表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
僕はオタクでない  作者: 三坂結城
3/4

俺とオタクと二次元道

「来たあぁぁぁぁ―――! ショタラブセレクションの愛輝くんのフィギュア! これ予約無しだと中々見つからないよ!」

「予約してなかったの?」

「うん、色んなフィギュア見ていたら忘れていたの………あたしとしたことが本当に迂闊だったわ」

「そうなんだ。でも私は小さい男の子のフィギュアは興味が無いな。私はこっちの幼女コーナーに置かれているフィギュアに興味あり」 

現在俺達が立っている秋葉原店にはフィギュアだけでなくアニメ限定カードやゲーム、ライトノベル、漫画、グッズと様々なものが置かれている。しかし、最新のものは置かれていない。最新の物や特典がつくものは大体アニメイト、とらのあな、と言った有名店である。

 その秋葉原店のフィギュアコーナーでぴょんぴょんと飛び跳ねて喜ぶ仔那珂。そしてその近くの幼女コーナーで仕切られているフィギュアを眺める御月。

 それは無邪気で可愛い笑顔だった。

「愛輝くんのフィギュア高いけど………あたしのモチベーション上げる為には仕方ない出費かな?」

「ああ、この幼女戦士フィギュア完成度低い………絵師さんの足引っ張りすぎ!」

 無邪気且つ純真無垢でフィギュアを眺める二人。

 別にそれは良い。趣味なのだから。

 ただ、

 一つ聞いていいか?

「何で俺もここにいるの?」

 ぽかーんと立っている俺。その問いに二人はフィギュアを眺めたまま答える。

「和磨に荷物持ちをさせる為」

「和磨君にオタクの素晴らしさを知って貰う為」

「はあ?」

 訳が分らない。

 俺がオタクに理解を示すはずないだろう。前のプールの帰りに思い知らされたよ。その後の悪友二人との状況は、メールで何度も説明したけどまだあの二人はロリコンと俺を罵って怒っている。夏休み中にはどうにかして誤解を解きたいものだ。

仔那珂に『買い物に一緒に行こう』との電話の着信音で起こされたと思ったら、まさかこんなことに巻き込まれるなんて。服屋で服の買い物を持たされるならまだいい。だけどこの場所で待たされるのは酷だ。仔那珂のメールに『勿論、勿論、勿論』とテンションマックスで送り返した純情がバカみたいだ。

店内の時計は十二時二十五分を差している。そして今日の日付は八月十三日。

「ああ、これも買おうかな……」

「可愛いな、幼女戦士のリフリーちゃん。買おうかな~? でもミルクちゃんのバージョン変化後も欲しい………」

 二人は時間を気にせず、次々と標的を変える。

「………………あの、そろそろ昼食にしませんか?」

 現在我が腕は二つの買い物袋でいっぱいになっている。その買い物袋は黒くて中身が見えないようにしているのだろうが、アニメグッズが飛び出しているのでカモフラージュを成さない。

「う~ん、もう腹減ったの、和磨?」

「うん、うん、うん、腹が減って死にそうだ」

 正直腹など減っていない。でもバッグ持ちで疲れた腕を休ませるには良い休憩時間だ。

「うん、あたしは賛成。御月はどう?」

「私も構いません」

 二人がそう言ったので俺は安心して腕の力が抜ける。

 そして、

持っていた袋が店の絨毯に強く打ちつけられる。

「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――! ムキショタ3・5の番外編ゲームが入っているのに!」

「きゃあぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――――――――――! 幼女戦士のミルクちゃんのミルク装備のフィギュアが入っているのにぃ!」

 二人は俺に怒りを向ける前に、打ちつけられた買い物袋に駆け寄る。幸い二人の心配する物は傷一つついていなかった。

「ああ、良かった。傷一つついてない」

 しかし、打ちつけたのは事実。変わることのない過ちである。

「和磨…………」「和磨君…………」

 二人は怒りの視線を俺に向ける。そりゃあ当然である。

「二人とも結果オーライだ」

 引きつった笑顔を二人に送る。

 すると仔那珂は一学生に厳しい言葉を俺に送った。

「和磨、飯代あんた持ちね」

「え!?」

「え、でも仔那珂さん……それはちょっと和馬君が………それに今日は……」

 今日? 今日がどうかしたのかな?

「(御月!)」

「(ああ、ごめん。仔那珂さん。つい……)」

その言葉を聞き、仔那珂は御月に耳打ちをする。何を話しているんだろうか?

「大丈夫、大丈夫。和磨は太っ腹だから」

「そうなんでしょうか?」

 二人はあろうことか飯代を俺に奢らせようとしている。

 そんなのは嫌だ。と口には出せない。仔那珂のあの怖い笑顔を見た瞬間に。

 だから俺はいつも通りヘたれを継続するだけ。

「俺に任せなさい」

 その時の俺の笑顔がぎこちなかったのは言うまでもない。


 昼食を取る為に訪れた場所はメイド喫茶ラブ☆メイ。ここは人も来ない隠れスポットなので安心して昼食を取れる。しかし、値段が高いことに付け加えて雰囲気に馴染めない。ここは本当に適当な場所だったのか?

 馴染めない理由は勿論この環境。

 玄関先で掛かるメイドさんからの挨拶。

『『『お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢様ニャ』』』

「ただいま~」

 御月は元気よくただいまの挨拶をする。すると幼顔で黒髪ポニーテールのメイドさんが景気よく御月に話し掛ける。胸には研修中と書かれたバッチが付いてある。

そう言えば御月はここのバイトだったな。

「あれ? 御月さん何で? ああ、今回はシフト関係なしに遊びに来ているんですか?」

「うん」

「そうなんですか? ははは、なら分かりました。御月お嬢様」

「あはは、固いよ。唯」

「ははは、当たり前ですよ。仕事中ですから。それに先輩ですし」

 仕事か…………俺は別に構わないけど他の客は聞きたくない単語だろうな。

「ああ、そう言えば御月お嬢様、今日はにゃんデイなので語尾に『にゃん』が付くようになっているんですよ」

「いいなぁ。ああ、私も今日シフト入れておきたかったなー」

「はい、今日は楽しいですよ」

 彼女は笑わず口にした。本当に楽しいと思っているのだろうか?

「にゃんデイ?」

 空気を読んで二人の会話に入らないと決めていた俺は思わず聞いてしまう。俗にいう俺はKYなのだろうか?

「にゃんデイは語尾に『にゃん』を付ける日なの。他にもたくさんあるんだよ。ツンデレデイはツンデレになって主人の注文も素気なく聞くの」

「素気なく? ご主人様なのに!?」

「うん、メニューも渡すんじゃなくて投げるよ」

「はあ!?」

 予想がつかない。メニューを投げる? 最悪の対応じゃねえか! そんなことでよく店が潰れないな。クレームが来てもおかしくないぞ。

「でもそれがサービスだよ」

「サービス!?」

 それがサービスってことは…………客はドMなの? 

「で、ご主人様が帰ろうとしたときはデレながら呼び止めるの『また来てよ。ご主人様』みたいなことを言ってね」

「何その変わり身!? 完全に魔性の女だな!」

 つい大きな声を出してしまう俺。

 突き放しておいてからの引きとめ!? ……オタクの方の興奮ポイントが俺には分かりません。いや、本当にどうかしていると思う。

「他には何かあるのか?」

「う~んとね、毎月二十一日に兄ちゃんの日があるかな」

「兄ちゃんの日?」

 何だ、それは? 兄弟構成を聞いて兄の人には何か特典があるとかそんなところか?

「うん、兄ちゃんの日にはお客さんに『お兄ちゃん』って優しい声で掛けるの。でも呼び方のオーダーはご主人様次第だからお兄ちゃんの他にも『兄貴』『お兄さん』『兄様』『兄タン』といった具合にたくさん呼び名が変わってくるんだ」

「…………兄タンは無いだろう」

 オタクの皆さんの気持ちを無視して発言するのなら俺は言いたい。お前ら何で兄貴呼ばわりされてんの? ここにいるメイドさんは妹でもないし義妹ですらないだろ。

「逆に姉ちゃんの日もあるよ。私達が姉役をするの」

「姉か………」

 実際に姉がいる俺は、ここのメイド喫茶で姉の日に行ったらどんな気持ちになるんだろ

うか? 複雑だろうな。他の女の人に名前を呼ばれる…………一度行ってみたいかも……っていかんいかん。これだと完全にオタク思考だ。

「らぶ☆メイは比較的姉属性の方が多いかな?」

「そうなのか……」

 いらない情報を耳に入れ苦笑する。

「他には…………」

 御月は楽しそうに続けて語ろうとする。聞いていたら永遠に続きそうので俺は御月の話を強制的に終らした。

 まだ店の玄関だから長話は敬遠すべきだろう。

「ああ、もう言わなくていい。というか言うな。その話だけで日が暮れそうだ」

「むう、これからが面白いメイド喫茶の情報だったのに………」

 御月はつまらなさそうな表情で拗ねる。

 ………俺から聞いておいてこの言い草はあんまりか。

「御月、とにかくありがとう。色々知れた。言わなくていいって言ったのは御月の説明で十分知れたということだ。勘違いするなよ」

「それなら嬉しい」

 言い方を変えたら御月は満足そうに笑顔を見せてくれた。やっぱり御月は一番笑顔が似合っているな。まるで向日葵のような笑顔だな。

「話は終わりましたか? ご主人様、お嬢様。よろしければ席へご案内します」

 黒髪ポニーテールの女が俺に聞く。

 しかし、俺は何故かこいつの言動に納得がいかない。俺は頷くことも返事をすることもなく頭をかいていた。

「和磨、どうしたの? 案内してもらわないの?」

「ああ……ちょっと待って」

 子那珂に言われ、俺は右手を前に出し、待っての合図を出す。

 もう少しでこのもやもやが判明しそうなんだ。そして俺の謎は思ったより早く解けた。ある会話によって。

『お帰りなさいませ、ご主人様ニャ』

『ただいま~』

 入ってくる一人の客。青いリュックを背負い黒の眼鏡を掛けている。そして服にはワンポイントのアニメキャラの絵が描かれていた。

 ………この人完全に常連さんだろう。ただいまっていうかここに来る気満々だったよね? 

