居待月
朝午前八時。学校に通学するために自転車を漕ぐ。昨日のことで舞い上がっているせいか自転車を漕ぐ足が軽い。
学校の駐輪場に着くと僕は自転車を停めた。すると後ろから「おーすおはよう」と声をかけられた。
「おはよう良樹」
僕は元気よく挨拶すると良樹は何かに気がついたように眉間に皺を寄せた。
「お前・・・なんか嬉しそうだな。顔が緩んでニヤけてるぞ」
良樹の言葉に自分の顔が笑みで緩んでいることに気がつくと誤魔化すように緩んだ口の端を元に戻す。
「いや別に何もないよ」
「は〜ん。本当かね〜」
良樹に疑われたていると黒い髪が自然に入ってきた。日暮さんだ。長い髪を風で揺らしながら昨日あげた三日月の髪飾りを髪につけていた。
日暮さんが友達と話して校舎の中に入っていくのを見ていると良樹が何かを察したようにニマニマと笑みを浮かべていた。
「まーた顔が緩んでるぞぉ」
「あ!!」
僕は悟らせまいと顔をしかめるが、良樹は笑みをやめることはなかった。
教室に入り授業を受ける。眠たい目を擦りながらもノートをとっていると、前の先の日暮さんが視界に入る。
彼女は机に突っ伏して寝ていた。彼女はほとんどの授業を寝ている。しかしなぜか彼女の成績は学校上位に食い込むほどだ。
なぜか寝ている彼女に先生たちは何も言わない。注意されたことすら見たことがない。
そんな彼女を見ていると「おい、羽瀬!!」という先生の声が耳に入る。そして僕は我に返り先生にさされていることを理解した。
「羽瀬!!この問題わかるかと聞いてるんだ!!」
「あ、いや・・・・・・すいません。わかりません」
先生が呆れたように顔に手を当てると、教室中に笑い声が響いた。その声に起きたのか日暮さんも目を擦りながら、周りをキョロキョロ見ると僕の姿を見て状況を理解する。
僕は顔を赤くしながら席に着いた。日暮さんそのあと目が覚めたのか、起きて授業を聞き始めた。
時は流れて昼休みになった。僕は屋上で良樹と一緒にご飯を食べてた。僕も良樹もコンビニの弁当やパンを食べている。
コンビニバイトの前の日に買ってから次の日の昼ごはんにしている。貯金は減るが昼飯を買う手間が省けて僕たちに取っては楽だった。
僕は昼飯を食べ終え、スマホをいじっていると良樹が僕のスマホを覗き込んでくる。
「何調べてんの?」
「月の満ち欠けの名前」
「月の満ち欠けの名前?なんでそんなの調べてんだ?」
「いや・・・・・・ちょっと興味あって」
「はーんそっか。ところで今日何でぼーっとしてんだ」
「え、いや別にぼーっとはしてないよ」
「そうか?心ここにあらずって感じがするけど」
良樹に問い詰めらるが日暮さんとの関係を言うか一瞬迷った。良樹は言いふらすほど口が軽い奴じゃあないし、だいたい日暮さんとは付き合ってもいない。
「まぁ言いたくないならいいや」
追求を免れたせいか僕は安堵すると良樹は顔を近づけてきた。
「いつか話してくれよな。日暮さんのことをよ」
バレてた。さすがにわかりやすかったか。だが深く追求しないのは良樹のいいところだ。
「さぁ昼休みも終わるし教室戻ろうぜ」
「うん、そうだね」
ゴミを持って教室に戻ろうとした時、ピロリンと音が鳴り、スマホにメッセージがきたことが通知される。
日暮茜『今日の二十一時いつもの河川敷で』
日暮さんからのメッセージを見て口元が緩んでしまった。
日は落ち月が昇る。今夜の月は居待月。月の出が遅いため座って待つという意味でこの名前がつけられたらしい。
黄色に輝く月の面積が昨日よりも欠けて見える。日に日に黒い部分が増えていく。まるで闇が月を飲み込んでいるようにも見える。
バイト帰りの僕は河川敷に向かうために自転車を漕ぐ。毎晩見ている川の流れ、暗闇に染まった草木、住居からこぼれる優しい光、もうこの道にも慣れた。そして最近もう一つ慣れたこともある。
