしょうか」


 エリーゼは少しの間目を閉じていたが、再び目を開くと答えた。


「そんなことわかっているわ。けれど、私は自分の耳で、この人の口から発せられた言葉を聞いて真偽を見極めたいのよ。あなたはおかしいと思うかもしれない。でも私はなんとなく、この人のいうことを信じたいのよ。だって光一は誇り高きダロガンス家の客人なのだから。そのひとを疑うなんてことはしたくないに決まっているじゃない」


 彼女のさっぱりとした宣言を聞いてマリナは驚いた顔をしたが、やがて何事かを察したような顔をすると「承知いたしました」と言い、一礼して部屋の隅に引っ込んだ。


 光一の方はといえば、沈んだ気分になっていた。エリーゼは自分のいうことを信じたいと言っている。尋問を行うのにサーベルを持ち出したり光一を椅子に縛り付けたりと物騒な行動をとるが、その実とても高潔な性格をした少女なのだ。

 それなのに、自分はこれから彼女を裏切るようなことをしなくてはならない。彼女の信頼に唾を吐きかけるような罪悪感を覚え、光一は暗澹たる思いであった。


「じゃあ光一に訊くわ。これが最後の質問だから、誠実さをもって答えてちょうだい」


 彼女の目は真剣だった。その目には光一への信頼と、自分の目に狂いはないのだという絶対的な自信が表れていた。


「マリナとの模擬戦で最後に見せたアレは何だったの? どうして魔法をもたないはずのあなたが、魔法を――それも彼女の上級魔法を打ち破ることができたの?」


 光一は心の中でエリーゼに詫びながら答えた。


「それは――」


 しかし、光一の言葉が意味を成す前に大きな振動が部屋を襲った。

 唐突な地鳴りにエリーゼは体勢を崩して地面に尻餅をつき、光一は縛りつけられていた椅子ごと頭からダイブした。顔面が固い石を敷きしめたと思しき床に激突する寸前のその刹那に、光一は後悔した。


やはり、嘘なんてつこうとするから罰が当たったのだと。


 




今回、ちょっと空白の使い方を変えてみました。見づらい、前の方がよかった等のご意見があれば感想欄にお願いします。

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