『ふふふ、そのにゃん口調可愛いでござる』

『本当ですかにゃ? ご主人様』

『当たり前だろ。僕チンは君のご主人様なんだから』

 青いリュックの男はでへへと気味悪く笑う。

 …………ござる? 僕チン? それにこの人何で上から目線なの?

『ではご主人様、席へご案内するニャ』

『ふふふ、頼むよ』

「…………………………………」

 メイド喫茶の常連さんは皆こんな感じなのか?

 俺が別世界の人を見る目で見ていると、黒髪ポニーテールのメイドさんが困った顔で話しかける。

「あの、そろそろご案内しても………?」

 このメイドの口調を聞き俺は謎が解ける。

「あのさ、今日はにゃんデイなんだろう? 他のメイドさん見ていて分かったけどさ、お前語尾のにゃんを忘れてるぞ」

「あ……にゃん」

 猫耳をつけた黒髪ポニーの女は、口に手を当てしまったという表情をする。そして更にボロが出てしまう。

「ああ、私ここのメイド喫茶のバイト始めたのがつい最近だったからなあ。実際はこのバイト好きじゃないけど時給が高かったから選んでしまったんだよね。キャラ作りとか本当大変だし………アニメとかよく分からないよ。それに客もリクエストが多くて困るんだよね。メイドさんが本当にご主人様を愛しているかって言われたら、な訳ないし……ここ辞めようかな……でも時給が高いんだよね………」

「「「…………………………………」」」

 ペラペラと禁句を喋りだす黒髪ポニーテールの女の子。そんなメイドさんに話し掛けられない三人がいた。

 これ………絶対心の声だよな。

「おい、お前心の声漏れているぞ」

「ふぇっ……にゃ……ん」

 黒髪ポニーは泣きそうな顔をしている。どうやら心の声で合っているようだ。

「あ、あの…………」

 黒髪ポニーは更に泣きそうな顔になる。

 ああ、女の子のこういう表情俺慣れていないんだよ。

「別に俺の前では言い繕わなくて良いよ。俺オタクじゃないから。ここに来て言うセリフじゃないけどさ。俺昼食食べる為に寄っただけだからさ」

「………そうですか」

「ああ」

 メイドさん目当てで来ていないと知って、安堵の溜息をつく黒髪ポニーの子。

 気持ちは分らないでもない。大体の客がメイドさん目当て。あんな言葉を言った瞬間クビにさせられること間違いないな。

 しかし、仕事は仕事。当然先輩に怒られるのは必至である。

 小さな声で怒る先輩の御月。目には怒りの火がメラメラと燃えている。

「唯! 私達以外の場所であんなボロ出したら即クビだよ! 分かっている? 次からはあんなミス許されないからね!」

「はい……」

 新人のバイトの子は深く頭を下げる。

「御月………その辺にしとけよ」

 しかし、メイド喫茶のことにはキャラが変わる御月。

「和磨君、これはうちの問題なの! 唯、頭を下げたら良いってものじゃないの! 分かった?」

「はい……すみません、御月さん」

 そして三分ほど説教を終えた後、俺達は案内をしてもらった。

「こちらが席となっています……ニャ」

 怒られたこともあり、研修生はしょぼんと背中を丸めていた。彼女が犬だったら尻尾が垂れさがっているだろうな。

 店内を眺めると前みた時と同じ豪華なシック作りのメイド喫茶。

「こちらがメニューとなっています……ニャ」

「ああ、ありがとう」

 渡されたメニューを受け取る。一覧を見ると前と同じメニューに加え期間限定メニューとにゃんデイ特別メニューが書いていた。

 メニューを見て二人は笑顔で聞く。

「ねえ和磨、何万円まで頼んでいいの?」

「和磨君、何万円まで頼んでいいの?」

「え、はは、何だ、それ? 面白いな」

 同じようなことを言った二人の言葉に俺は苦笑する。

 …………何万円? 桁が違いますが………個人的には千円以内に収めて欲しいんだが。これは二人の渾身のギャグだよな? 結構面白いよ。

「俺の全財産は一万円にも満たない。好きなだけ頼んでもいいが頼んだ瞬間お前らは食い逃げの共犯者になるぞ」

 正確には八千八百九十五円だ。

「和磨君が私達を庇って一人だけ警察行きになる荒業はどうでしょうか?」

「和磨、グッジョブ!」

「グッジョブじゃねえ! 認めるか、んなこと!」

 全く、二人の発言が百パーセント冗談と言えないのが怖い。

「じゃあ私は期間限定の爽やか夏メイドとメイドリンク」

「あたしはこのにゃんデイ特別メニューとメイドリンク」

 結局二人はジュースに加え期間限定とにゃんデイ特別メニューを頼んだ。これだけでも合わせて二千五百円以上もする。た、高い。

「俺はメイド水で…………」

 俺はメニューで一番安い220円のメイド水を頼んだ。しかし、高い。ただの水で220円はぼったくられた気分だ。

「はい、以上でよろしいでしょうか?」

「うん、もうそれで良いから早く持ってきてくれるかな?」

 これ以上仔那珂と御月に注文されたらたまったもんじゃない。だから早急にオーダーストップをお願いする。

「は、はい。分かりました」

 彼女は頭を下げて直ぐに厨房へと走って行った。その後姿を見て俺は小さく呟いた。

「語尾忘れているぞ」

 ははは、あの子はメイドに向いていないだろう。俺と同じでアニメも詳しく知らない非オタクなんだから。でも良かったな、俺達が客で。彼女が今日みたいに常連さんのオーダーを取っていたら「何だ、そのメイドは!」って怒鳴られるのは間違いない。

「御月、彼女はいつからバイトを始めているんだ?」

「えーと、今日で一週間かな? 六日間は厨房や裏側でサポートをして一週間目にして客前に出られるんだけど………ああ、じゃあ今日が初めて客に出る日だったみたい」

「大丈夫なのか、あの子?」

「分からない。らぶ☆メイは基本厳しいから解雇されることもあると思う。らぶ☆メイのバイト募集の規定ではアニメ、オタクの知識豊富の純正のオタクってあるんだ。さっきの話だとそれ破っているわね。あの子」

 赤の他人を心配していると、その張本人が三人の飲み物をおぼんに入れて持ってくる。今回はオーダーを取った人が持ってくるのか。

「お待たせいたしました。メイドリンク二つとメイド水です」

 親切に一つずつ置いたあと走ってまた厨房へと行く。俺が早く持ってこいと言ったのを真に受けすぎたようだ。

 そして彼女の頑張りにより二分後には頼んだものが全てテーブルの上に乗った。にゃんデイ特別メニューは猫の形をしたオムライス。そして期間限定メニューは普通の冷やし中華だった。

「ではごゆっくり………」

 彼女は頭を下げ、再び厨房へと向か――わない?

 黒髪ポニーの彼女はその場で立ち止まったまま下唇を噛んでいる。

 そんな行動に俺は質問せずにはいられなかった。

「ど、どうした?」

「…………………」

 黒髪ポニーの女の子は黙ってもじもじと手をいじっている。何か言いたいことがあるのだろうか? 

 不思議に思っているとポニーの女は御月の前へと立つ。

「どうしたの、唯?」

「あの、私もうすぐバイトが終わるんですけど………」

「そうなの? もしかして忙しいから急なバイトで入れとか?」

「違います……そうじゃなく……あの、これから皆さんは秋葉原をまた回るんですか?」

「そうだよ!」

 元気よく確言する御月。

 ……やっぱりまだ秋葉原回るのか。そして俺は荷物持ちというのは確実か………。

「でしたら……私も連れて行ってください! どうしてもこのバイトを続けたいんです(時給が高いから!)」

 店中に響き渡るほど大きな声で訴える黒髪研修生。

「は?」「え?」「ん?」

 そして三人はその彼女の発言に呆気にとられる。

 急にどうしたと?

「え、と。唯、急にどうしたの?」

「私、オタク文化について何一つ知らないですし、知る為には色々勉強するべきとは思いますけど一人ではとても自信がなくて………だから先輩に」

 どうやら唯はこのバイトを続ける為にオタク文化を詳しく知りたいようだ。でもこの文化は勉強というか趣味というか………学問というのだろうか? オタク学? 

「う~ん、和磨君、仔那珂さんが良ければ」

「俺は別に構わない」

「あたしは反対どころか賛成ね。オタク文化に親しんでくれる人が増えるのは光栄」

 仔那珂は口調こそ上から目線だが嬉しさが隠せていない。

「うん、三人ともオッケーだから一緒に来てもいいよ。先輩として唯にたくさんオタクの知識を教えてあげる」

「わー、ありがとうございます!」

 無邪気に喜ぶ黒髪ポニーの女。

 アニメもキャラ作りも好きじゃないのにバイトは続けたいのか。

「……よっぽど時給が高いんだな」

「唯、それじゃあバイトが終わったらこの席に来てね。私達はそれまでここで待っているから」

「分りましたー、本当にありがとうございます」

「お礼は教えてもらった後に言ってね。唯」

「はい、分かりました。御月さん」

 彼女はそう言って厨房へ向かう。その途中で一度振り向き会釈をした。

「不器用なりに頑張っているな。あの子」

「確かに。でもあの子このバイトに向いていないんじゃないかな?」

 俺と仔那珂は冷静に黒髪ポニーを判断する。

「唯は頑張り屋ではあるんだけど、オタク知識が皆無に近いようね」

 メイドリンクを飲みながら話すメイドの先輩御月。

 御月のドリンクよりも格下のメイド水を飲みながら俺は気になることを聞く。

「そう言えば時給いくらなんだ、ここ?」

 興味本位、それがどれだけ軽い行いか思い知らされる俺。

「聞きたい?」

「……ああ、まあな」

 急に彼女の口ぶりが重くなったので俺はぞっとする。時給が禁句? そんなことは無いだろう。過半数の店は時給を公表している。

「教えてもいいけど。他言無用だよ。もし言ったら……――」

 彼女の偽りのない笑顔が逆に怖くなる。もしこれを聞いたら後戻りできない。人生行路を踏み外す。そんな影が差す。

 だから、超臆病者の俺は興味を捨てざるを得なかった。

「ごめんなさい、やっぱりいいです」

「あはは、それが良いと思うよ~」

 何故時給が守秘義務!? 犯罪の匂いがするのが気のせいであって欲しい。

御月の笑顔の表裏が激しそうで怖いな。家では包丁を研ぎながら『ふふふ』と歌っているかもしれない。いや、それはホラー映画よりも怖いぞ。オタクの世界ではギャップ萌とか聞くけどこのギャップは怖い。学校では清涼に溢れる彼女が家では発狂者…………想像できてしまう自分が怖い。

