35話
船の上で、大和田の班は海を眺めながら釣りをしていると、輪田が立ち上がった。
「どうした、何かあったか?」
「呼ばれてますぞ、佐原氏の能力発動反応を感じとれました」
「誰だっけ……?」
「勝海、クラスメイトの名前くらいは覚えろと前も言ったよな?」
「う……」
大和田は口ごもる。転移前から関わりがあったわけではないので、かなり難儀しているらしい。
「ともかく、佐原さんってことは、召喚術か?」
「その通り、佐原氏の職業は召喚術士で、登録した魔物や人物をコピーして召喚したり本人を呼び寄せたりできる能力ですぞ」
「登録してたのか」
「まあ、保険ですぞ」
輪田は装備を整え始めた。そして、召喚術の転移門が開く。
「召喚術による召喚は緊急事態の時のみと決めているので、おそらくまずい事態になってますぞ。いざとなったら大和田班は僕が空間魔法で召喚するかもしれません」
「わかった、準備して待っていよう」
「気をつけろよ」
輪田が召喚門へと消えると、金竜が現れた。
「グレンダールまではもうそこまで遠くない。僕らも彼らに乗って向かうよ。」
勇者である一条と金宮は金竜という最速の移動手段がある。二人は早々に空を駆けていった。
ーーーーー
グレンダールに押し寄せる蝗害。通った路には何も残らない。しかし、状況は好転していた。エルドラドから続々と戦力が帰還しているからだ。
根田は敵グループリーダー格の男と対峙していた。男の名はファルコ・ステッカーというらしい。大太刀を扱う大柄の戦士だった。
「魔法剣士か。勝つのは容易いな」
「こんな時にどういうつもりだ……!」
「この事態を引き起こしたのは我らだからな、どうもこうもない。」
「ふざけるな、人がたくさん死ぬだろ!」
「知ったことか」
鍔迫り合いをしながら、二人は言い争う。ファルコの大太刀はリーチがかなり長く、魔法剣の二刀流である根田とは間合いが違う。そのせいで、かなりの苦戦を強いられていたのだ。
「根田、苦戦してるな」
「大和田くん!帰ってきたの!?」
「そいつ、倒すか?」
少し思案して、根田はそれを断った。
「いや、僕に倒させて欲しい。こいつらがこの虫達をここに誘導したみたいなんだ」
大和田はその言葉に頷いた。
「わかった。じゃあここは任せるわ」
「え…!」
依然不利なのは変わらない。いなくなって欲しくはない根田は言葉を詰まらせた。
「根田、もっと頭を使え」
端的にそう言って大和田は走っていった。根田はかなり困惑したが、もうやるしかない。
「あの男、ふざけやがって。後で殺す」
「頭を使う……頭……」
そこで根田は気づく。大和田との特訓中、大和田は常時全身に魔力を巡らせていた。
(脳に魔力を流す?そんなことしたら死ぬんじゃ……)
脳を魔法剣士の能力で最大まで強化し、魔力を血潮のように流し込む。すると、根田の視界が変化していった。
(違う、見える範囲が増えたんじゃない、認識して処理できる情報の量が増えたんだ!)
途端に鋭くなる動き。リーチの長い太刀相手に対等以上に切り結び、じりじりと追い詰めていく。そして、その能力は大和田すらも凌駕する領域へと到達していく。
(予想できる、相手の動きが!!)
ファルコは突然戦闘のギアが上がる根田に驚愕する。攻撃が弾かれ、退路を魔法で塞がれる。魔力操作でそれをしのぐものの、まだまだ精度が上がる。
「何をした…?!」
「………」
極度の集中により、ファルコの言葉が耳に入らない根田。炎を纏った剣を一心不乱に振り、追い詰めていく。
「ちっ……これは勝てなさそうだ」
ファルコは太刀で無理やり魔法の包囲を斬り裂いて突破し、逃亡した。根田も必死で追うが、突然強い引力に襲われ、身体が動かなくなる。
「な、何これ…?」
上から押し付けられるような重力に膝をつく。内臓に負荷がかかり、魔力による強化が途切れてしまった。
「情けない、情けないのですわ。ファルコ。」
「悪いな、思ったより強かった」
ドレスを来た少女は傘を開き、まるで物理法則を無視するように宙を舞っていた。
「この程度の雑魚に負けるなんて、失望モノでしてよ。セス、そこの雑魚剣士を殺してしまいなさい」
根田を指差して、隣に浮かぶセスという執事服の男に命令をする。セスはロングソードを抜き、動けない根田を殺しにかかった。
「や、やめ……」
刹那、二つの剣閃が閃き、黄金の竜が空を駆ける。一つの剣は縛られた重力から根田を解き放ち、もう一つの剣はセスの腕を断ち切る。
「3対1とは褒められないな、フェアにいこうか。」
「誰だか知らないけど、退くなら今だよ。」
一条と金宮の勇者コンビの登場である。
「面倒ですわ……本当に!」
「リア様、ここは撤退すべきかと」
「黙れ、私の怒りが収まらん。あの魔法剣士だけでも……」
