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キャラバン・ブルース

作者: ぬえぼう

この広大な銀河の片隅、様々な航路が交差する宙域に、巨大なステーション『タルタロス』は存在している。明確な所有者を持たず、自由を謳歌する航宙士たちが集う無法の坩堝。ここでは、法よりも義理と腕がものを言う。人々は星々の海を往く「宇宙のトラック野郎」となり、己の腕と、時には命を賭して、依頼をこなしていく。


物語の中心となるのは、元しがないエンジニアから脱サラし、宇宙の自由を求めて航宙士となった男、チャック・マツオカ。高性能AI『アイリーン』を相棒に、ワケありの中古船『セカンドライフ』号を駆り、今日も依頼のために宇宙を駆ける。彼の行く手には、危険な海賊、謎めいた企業、そして時に己の過去が立ちはだかる。


そして、チャックだけではない。元軍警察のエース、クロエ・ヴァレンティーナは、過去の因縁を断ち切るように、ステルス性の高い『シルフィード』を操り闇の依頼をこなす。辺境育ちの天才パイロット、レックスは、違法改造シップ『ラスカル』で危険な宙域を飛び回り、自由を謳歌する。ギルドの重鎮である退役軍人バートは、まるで動く要塞のような『タイタンズ・ハンマー』で、若き航宙士たちを見守る。


個性豊かな航宙士たちが織りなすのは、危険と隣り合わせの宇宙冒険活劇。彼らはトラブルに巻き込まれ、時には命の危機に瀕しながらも、それぞれの信じる道を、星々の彼方へと切り開いていく。


これは、宇宙の片隅で生きる者たちの、汗と硝煙と、そしてわずかな希望が込められた、ハードボイルドなスペースオペラの記録である。

キャラバン・ブルース


ステーション『タルタロス』、自由航宙士ギルド区画。ダイナー『スターゲイザー』は、今日も揚げ物の匂いと航宙士たちの喧騒に満ちていた。チャック・マツオカは、カウンター席でぬるい合成コーヒーを啜りながら、愛機『セカンドライフ』号の修理見積書を睨んでいた。先の海賊との一戦で受けたダメージは、想像以上に深刻だったのだ。メインエンジンの出力低下、姿勢制御スラスターの不調、そして船体外装の補修。稼いだクレジットは、あっという間に修理費とローンに消えていく。ため息しか出ない。


「おい、チャック」

低い声が頭上から降ってきた。見上げると、ママ・ベルが、片腕の義手をカウンターにドンと置いて立っていた。元航宙士の彼女は、恰幅の良い体と姉御肌の性格で、航宙士たちの信頼を集めている。しかし、その眼光は、いつだって金に困った連中の心を正確に見抜く。

「また貧乏面してるね。どうだい、いい話があるんだが?」

チャックは思わず身を乗り出した。「いい話? ママさん、あんたがそう言う時は、大抵ろくでもないことしかねぇんだが」

「失礼だね。あたしゃあんたのために言ってんだよ」 ママ・ベルはニヤリと笑った。「『ホーンド・アウル・トレイル』の護衛だよ」

チャックは目を見開いた。『ホーンド・アウル・トレイル』。辺境の開拓地、ステーション『ニュー・ホープ』へ向かう大規模な宇宙キャラバンだ。物資と人員を運ぶ船団は、時に海賊や、未開宙域の原生生物の脅威に晒される。その分、報酬は破格だ。

「護衛はすでに専属がいるはずじゃ……」

「そうさ。だがな、今回のキャラバンには、ちょっと厄介な『荷物』があってね。表沙汰にできないが、信頼できる腕が必要なんだとさ」

ママ・ベルはカウンターの下から、分厚いデータパッドを滑らせた。「航宙士ギルドの公式掲示板には出せないシロモノさね。あんたの腕と、あの『裏技』を知ってるからあたしが指名されたんだよ」

「俺の裏技?」チャックは怪訝な顔をした。

「そうさ。非武装の工業製品を工夫次第で護身用の兵器に転用する、だっけ? ギルドの技術部が研究してるって話じゃないか」

チャックは赤面した。あの時のハッタリが、まさかこんな形で広まっているとは。

データパッドには、報酬額と、引き渡し座標が記されていた。額を見たチャックは、思わずコーヒーを吹き出しそうになった。これは、『セカンドライフ』の修理費どころか、ローンの数ヶ月分を一気に返済できる額だ。