 正直言うとこの職場の時給が気になる。でも聞けない。聞いてしまったらどの選択肢を選んでも死亡フラグに転ぶような気がする。

 はあ、話の指針を変えよう。もうバイトの時給の話はしない。命は惜しいからな。

「そう言えばあの子……楽しそうにバイトしていなかったな」

 オタクを隠したがる俺。メイド喫茶で働いているのにアニメやオタクに関して無知の研修生。どちらも似たようなものだな。俺は平々凡々な日常を求める為家族がオタクなことを隠している。そして彼女は時給が高いことに目を付けて好きでもないメイド喫茶で働く。どちらもオタクに良い印象は持っていないな。

 そう言えば二人は何で二次元にはまったんだろう? 何か理由があるはずだけど。

「二人は何で二次元に興味を持ったんだ?」

 単純で悪意のない質問だったが、何故か俺は彼女達と目を合わす事が出来なかった。そんな俺は顔を少し右に逸らして聞いた。

 彼女達の表情は見えない。そして長い沈黙が続く。

 別に悪意のない質問をしたはずだ。でもこの沈黙は何だ? もしかして俺はまた空気の読めない質問をしたのか?

 KYの馬鹿だと自分を卑下し、下唇を噛んだと同時に仔那珂が口を開けた。

「あたしが最初に興味を持ったのは動画サイトのアニメ。元々あたしオタク嫌いだったからアニメにも興味ゼロだったの。でもある時、間違ってホームのおススメでアニメの欄を押してしまったの。その時に流れたのがショタアニメ。見る気は無かったんだけど、感動の話でついつい最後まで見てしまったの。それからよ。興味を持ったのは」

「動画サイト?」

 Yout○beやニ○ニコ動画の類か………。

 そして仔那珂の話が終わり、メイドリンクを程よく唇に染み込ませた御月は口を開く。

「私も仔那珂さんと同様オタクに興味無かった。その時の私は衣服や演劇に興味を持っていたの。でもファッション服を着て堂々と新宿を歩いたりは出来ない。だから私は秋葉原のメイド喫茶を選んだ。キャラに成り切ることが出来る上に好きな服も着られる。一石二鳥だったから。オタクに興味を持ったのはそれからかな?」

「二人とも家族や友達からは影響していないんだな」

 俺はオタクでないが、影響されるとしたらあの非凡な家族からだろう。特に姉のBL好きは酷い。大学生になっても昼夜逆転生活を送っている。大学生ではなく堕異学生であると俺は定義しておこう。

「ああそうか、和磨は家族全員がオタクなんだったわよね。でもそれはそれで楽しそうだけど」

 くすっ、と仔那珂が微笑する。しかし、そんな甘い状況下ではないんだ。うちの家は。朝から晩まで騒音で寝付けないんだから。

「俺もオタクならどれだけ楽だったか。二人の家族はオタクをどう思っているんだ?」

 そう言えば聞いていなかったな。メールも二人とは少なくないけど家族に触れたことはない。専らメールの内容はオタクの話。メールをする度に理解度が高まるのが最近の悩みだったりもする。

「う……」

 仔那珂は苦虫を噛み潰したような顔をする。

「…………ああ、はは」

 またKY質問をぶつけた俺は、頭をかきながら空気を重くしないようにわざとらしく笑う。しかし、あれだな。俺はKY決定だな。

 そしてその気まずさの中、御月は口を開ける。

「私の家はどうだろう? 私の家族ってふわふわしている人だから大丈夫かな。ああ、でも妹はオタクに対して毛嫌いしているかな」

 ははは、と御月は笑っていたが俺はどう言葉を返していいか分からず頭をかいた。

「……………………………………」

 仔那珂は相変わらず口を閉じたままばつが悪い。

『お帰りなさいませ、ご主人様ニャ』

『でへへ、可愛いコスでござるな~』

『そう言われると照れるニャ。ではご主人様、今からご案内させてもらうニャ』

 …………沈黙の中、店の入口で聞こえる客とメイドさんの会話。それが俺達の重い雰囲気に更に錘を乗せた。

 そして長い沈黙を破ったのは仔那珂だった。

「私の父と兄は議員を務めているんだ」

「「?」」

 首を傾げる俺。前置き無しに言われたその言葉を俺はどう捉えてよいか分からない。御月を一瞥したが同じく首を傾げていた。さっきの言葉から推理して分かるのは年の離れた兄がいるということぐらい。

 そして俺と御月の反応に気にせず続ける仔那珂。

「議員さんでお母さんがサポートをしているんだ。で、あることに賛成したの。あたしにとって最悪の賛成。そして兄と父にとっては私の趣味が最悪最低のもの」

「?」

 クエスチョンマークを俺は顔に何個も貼り付ける。

 さっきから仔那珂は何を伝えたいんだろう? 出来れば俺にも分かるように説明して欲しい。

「あ………仔那珂さん、もしかして秋葉原の……」

 黙って頷く仔那珂。顔は笑っていなかった。

「それは……どうしようもないね」

 解を聞き、御月は右手で右目を押さえ、憮然として溜息をついた。

「ちょっ……御月、自分だけ理解せずに俺にも分かるように説明してくれないか?」

「……仔那珂さん」

 無表情で頷く仔那珂。やはりいつもの上から目線な笑いを見せてくれない。

「一度しか言わないからしっかり聞いて和磨君」

 強く首を縦に振る。そして緊張のせいかごくりと何かを飲む音が耳に響く。

「最近東京で賛否両論の議会が勃発している。オタク廃止制度の。秋葉原は電化街として元々有名だった。だから元の萌文化が無い奇麗な街に戻すってね」

 ギリリと歯噛みする仔那珂と御月。

 ………心の中で「賛成意見が増えて奇麗な秋葉原に戻って欲しい」と思ってしまった意見を俺は心の奥深くに押し込んだ。

「私はオタクなので廃止制度に反対。けれど逆の意見が全て違うとは言い切れない。秋葉原では十八禁の物が点在している。そして十八歳以下の人が入っているのをよく見る。それだけで好ましくない。それに萌文化が増えてからニートが増えたのも否定出来ない。違う世界に逃げ込んで現実逃避しているだけかもしれない」

 その言葉の後に御月が付け加える。

「そして、オタク廃止制度の賛成者が仔那珂さんのお兄さんと父親って訳」

 仔那珂が下唇を強く噛む。そして眉間に皺を寄せて項垂れていた。

「ああ、………そういうことか」

 仔那珂自身はオタク。でもそれは議員でオタク廃止制度に賛成している父親と兄を裏切ることになる。もしオタクのことを訴えたのなら激怒では終わらないだろう。下手したら怪我を負うかもしれない。そういう狭間があったから彼女は自分の趣味を隠し通していたという訳か。

 御月は言おうと思えば家族に話す事が出来る。でも仔那珂は家族を含めて誰にも言えない。この差は確実に大きい。

 そしてその御月の言葉に仔那珂は熱くなり席を立つ。

「確かに御月の言うとおり不利益も多いよ。でも、それが無いと生きていけない人もいるの。あたしもその一人。だから廃止制度には許せない。あたし達にとって秋葉原の萌文化は支えになっているの。逆に萌文化が無いなら空虚な街よ」

 仔那珂は冷静になって席に座り、そして項垂れた。

 同情は出来ない。簡単な話。俺はオタクではないからだ。

 でも、彼女の寂寞は理解できた。俺は家族の中で唯一オタクでは無い人間。逆に彼女はオタク嫌いの家族の中で唯一オタクの人間。俺達は似ているようで完全に違う。磁極で言うところのNとS。

「仔那珂は誰にも言えなかったのか。友達だけでなく家族までも」

 言えないどころか議員の親と兄には否定される。それはどれだけ辛いことだろうか。

 そんな現状に俺は聞かずにはいられなかった。

「もしも萌文化廃止論が賛成多数で秋葉原から萌文化が消えてしまったらどうするんだ?」

「国が廃止と決めたらどうしようもないよ―――」

 項垂れたまま答える仔那珂。

「………………」

 俺は何を言っているんだ? 少し考えれば分かる答えだ。

 国レベルで政策が取られたら誰が何を反論しようが関係ない。そして萌文化を廃止しようと論は出ても逆を出す人はいないだろう。萌文化は終わればもう復活しない。だから今を継続しなければ勢いが消えてしまう。

 自分自身の問いに苛立ちを隠せないでいる俺。

 そんな俺を余所に仔那珂は話を続けた。

「―――萌文化を禁止してしまったら元の秋葉の姿が無くなる。それはもう分かっている。でもそんなの関係ない。あたしはアニメやショタフィギュアが死ぬほど好き。だからあたしは愛し続ける。例えそれが確かな形で無くなっても」