すると、菖吐が走ってきて叫ぶ。よく見ると、身体中ボロボロだった。
「あいつら強すぎ!逃げないと死ぬのはこっちだってのーー!!」
金宮達三人はその会話を見守っている。ここで戦えば死人が出そうなのでできれば退いて欲しかったからだ。
「さっさと失せろ、そっちの蟲使いはもう死にかけだぜ」
金宮達の後ろから、大和田が何かを投げつけた。それは、文字通り瀕死の異世界人だった。
「な……!?」
リアと呼ばれた少女は小さな水晶を砕いた。すると、異世界人の周りにそれぞれ魔法陣が展開される。
「またお会いしましょう。ごきげんよう、『帰路の群星』の皆さん」
「優雅な逃げ方だな、雑魚のクセに」
大和田が呟いたところで、彼らは消えていった。しかし、まだ虫の脅威は健在だ。
「大和田氏、複数の虫相手は流石に分が悪いので下がった方がいいですぞ」
「スキルも上手く使えねぇし、もう少し回復が必要だな」
先日、身体に竜皇を宿した影響なのか、大和田には後遺症が残っていた。
「伊澄氏〜、あいつら一掃しちゃいますぞ」
「分かった。何をすればいい?」
しばらく二人は作戦会議をすると、伊澄は目を丸くした。
「そんな事もできるのか…?!」
「じゃ、さっそく頼みますぞ」
伊澄は呪文を唱え、蝗害を囲むように結界を作った。
「さてさて……うまくいくかどうか。"空気錬成"」
結界内上層の空気がふわりと陽炎を発生させる。この技は、錬金術の成分操作を応用し、物体の温度を強制的に移動させる。その結果、下層の気温が急激に氷点下へと急降下し、やがてバッタも温度を奪われて凍結する。
「中のバッタが凍ってる……!!」
輪田から指示を受けて虫の動きを操っていた傀儡師の鈴木は、感嘆した。
「ふっふっふ、所詮は虫ですぞ。気温が下がれば消化器官は弱体化し、身体は凍りつく。一網打尽ですな」
「結界は外的要因で術が失敗するリスクを減らしたということか」
「その通り。空気と温度の流出を止める役割ですぞ。バッタの出入りは自由ですが、結局のところ入ったら即凍死して出られませんからね。」
急激な温度変化により、バッタ達は増えることなく凍死していく。オリアナはその光景を見て、呆れることしかできなかった。
「あんな大規模な結界を簡単に張ったり…めちゃくちゃだぞ……!」
「こうなったらもう作業だな」
休憩で後方から見ていたオリアナの横に、大和田が座った。
「カツミ!お前も戻ってきたのか!?」
「ああ、でもまだ本調子じゃねぇんだ。結界に追い込むように虫と戦ってくれるか?」
「わかった、アタシに任せてくれ!」
オリアナの指示通りに冒険者たちは動く。彼女の統率力はかなり高いようだ。だが、長時間からの戦闘で疲れているようで、再び陣地後方に座り込んでしまう。
(例の話をしようと思ったが、やめとくか)
「ん、どうしたんだ?」
「いや、なんでもねぇ。後でもいい話だから、今度組合に顔出すぜ」
「いっぱい仕事溜まってるからな、それも受けていけよ!」
大和田たちが現着してから、数時間でイートホッパー約一万体が倒された。被害は軽微だったが、冒険者数人が再起不能のケガを負ってしまったようだ。
ーーーーー
「痛い痛い痛い!」
「うるさいですわね、少しは我慢しなさいな」
「その重力で止血するやつ、痛いし全然止まんないからやめてよ!」
浮島まで空間転移したリアとその一行は、それぞれ手当てをしていた。まさかここまでの反撃を受けると思っていなかったので、回復役を連れていなかったようで、包帯やポーションで応急処置をしている。
「全く、とんでもねー集団だよ……クラス転移であそこまで強くなるのって、珍しすぎねぇ?」
「集団で力を手にすれば、傲慢になって努力を怠るのが常だが、何かこれを破る出来事があったようだな」
始末書をつけたり、報告書を書いたり、大忙しである。ファルコは怒気こそ帯びていたが、仕事は丁寧にこなす。
「てか何なんだよ、あの魔法使い!?魔力が巡ったと思ったらいきなり爆発したし……初めてみたわあんなインチキ技!」
菖吐は絶えず愚痴を漏らした。自分が瞬殺されたのがよっぽど不満なようだ。
「きっと強い親和性のあるスキルを所持してるんでしょう。ちなみに私の"観察眼"によると、貴方がやられた相手は錬金術師ですわ」
「知り合いに錬金術師の奴は居るけど、そこまで戦闘向きの技なんか持ってなかったぞ」
敵の能力について考察しつつも、やはり全員悔しさをにじませていた。
「お嬢様、これからいかがいたしますか?」
「とりあえず本国に戻って、"備前"の指示を仰ぎましょう。彼らは連邦の大きな障害たりえる存在ですわ。早々に潰さなければ……!」
浮島からやってきた彼女たちは、再び彼らのもとに現れるだろう。




