ピチピチお洋服
「しゅん、そろそろ起きろ」
ゆさゆさと、体を揺すられて目を覚ました。
ベッド脇にだいきが立っている。そうだ、だいきの家に来たんだ。
でっかい家のでっかいベッドで二人で寝たんだった。
目をこすりながら起き上がると、良いにおいが漂ってきた。
向こうのテーブルの上には朝食が用意されているらしかった。
だいきに場所を教えてもらいながら、顔洗って朝食にありつく。
トーストと目玉焼きという普段も食べているようなありきたりなメニューだったが、豪邸の広い部屋で食べると、なんだかすごく良い物な気がしてくる。
「今日、何時からお母さんに会うの?」
「午後だな。ちょっとそこらへん案内するから」
「良かった。あとさ、何も用意しなくていいって言ったから、本当にそうしたけど、挨拶するときの格好って普段着で大丈夫だった?」
「ああ、それもこっちで用意してある」
「なんだ、早く言ってよ。余計に緊張したじゃん」
僕はすっかり安心した。挨拶なんてすぐ終わるみたいなことを言っていたし、家が広いから挨拶するとき以外はだいきの家族と鉢合わせることもたぶんない。半分仕事を終えたようなそんな安心感に浸っていた。ひと眠りして体力も回復していたので、清々しい気持ちで散歩に出かけたのだった。
庭もとても広かった。だいきが外で昼めしを食おうというので、ピクニックどころかキャンプ気分で、なんと焚火を囲んで肉焼いて食べた。
やって来た目的を考え直す暇もないくらい最高で、真昼間からマシュマロを焼いて、だいきが差し出してくれたビスケットに挟んで食べた。でも後から考えるとこれはだいきの作戦だったのだと思う。
僕に考える隙を与えないためのごちそうだったと思うのだ。
満腹になって、一息つこうかというときになって、だいきはいきなりてきぱきと動き出した。
ジェントルマンモードになっても、相変わらず口数が少ないので、その行動から意図を読み取ろうと、じっと見ていると、こちらに気づいただいきがやっと口を開く。
「そろそろ時間だ。焼き肉のにおい付いちゃったし、ちょっと急ぐぞ。しゅんは先に部屋に戻ってシャワー浴びていてくれ」
いきなり顔を引き締めただいきの剣幕と、焼き肉食べている場合じゃなかった、という焦りで、僕はあわてて部屋に駆けこんだのだった。
「服、そこに用意してあるから着替えててくれ。ドライヤーはそこ」
浴室から出た僕と、入れ違いにだいきが入って来た。裸を見られて驚く暇もなかった。
鉢合わせした瞬間、バスローブのようなものをかけられたから、あまり見られていないと思う。
とにかく急がなくては。僕の頭はそれでいっぱいだった。
体を拭いて、髪を乾かし、用意してあるという服を見つけた。
上着と、インナー、パンツとブーツまで置いてあった。
インナーは白かったが、他は黒い。
それにテカテカしてる。
自分では絶対選ばない服だ。だいきはおしゃれだが、だいきの普段着ともちょっと雰囲気が違う気がする。
それに同じ服がサイズ違いで2セット用意してあった。
つまりこれはおそろいというやつではないか。ハイエナ族の制服かなんかですか。女の子だったらどうしていたんですか。服に手を付けられない代わりに、頭が働き出した。
洋服の前で固まっていると、浴室のシャワーの音がやみ、だいきが出てきた。
「どうした?時間がないんだ。さっさと着てくれ」
そういってタオルで頭をゴシゴシしながら、ドライヤーのほうに向かってしまう。
僕はしぶしぶ袖に手を通したのだった。
レザーパンツなんて履いたことなかったが、思ったより生地が薄い。恥ずかしい。
こんなに体のラインが出るような服を着たのは、はじめてじゃないだろうか。
「本当にこれで大丈夫なの?」
部屋にあった鏡に自分の姿をうつして確認していると、着替え終えただいきが隣に並んだ。
「大丈夫だ。これはうちの正装みたいなもんだから」
「え。…そうなんだ」
隣にならんだだいきは体格ががっちりしている分、レザーがよく似合う。
それに比べて僕は服に負けている気がする。服を確認するためにうつむいたのに、なかなか顔を上げられなかった。
「大丈夫だ。似合ってる。ほら、行くぞ」
嘘だ、と言い返す暇も与えてくれず、背中を押されて部屋の外に出た。
「えっ、ちょっと、挨拶って結局どうすればいいのっ」
どれだけ急いでいたとしても、一度くらい練習させてくれると思っていたので、もうパニックだ。
だいきはだいじょうぶ、だいじょうぶと僕の肩をぽんぽんと叩くばかりで相手にしてくれなかった。
「すぐに終わるから」
最後に一言そういうと、正面を見たまま、まるで戦いに行くような怖い顔になった。
僕はその一言を信じて、ついて行くしかなかった。