 仔那珂は自分のオタクに対する気持ちを全て出し切ったのか、胸を張り満足の笑みを見せた。

「うん、うん。私も気持ちは同じだよ。仔那珂さん」

 御月はパチパチと拍手をする。

『泣ける~、感動したです~!』

『萌萌! マジ感動レス。胸キュン来た』

『何これ、この演説神レベルきたを』

そしてそれを聞いた周りのお客さんもこちらを向いて盛大な拍手を仔那珂に送った。

「ああ、どうも。どうも」

 仔那珂は照れながら右手を頭の後ろに回し頭を皆に下げる。

「仔那珂……」

 大きく口を開けて感心する俺。

 これだけ熱意を向けられるのか………本当に凄いな。

 そんな状況の中、黒髪ポニーの女の子が俺達から適度な距離を保つ。メイド服からボーイッシュな服装に変わっている。どうやらバイトが終わったらしい。

そして彼女は指で輪を作って口をパクパクしている。

「……………?」

 何か伝えたいんだろうか? 金? 違うよな。流石に初対面の人に金をせびることはしないだろう。まあ金に目が無いのは事実だろうが。

『マジ神っす。オタク姫』

『いやー、感動したレス。本当久しぶりに激シビ』

『泣けてきた。秋葉天使だを』

「ども、ども」

 声援が続く店内。どうもオタクには仔那珂の名言にシビレたようである。

 黒髪ポニーは指で輪を作ることと交互に手を胸の前で交差している。

「もしかして……今行ってもいいですか? それともダメですかと伝えたいのか?」

 そして俺は息を漏らす。

「はあ、そんなの口で言えよ」

 手を上げて大きく輪を作る。つまりはオッケーという意味だ。

多分あいつはオタクという人種に慣れていないから場の空気が分らないのだろう。今行っていいのか、それとも今は行かない方がいいのか判別がつかないという具合か。

 そして俺が大きく輪を作ると、彼女は胸に手を当て大きく息を吐く。もしかしてこれだけで緊張していたのか? あいつは。

「――バイト終わりました」

 愛想笑いか緊張している笑いなのか分かりにくい笑顔を送る黒髪女。

「お疲れ、唯。ここに座って」

 御月が後輩を優しく向かいいれ椅子を引く。

「わざわざすいません、御月さん」

「大丈夫。先輩だからね」

 御月は照れ臭そうに胸を張った。

 ははは、相変わらず後輩には強いな。

 そして俺達も遅れてお疲れと口にする。

「「お疲れ」」

「いえいえ、わざわざそんな労いの言葉を貰わなくても」

 両手を胸の前で振り、謙遜する彼女。

「いやいや、頑張ったと思うよ」

 接客の出来は分からない。俺はオタクじゃないからメイドさんはこうあるべきとか分らないんだ。

「そう言えば自己紹介がまだだったな。お前のことは何て呼べばいいんだ?」

 俺の問いに黒髪ポニーはメイドスマイルを向ける。

「唯でお願いします」

 それから俺達は、軽く唯と自己紹介を済ませ雑談した後にこの店を出た。


 らぶ☆メイから移動して最初に来ていた店に着く俺達。その間に秋葉のロッカーを経由して来たので俺の腕にはあの重い荷物が無くなって楽である。

 更に楽という点を挙げるなら会計のこと。結局らぶ☆メイではメイド水だけの金額を払って俺は後にした。二人とも「「奢って貰うのは冗談、冗談」」とお金を支払ったのだ。本当は嬉しいはずなのだが何か俺は不甲斐無さを感じた。

「これは『ねんどろいど』って言う名のフィギュアなの」

「ねんどりいど?」

「ねんどろいど!! ちゃんと覚えないと制作会社に失礼!」

「はい、すみません。ねんどろおどですね」

「ねんどろいど!!」

「ああ、すみません(泣)」

 御月は早速オタク知識を後輩に埋め込もうと頑張っている。そして後輩の唯はメモ帳を手にして必死に言われたことを書いている。

「ねんどろうど……」

「ねんどろいど!!」

「ああ、すみません(泣)」

 記憶力と理解力には難ありだが頑張っている姿は眼で分かる。

 そんな二人とは逆側に俺は立っていた。そして仔那珂は膝を曲げて棚に置かれているショタフィギュアに夢中になっていた。

 改めて店内を見るとたくさんのオタクグッズで埋め尽くされている。フィギュア、アニメのDVD、ゲーム、漫画、小説、十八禁、コスプレ服、他にも多種揃っている。アニメイトやとらのあなの店と異なり中古のグッズが多いようだ。

「中古ね……」

 置いてあったショタ系フィギュアを手に取り俺は眺める。

フィギュアケースには中古と書かれている。他のフィギュアを見ると新品や未開封と書かれている物があるが、中古と大して変わらない。新品に近い中古である。

 しばらく眺めているとしゃがんでいる仔那珂が悪戯っぽく微笑む。

「どうしたの、和磨もショタに興味持ったの?」

「持ってない」

 そう言って俺は元あった場所にフィギュアを戻した。

「あんたが今持っていたショタフィギュは昔から愛されているキャラの将夢くん。本当に可愛いのよ。そのキャラ」

 確かに可愛い顔をしているな………心なしか光河に似ている気がする。

 それにしても本当に仔那珂はショタが好きだな。でもショタフィギュアは美少女フィギュアよりも少ないな。見る限りでは殆ど女の子のフィギュアだ。

「それに将夢くんはね―――」

 仔那珂のショタについての熱意でまた話が長くなりそうだ。

 そんな俺達を余所に萌知識を頑張って会得しようとする唯。

「唯、ねんどろいどについて質問ある?」

「はい、えーと……何でこれは小さいんですか?」

「可愛いからかな? でもこれより小さい物もあるのよ。ねんどろいどは全長十センチ前後でねんどろいどぷちは全長六センチ前後。やっぱり小さいフィギュアの方が可愛くて場所も取らなくて済むから好かれているの」

「ほうほう、参考になります」

 唯は頷きながらメモを取っていく。

「他に質問はある?」

「はい! あの、これは何で集める必要があるんですか?」

 ピキッ、と何か割れる音がする。御月はわなわなと体を揺さぶり、唯の肩を両手で掴む。

「ひゃっ……」

「唯、その質問は愚問よ。フィギュアは集めるだけで価値があるのよ。分かった?」

 御月は唯に顔の影が出来る距離まで顔を近づける。

「は………はい」

 引き攣った愛想笑いを見せる唯。

「くれぐれもご主人様にさっきの質問をぶつけては駄目よ。その瞬間間違いなくクレームが来るから」

「は………はい」

 そして唯は御月との長話によりなんとかねんどろいどの知識を会得した。

 同時刻、仔那珂のショタ話もピリオドをつけた。

「―――だから将夢くんは人気なのよ」

「はあ………(長い!)」

 長い、長い、長い、どれだけ熱意があるんだよ、お前は。

 俺が溜息をつこうとすると肩を軽く叩かれる。

「ん?」

逆側にいた御月と唯がこちら側に回ってきていた。

「仔那珂さん、和磨君、フィギュアの説明は終わったよ」

「ふう、頑張って覚えました」

 実際はフィギュアの中でもねんどろいどだけ、だろ………。

「で、次は何を教えるんだ?」

 アニメ? キャラクター? 小説? 漫画? まあいずれにしても俺は何一つ教えることは出来ない。何一つ知識を持っていないからな。

「コスプレ」

 ………ああ、意外だった。てっきりメイドさんだからコスプレはもう既にクリアしていると勘違いしていた。

 まあ、それも俺には関係ない。

「頑張れよ」

 他人事のように俺は口にする。所詮俺は蚊帳の外だよ。

 しかし、現実は違った。

 まさか蚊帳の中だとは思いもしていなかった。


「和磨君、仔那珂さん、一緒にコスプレしましょう!」


「は?」

 目を丸くして俺は三人をそれぞれ見る。

 御月は眼を細めている。そして唯は照れながらもコスプレに反対しない。そして仔那珂は「あたしも似合うかな」と眼を輝かしている。

「一つ聞かせてくれ? 何でアニメや漫画と言ったものを通り越してコスプレ? メイド喫茶でバイトしているからか?」

 コスプレをする人の大半は好きなキャラに真似てみようと考える。だが唯はアニメを見ないし漫画も読まないらしい。だったら普通はキャラを好きになる為にアニメや漫画を先に教えるはず………どう考えても順序が逆だろ。

「唯は覚えるのが遅い」

「ん、ああそうだな」

「だからまずは好きになって貰おうと思って。コスプレ服を着て秋葉原の楽しさを体で覚えて欲しい」

「それが理由か………」

 そもそもコスプレ服を着ただけで秋葉の楽しさが分かるのかと言いたかったが、敢えて口にはしない。

「うん」

「お前馬鹿か?」

「馬鹿じゃないよ」

「何で俺まで参加しなくちゃいけない? 嫌に決まっているだろ」

 別に御月と唯でコスプレをすれば解決する話じゃないか。別に俺までコスプレしなくても。

 と俺が口を尖らせて言うと仔那珂は屈託のない笑顔を見せる。

「皆でコスプレした方が楽しいじゃん。って言ってもあたしはコスプレしたことないんだけどね。でもコスプレしたいとは思っていた」

「和磨君、唯の為と思ってお願い」

 御月は手を合わしてお願いする。そして唯も野球部のように元気よく「お願いします」と頭を下げる。

 …………断れない雰囲気。でもこれを承諾したら非オタクと自信を持って公言出来ない。間違いなく。そして確実に街部や末代にバレたらオタク扱いされるだろうな。

 でも、まあ今回は唯の為。唯の為。

「分かった。今回だけだからな」

 その言葉が出た瞬間に三人の表情が和らいだ。

「わー、ありがとう。和磨君」

「ありがとうございます」

「和磨ならやってくれると思っていたわよ」

 三人が喜んでくれるならそれもアリかな。でもコスプレって何を着るんだろうか? 目も当てられない服装だけは嫌だな。それにコスプレって似合わない人はとことん似合わないんだよ。弟はコスプレが似合うけど姉と母は至って普通。………親父がアイドル服を着て歌っていた時は吐き気が止まらなかった。胸毛と生足を露出し踊っていたんだからな。そして一曲踊り終わる前にコスチュームがビリっと全壊。

