第7話 正面から行くのは、たぶん危ない
来る理由はある。
今回なら、何か測れる気がした。
仮設フェンスは、前に来たときと同じ位置にあった。
オレンジ色のネットとコーンが整然と配置されている。
立入禁止の掲示は、丈夫な看板に置き換わっていた。
ちゃんと規制されている。
それだけは、文字としても見た目としてもはっきりしている。
ただ、その周囲に立っているはずの人間の姿が、今日も視界には入ってこない。
見えていないだけなのか、たまたまこの瞬間はいないのか、それとも別の理由なのか、判断できる材料が揃っていない。
前回も、似たような感覚だった。
だから今回は、そこを掘り下げないことにした。
やることは決めている。
距離を測る。それだけだ。
前に来たときと、持ち物はほとんど変わっていない。
それでも、今回は「何を見るか」だけは、はっきりしていた。
フェンスの外側に立つ。
ネットには触れていないし、越えたという実感も、記憶としても残っていない。
それでも、数歩位置を変えただけで、空気の触れ方がわずかに変わった気がした。
冷たさそのものではなく、皮膚に触れる密度が、ほんの少しだけ増した感じ。
振り返れば、フェンスはまだ見える。
戻ろうと思えば、すぐに引き返せる距離だと判断できる。
……外だ。
そう整理しておくほうが、今は都合がいい。
視線を前に戻す。
その先に、入口らしき空間が口を開けている。
入口の奥行きを確かめるため、無意識に半歩だけ前へ出ていた。
それが、どこを越えた動きだったのかは、はっきりしない。
中に入ったつもりはない。
ただ、「外だ」と言い切るには、確信が足りなくなっていた。
ここから先は、行動じゃない。
今日は、観察だけだ。
正面に、道が伸びている。
広く、まっすぐで、奥までの形がある程度そのまま視界に収まる作りをしている。
壁も天井も均一で、余計な凹凸がない。
立ち止まらずに進むことを前提に、そう設計されているように見えた。
視線を横に動かす。
正面とは別に、通路が伸びている。
奥までは見えず、数メートル先で折れ曲がっていて、そこから先の形は視界の中で途切れている。
近づくと、壁際に何かが残っているのが見えた。
表面が不自然に削れ、角ばったまま形を保った欠片が、壁に沿うようにして残っている。
しゃがめば、無理なく手が届きそうな位置だ。
足元も安定していて、身体を無理に前に出す必要もなさそうに見える。
戦う場面は、想像しなくていい。
少なくとも、今この距離では。
ただ、その少し先から、通路の形が完全に分からなくなる。
曲がり角の向こうは、音も距離も、そこで一度まとめて切れてしまう。
採れる。
でも、そこまでだ。
そう判断したところで、俺は自然に足を止めていた。
前を見る。
こちらは、進めば進むほど視界が続き、奥行きも距離も、まだ把握できる。
ただ、戻るとしたら、同じ距離をそのまま引き返す必要がある。
途中で視界が切れる場所は、ほとんどない。
横に広がった道を見る。
見えない代わりに、すぐ後ろに戻れる。
数歩下がれば、さっきの位置に戻れると、はっきり想像できる。
敵がいるかどうかは、分からない。
今は、どちらの道も静かだ。
違うのは、どこまで見えているかと、戻る動きを頭の中で描けるかどうか。
それだけだった。
俺は、その場から動かない。
二つの方向を、同じ距離で見比べたまま立っている。
まだ、決める段階じゃない。
もう少しだけ、位置を変えて確かめる必要があった。
見通しのある方へ、ほんの数歩だけ近づいた。
進むというより、立っている位置を少しだけ前にずらしただけの動きで、引き返せない距離に踏み込んだ感覚は、まだない。
それでも、見え方が変わる。
さっきまで「入口付近」だった視界が、いつの間にか「中の景色」として整理され始めている。
その道は視界が抜けていて、奥まで一直線に続いていることが、立ち止まっていても自然に分かった。
広さと見通しの良さが、同時にこちらへ押し付けられてくる。
柱や段差、身を隠せそうな凹みは見当たらず、立ち止まったときに頼れそうな場所が最初から想定されていない。
この道では、立ち止まること自体が前提に含まれていないように見えた。
それでも、壁際や床面は均一で、足を止めずに視線だけを動かしても、落ちているものや残っているものを見逃しにくそうだった。
探すというより、歩きながら拾っていく。そんな進み方が、自然に頭に浮かぶ。
歩きやすい。
足元に引っかかるものがなく、自然に前へ進めてしまいそうな作りをしている。
その事実が、逆に気になった。
靴底が床に触れた音はまっすぐ返ってきて、反響の位置や距離が、不自然なほど素直に把握できる。
情報として余計な揺れがない。
音としては扱いやすい。
