何もかも青い僕、そして幸福の黄色の君
短編です。
以下、ネタバレと注意書きです
※母親と飼い猫と死別する描写あり
※主人公と残された家族は前向きに生活していきます
美術大学に進もうと思ったのは、創ることに溺れていたかったからだ。
ずっと創作のことを考えたいと思った。
僕のそんな願望を父は見抜いていたかは、わからない。
「進路についてどう考えてる?」と聞かれた時、素直に答えた後、父からは、こう返ってきた。
―――就職に役立ちそうにない美術なんぞ勉強してなんになる?
ですよね~という言葉とため息しか出なかった。銀行勤めの父親らしい。 銀行の取引先相手には、芸術家もいて銀行側で融資を決めたり、投資に関係することもありそうだが、たぶん、息子がそうなるとは思ってもいないのだろう。僕の志望が彫刻科だから余計にそうなのかもしれない。
父親の反応が悪くても、僕が自分の行き先を諦めることはない。
僕は、僕自身に対して父に期待してもらうことは、とうの昔に諦めている。ずいぶん昔、僕の描いた絵を見て、何の反応もなく、なんの後日談もなかった。悲しくも悔しくもなく、何かがストンと腹に落ちてきた。
父にとって自分はお荷物?いや、得体の知れない何か?
困らせる存在で、なんの感情も寄せられていないと、ストンと落ちてきた冷たいものを、僕は理解し受け止めた。
そんな、親子関係だから、おそらく、学費を捻出してもらうのは無理だろうとハナから諦めた。
そこから、僕は、奨学金やらコンテストやらに応募して、なんとか学費を用意できる道筋はつける。要は金なんだろ?という、父親に対する態度はひどかった。僕と父の間に立つ母の中では、知らず知らずに溜めた心労が、病を呼び込んだようで、母は若くして亡くなった。
―――病気がわかってから、あっという間だった。
そして、母に1番懐いていた、猫のルイも逝ってしまった。
―――何もこんな時に。
―――受験が控えている、こんな時に。
―――もうすぐクリスマスという、年末のこんな時に。
誰もが思う、「こんな時」には、僕ならではの「こんな時」も含む。
―――初めてルイを彫刻で作った、こんな時に。
ルイの身体は無くなったのに、「ルイ」がこうしてあることは、僕には堪えた。
陶器粘土でできたルイは、ツルツルに研磨されてるせいで、手触りは冷たく、滑らかだ。
初めて彫刻作品で賞を貰ったのは嬉しかったが、作品の「ルイ」を、手元に置いておくのは怖かった。展示から返ってきた「ルイ」と対面した時のことを、よく覚えていない。
いつもと様子が違う僕を見て、美術の顧問が、作品のルイを引き取ってくれたことは、覚えている。
ちょうど、進路の大学についても悩んでいて、美術部の顧問は、アドバイスもくれた。―――彫刻の道だけじゃなく油絵の道もいいんじゃない?と。
―――母が亡くなってから、さすがに創ることに溺れていたいという願望は、薄らいでいた。
人、ひとりを見送るという儀式に身近な人間として携わったせいか、僕の置かれている現実とあと数カ月後に迫っている「これから」に、グンと強い力で、引き戻された。
大学進学にあたっては、将来の食いぶちのことも考えて、教員免許の習得も、視野に入れた。
美術の道を変えることはない。だから、受験対策についても、彫刻も絵画も変わらない試験を採用しているところを選んだ。探せばあるものだ。
そうして、急な進路変更にも関わらず、なんとか大学に進学できた時は、感無量だった。関係が冷え切っていた父とも、合格は祝ってくれて、前より会話ができるようになった。
大学は、隣りの市にあるから、下宿の必要性は感じなかったが、父は1人暮らしは経験しとくもんだ、と下宿にかかる必要経費を補ってくれた。
―――ありがとう。
―――いや、なに。母さんも用意してくれてたからな。
―――そっか。・・・・・・そっか。
たぶん、合格してホッとしたからだ。
父の前で久しぶりに、いつ以来だろう。―――覚えていない。
ただ、これだけは言える。
―――母さんとルイが居なくなってから初めて、僕は泣いた。
父と少し歩み寄れてから、家を出ることができたことは、僕の中の冷たいものを変えた。大学に通う新生活に、楽しみを彩ることになった。
―――油絵の面白さにもハマっていく。少しずつ、自分の描きたいものも描けるようになっていく。彫刻と違う面白さが、そこにはあった。
―――驚いたことに、ルイを描くことも増えた。
ルイを描き上げた絵は、どれも眩い光の色を放っていた。
―――色でいえば、黄色。『幸せ』『幸福』を表す色でもある。
ルイが、虹の向こうに旅立ってから、まだ1年も経っていないのに、ルイのことを思い出しても、悲しくなるのに。
―――なぜか、絵にすると明るくなる。
(僕は、あまのじゃくってことか??)
