第5話 ……無理だと思う
お正月休みは終わったけど、週末には三連休が待ってます!
仮設フェンスは、思ったよりも簡単に見つかった。
ニュース映像で見たときは、もっと物々しいものを想像していた。
実際には、オレンジ色のネットが適当に張られ、
何本かのコーンが、間隔も揃わないまま並んでいるだけだった。
近づくと、紙が一枚、風に揺れているのが見える。
【関係者以外立入禁止】
【危険区域につき立入禁止】
印刷された文字は、やけに整っていた。
フォントも、文言も、どこかで見慣れている。
役所。
工事現場。
災害時の仮設通行止め。
そういう場所で、よく見るやつだ。
役所の窓口や、工事現場の端、災害が起きた直後に、とりあえず貼られる注意書き。
見慣れているせいか、そこに書いてある言葉を、真正面から受け止めなくなっている自分に気づく。
だからか、切迫感はなかった。
今すぐ命に関わる、という空気は、この紙切れからは伝わってこない。
――ああ、ここか。
ニュースで名前だけ聞いた場所。
東京第三区・初期発生ダンジョン。
頭の中でそう整理してから、俺は足を止めた。
誰もいない。
警備員らしき人影もなく、腕章をつけた係員が立っている様子もない。
視界に入るのは、フェンスと、紙と、空間だけだ。
立入禁止、と書いてあるわりに、それを守らせるための人間がどこにも配置されていない。
少しだけ、周囲に目をやる。
フェンスの内側も、外側も、見える範囲ではほとんど同じ景色だった。
線を一本引いたからといって、何かが急に変わったようには見えない。
遠くでは、車の走る音がする。
人の声も、風に混じってかすかに届く。
それなのに、この場所だけが、ぽっかりと空いているように感じられた。
おかしい、とは思った。
ただし、それは「危ない」という感覚とは、少し違う。
理由を挙げろと言われたら、まだ何も言えない段階だった。
ここから先に入るつもりはない。
それだけは、はっきりしている。
本当に、入る気はなかったはずだ。
ただ、距離を測っておきたかっただけだ。
フェンスの位置。
ネットの高さ。
入口らしき影までの、体感的な遠さ。
何かあったとして、引き返すなら、どの辺りまで戻ればいいのか。
その判断材料を、頭の中に並べているだけ。
足先が、無意識に一歩、前に出る。
フェンスの外側だ。
ネットには触れていないし、越えたという実感も、まだない。
自分にそう言い聞かせながら、足元と前方を、何度か見比べる。
まだ、外だ。
少なくとも、フェンスの外側には立っている。
ネットも越えていないし、足元に引かれた線を、跨いだ記憶もない。
入った、と言い切るには、理由が足りない。
風の音は変わらない。
空気の冷たさも、さっき感じていたものと同じだ。
だから入った感覚は、ない。
境界を越えた、という自覚も、まだない。
それでも。
誰もいない、という事実だけが、少しずつ確かな重さを持ってきていた。
管理されているはずの場所に、管理している人間が今は誰もいない。
そのこと自体が、ここが普通の場所ではないと静かに示している気がした。
数歩、横にずれただけだった。
フェンスの切れ目を探したわけでも、内側を覗き込もうとしたわけでもない。
ただ立っている位置を、ほんの少し変えただけだ。
角度が変われば、入口らしき影の奥行きが、もう少し正確に分かる気がした。
それだけの理由で足を動かした、という整理でいいはずだった。
一歩。
間を置いて、もう一歩。
足取りは慎重だったと思う。
少なくとも、急いではいないし、勢いで踏み出した覚えもない。
そう言い切ってしまって、問題はないはずだ。
そのとき、音が変わった。
正確には、変わったと断言できるほど、明確ではない。
ただ、足音が返ってくるまでの間が、ほんの一拍だけ長い。
靴底が地面に触れる感触と、耳に届く音のあいだに、説明しづらいズレが挟まる。
気のせいだと処理したい。
周囲に高い建物はなく、反響する壁も、音を遅らせる構造も思い当たらない。
それなら、これは環境の問題だと思っていい。
……そう思ってよいのか。
自分にそう言い聞かせて、もう一歩だけ前に出る。
「もう一歩だけ」という判断自体が、内側に寄っている気もしたが、深く考えないことにした。
今度は、距離感がおかしかった。入口までの遠さが、さっきより近く見える。
けれど、歩いた距離は、ほとんど同じはずだ。
縮んだ、という言い方は違う。途中の「間」が、一部だけ抜け落ちたような感覚。
近づいたのではなく、近づいたように見えているだけだと思いたかった。
視線が止まる。足が、その場に固定される。
動いていないのに、位置だけが少し前にずれたような、嫌な感触が残る。