少なくともここまでは、使い勝手のよい判断材料に思えた。
音と視界が揃っている分、何かがあっても気づくのは早い。
目に入ったものを、そのまま判断に使える感覚がある。
さらに一歩、前に出る。
背後を振り返る。
入口の位置は、まだ視界に収まっている。
戻る動きを頭の中でなぞると、さっきよりも一拍分だけ時間がかかる想像に変わっていて、距離が増えたことが分かる。
数字にはできないが、身体感覚としては確実に差が生まれていた。
横道のほうを見る。
あちらは、相変わらず暗く、奥の形は分からない。
だが、数歩で引き返せる位置に、視界が切れる曲がり角がある。
視線を戻す。
この道には、曲がり角がない。
視界が切れる場所まで、ひたすら続いている。
つまり、何かが出た場合、
それは見える距離で起きる。
そして、見えた時点で、
距離はもう詰まっている。
足を止める。
敵が強いかどうかは、まだ関係ない。
今のところ、動きはない。
それでも、ここで何かが起きた場合の動きを考えると、
頭の中に浮かぶ選択肢は、自然と一つに絞られていった。
下がる。
それしかない。
だが、下がるためには、進んだ距離と同じだけ、引き返す必要がある。
横に逃げる余地はない。
遮るものもなく、時間を稼ぐための場所も見当たらない。
立ち止まると、足音や呼吸の音が、はっきり返ってくる。
分かりやすい。
だからこそ、危うい。
この道は、判断を遅らせるための余白が、最初から削られている。
前に進むか、引き返すか。
選択肢が、最初から二つしか用意されていない構造だ。
もう一度、背後を見る。
入口は、まだ遠くない。
だが、「すぐ戻れる」と言い切るには、微妙な距離に変わっていた。
入り組んだ道なら、違う。
一歩、二歩で視界が切れる。
そこで状況を立て直す余地がある。
正面に戻る。
前に進むか引き返すか、その二つ以外の選択肢が、最初から削られているような感覚がある。
この道では、様子を見るという行為自体が成立しにくい。
そこで、ようやく気づく。
ここは、戦うための道だ。
戦うか、逃げるか。
どちらかを、すぐに選ばせるための形をしている。
慎重に考える余白はない。
比較したり、測り直したりする場所も、最初から用意されていない。
敵が出る前から、動きの選択肢が削られている。
……ああ。
これは、敵が強いから危ないんじゃない。
正面から行くと、そういう状況に追い込まれるように作られている。
ここで一度、考えはまとまった。
ここから先は、その判断を確かめる時間だ。
一歩、下がる。
距離が戻ると、思考も少しだけ整理される。
もう一方に目を向ける。
見えない。
だが、戻れる。
視線を戻す。
見える。
だが、詰む。
俺は、その違いを頭に置いたまま、すぐには動かず、呼吸だけを整えていた。
まだ、結論は出さない。
だが、少なくとも――
正面から行く選択肢は、「楽そうに見える」だけだ。
そこから、少しだけ距離を取った。
一歩下がっただけなのに、胸や肩にかかっていた圧が、わずかに緩んだ気がする。
もう一つの進路を見る
相変わらず、奥の形は分からない。
光の入り方がさっき見ていた道とはまったく違い、先の情報が意図的に削られているように見える。
だが、その情報の少なさが、今は不安よりも先に意識に引っかかった。
数歩進めば、視界が切れる。
曲がり角があり、壁があり、こちらから奥を一望できない区切りが、はっきり存在している。
もう一つの道には、なかった構造だ。
曲がり角の手前に立ち、念のため一度、背後を振り返る。
入口の位置はまだ見えていて、距離もはっきり把握できる。
戻ろうと思えば、すぐ戻れる。
そう言い切れる位置に、まだ立っている。
視界が切れる位置へ、半歩だけ踏み出した。
足元は安定していて、床の感触も急に変わることはない。
身体を預けたときに崩れそうな不安は、今のところ感じなかった。
壁が近い。
その分、背中を寄せられる場所があり、立ち位置を調整できる余地がある。
こちら側では、それがなかった
音の返り方も、はっきり違う。
反響は弱く、方向も曖昧になる。
音が空間全体に散り、どこから返ってきたのかが一瞬で分からなくなる。
正確な距離は測れない。
だが、音が一方向に集まらない分、動いたときの変化が分かりやすい。
少し位置を変えるだけで、聞こえ方が変わる。
それは、不安定さでもあり、同時に動き直せる余地でもあった。
壁際に視線を落とす。
あの欠片は、まだ同じ位置に残っている。
不自然に削れ、角ばったまま形を保ったそれは、自然物とは少し違う存在感を放っている。
しゃがめば、そのまま手が届く距離だ。
足場も安定していて、無理な姿勢になる必要はなさそうに見える。
だが、そこから先は見えない。
一歩進めば、曲がり角の向こうに入る。
