3話
生産職の訓練が終わり、一足先に部屋に戻った輪田は、パチコに不思議な形の木箱を差し出していた。
「ほらパチコ氏、できましたぞ!」
「なんすかこの箱…家?」
「パチコ氏も女性ですし、プライバシーは重要でしょう。作っておきましたぞ。いつぞやかの作品創作を思い出しましたなぁ」
「すげぇ…家具まで置いてある。ってなんだコレ!」
「あ、それは服ですぞ。人形の時の要領で作ったんですよ。小さいパチコ氏には粗い生地はキツイのではと思い、錬金術でめちゃくちゃにツヤツヤな布を作ってみたのですよ…」
「おいオタク野郎。コレまで作ったのか?」
パチコが顔を赤くして握っていたのは下着だった。
「ハッ…つい夢中になって作ったものを隠すのを忘れてましたな。」
「おいおい輪田、お前は女物の下着まで作れるのか?」
後ろからいきなり話しかけたのは大和田だ。大和田は小さい服やら何やらを見ながら、感心したようにそう言った。
「大和田氏、いつからいたんですか?」
「さっきだよ。にしても器用だな…」
「変だとは思わないので?」
「別に。勝手にすればいい、人の好みだろ?」
「大和田氏…!」
輪田は俺に対して尊敬の視線を向けた。
「アタシはキモいと思…ひゃぁ! 」
空気を読まない輩を鷲掴みにして持ち上げた。
「てめぇはもう少し気を使えよ…!」
「うわ…アニキの手、大きいな!アニキに包まれてる…」
「……このまま握り潰すぞ、お前」
「ごめんなさいごめんなさい! 」
「まあいい、とりあえずこれで不便なことはないだろ」
手から降ろすと残念そうな顔をしたような気がするが、言葉のナイフを収めてくれたようだ。というか、謎にファッションセンスのある服に、パチコは少し驚いていた。
「まぁ、そうですね。ありがとな、オタク!」
「いえいえ、どういたしまして。何か要望があれば応えますぞ」
輪田とパチコはまた何か相談を始めたようだ。
ーーーーー
翌朝。大和田はいち早くランニングを始めた。相変わらず教官に目をつけられておりノルマが他の人よりも多かったが、本気で走って誰よりも速く終わらせた。
「おい、約束忘れてねぇだろうな」
昨日の約束通り、大和田は昼食前に食堂にやってきた。
「元気だねぇ、若者は。おみそれしたよ。食堂は自由に使いな。」
今日の食材を見ると、やはり芋。見た目はジャガイモだが、味も一緒なのか?それと、大量の肉の…切れ端。パンもある。
すると、オバサンが油を運んでいた。
「おい、なんだそれ」
「コレかい?油だよ。錬金術用果実の残りカスさ。使い道がほとんど食用しかないから多過ぎるし捨てるよ」
「よこせ」
「こんな量の油、どうするんだい。火遊びなんてしたらしばくよ。」
「しねぇよ。ガキじゃねぇんだ」
鍋に油を入れ、棒状にカットしたジャガイモをぶち込んだ。肉はハンマーでミンチに変え、形を整えた。焼いた肉とポテトに塩を振り、肉を野草と一緒にパンに挟む。
「チッ、調味料が全然ねぇな…」
「そんな贅沢品あるわけないだろ」
「うるせぇ、独り言だよ。んなことわかってんだ」
何はともあれ正真正銘ハンバーガーの完成である。オバサンも途中から手伝い出したからか、ここを使う人数分できた。
「やるねぇ、ガキのくせに」
「フッ、食ったらもう舐めた態度取れなくなるぜ」
「…その顔で言うと毒が入ってるみたいだね」
(そんな怖いか?笑っただけなんだがな……)
「「ハンバーガー!?」」
クラスメイト達が遅れて、というか普通の時間に来た。
大和田も口にする。シンプルな味付けだった。しかしあの囚人見たような飯よりは断然マシだと及第点を出す。
ポテトに関しては完璧。素材自体がファンタジーなものだったのか、前の世界のやつより美味い気がした。