「あれは無いわ………」

 今でも鮮明に覚えてしまっているあの醜いボディ。

 午後三時二十分、俺は親父の二の舞だけは踏まないと心中で誓った。


 五分程度歩き秋葉原のとある店に入った俺は、まず店の中に知り合いがいないかを確認する。もしいれば場所替えをすることは仔那珂と御月と取り決めている。

 店には知り合いの姿は無くぽつぽつと人影があるだけ。俺の学校にはオタクは多いけどコスプレイヤーは案外少ない。だからいつもよりは安心して店内を回れそうだ。

「「「ふう」」」

 唯を除く三人は安堵の息を漏らす。

 店内はコスプレ服が何列にも並んで掛けてある。可愛い服から『え?』と目も当てられない服が掛けてある。そして試着室も一列に長く並んでいる。

これは様々なバリエーションがあって面白そう………かもしれないな(俺除く)。

「早速皆着替えよう。二十五分後の四時までに自分が似合うと思うコスプレ服を選んで試着室に入って。そして皆が着替えたら一斉に試着室から出る。それと着替えるまでは皆に見せたら駄目だから。ネタばれは禁止行為。時間厳守だからよろしく」

「分かったー♪」「はい」「…………」

 メイドさん代表の御月が口にすると、俺達三人はそれぞれ固有の返事をしてコスプレ服を選ぶ為にばらけた。

「蓮見さん、さっき何で店内を見回していたんですか?」

 コスプレ選びが始まった瞬間、唯は横にいた俺に聞く。

「実は俺達隠れオタクで……いや、俺はオタクじゃないんだけど。まあ説明が面倒だからオタクでいいや。とにかく秋葉では知り合いには会いたくないんだ」

「そうなんですか?」

「そうなんですかって……唯はオタクと思われても平気なのか?」

 隠れオタクの逆にペラペラとオタクと公言する人もいる。唯は後者か……。

「はい、平気です。別に友達もいませんから気にしませんよ」

「へ!?」

 思わず裏声が出てしまう俺。

 友達がいない……………やっべ――――――――――――――、また地雷踏んだ。

 しかし俺の心配とは裏腹に、凛とした表情のままコスプレ服を見て回る唯。

「おい、ちょっと待てー! 何でそんなに平気な顔!? 今さっき友達がいないって言ったんだよな?」

「はい」

 唯は頷く。

寂しい表情は見せず、我慢しているようにも見えない。

 言葉が浮かばずに上を向く。

「蓮見さん、私別に寂しくありませんよ。今まで生まれて来て友達を欲しいと思ったことはありません。楽しい孤独ですよ♪」

 彼女は寂しがるどころか喜々して会話する。杞憂で終わったと考えるべきか俺の心配は無駄になった。

 …………………でも友達が欲しくないって言っているのに俺達と一緒に行動しているって………矛盾してないか?

「友達欲しくないんだよな?」

「はい」

 彼女は頷く。表情は堅くもなければ柔らかくもない。素の表情。

「じゃあさ、俺達と行動していいのか? これは友達じゃないのか?」

「違いますよ。蓮見さん、御月さん、十朱さんは先輩じゃないですか。先輩は大きな宝です。私よりも幾分人生が長いですし(それに奢ってもらえるし)」

 幾分って一年かそこらだろ。唯が何歳か知らないけど。

「それに友達を持っても徳はありませんよ。友が出来たら遊びで時間の浪費が目立ちます。逆に先輩方と一緒に活動していたら有意義に時間を使えると思っています」

「…………有意義ねぇ……唯、自己紹介の時に聞いてなかったけどお前何歳?」

「十六の高校二年生です」

 …………同年齢じゃねえか。

多分唯は御月が職場の先輩だから同級生と思えなかったのだろう。でも現実は同年齢。同じように高校二年生をエンジョイしている学生だ。

 これはどうすれば? 正直に教えてあげるべきか? 俺もお前と同じ年齢だって。そして君の先輩の御月も同年齢と。

「ふぅ……」

 ここはストレートに同年齢と言わずに一度柵を置こう。

「あのさ、御月は何歳に見える?」

 先輩と思っているぐらいだから十七か十八と答えそうだが………。

「二十歳かな? 御月さん大人っぽいけど年齢は若いと思います」

 二十歳を若いとするならば実際に見える顔年齢はもっと上。

「合っていますか?」

 ………………この質問をした俺が悪かったよ。

「俺達三人ともが十六って言ったら驚くか?」

「蓮見さん、つまらない冗談は止めてください」

 純粋な笑顔をする唯。その笑顔が俺の胸に鞭打つ。

「…………………………本当だ」

「…………フィクションでは?」

「ない」

「冗談では」

「ない」

「………嘘ぉ――……」

 彼女はおちょぼ口で嘘、嘘、と青ざめ三人を見る。

「まさか同じ高校二年生だったとは――……」

「失礼だぞ」

「そういう意味では無く大人っぽいからとても同年代には見えなかったんです」

 彼女は何度も俺達を見比べる。そして顎に手を置き悩んでいた。

 唯は幼顔。御月は大人っぽい雰囲気を醸し出している。確かに年齢の誤差はあるが四歳の差は酷いよな…………。

「で、どうするんだ?」

「はい?」

「俺達は同年齢だったんだろ。御月は職場の先輩だから良いとして俺達とはどういう関係になるんだ? 友達は作りたくないんだよな?」

 個人的には友達になりたいのだが、相手の気持ちを尊重する方が大事と俺は考える。

「そうですね。自分の考えを変える気はありませんが、今日だけお試し期間で友達を持ってみようと思います」

「そいつは良いことだな。案外お試し期間の友達が気にいるかもしれないぞ」

「逆ですね。友達がいらないことが分かると思います」

 友達不必要の気持ちは変わらない面持ちの唯。

 ははっ、相変わらずだな。

「お試し期間か…………」

「はい、そうです」

 顔を顰める俺。お試し期間と聞いて不愉快を感じずにはいられなかった。

「唯、お試し期間なら敬語は止めても良いんじゃないか?」

 友達に対して敬語を使うのは、他人行儀、敬遠と言ったように慣れ親しんでいない。

「そうですか………じゃあタメ口で話してみようと思います」

 彼女は難しく眉を顰め、咳払いをした。

「よう蓮見、しけた顔してんなぁ、ホントに」

「唯、それは違う。タメというより上から目線。それと男子キャラがもう一人増えたと勘違いされるからその口調は止めてくれ」

「これじゃダメですか…………」

 彼女はしょんぼりと肩を竦める。

 唯は唯なりに頑張っている。ただタメ口を使うのは慣れていないようだ。それも当然。今までこいつは友達を作ったことが皆無。どう接したら良いかも分かるはずがない。

「やっぱり私には敬語の方が楽です」

「そうだな」

 無理に急ぎ足にさせなくても良い。こいつにはこいつの一歩の速さがあり俺が決めることではない。だから好きにさせてやろう。

「じゃあそろそろコスプレ服を選ぶか。唯」

「そうですね。と言っても残り七分しかありませんけど。着替える時間も合わせればもっと短くなります」

「え!?」

 顔を青くして携帯電話を開く。待ち受けには三時五十三分と右上に表示されている。

 まさかこんなに時間が過ぎるのが速いとは…………。

「っていうか俺まだコスプレ服一着も見てない!」

 恥ずかしくなく、シンプルで格好いい服。それを探す為にはとても五分では間に合わない。

「私はもう決まりました! 決めたコスは五番の試着室に入れ、いつでも着替えられる準備をしています」

「いつのまに!?」

 俺とずっと話していたのにいつのまにコスプレ服を決めたんだ? もしや店に入って即着る服を決めたのか? いや、それは流石に………。

 しかし、どうしたものか……七分の間に決めた服を着ないと時間を破ったKYになってしまう。速攻で決めないと。

「出来ればだけど………コスプレ服探すのを手伝ってくれないか? もうお前は終わっているんだろう? 俺コスプレ初めてだからどんな服が良いか分からなくてさ」

「私も初めてですけど。メイド服以外では」

「女子の方がセンスはあるだろ」

 少し反則な気もするが、目も当てられない服を着るよりはずっとマシだろう。

「分かりました。選びます。というより私最初から蓮見さんに似合う服を目に付けていたんですよ。だから一応試着室に入れています。蓮見さんが着て御月さんや仔那珂さんが絶対に喜ぶ服をね」

「本当か!? 助かった」

 最初から目に付けていたということは、それなりに似合う服なのだろう。これは期待大だ。でも御月と仔那珂が喜ぶ服って何だろう? そんな服本当にあるのか?

「ただし――」

「ただし?」

 しかし、そんなに簡単に上手い話が進むわけがない。こんな話には条件が加わってくる。

「私が選んだ服には文句を言わないで下さい」

「それは勿論」

 俺は大きく首を縦に振る。

 選んでもらっておいて文句を言う人間は最低だ。俺は間違ってもそんなことはしない。

「そしてもう一つ」

「まだあるのか?」

 俺は焦燥混じりに溜息をする。

 もう一つが無茶な条件じゃなければいいが…………。

「蓮見さんの着替えは私に任せてください」

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………彼女は何を言っているんだろう?

「は? どゆこと?」

 口をへの字に曲げ眉を顰める俺。

 彼女が何を伝えたいかさっぱり分からない。

「だから蓮見さんの着替えは私に任せてください」

 笑顔でとんでもないことを口走る唯。

「何言っているんだ? 一人で着替えられるよ!」

 急にどうした? もしかして俺に気があるのか? いや、今日初見の唯が俺を好きになることは無いだろう。だったら何で?

「いや、私が選んだ服を蓮見さんに見られたくないんですよ」

「はい? 何で?」

 唯はさっきから何を言っているんだ?