振り返る。フェンスは、まだ見える。
オレンジ色のネットも、倒れかけたコーンも、記憶の中の位置とズレていない。
数歩で戻れる距離にある、と判断していいはずだ。
……戻れる。
そう考えておかないと、困る。
戻ろうと意識した瞬間、足先がほんの一瞬だけ、どちらを向けばいいのか迷う。
前と後ろが、同じ重さで並んでいるように感じられた。
空気が少し冷たい。
いや、冷たさそのものは変わっていない。
変わったのは、その冷たさが皮膚に触れる感覚の密度だ。
これは外の空気だ。
そう言い切れれば楽なのに、喉の奥で言葉が引っかかる。
風は通っていない。
でも、完全に遮断されてもいない。
屋外のまま、屋内に近づいたような、どちらとも言えない感じ。
「まだ外だ」と判断するには、材料が少し足りない。
息を吸う。
音が、吸い込まれる。
吐いた息がどこに消えたのか、一瞬だけ分からなくなる。
異常だと決めつけてしまえばいいのか、それとも、そういう場所に来てしまった結果だと受け入れるべきなのか。
考えが、どちらにも振り切れない。
もう一度、足元を見る。線は跨いでいない。
越えた感触も、越えた記憶もない。
だから外だと言いたいし、外であってほしい。
それでも、ここはさっき立っていた場所と同じではない。
そう考えるほうが自然だと、頭のどこかでは先に理解している。
入ったつもりはない。
けれど、もう、「外だ」と言い切れる場所でもなかった。
静かすぎる。
音がないわけじゃない。
自分の呼吸も、服が擦れる気配も、靴底が床に触れる感触も、確かにある。
それなのに、周囲から返ってくるはずのものが、いくつか欠けている。
反響の角度が合わない。距離の目安になるはずの情報が、途中で途切れている。
広さが分からない。
天井があるのかどうかも、視界だけでは判断できない。
明るさは一定だ。暗くもないし、視界が遮られているわけでもない。
それなのに、どこまで見えていて、どこから先が見えていないのか、その境目がはっきりしない。
一歩動けば、何かが起きる。
そう断定できる材料はないはずなのに、そうなる前提だけが、静かに積み上がっていく。
ここは、資格者向けの場所だ。
その感覚で、すべてが組み立てられている。
誰かにそう教えられたわけじゃない。
看板に書いてあるわけでもない。
それでも、この空間の作りそのものが、そう言っている気がした。
俺は、資格者じゃない。
装備も足りない。
知識も足りない。
準備と言えるものも、何一つ整っていない。
その事実を、改めて突きつけられるような音はしない。
注意喚起も、警告もない。
代わりに、「足りていない」という情報だけが、淡々と、当たり前の前提として置かれている。
戦う以前の問題だ。
何がいるのか分からない。
距離も、数も、位置も、把握できない。
把握しようとした瞬間、自分がこの場所で一番、無防備な存在になる。
見えていないものに対して、見ようとする意識だけが先に出る。
それは、ここに入っていい人間の振る舞いじゃない。
胸の奥が、少しだけ縮む。
怖い、という言葉を当てはめるほど、感情は尖っていない。
それでも、ここで何かを始めたいとは思えなかった。
ただ、やりたくない。
理由を並べれば、いくらでも出てくる。
今の自分には、準備も情報も、判断の材料も足りていない。
けれど、それらは後付けだ。
もっと手前に、別の感覚がある。
この場所で何かを始めること自体が、今の自分の輪郭に、うまく合っていない。
無理に回そうとしている、噛み合わない歯車の感じ。
足元に力が入っていないことに、遅れて気づく。
立っているのに、踏みしめている感覚が薄い。
……無理だと思う。
声に出したわけじゃない。
それでも、その言葉は、頭の中で静かに定位置に収まった。
諦めでも、感情の爆発でもない。
今の自分がここでやるべきじゃない、という結論。
そう整理すると、逆に、周囲の情報が少しだけ形を持ち始める。
音の位置。
視界の端。
背後に残してきた距離。
どれも、戦うための情報じゃない。
引くために必要な条件だ。
ここで踏みとどまる理由は、見当たらない。
前に進む動機も、浮かばない。
それだけが、はっきりしている。
動かないまま、条件だけを頭の中に並べていく。
前に進むか、それとも引くか、その二択を考える前に、今ここで一度立ち止まる必要がある。
距離、音、視界。
さっきから同じところをなぞっていると分かっていながら、
それでも、もう一度順に考え直す。
まず距離について考えると、入口らしき影までの体感が、さっきからまったく安定していない。
近づいたようにも見えるし、立ち位置がほとんど変わっていない気もして、基準にできる感覚がどこにもない。