午後の訓練は皆心なしか昨日より元気に行った。
大和田の料理話が伝わったからか、他のクラスメイトも早く食堂に来ると決めたらしい。依然大和田と彼らの距離は縮まらないが、少しは印象が変わっていたら重畳だと大和田は思った。
ーーーーー
訓練、飯、睡眠。そんな日々がしばらく続いていたが、遂に次の段階を迎えた。
「今日からは午前の訓練を簡素化し、戦闘訓練を行う。訓練で優秀だった者には褒美をくれてやる」
戦いに対して意欲のなかった者も、この一言で目の色を変えた。
「褒美だってよ」
「なんか貰えるのか…?」
「どうせ大したもんじゃないだろうが、少しはやる気が湧いてきたぞ」
くじ引きを引いて、相手を決めるようだな。大和田の番になると、異世界の言語で読みにくいが、8と書いてあった。
「私の相手はお前か、大和田勝海」
(こいつは…誰だったかな)
「あぁ」
「知らないだろうが、私の名前は伊澄灯香だ」
伊澄はこちらを睨みつけていた。 身に覚えのない感情を向けられて、大和田は少し困惑した。
訓練用結界とやらに二人きりで入れられた。ここでは殺し合ってもギリギリで死なないらしい。
「何でガン付けてんだ?」
「それは、お前が不登校だったからだ!!」
「はあ?意味が分かん……」
「訓練、始め!」
伊澄は長剣を持って綺麗な足取りで近づき、殺意ビンビンで斬りかかる。
対する俺は…訓練用の刃のついていない片手剣。死なないにしても人を斬るのはいい気持ちはしないので、あえてそれを選んだ。
大和田は真っすぐに向かってくる剣を力の方向に合わせてそらし、回避した。
「容赦ねぇな、オイ」
「それはお前が不登校だったからだ!」
「だからなんなんだよ、その理由はァ!?」
「ふん、お前が勝ったら教えてやる。まあそんなナマクラを持ってくるような奴に負ける気はないがな」
その一言が仮にも喧嘩に明け暮れるヤンキーだった彼の闘争心に火をつけた。
「言ったな?わかったぜ。ナマクラじゃなくて俺の武器を使ってやるよ。」
大和田は武器を伊澄向かって投擲した。そして向けるのは…拳。
「後悔するんじゃねぇぞ…!」
大和田は真っすぐに走った。
「馬鹿なヤツだ、そんなやり方では私の剣を崩せるわけがないだろう!」
「あぁ、オマエの予想通りならな」
強く脚に力をいれ横へと移動する。そのまま訓練用結界を伝って走り、死角から距離を詰めた。
「お前の自慢の構えがガラ空きだぞ」
「グッ…!」
腕、手首、腹。剣を構えるうえで大切だが脆弱な部位に拳を打ち込む。大和田の徒手空拳のスタイルは召喚前の世界で既に確立されていた。何を持っていても絶対に怯まず、相手の攻撃手段を多種多様な方法で潰しにかかる。
「ま、まだまだ…!」
「いや、俺の勝ちだ」
剣を蹴り飛ばし、服の胸元を掴んで地面に叩きつけた。
「残念だったな、俺とオマエじゃ踏んでる場数が違ぇし、まあ仕方ないけどな」
観戦していたクラスメイトを見ると、ドン引きしていた。だが仕方ない、伊澄が喧嘩を売ったので変に血が騒いでしまったのだ。
委員長は伊澄に駆け寄ると、あざができた様子を見て、大和田を睨む。
「こんなに殴るなんて…」
やりすぎた自覚もあるので返す言葉が見つからなかったが、謝る義理もなかった。
「チッ…悪かったな」
雰囲気に耐えられず、大和田はそれだけ言ってその場を逃げるようにそそくさと去った。
ーーーーー
学級委員長である今田真白は、今さっき不良の大和田に負けた伊澄を介抱していた。
「ありがとう…真白」
「うん、全然大丈夫だよ。気にしないでね」
今田は怪我を見つめて違和感を感じた。
(あんなに連続で殴ってたのに、顔に一つも傷がない…どうして?)