「サプライズですよ。サプライズ。だから私が目を開けていいですよ。と言うまで目を閉じてください。絶対に!」

「待て待て待て待て! ウェイウェイウェイ! 勝手に話を進めるな! 俺がいつ承諾した! それに着替えとなると俺は上半身裸になってパンツ姿にもなるんだぞ! そんな姿女に見せられるか! 恥ずかしくないのかよ!」

 両手を前に出して必死で説得する俺。

 ………こいつデリカシーという言葉を全く分かっていないな。

 しかし説得に対して唯はさらっと答えた。

「大丈夫です。男の人に興味ありませんから」

「興味無くてもダメ!」

 胸の前で手を交差させ×を作る。

「………蓮見さんと私は友達じゃないですか」

「思い出したように言うな!」

 今日だけお試し期間と言っていたくせに都合が良いこと言いやがって。

 もう何を言っても無駄と思ったのか彼女は俺から遠ざかろうとする。

「おい唯、どこに行くんだ?」

「え? いや、もう着替えに行こうかと。話している間に残り五分になりましたし」

「なぬっ!?」

 さっき会話をしている間に二分も経ったのか………これじゃあコスプレ服を探す時間もない。

 ぐぐぐ………仕方ない……。

「唯、お前に……着替えを任せる」

 下唇を噛み俺は苦渋の決断をする。

「本当ですか?」

「あ……ああ――……」

 その決断に彼女は向日葵の笑顔を俺に向ける。

唯はよっぽど嬉しかったようだ。何で? そこまで俺に気に入った服を着せたいのか? それとも俺に気が? ……それは俺の行き過ぎた勘違い……とにかく今は彼女の言うとおり進めるしかないな。

「では時間もないのでダッシュで試着室五番に入ってください。お客ももう私達以外に殆どいませんから。試着室が開いていると思います」

「……分かった」

 小さく頷く俺。

………何かこの展開に誘導された気分だ。

 そして俺達は全速力で試着室五番へと入る。試着室に入る時に二人にばれてしまうと心配もしたが杞憂で終わった。試着室の前に置かれている靴を見て分かるように、二人とも着替え中のようだ。

「狭いな……」

「こんなものですよ。というより目を閉じていてください。約束違反ですよ」

「ああ」

 唯に言われ両目を閉じる俺。しかし、どうしても気になって薄目で中の様子を確認する。

試着室は狭い。中にあるものは一時的に着替えた下着や衣服を置くバスケット。そして全身を写すミラーが取り付けられていた。そして試着室の狭い絨毯には二つの紙袋が置かれている。

 薄目を開けていると、爪先立ちをした唯と目が合う。

「蓮見さん、目を開けないでください。もし次目を開けているのを見つけたら婦女暴行で訴えますよ」

「待て、それは冗談で済まなくなる。警察沙汰は勘弁してくれ」

「じゃあ目を閉じてください」

「分かりました」

 警察沙汰だけはこれからの人生に関わってくるので俺は眼を強く閉じた。さっき見ていたでしょうと疑惑を持たれた時点で俺の人生は塵に変わる。

 シュルシュル、シュルシュル、ガバッ、

 服を脱ぐ音が聞こえる。しかしまだ俺は服を脱がされていない。御月と仔那珂が着替える音も聞こえないだろうし………となるとこの脱ぐ音は唯!?

 目を閉じたまま俺は唯に問う。

「唯、着替えているのか?」

「はい」

「何で? ここで着替えなくても良いだろ」

「時間の節約です」

 彼女はそう口にした後、俺の質問に一切答えなかった。


 シュルシュル、シュルルルル、バッ―――シュルシュル――カチッ――シュルシュル、シュルルルル、バッ、ガバッ――シュルルル――


 狭い部屋。彼女の吐息が自分の吐いた息と重なる距離。人肌で温められた温度。たまに触れてしまう彼女の体。そして仄かに匂う彼女の石鹸の匂いと汗のにおいが混ざったもの。それら全てが俺の鼓動の音と速さの振り幅を大きくしていく。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン――

 服の鼓動が聞こえる。まるでその音は生きているかのような音を発し、時間とともに音が大きくなる。そして自分の心臓の鼓動と服の鼓動が重なる。

 …………って俺は変態か?

 全く、服を擬人法のように捉えて俺はいつから服萌に走ったんだ。

 でも、今目を開けば彼女の姿が…………っていかん、いかん……でもここは健全なる男子高校生として見ておくべきじゃないか――……、

 そして、我慢の沸点も超え、目を開けようとした時に掛かる声。

「私の着替えは終わりました。次は蓮見さんのお着替えでーす」

「……はーい」

 見られませんでした。はい。

 そして次は俺の服が女の子の手によって脱がされていく。


 ガバッ、シュルシュルルルル――シュルシュル、ガバガバッ、シュルシュル――シュルルル、ガバッ、シュルルルル――――


 どうして男の人と女の人で脱ぐ音の魅了さが変わってくるんだろう。

「では両手を上げてください」

「…………………………………………………………………………………………………」

 黙って両腕を上げる俺。

 それにしても…………ズボンを脱がされ、上半身を脱がされ、そして服を穿かされる。

「……………………………………………………………………」

 非常に気まずい。この空気誰がどの方向に持って行ったら収束がつくんだろうな? いや、もう収束不可能かもしれないな。

 緊張と恥ずかしさにより汗が大量に出て目に汗が入る。しかし目を開けられない為、俺は眼を閉じたまま汗を我慢する。

「蓮見さん、すみません。つけ睫毛をつけるんで動かないで下さいね」

「…………………………………………………………………………………………了解」

 …………ん?

 つけ睫毛?

――――――――――――――つけ睫毛!? 

何でコスプレに必要なの? 本当に格好良くしてくれるんだろうな? いや、さっきの声は幻聴だ。気にしない方向で行く。目の辺りがむずむずするけど気にしない方向で行く。

「化粧するんで動かないで下さい」

「…………………………………………………………………………………………了解」

 …………は?

 化粧?

 ――――――――――――――化粧!?

 さっきから唯は何を言っているんだ? 二回目は幻聴で片付けられないぞ。

 パフパフと顔のまわりを何かで軽く叩かれる。これは何をしているんだ? 

 ………本当に大丈夫だろうな? 

 そして待つこといくらかで俺の服装が完了した。その数秒後に左と右の部屋から声が掛かる。

「唯、準備出来た?」

「はーい、出来ました御月さん」

「和磨、あんた準備出来たの?」

「あ、ああ…………」

 自信なく弱々しい声で仔那珂に返事する俺。

そうだよ。……心の準備以外は全て出来た。そう、こころの準備以外。

 緊張と焦りと不安の三要素が俺の体に異常をきたす。尋常じゃない汗が額、脇、腕から滝のように出てくる。

 何だ? 俺コスプレでこんなに緊張しているのか?

「じゃあ一斉のーで、で皆一緒に出て行ってね」

 御月が少々高めの声で皆に言う。コスプレをして気分が舞い上がっているようだ。

 御月の言葉に三人はそれぞれ返事をする。仔那珂は景気よく。唯は素の様子。そして俺は不安、緊張、焦りの三要素に声が乏しい。

「分かった♪」「はい」「(……はい)」

 そして今俺は旅立つ。


「「「一斉のーで」」」


 試着室のカーテンを開け、床に足をつけた刹那、左と右から俺の腕が抱き寄せられる。俺に抱きついたのは御月と仔那珂。

「え? は?」

 鼓動の音が高まるのが分かる。そして驚きに汗が一瞬で引き、全身が凍りついてしまった。

 何? 何で? 何このリア充的展開は? そんなに俺のコーディネートが上手だったのか? そうだったら唯、お前良い仕事したよ。

「きゃー、可愛い」「最高にプリティー」

 ………可愛い? プリティー? ピンクを基調とした服でも着させられたか?

「唯、目を開けてもいいか?」

…………嫌な予感がしてきたぞ。

「あははは、良いですよ。ふふふ」

 唯は笑いを堪えられずに笑い入る。

 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクドクドクドク――

 緊張と不安が復活して心臓の鼓動が速くなっていく。

 ゆっくりと、ゆっくりと、恐る恐る目を開く。

 目を開けて左と右を見る。

「……………御月、仔那珂」

 左から御月、右から仔那珂が俺の腕に抱きついていた。最初は何かの冗談と思っていたが幻覚では無いようだ。御月は胸元が開いた白い天使のコス。仔那珂は初○ミクのようなコスプレをしている。二人ともよく似合って可愛い恰好だ。

 そして振り返って唯を見ると、俺を見てまだ笑い入っていた。

 唯のコスプレは………というよりこいつ……らぶ☆メイのメイド服着てやがる。だから選ぶのに時間が掛からなかったのか。納得だ。

 二人に密着されるとトマトのように顔が赤くなる。そして思う。これが夢ならしばらく夢を見さして下さいと。

 そして頬を赤めつつ、近くに鏡があったので俺は自分の姿を確認する。

 まずは俺の姿の両手を見る。左手には黒猫の手袋。右手には白猫の手袋が付けられている。そう、黒白の猫手の手袋

をつけている。

「…………………………」

 次に足を見る。スリッパはもふもふの羊のような素材。そして黒白の長靴下サイハイソックスを履いている。

「…………………………………………………………」

 最後にズボンと服、その他を見る。しかし、俺が穿いていたのはズボンではなく赤のタータンチェックのミニスカート。服は赤と白を基調とした物で胸元に赤のタータンのリボンが付いている。頭にはでっかいピンクリボンと猫耳がついている。更に化粧をして長い睫を付けて本物の女の子のようであった。

「………………………………………………………………………………………………………」

 自分で自分の姿を見た瞬間、顔の火照りは紺碧の表情へと変わる。

「……唯」

「ふふふ、あはは、何ですか?」

 背中を丸め笑入っている唯。ツボに入っているらしい。

「何これ?」

 両手につけている猫手。もふもふ羊のスリッパ。黒白のサイハイソックス。赤のタータンチェックのミニスカ。そしてピンクリボンと猫耳。これら全てが男らしい格好良さから遠ざかっている。

