ガルガル反抗期
目を開ける。頭はぼんやりとしている。体はだるい。
あたりは真っ暗でよく見えない。夜だろうか。
僕が寝そべっているところはふかふかで、毛布がかけられているらしい。
そして背中があったかい。
しばらく目を開けたまま、ぼーっとしていると、体の様子がおかしいことに気づいた。
そういえば、さっきからマズルが視界に入っているな。
いつもより体を丸くしていても苦しくないな。
ヒクヒクとわざと鼻を動かして、毛布のにおいをかいでみる。
あっ。
かぎなれたにおいがした。すぐに顔が浮かぶ。
すぐに今までの出来事を思い出し、カッと頭に血が上った。
ガバッと立ち上がると、案の定、僕は犬の姿になっていた。
いつぶりだろうか。獣人は心身ともに疲労がたまると、こうして獣の姿になってしまう。しかし、疲れているなと思ったときに、自分の意思で犬になることはあっても、今回のように知らないうちになってしまったのは、小学校の低学年のときが最後だった。
僕は中型犬なので、立ち上がっても、それほど視界は変わらない。
ここはどうやらあいつのベッドの上のようだった。毛布だけでなく、部屋じゅうにあいつのにおいが充満している。
立ち上がったときに背中のあったかいものに、思い切りぶつかってしまったが、どうでもいい。
恥ずかしさと怒りで、体中が熱くなっていた。
いきおいよく振り返ると、予想していた通り、あいつがいた。
僕がぶつかったときに目を覚ましたのだろう。こちらに背を向けたまま、座りこみ、頭をかきながらあくびをしている。なんてのんきなやつなんだ。
お互いの獣姿を見せあったことはあるが、随分前のことだ。犬の姿で人の姿のダイキに対面すると、いつもよりもずっと大きく感じる。だが、今はそんなことにひるんでいる場合ではない。
こちらが起きたことに気づいているにも関わらず、なかなか振り向かないダイキに、血が沸騰しているかのような感じがした。全身の毛が逆立つのも分かった。
口角が上がり、マズルにしわがよる。牙がむき出しになる。ヴウウという音が口からもれた。
体勢を低くしたところで、やっとダイキがこちらを振り向いた。
ヴヴ~、ワンワンッ、ワンワンッ
何するんだ!いつもいつも言葉が足りないんだよ!この野郎!
いつもと変わらぬ顔をしているのが憎たらしくて、不満を全てぶつけた。
声がどうしても恐くなりきれない。悔しい。
シーツに爪を立てて、精いっぱい威嚇しているのにも関わらず、ダイキの表情はいつまで経ってもあまり変わらなかった。くそっ。そういう奴だよお前は。
吠えるもの疲れて、ヴ~ヴ~とうなっていると、僕の怒りが収まったと勘違いしたのか、ダイキが手を伸ばしてきた。
ガゥッ
まだ許さないぞっととびかかって噛み付いた。
「痛っ」
ダイキがようやく表情を変えた。小さな満足感が広がる。まだまだやるか!と再び体勢を低くしてうなっていると、ダイキの手から血が流れているのが見えた。
やりすぎた。
皮ジャンはもう脱いでパジャマだった。牙をふせぐものはない。
見上げると、顔をしかめているダイキと目が合った。
途端に申し訳なくなって、頭が冷える。低い体勢のまま、しっぽを足の間にしまいこんで震えた。
でも、お前が悪いんだぞっ。
いても経ってもいられなくて、僕は逃げ出した。
といっても部屋からは出られないので、部屋の隅に避難する。
ダイキは追ってこなかった。
部屋の隅で警戒態勢のまま、様子をうかがっていると、ダイキは傷をなめて血をとめているようだった。
夜中に何をしているんだろう。僕が吠えるのもやめると、部屋はしんとした静けさに包まれた。