次に音だ。
足音は返ってくるが、その返り方が一定じゃなく、遅れたり薄くなったり、ときどき返ってきた気がしなかったりする。
音を頼りに位置や距離を測るという行為そのものが、この場所では信用できないと判断せざるを得ない。
視界も同じだった。
暗くはないし、何も見えないわけでもないのに、「見えている」と断言できる範囲がどこにも定まらない。
遠近感が、最初から最後まで、ずっと揺れている。
ここまでの情報をまとめると、一つの結論に近づく。
前に進めば、何かが起きる。
それだけは、ほぼ確実だ。
問題は、それが把握できる形で起きるのか、それとも起きてから考えることになるのか、という点だ。
今の状態では、間違いなく後者になる。
それは判断ではなく、放置に近い。
ここで前に出るという行為は、勇気でも覚悟でもなく、ただ何も決めないまま流されるだけの動きになる。
それは、やりたくない。
次に成果について考える。
今ここで得られるものは、ほとんどない。
素材も情報も、確実に持ち帰れると断言できるものは何一つ想定できない。
逆に、失う可能性だけはいくつも思い浮かぶ。
怪我、逃げ遅れ、位置感覚の喪失。
どれも、起きてからでは遅いものばかりだ。
それなら、今ここで得られたものは何か。
距離が信用できないこと。
音が当てにならないこと。
視界が境界を示さないこと。
そして、この場所が「準備して入る前提」で作られていると感じられる、その感覚自体だ。
それだけで、十分だ。
今の装備で、今の知識で、今の自分が出来ることは、もうやり切っている。
ここから先は調査ではなく、賭けになる。
体の向きが、少しずつ後ろを選び始める。
意識して回れ右をしたわけではなく、考えがまとまった結果として、自然にそうなっただけだ。
逃げた、という感覚はない。
「やめた」という言葉もしっくりこない。
ここで引く、という判断を、ただ実行しているだけだ。
怖いからじゃない。
弱いからでもない。
今は、やるべきじゃない。
それだけで、理由としては十分だった。
一歩、下がる。
足音が、さっきより分かりやすく返ってくる。
遅れはまだあるが、完全に失われてはいない。
もう一歩、下がる。
視界の端に、オレンジ色が戻ってくる。
フェンスだ。
その色が見えた瞬間、距離の感覚が少しだけ現実に戻る。
前と後ろの重さが、ようやく別々になる。
ここだと思う。
ここから先なら戻れるが、これより奥には戻れる保証がない。
そうやって、自分なりの線を引く。
誰かに言われたわけでも、掲示に書いてあったわけでもない。
それでも、この線は今の自分にとって必要なものだ。
これ以上は踏み込まない。
今日は、ここまでだ。
そう決めると、体の中の緊張が、わずかに形を変える。
抜けたというほどではないが、張り詰めきっていたものが少しだけほどけた。
自己嫌悪はない。
うまくやったという感覚もない。
ただ、判断として、これ以上は不要だと分かった。
それでいい。
完全には、外に出ない。
フェンスの手前まで戻ってきて、それでも足を止める。
外に出たと言ってしまえば楽だが、そう言い切ってしまうには、まだ早い気がした。
距離は確かに戻っている。
音も、さっきより分かりやすく、位置の手がかりになる。
空気の感触も、ここでは安定していて、さっきまでの揺らぎは薄い。
それでも、背中側に残っているものが、完全には消えていない。
振り返る。
入口らしき影は、まだ視界の中に収まっている。
近づくつもりはないが、今はまだ、視線から切り離す気にもなれなかった。
見ているだけなら、まだ許される。
そう自分に言い聞かせて、その位置に立ち続ける。
一歩踏み出せば、中に入る。
もう一歩下がれば、外だと言える。
そのどちらにも動かず、ちょうど境目に立ち続ける。
今日は、ここまで。
そう区切ることで、空間だけでなく、時間にも一本の線を引く。
今すぐ何かを始める必要はないが、忘れてしまうには、まだ早すぎる。
さっきまで感じていた違和感を、頭の中でもう一度、順に並べてなぞる。
怖さとして処理しない。
異常だと決めつけることもしない。
ただ、判断の材料として、情報のまま残す。
次に来るなら、準備してからだ。
測れるようにしてからだ。
今よりも、少しだけ条件を揃えた状態で。
そう考えると、さっきまで張りついていた感覚が、わずかに形を変える。
落ち着いたと言えるほどではないが、振り回されている感じは確実に薄れた。
ここは、危険な場所だ。
それと同時に、考えれば近づくことも出来る場所でもある。
その両方を同時に抱えたまま、今日は離れる。
フェンスの外側に、完全には出ないまま。
視線だけを残して、体を引く。