「蓮見さん可愛いですよ。それに良かったじゃないですか。二人に気に入られて」

 反省の色無しで笑い続けるコーディネーター。

 その一言で二人ははっと我に返り、腕に抱きよせていた手を離す。

「いや、これはつい和磨君が可愛くて」「うんうん。別に和磨を気に入った訳じゃないわよ」

 二人は顔を真っ赤にしている。今になって抱きついた恥ずかしさが戻ってきたんだろう。

「…………はあ」

 肩を落として脱力して床に手をつける。

 ついに女装してしまった………はあ、結局二人は俺が好きなんじゃなくて女装した姿が好きってことね………全然嬉しくないです。でも唯との約束事でどんな服でも文句を言わないと誓ったから何も言えないな。

 俺が落ち込んでいると二人はフォロー(?)してくる。

「和磨、そんなに落ち込まないでよ。とても似合っていたわよ。光河くんと同じくあんた女装の才能あるって。だから元気出して」

「和磨君、とても似合っていたよ。あの姿なららぶ☆メイの人気メイドに君臨すること間違いなし! だから元気出してよ」

 二人は多分元気づけようと声を掛けてくれている。しかし、その言葉により俺は更に深い溜息をつく。

「はあ…………」

 これで俺は本当に非オタクと言い張れるのか? 自信なくなってきたよ。

 そんな俺を見て唯が近寄る。

「蓮見さん、今日の女装は完璧でした。私が見込んだだけはありますよ」

「お前な………全く」

 こいつは全然反省していないな。

「どうだ、コスプレは楽しかったか?」

 まあ、こいつが楽しければ結果オーライだろ。

「そうですね。楽しかったです」

「そいつは良かったな」

 そして彼女は口にした。

「だから……お試し期間の延長をお願いします」

 彼女はにっこりと微笑みかける。

「唯………」

彼女がお礼を言った刹那、俺は怒りの感情よりも安心感が高まった。友達は必要ない。いても不になるだけと言っていた彼女が改心したのは俺にとって吉報だった。でもオタクの素晴らしさを俺から学んだのは語弊だぞ。俺は非オタクなんだ。

 どちらにしても彼女の改心には口元が思わずにやけてしまう。

「これからもたくさん遊ぼうな」

「はい、次も違うコスを私が選んでおきます」

「それは止めてくれ」

 「えー」とつまらなさそうに唯は不満の語を漏らす。当然これからは女装する気は一切ない。俺はオタクでも無ければコスプレイヤーでもないんだ。

 そして唯は俺にお礼を言った後、二人にも頭を下げる。

「御月さん、十朱さん、今日は本当に有意義な一日を遅れました。これからもよろしくお願いします」

「うん。バイトでも頑張ってね」

「はい」

「勿論よ。今日が初対面だったけどとても楽に話せた。また遊びましょう」

「はい」

 そしてムードが良い方向へと進んでいき、コスプレ服を元ある場所に戻した俺達は気持ちよく店を出ようとした。

 が、

 仔那珂のある疑問で雰囲気はぶち壊れてしまう。

「そう言えばさ、何で唯と和磨は一緒の試着室から出てきたの?」

「ああ、それ私も気になっていた」

 二人は不思議そうに首を傾げる。

「……………………………………………」

 その疑問が出て数秒後、俺は手が汗ばみ、口がからからに乾燥する。

 唯を一瞥する。すると唯は言い訳をしろと目で訴える。

 ………そうだよな。自然な感じで誤魔化すしかないな。

「それはあれだ。えーと………」

 弁解の語が頭に浮かばない俺。どう言い訳をしても逆効果。選んだコスプレ服を見てもらおうと思った、ではルール違反とされる。だったらどう言い訳を? よし、ここは二次元の言い訳で乗り切ろう。オタクの二人ならこれで流してくれるはず。

「着替えている途中にワープしちゃった♪」

 お茶目な様子を最大に出してウィンクする。

 しかし、オタクの方も現実は見えているようだ。

「何言ってんの、あんた? わーぷ? 馬鹿じゃないの?」

「和磨君、そんなこと言って恥ずかしくないの? ワープなんて非科学的なことは現実で起こらないよ」

 仔那珂は塵虫を見る目。御月は黒い笑顔。

 それならここはこれで乗り切るしかない。

「こんな質問に答えていたら唯の為の秋葉時間が短くなる。だからさっさと秋葉巡りに行こう!」

 ぎこちない笑顔をして二人に説得する。これは言い訳の施しが効かない。だったら話を流して忘れてもらうしかないだろう。

 そして俺と目があった唯は右手拳を上にあげる。

「そうですね。行きましょう。行きましょう」

 その言葉で二人は折れ、同意する。

「そうね、唯の為の時間が勿体無いものね。でも……うーん」

「むう、和磨…………」

 しかし、二人はまだ疑っているのか不満の顔を出し続けた。



 太陽が沈み始め紅に染める頃、俺は重い足を棒のようにして帰っていた。

「ふう、今日は色々と疲れたな……」

 あれから俺達は秋葉原の店を転々と紹介し続けた。疲労は溜まったが試着室の件を言及されなかったのは不幸中の幸いだ。

 自宅が見え始めた頃、俺は後ろから声を掛けられる。

「和磨!」

 声の主を見る為、体ごと振り返る。

「仔、仔那珂………どうしたんだ?」

 振り返るとグッズの袋を片手に持った仔那珂が後ろにいた。

 まさか、唯への秋葉紹介が終わったからって試着室の件を聞きに来たのか?

「あのさ……用があるんだけど」

 頬を紅潮させた仔那珂はやや下を向き話しかける。

 そんな彼女の言動に対して俺は直ぐに頭を下げた。

「ご、ごめんなさい」

「は? いや、何で謝るの?」

 首を傾げる仔那珂。

「え? 違うの? 唯から何も聞かなかったのか?」

「う、うん……」

「じゃあ何の用だ?」

「え、えっとね……」

 言葉を渋る仔那珂。何か言いづらいことでもあるのだろうか?

「仔那珂、どうしたんだ、こんな所で?」

 仔那珂が言い渋っていると、俺の後ろから爽やかな青年の声が掛かる。

 顔を上げると仔那珂は眼を皿にして口にする。

「お……お兄ちゃん………」

「そうだよ。どうしたんだ? こんな所で?」

 振り返ってみると長身の爽やかイケメンボーイが立っていた。確か議員さんだったっけ? でも仔那珂からは苦手意識を持たれている人だよな。

 それにしても仔那珂がお兄ちゃんって呼ぶなんて新鮮だな。

「あなたは誰ですか? もしかして彼氏?」

 先に質問される俺。そしてその答えも自分より先に仔那珂が答える。

「違うよ、お兄ちゃん。その人はクラスメートの子」

「ははは、それは失礼。初めまして僕の名前は十朱修一です」

「ああ、ども。蓮見和磨です」

 萎縮しながらも握手を交わす。

「それよりもどうしたの、お兄ちゃん?」

 ぎこちない笑顔を向け、震える言葉を口から発する。

「ちょっと議会の方針でね。各地に挨拶に行っていたんだよ。議員はたくさんの地域に行かなくては務まらないからね」

「ああ………そうなの」

 彼女はぎこちない笑顔を続ける。平生を保ち続けようとするが明らかに言動がおかしい。

「それよりも偶然会ったんだ。お兄ちゃんと一緒に帰ろう。もう暗くなるからね」

「いや……もうちょっと友達と話していたいし」

「仔那珂、これ以上暗くなったら危ない。だからお兄ちゃんの言うことを聞きなさい。荷物も持ってあげるから」

 そして荷物へと手を伸ばすお兄さん。

「ダメっ!」

 彼女が手を振り払おうとして荷物が地面へと散乱する。

「こらこら荷物に傷がつくだろ……え? 何だ、これ」

 お兄さんは落ちたゲームソフトを手に取る。普通だったら荷物を袋に戻すのだろうが、お兄さんは袋に戻さずに地面へと再び置いた。

 その行動に至った理由は簡単。議員のお兄さんはオタク文化撲滅に表明してオタクが大嫌いだからである。

「「……………」」

 そのお兄さんに俺達二人は言葉が出ず、項垂れることしか出来ない。

 するとお兄さんは、砂埃が付着したゲームソフトをまた手に取り、仔那珂の目の前に立ち見せる。

「仔那珂、これは何だ? BLパラダイス、BL大衆、ムキショタ3・5番外編、これら全て何だ? 何を買っているんだ、お前は?」

「……………………………………………………………………………………………」

 一つずつ手に取り、また所定の位置に戻すお兄さん。お兄さんは声を上げず表情は怒りに満ちていた。

 そんなお兄さんの問いに仔那珂は黙って下唇を噛んでいた。

「仔那珂、黙っていないで答えなさい」

 怒りに満ちた小さい声が仔那珂に掛かる。仔那珂はまたしても質問に答えない。

「ふう………仕方ない。君は何か知っているかい? 和磨君?」

「……………………………………」

 無言で俺は何も答えない。というより答えられなかった。お兄さんの眼力は凄く俺に喋らせる権利さえ奪ってしまった。

「まあいいや。他人にまで家庭を持ち込めるのは得策では無いな。それによくよく考えれば仔那珂の持っていた袋からこれらが出てきた。これは仔那珂のだろうな。仔那珂いい加減話せよ」

「「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」」

 長い沈黙が続く。いや、実際は短かったのかもしれない。しかしその時間は永遠にも感じられるほど長かった。

 そして沈黙を破ったのはやはりお兄さんだった。

「がっかりの言葉に尽きるな。兄をやってきて今までで一番お前に落胆させられた」

 お兄さんが心に突き刺さる発言をする。言われた本人の仔那珂は目を強く瞑り、必死で拳を固め、歯を食いしばっている。

 しかし、そんな妹の様子に関係なく話を続けるお兄さん。

「仔那珂、お前は本当に愚妹だ。謙った言い方でなく、本当に愚かな妹。何で分らないかな? 兄と父が議員でオタク文化を消そうとしているのにそれに反発したようにオタクになるとは最悪だ―――」

「うぅ………ぅぅ……………」

 彼女は必死で我慢をする。お兄さんの言葉の途中に漏れている声は聞いていて気分が優れなかった。

「―――二次元に執拗して馬鹿なのか、お前もあいつらも? ただの絵じゃないか。そんな物に何の魅力がある? そしてああいう馬鹿共が罪を犯し人の道に反した行動ばかり取る。お前も同じだよ。仔那珂。本当に失望した。他にもたくさんあるぞ―――」

 お兄さんはまだまだオタクへの批判を続けようとする。

 この話は俺に関係ない。何故なら俺は彼女と違いオタクでないから。逆にこれは良い機会なのかもしれない。無関係の態度を取り続けてもうオタクとは縁のない生活を送ることが出来る。元の生活に戻れるかもしれないんだ。

 彼女は見ると目を強く瞑っていた。しかし、涙を止めることは出来ずに地面へと大粒の涙が零れていく。

 学校では傲慢でいつも強気な彼女が涙を流している。

 あのいつも強気な彼女が。泣いている。

 でも知ったことか。俺には関係がない。関係がないんだ!