航宙士たちは、食い物を食い散らかしながらも、店のテレビに映るニュースに釘付けになっていた。マーカス・ヴォレン評議会議員が、ギルド所属シップに対する強制臨検法案について熱弁を振るっている。「個人の自由が、全体の秩序を乱すことは許されない」とかなんとか。ビショップ支部長の好敵手と言われるだけあって、言ってることは筋が通っているが、航宙士にとってはたまったものではない。

「ったく、また面倒なことになりそうだぜ」隣の席の航宙士が毒づいた。

「チャック、この仕事はリスクが高い。報酬がいいってことは、それだけヤバいってことさね」ママ・ベルの声が、チャックの耳に届く。「だが、あんたには、そのリスクを乗り越えるだけの『運』がある。それに……『セカンドライフ』も、あんたの元エンジニアとしての知識と発想力を欲しがってるよ」

チャックは『セカンドライフ』のAI、アイリーンを思い出した。彼女はいつも冷静で、彼をサポートしてくれる最高の相棒だ。統合反射式航行ナビゲーション・エンジン(I.R.E.N.E.)という正式名称を持つ彼女は、きっとこの困難な航海も乗り越えさせてくれるだろう。

チャックは残りのコーヒーを一気に飲み干すと、立ち上がった。

「ママさん、この仕事、引き受けるよ。詳しい話を聞かせてもらおうか」



数日後、『セカンドライフ』号は『ホーンド・アウル・トレイル』の集合宙域にいた。

「キャプテン、指定された貨物船『オアシス』シップにドッキングします」

アイリーンが告げる。キャラバンを構成する大型輸送船や護衛艦の他に、『オアシス』と呼ばれる移動式の補給・修理拠点があるとは知らなかった。

ドッキングベイでチャックを待っていたのは、いかにも神経質そうな男だった。細身で背が高く、白衣を着ている。

「あなたがチャック・マツオカさんですね。私は今回の依頼主代理を務める者です」

男は挨拶もそこそこに、チャックを貨物室へと案内した。そこには、厳重にロックされた大型コンテナが鎮座していた。

「これが、あなたに護衛をお願いしたい『荷物』です」

チャックはごくりと唾を飲み込んだ。まさか、麻薬か? それとも生物兵器でも開発しているという『箱舟』計画のサンプルか?

男がコンテナのロックを解除すると、内部からまばゆい光が漏れ出した。そして、その光の中に、チャックは想像だにしなかったものを見た。

それは、巨大な結晶だった。青白い光を放ち、その内部には複雑な幾何学模様が刻まれている。

「これは……」

「クリスタル・クロウラーの『心核』です」

男が静かに言った。クリスタル・クロウラー。惑星『プロメテウスIV』に生息する、特殊な結晶構造の甲殻を持つ原生生物だ。レーダーに映りにくい特性を持ち、非常に危険な生物として知られている。

「『心核』は、クリスタル・クロウラーの生命活動を司る器官であり、彼らの意識そのものです。非常に不安定で、わずかな電磁波の乱れや振動で暴走する危険性がある。これを『ニュー・ホープ』の研究所まで無事に届けたいのです」

男は続けた。「これを使えば、クリーンなエネルギー源として、あるいは医療分野で画期的な治療法を確立できる可能性がある。しかし、我々の競合他社、『ヘリオス・エネルギー』は、これを兵器転用しようと狙っている」

