キラキラおめめ
だいきの傷は深いのだろうか。いつまでも自分の手を見つめたまま動かない。
あんなに体格も大きくて、体力もあるんだ。どうにかなるだろう。
僕はだんだん力んでいるのも疲れてきた。それにちょっと寒い。
低くしていた体勢を崩して、ぺたりと床に座る。フンっと鼻でため息をついた。
本当はふとんに戻って眠りたいかもしれない。
ソファに移ろうかとも思ったが、だいきに近づきたくない。
このままふて寝してしまおうと伏せったが、寝顔を見られるのも嫌だ。
前足にあごをのせ、あくびを一つした。だいきを視野に入れつつ、そっぽを向いた。
窓の向こうに見える月を眺めながら、だいきが寝てしまうのを待っていたが、僕のほうがさきにうとうとしてしまったようだ。
気づくとだいきがベッドからおりて近くまで来ていた。
しまった!と思い、体を起こしかけたが、手が届かないくらいの距離を残してだいきが立ち止まり、座り込んだのを見て、再びふて寝のポーズをとる。
ちらっとだいきの手を確認したが、どこに傷があるのかよく分からなかった。大したことなかったみたいだ。ちょっとほっとして、申し訳なさが吹き飛んだ。思いっきりそっぽを向いて、あくびをする。
「しゅん、いきなり悪かった」
だいきがやっと口を開いた。謝罪からはじめたことは褒めてもいいい。
「あそこを立たせるのは、ハイエナの挨拶みたいなもんで。……でも、そんなこと言ったら、来なかっただろ。おふくろも顔を合わせるだけで、許してくれる可能性も全くないわけじゃないし……」
真面目に説明してきた内容に、びっくりして、ビクッと体が動いてしまった。気まずすぎて、モゾモゾと体を動かして、気持ちを落ち着かせる。反応したら負けだ!
そんな常識、説明もなしに、他の種族を巻き込むなんて。信じられない!
「なあ、機嫌なおせよ……」
だいきの声が小さくなった。そしてまた沈黙に包まれた。
それだけかよ。もっと他に何か言うことないのか。僕は何を言って欲しいんだろ。
何を言われても腹が立つ気がするけど、こんな短い説明だけじゃ気が収まらない。
ぐるぐると考えていた間も、だいきからは動く気配が全く感じられなかったので、気になって前足からあごを離してうかがい見ると、だいきは深くうなだれていた。耳も重力に完全降伏し、だらりと垂れ下がっている。座り込んでいるのでわかりずらいが、しっぽもすっかり元気をなくして地面に張り付いているようだ。
とたんに胸が苦しくなった。
僕が動いたことに気づいただいきが上目使いでこちらを見た。
あんなに大きな図体でそんな目つきをしたら、ただただにらみを利かしていることになると思うのだが、それだけ背中を丸めているということだろうか。
僕も犬になっていて視線は低いのに、なぜか見上げられていると思った。
ハイエナこわいイメージも強いが、目がたれ目の分、傷ついた顔が得意なのだと思う。つぶらな双眸がキラキラと輝き、良心に訴えかけてくる。こうして落ち込まれると、かなわない。自分が悪いことをしたような気分になってくる。
いや、駄目だ駄目だ。そうやって騙して上手い事やるのがハイエナじゃないか。
完全に向こうが悪いのだ。毎回毎回同じ手にのるもんか。
僕はだいきから目をそらして、ふて寝に戻る。
ぎゅっと体を丸めて完全拒否モードに突入しようとした。
だけどたぶん、僕は顔に出してしまっていたんだと思う。気持ちが揺らいでいるのがだいきにばれたのだ。
すぐにピーとかキャーとかという音がして、うっかり少し振り返ると、だいきがハイエナの姿になっていた。
ぎょっとした。
普段なら少し怖いと思ってしまうところだが、なんと香箱座りをしているではないか。
ハイエナになったことで、髪の毛がなくなり、より耳が垂れているのがよくわかる。
口も閉じて牙も見えず、足先も折りたたんで爪も見えない。
ああ、目にどうしても視線がいく。
そんな顔で見るなよお。
思わずつられて耳を下げてしまった。
追い打ちをかけるようにだいきがあごを地面につけた。
もうまるでつちのこだ。目も涙目になったように見える。
完璧な上目使いを見せつけられて、がっくりとうなだれた。ずるい。
こわもてと呼ばれるだいきがこんな顔をするなんて、思わないじゃないか。なんでかわい子ぶるのが、必殺技みたいになってるんだよ。僕がそれに弱いから合わせているのだろうか。他の人相手には、怖い顔して押し切るのかな。
ためいきをついて顔をあげると、しっぽを振って、だいきがそろそろと近づいてきた。
逃げずにそのままでいると、ドサリと乗りかかってきた。
うわっ。支えきれずに倒れ込む。そんな僕に構わず、だいきはごしごしと頭を押し付けてくる。
僕がどうにか起き上がろうともがいていると、今度は首に噛み付いてきた。
この野郎っ。あんまり調子に乗るなよっ。
ガゥッ
軽く威嚇するが、ハイエナになってもだいきは重い。そして落ち着きがない。
ゴワゴワした毛むくじゃらに、もみくちゃにされる。
結局、僕はされるがまま、諦めて寝そべるのだった。