そこから先は、距離も音も、また最初から測り直しになる。
取れる。
だが、その先が測れなくなる。
その事実が、はっきりしたところで、足が止まった。
見通しのいい方なら、進めば進むほど情報は増えていく
視界も音も整理しやすくなる代わりに、引き返す余地が少しずつ削られていく。
もう一方は、逆だ。
進めば、情報は減る。
だが、下がる余地が、常に残る。
この違いは、敵が出るかどうかとは関係ない。
純粋に、構造の違いだった。
選択肢が残る道では、戦わずに済む可能性が残る。
それは、勝ち負けの話じゃない。
判断を途中で引き返せる余地が、構造として残っているということだ。
「進むか、引くか」という二択ではなく、
「進んでみて、無理なら引く」
という順番が、初めて現実的に成立する。
俺は、横に広がる道と見通しのいい一本道を、もう一度並べて見た。
どちらが安全かは、まだ言えない。
だが、どちらが選択肢を残せるかは、はっきりしている。
ここで、戦う必要はない。
ここで、勝つ必要もない。
必要なのは、生きたまま戻れる余地だ。
そこで、俺は一度、足を止めた。
まだ、結論は出さない。
だが――
戦わずに進む、という選択肢が、ようやく現実の形を持ち始めていた。
その位置に立ったまま、ゆっくりと呼吸を整える。
息を吸って、吐く。
それだけの動作なのに、正面に立っていたときより、頭の中が静かになる。
さっきまで「進まない」という選択が、どこか消極的なものに感じていた。
そういう言葉で、自分を止めている感覚があった。
行けない理由を並べて、踏み込まないことを正当化しているような、どこか後ろ向きな手応えが、胸の奥に残っていた。
だが、今は少し違う。
まっすぐ続く道を思い浮かべると、広く、見通しが良く、やるべきことが最初から単純に整理されている場所として浮かび上がる。
前に出るか、引き返すか、その二つ以外の選択肢が、ほとんど用意されていない。
判断は早い。
だが、その分、迷う余地も考える時間も、最初から削られている。
その代わりに失われているのは、
選択肢そのものだ。
横道を、もう一度見る。
見えない部分が多く、情報も少なく、進むたびに立ち止まって考える必要がある場所だ。
判断に時間はかかるが、その時間を使うこと自体が、最初から許されている。
進んでみて、違うと思えば下がる。
その動きを、最初から想定できる構造をしている。
戻る、という選択が、
最初から排除されていない。
そこで、ようやく気づく。
正面から行く、という行動は、勇気や覚悟の話じゃない。
あれは、踏み出した瞬間に選択肢を削っていく動きだ。
進んだ分だけ、逃げ道が減る。
立ち止まった時点で、選べる手段が絞られていく。
敵が出る前から、
行動の幅は、構造的に狭められている。
一方で、選択肢を残す位置に立つという判断は、臆病さでも逃げでもない。
迷いながらも進む余地を、最初から確保しているだけだ。
戦わない、という決断は、負けを認めることじゃない。
そもそも、勝ち負けの土俵に立たない、という選び方だ。
ここで勝つ必要はないし、
ここで評価される理由もない。
必要なのは、生き延びることと、次の判断に繋げられる余白だけだ。
採れるものが見えていても、その先が測れない距離なら踏み込まない。
それは怖いからじゃなく、測れない状態で選択肢を減らしたくないからだ。
測れないまま進めば、
進んだ先で下がれなくなる。
俺は、二つの選択を、もう一度、同じ重さで並べて考える。
どちらが正しいかではなく、どちらが判断を続けられるか、という基準で見直していた。
正面から行かない、という判断が、
少しずつ、別の意味を帯び始める。
逃げる、ではない。
諦める、でもない。
生きて帰るために、
選択肢を残し続ける、という決め方だ。
その考え方が、ようやく一本の線として、頭の中に引かれた。
まだ確信と呼べるほど強くはないが、前よりもずっとはっきりしている。
俺のやり方は、正面突破じゃない。
回り込み、下がり、引き返すことを前提にした探索だ。
それが、今の自分にとって、最も現実的で、
生き延びる可能性を残せるやり方だと感じていた。
もう一度、前を見る。
広くてまっすぐで、入口に立っただけで進み方が頭に浮かぶほど、分かりやすい構造をしている。
一歩前に出て、何かが起きたら下がる。
あるいは、そのまま押し切る。
行動の選択肢が、最初から単純な形に整理されてしまう。
分かりやすい。
だからこそ、考えなくて済んでしまう。
何が起きるかは、まだ何も分からない。
敵が出るのか、出るとしたらどの距離で、どんな形で現れるのかも、今の位置では判断できない。
危険度が高いのか低いのか。
それすら、確かな材料は揃っていない。
それでも――
正面から行くのは、たぶん危ない。