チャックは目眩がした。報酬が高いわけだ。こんな危険なものを運ぶ仕事は初めてだ。

「キャプテン、キャラバンがワープ航行を開始します。危険宙域『ゴースト・ネビュラ』を通過するため、警戒が必要です」

アイリーンが警告する。濃い星間ガスでセンサーが効きにくい、海賊の巣窟として悪名高い宙域だ。

「分かってる。アイリーン、船体各部のセンサー感度を最大にしろ。特に貨物室の心核のバイタルを常に監視だ」

「了解」


キャラバンは順調に進んでいた。だが、『ゴースト・ネビュラ』に差し掛かった時、事態は急変した。

メインスクリーンに、無数の小さな反応が点滅する。

「キャプテン、海賊です! 数は……多すぎます! 『レイダー』級が10隻以上、そして『デン』級の母艦まで!」

アイリーンが焦りの声を上げる。通常の海賊の襲撃とは規模が違う。これは、明らかに『心核』が狙われている。

『こちらキャラバン護衛隊! 各機、迎撃態勢に入れ! 後方の輸送船は防御シールド最大!』

通信から、護衛艦隊の慌ただしい指示が聞こえる。しかし、海賊の数は圧倒的だ。

「チャック・マツオカさん! なんとかしてください! 『心核』が彼らの手に渡れば、大惨事になります!」

依頼主代理の男が、チャックの腕を掴んで懇願する。

「分かってる! アイリーン、全エネルギーを前方に集中! 最大出力でパルスレーザーを放て!」

『セカンドライフ』の貧弱なパルスレーザーが、海賊船の一隻を掠める。シールドを削るのが精一杯だ。

(ダメだ、このままじゃ突破される!)

チャックの脳裏に、以前海賊を退けた時の「裏技」が蘇った。あの時使ったのは、工業用磁気パルス発生装置。今回は、より強力で不安定な『心核』がある。

「アイリーン! 貨物室の心核に、低出力でいいから直接エネルギーラインを接続できるか!? 指向性は前方に!」

「キャプテン、危険です! 『心核』は非常に不安定! 暴走すれば、この船ごと吹き飛びます!」

「分かってる!だが、やるしかねぇ!」

チャックは叫んだ。背後から迫る海賊船が、彼の『セカンドライフ』を狙ってレーザーを放つ。

「急げ、アイリーン!」

「……了解。最終安全プロトコルを解除。接続を開始します。成功確率は1.2%」

アイリーンの声は、それでも淡々としていた。それが、かえってチャックの焦りを煽る。



船体が大きく揺れた。貨物室から、耳障りな甲高い共鳴音が響く。

「接続完了! しかし、『心核』の共鳴が止まりません! エネルギーレベルが急速に上昇しています!」

アイリーンが警告する。コンテナから青白い光が漏れ出し、船内全体が共鳴音で震え始めた。

「来い、クソッタレ共!」

チャックは、一番大きく、強欲そうな『レイダー』級海賊船が真正面に来るのを待った。引きつけて、引きつけて――

「今だ!放てぇっ!」

『セカンドライフ』号の船首から放たれたのは、パルスレーザーではない。青白い光を帯びた、歪んだ衝撃波だった。それは、電磁パルスでも、磁気パルスでもない。クリスタル・クロウラーの『心核』が放つ、高密度の「共鳴波」だった。

共鳴波をまともに浴びた海賊船は、一瞬にして電子系統がショートし、機能停止。他の海賊船も、わずかにその余波を浴びただけで、システムに不調をきたし、動きが鈍くなる。

「なんだ、これは!?」

海賊たちの混乱した通信が、モニターから聞こえてくる。

「見たか!これが『セカンドライフ』の新兵器だ!これ以上近づけば、お前らもただの鉄屑だ!」

チャックは、震える声で精一杯のハッタリをかました。幸い、『心核』からの共鳴音は収まり、船内のシステムも落ち着きを取り戻しつつあった。

海賊たちは、新たな脅威に怯み、撤退していった。


静寂が戻った後、キャラバン護衛隊の指揮官から、チャックに感謝の通信が入った。

「まさか、貴艦がそんな隠し玉を持っているとは。助かった」

「いえ、これもギルドの仲間として当然のことを……」

チャックは額の汗を拭いながら答えた。

依頼主代理の男は、貨物室で『心核』を検分していた。

「無事です。しかし、まさか『心核』をあんな風に使うとは……あなたの発想力には恐れ入ります」

「そりゃ、元エンジニアですから」チャックは肩をすくめた。「しかし、こんなもの、二度とやりたくねぇな」

『セカンドライフ』は無事に『ニュー・ホープ』ステーションに到着し、チャックは莫大な報酬を手にした。ローンの返済にも光明が見えた。

だが、彼が本当に得たのは、金だけではなかった。

窓の外には、フロンティアの荒々しい星々が広がっている。

「アイリーン、次の仕事を探すか。今度は、もうちょっとスリルのあるやつをな」

チャックは、薄いコーヒーを一口すすると、不敵な笑みを浮かべた。

彼の『セカンドライフ』は、この広大な宇宙で、新たな価値を見出し続けていた。

うまい具合にかけないなぁ・・・

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