「黙れ! もうそれ以上口にするな、ゴミ野郎!」

 

 『関係ない』そう思っている頭とは違い口と体が勝手に動いていた。

「んなっ………き、君には何一つ関係のない話だろ」

「関係ないか………じゃあお前には何の関係があるんだよ」

「なっ、お前だと……僕はこれに大いに関係がある。僕はこのオタク文化廃止に議員として賛成の意を表明しているんだから」

「えっ、何だって!? あんた議員さんだったのか!?」

 敢えて驚いた表情を見せる俺。実際このお兄さんが議員さんだとは仔那珂にも聞いている。だが今は知らないフリをする方が得策だろう。仔那珂がお兄さんのことをペラペラと話したと知ったら面倒なことになる。

「そう言う訳だからこのゲームは没収させてもらうよ」

 お兄さんは一つ一つ袋に落ちているゲームを入れていく。

「ぃや………や…………………」

 仔那珂は声を押し殺していたが漏れてしまう。そりゃそうだよな。大事な物だったんだから。あの中にはプレミアな物も入っている。何よりもあれは今日の思いでの結晶だ。あれが無くなってしまったら今日の全てが弾けて無くなってしまう。

 さて、ここが分岐点だ。

 どうする俺?

 どうするって………既に答えは出ているよな。

 当たり前だ。

 女の子泣かせてまで非オタクを語っても何の価値も無い。

 でもこのお兄さん、議員さんだから引っ込みようにないな。議員は例え自分の意見が間違っていてもその時は変えようとしない。

だからそのゲームを残す手段はこれしかない。

「お兄さん、さっきから何を言っているんですか?」

「は? だからこれらのゲームやグッズを全て処分すると言っているんだ」

 お兄さんは正しい。百%正しい。仔那珂のことをどう言おうがこれらを捨てる判断は変わらないだろうな。

 先に謝っておく。すみません、お兄さん。この嘘だけはお兄さんにも自分自身にも使いたくなかった手段なんだ。

「お兄さん、さっきから何言ってんの? 何で俺のゲーム捨てられなくちゃいけないんだよ?」

「はあ? 何を言っているんだ? これは仔那珂の物だろう?」

 お兄さんは頭に疑問符を何個も浮かべ困惑している。

「違う。俺の」

 自分に指を差す俺。

「じゃあ何で仔那珂がその荷物を持っていたんだ? これはこの子のだからだろ」

「持たせていたんだよ。重いから」

「女の子である仔那珂に持たせていたのか?」

「うん。重いからな」

 とんでもないことをしれっと口にする。

「なっ!? 君、女の子に荷物を持たせたのか。いや、それよりも――」

 議員のお兄さんは顔に縦線を引く。そして恐る恐る質問した。

「――君はホモなのか?」

「はい!」

 スポーツ少年のように元気よく答える。するとお兄さんは口をカタカタ震わせて肩が上に上った。

 勿論今の言動はフィクション。そして俺は嘘で塗り固められた言葉でお兄さんに止めを刺す。


「ちなみに俺お兄さんがタイプ。試食しても良いかな?」


「…………………………………な、何を?」

「お兄さんを」

「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああ」

 お兄さんは一瞬にして顔を真っ青にし、仔那珂を連れて帰ろうとする。

「仔那珂、こいつは危ない。直ぐに帰ろう」

 そんなお兄さんに詰め寄る俺。

「大丈夫ですよ。俺女に興味一%もありませんから」

「はあ、近寄るな。近寄るな。このホモ野郎」

 お兄さんは地面に背中をつき俺が密着する。大変汚い絵面である。

「お兄さん、もしもオタク文化廃止が決定したら、俺とホモ仲間が全員お兄さんを奪いにいきますから」

 顔を近づけると、お兄さんは全力で俺を引き剥がして全力疾走で逃げる。

「はあ、はあ、はあ、仔那珂すまない。その男は男性以外には無害だから先に帰らしてもらう。早く帰ってくるように」

「………………………………………」

 黙って頷く仔那珂。

「ああ、お兄さーん」

 甘い声を出して手を伸ばす俺。その手はお兄さんを掴むことは無かった。正直掴みたくもなかった。

「仔那珂の兄討伐完了!」

 そして俺は笑いながら仔那珂に親指を立てる。

 すると仔那珂はBLゲームを落としたまま俺に抱きついてきた。

「え?」

 それは軽いハグではなく、締め付けられるような強いハグ。

「お、おい……仔那珂?」

 両腕を巻きつけられて抱かれている俺は、後ろに手を回すことも出来ない。回せても回す勇気は無いのかもしれないが。

「ありがとう、和磨。あたし本当は怖かった。もしあのまま和磨が庇ってくれなかったらあたしはあたしを保ち続けられなかった。ありがとう」

「お、おう……任せとけ」

 ……痛いぐらいに締め付けられている俺は彼女の重い思いもまた感じ取ることが出来た。

「ごめん、あの時あたし本当のこと言えなくて……」

 彼女の涙で俺の胸が湿って涙は止めどなく溢れ出てくる。

「……………………………………………………」

 彼女の涙を見てはいけないと思い紅に染まった空を眺める俺。

 紅の空を眺めている間に俺は思う。

 あれ? これ死亡フラグじゃないの? 大体主人公に幸せが訪れた時に来るものって死だよな。ははは、笑えねえ。

 背筋がぞくっと震えて俺は身震いする。

「それよりもさ、このゲーム拾おう」

まだお兄さん以外は見ていないけど他の人がここを通るだろう。その時にBLゲームを野晒しにしたままだと白眼視されかねない。

「ああ、うん」

 彼女は俺から離れる。目が充血していた。そして少し残念な気持ちになりつつも俺は早急にゲームやグッズを袋に入れていく。

 ゲームを半分入れた頃に彼女が口を開く。

「和磨、さっきの言葉本当じゃないよね?」

「さっきの言葉?」

「あの……お兄さんがタイプって言葉」

「……な訳ねえだろ。俺は女が好きだ」

 少々気持ち悪さを覚える。確かにあの人はモテそうな顔つきだが俺は同性愛者ではない。

 質問の解に彼女は安心したように小さく口にした。

「良かった……」

「?」

 疑問符を浮かべながらも俺は言及せずにゲームを拾う。

「そう言えばさ、仔那珂俺に何か用事があったのか?」

 唯への秋葉紹介が終わって、俺を追いかけて来た。結局何の用だったのだろう?

 すると仔那珂は手をポンと叩く。

「ああ、そうだった! 当初の目的を忘れるところだった」

「当初の目的?」

 当初の目的が試着室関係でないことを願うよ。

 俺が顔に出さずに覚悟をしていると、リボンの付いた赤い箱を差しだされる。

「ん? 何だ、これ?」

 不思議そうに呟く俺。

「これはあの……家に帰ってから見て!」

「家に帰ってから? ここで見たらいけないのか」

 危険物? でもそれを俺に渡すわけもないか………。

「うん、ダメ。でもあたしが見えなくなってからだったらいいわよ」

「?」

 不思議そうな顔を続けると仔那珂は携帯電話を右耳に当て慌てながら口にする。

「ああ、お兄ちゃんから電話来た! じゃあバイバイ! ああ、そのBLグッズの袋はしばらく預けた! 頼むね。和磨」

 そして慌てるように去って行く。

 ………………………………………………………………………………………………いつもと様子が違う仔那珂に手を振る俺。

「さっき着信音鳴って無かったよな? マナーモードにでもしていたのか?」

俺はもやもやを感じながらも、袋を左手に赤い箱を右手に持ち帰宅する。

 

玄関前、俺は彼女の言葉を思い出す。

「確か仔那珂が見えなくなったらこの箱を開けても良いって言っていたよな。それなら今開けるか」

 赤い箱の袋を丁寧に剥がす。そして中身を見た時俺は眼を細めた。

そしてその開けた箱を持ったまま家の扉を開ける。


パンッ! パパンッ! パパパンッ!


 扉を開けた瞬間に鳴る破裂音。そして頭に降りかかるカラフルの紙テープ。しかし、不愉快では無い。それは玄関前で見た赤い箱の中身が教えてくれた。


「「「「誕生日おめでとう!!」」」」


玄関の靴前で四人がクラッカーを持って一斉に俺の誕生日を祝ってくれた。

四人の行いに俺は肩を竦め笑い「あのさ、俺もう高校生だよ」と口にする。

 厳格な親父が腕を組み低音の声で喋る。

「何歳になっても誕生日は華やかにするものだ」

 次にお母さんが目を細めて肩を叩く。

「大きくなったわね。和君」

 次に弟と姉が同時に祝ってくれる。

「兄ちゃん、おめでとう」「おめでとう。また一つ大きくなったわね、和磨」


「はははっ、皆ありがとう」

 

俺が今持っている右手の赤い箱に入っていたものは二つ。メイド喫茶らぶ☆メイの食券五千円分。そしてもう一つは仔那珂と御月の手書きのバースデーカード。

 内容はまだ読んでいない。いや、恥ずかしくて上手く読めないかもしれない。

 二人に渡された大事な赤い箱を持ち、家族を見て、俺は笑ってもう一度口にする。

「ありがとう」


八月十三日、蓮見和磨は十七歳になった。そして俺はまた一つ大きくなった。




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