よく見ると、アザができるような攻撃は目立たない場所にしていることがわかった。
「やっぱり…」
背中を見せて歩いていく大和田を見つめて、今田には何故か、その後ろ姿に少しだけ寂しさが漂っているように思える。
ーーーーー
その後の戦闘訓練は大和田にとってつまらないものだった。伊澄はクラスの間で人気だったようで、あとから戦ったクラスメイトは激昂して襲ってきたからだ。
どいつもこいつも真っすぐ襲ってくるので、手首を蹴って武器を飛ばして顔面を殴ったら終了。
(次が最後か。)
「大和田、なんであんなことしたんだ!女の子をあんなに殴ることないだろ」
金宮颯、職業は勇者だ。
「うるせぇよ、そういう訓練だろうが」
「だからといって…」
「お前はナイフを持ったやつに襲われたことがあんのか?」
「え?」
「正義感があるのはいいが、お前は自分だけが正しいと思ってんのか?」
「そんなこと思ってない、ただお前は…」
「結局躊躇ったやつが死ぬんだよ。仮にも俺達は戦争に行くんだろ。てめぇの価値観を俺に押し付けるんじゃねぇよ。」
金宮は両手で持った大剣をこちらに向けた。
「僕が勝ったら伊澄さんに謝れ!!」
恐るべき早さで迫ってくる剣に大和田は度肝を抜かれた。
「あ、危ねえ、バケモンじゃねぇか…」
足の踏み方が下手だったお陰で避けられたが、さっき戦ったクラスメイトと比べると地の力が桁違いだ。いや、他にもマシなのがいたはいたのだが、場馴れしていなくて一歩踏み込めないまま負けていった。ただこの尋常ではない速度は…
「能力ってやつか…!?」
大和田は知らないが、確かに金宮の常軌を逸した速度は金宮のスキルによる効果だ。その名も…
"勇者専用スキル:剣の舞"
剣を持っている間、攻撃、速度のステータスが極大アップするのだ。
大和田は防戦一方になった。ズブの素人相手にパワーでごり押しされるなど、経験したことがない怖さがあった。
「これはヤバいな…」
「いつまでも避けていられると思うなよ!」
既に敗北の二文字が頭に浮かんでいた大和田は一大決心をした。持てるスキルを発動し、最適の形で相手の攻撃を受けきったのだ。
「はぁ、はぁ…どうだ…」
本来ならここで大和田は終わりだ。しかし、彼にはこの状況を覆すスキルがある。
男らしく攻撃を受け止め、更に立ち上がった。ここでの彼の状態は…
「カッケェ、だろ…?」
能力"ツッパリ"が発動し、彼に発現した謎のステータス「カッコよさ」によって攻撃力がみるみる上がっていく。
「うおおおおおおりゃぁァ!!」
腰を入れ、力の限り放った拳が金宮の頬を穿つ。訓練結界を貫通し、金宮は訓練場の壁に激突した。大和田は満身創痍である。
「見たか、バカ野郎…!」
そういってバタリと倒れ、気を失ったのだった。
「すげぇ、あの金宮に勝ったぞ…!」
「ヤンキーが勇者に勝つってそんなのありか?!」
「やべー!!惚れたわ、男だけど惚れたァ!」
訓練場は大騒ぎだ。グレンダールの兵も素晴らしい試合に興奮冷めやらぬ様子だった。
「ちょっと男子!早く金宮君を運んでよ!」
そう言いながらも、女子たちは大和田を優先して運んでいった。
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