答えは、次の作品で見つかるだろうか。
◇◇◇
―――カンカンカン
木槌の音が、大学の第1制作室に響く。
次の作品のキャンバスの木組みを組んでいる音だ。学生が黙々と、思い思いに、己の作業に没頭している。
僕も木槌を振りかざし、30号のキャンバス製作に取り掛かっていた時
「ねえ、高島くん。良かったら、10月の学祭の展示作品、彫刻にしたら?」
「は?」
橘 ゆかりは、大学に入ってから親しくなった友人の1人だ。僕が彫刻をやっていたことなぞ、知っているはずがない。
すでに何枚か油絵で猫のルイをモチーフに描いていることも、その中から学祭の作品展示に出そうとしているのも、橘は知っているはず。
そう、こうして同じ部屋で、キャンバスを貼る作業を行う、同じ学科なんだから。なのに、なぜ、彫刻の話になるのか。
―――僕は、疑問に思ったままを彼女にぶつけた。
「実はねえ、私、高島くんの彫刻作品見たことあるんだよねえ」
「は?」
―――橘に言われるまで、忘れていた。
―――そっか、アレか。
猫のルイの彫刻作品。
てことは。
「え、橘ってあの作品展に作品出してたの?」
「ううん。違うよ。見たのは、銀行だよ」
「銀行?」
「隣りの市のさ、あの藤崎駅前の大通りから、ちょっと外れたところに、信用金庫あるじゃない?」
「あるね」
隣りの市は、僕の出身地だ。そして、その信用金庫は、父が勤めている銀行だ。
「あそこに飾ってあるの、知らないの?」
「知らないなあ、ほんとに?」
「あれ?寄贈ってあったから、てっきり高島くんが寄贈したのかと。高島 章って同姓同名がいる?」
「いないと思うな、ちなみにそれってどんな作品?」
「陶器粘土だよね?猫だよねえ?」
「それなら、僕のだね」
「ああ、やっぱり?前に飲み会で、隣りの市に住んでたって話してくれたじゃない?」
「うん」
「あれ??ってなったのよ。そういえばって」
「橘って、同じ市だっけ?」
「ううん。おばあちゃんがね、いるの。今年の春ね。母と一緒に、おばあちゃんの銀行の用事に、付き添った時に見たのよ」
「へえ」
僕の頭の中では、ハテナが高速回転する。そのため、橘の話は、そこから先は覚えていない。
◇◇◇
―――橘から話を聞いた次の日。
午前の講義が入っていない金曜日であることに、感謝する。
隣りの市の、僕の家の最寄り駅の藤崎駅は、出勤と登校する人々で溢れている。平日の銀行に、自分の作品を見に行くためだけに、ここに居るのは僕だけかもしれない。
街の商店ご連なる駅前のアーケードでは、清掃する店員さんが点在していた。
―――橘が教えてくれた信用金庫は、9時の開店から来店する客を迎えていた。次から次へと、番号札が放出される自動発券機の前には、行列ができている。
僕は、その行列には並ばず、店内の奥に入ってゆく。
―――店内の隅の、原色の柔らかいプレイマットと四角い椅子で出来た子供の遊びスペースの近くに、それはあった。
―――作品展示コーナー。1つはガラスケースに入った帆船の模型、そして、その隣りに、僕のルイがむき出しに展示されていた。
久しぶりに会う作品のルイは、ツルツルの滑らかさに、さらに磨きがかかってるように見えた。
「猫しゃん、猫しゃん!」
たどたどしい話し方をしながら、小さな女の子がルイに話しかけていた。
―――猫しゃんだねーと、母親らしき女性が小さな女の子に、相槌を打つ。
女の子は、ルイをいろんな角度から眺めている。
「猫しゃん、バイバイ、またね!また、来ゆね!」
―――女の子は、ルイの背中を優しく撫でて、母親と手をつなぎ、僕の横を通り過ぎていった。
―――こんな時、なんて言ったらいいのかな?
僕は、作品のルイの傍に寄って、作者の名前を確認する。
―――高島 章。うん。僕の名だ。
―――「猫のルイ」―――うん、僕がつけた作品の名前だ。
うん。胸の中に、じんわりと温かいものが広がる。
―――こんな時、なんて言ったらいいのかな?
おしまい
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