「あ、こっちこっちおーい」
日暮さんと会うことにも慣れつつあった。
三日月の髪飾りを付けて、笑顔で大きく手を振る日暮さんに僕は自転車に乗りながら手を振りかえす。
「おーい。お待たせ」
僕は自転車を停めると、彼女の側に歩みを進める。
「待った?今日少しバイトが終わるの遅くなっちゃったけど」
「大丈夫だよ。月を見てたし、ちょうど話し相手がほしいと思ってたとこ」
「それはすいませんでした」
「いえいえ、お隣どうぞ〜」
僕は日暮さんの隣に腰をかけた。夜風が昨日よりも冷たく感じる、少し色褪せた草が揺れた。月明かりの優しい光が僕たちを照らし、世界に二人だしかいなくなってしまったような不思議な感覚がする。
「今日の月は居待月っていうんだって。名前の由来は・・・」
「月の出が遅いから座って待てるからでしょ」
「さすがだね。日暮さん」
「ふふーん月博士と呼んでくれたまえ」
日暮さんは自信満々に胸を張って見せた。
「そういえば今日何でみんなに笑われてたの?先生も呆れたし」
「え!?それは・・・・・・」
正直に、君に見惚れていましたとは言えない。目を逸らすと日暮さんは顔をじーっと見つめてくる。
「ちょつと考え事してぼーっとしてた」
「ふーんそうなんだ」
納得したのか日暮さんは目線を僕から離して月を見始めた。僕はほっとすると月を見始める。
「日暮さんこそ、授業よく寝てるのにすごいよね。成績だって学年上位だしさ」
「・・・・・・」
何気ない言葉だったのに日暮さんから返事が返ってこない。僕は日暮さんを顔を見ると彼女はこちらに顔を向けず悲しそうに月を見上げていた。
「あ、そうだよね。裏ですごい努力してるのに、僕バカだねよ。そんなこともわからないなんてさ」
「そんなことないよ・・・・・・裏で努力してるのは本当だし」
しばらくの間静寂が僕たち二人を包んだ。
「ねぇ・・・・・・羽瀬くんは夜は好き?」
「え?うーんどちらかと言えば好きかな」
「私は嫌い」
彼女のその一言からは悲しみと憎しみが伝わってきたような気がした。
「夜は一人で寂しいんだ。月だって太陽が当たらなきゃ一人で輝けない。暗闇に取り残されてひとりぼっち・・・・・・そんな孤独を感じさせる夜を・・・・・・私は嫌い」
日暮さんの言葉に前に彼女が言っていた一人は嫌いという意味を僕は理解した。
「月は私だと思う。闇に包まれてく、孤独な存在・・・・・・月も不安なんだろうね。太陽がなきゃ」
悲しそうに笑う日暮さんを見てると僕の心は締められる。まるで何かに握りつぶされるような感覚が僕の胸を包む。
「ごめんね・・・・・・こんなこと話しちゃって、今日はもう帰ろうか・・・・・・」
立ち上がって帰ろうとする日暮さんの手を僕は掴んだ。自分でもなぜ掴んだのかはわからない。だけどここで彼女を引き止めなければいけない気がした。
「なら僕が君の太陽になるよ。孤独を感じるなら僕が一緒にいる!!」
「え!?」
咄嗟に出た言葉に日暮さんが目を丸くした。そして僕も自分が吐いた言葉に顔を赤くした。
「ふふ、あっははは。本当羽瀬くんっておもしろよね」
「いやこれは、言葉の綾ってやつで・・・・・・」
「じゃあ太陽さん。また明日も私を一人にしないようにお月見、一緒にしてね」
彼女の笑みは今まで見た中で一番輝いて見えた。僕は言葉を失ったようにこくりと首を縦に振った。
「じゃあ、また明日〜」
日暮さんそういうと一人で歩いて帰っていった。今日は振り向いて手を振ることもなく、ただ黙々と歩いていくと暗闇の中に消えていった。
僕は日暮さんが見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。




