ぐずぐず相談会
だいきと肩を組んだまま帰宅する。
はやともだいきも家に来たことはあるので、僕はだいきがずんずん進んでいくのに身を任せるだけでよかった。風も当たらないし、背中を押されているようなものなので体も軽い。快適だった。
目をつぶっていても家にたどり着けそうだ。このまま寝てしまおうか。
先ほど驚きで吹き飛んだ眠気が再びやってくる。
そういえば相談ってなんだろう。飲み屋で落ち込んでいたことと関係があるのだろうか。
だいきは駅をでてからずっと無言だった。
自分の目を覚ますためにも、だいきに話かける。
「相談って、なに?」
だいきは僕より頭一つ分背が高い。見上げると、だいきは顔をのけぞらせて大きく息を吐いた。
寒さで息が白くなる。煙でも吐いたように見えた。
だいきは何か決心したように正面を向くと、口を開いた。
「この冬休み実家帰るっつったじゃん」
「うん」
「おふくろに恋人の一人でも連れてこいって言われててさ」
「うん」
そこで話は途切れた。
「あれ、りんちゃんは?」
僕は数カ月前に耳にしただいきの彼女さんの名前をだしてみた。
「別れた」
「そっか」
あらま。余計なことを言ってしまったなと思い、首をすくめた。しかし、肩が重たくて思うように上がらなかった。だいきの腕がのっていることを思い出す。恥ずかしくなって、こっそり舌を出した。もう何も言うまい。
だいきもまた黙ってしまった。黙々と二人で歩く。
何だか気まずい空気のまま、僕の家の前についていた。
相談終わったのかな。どこまでついてくるのかな。
コーヒーとかあっただろうか。コンポタでいいだろうか。
僕の頭の中はぐるぐると渦巻く。体はぎくしゃくとしか動かず、なんとか、エレベーターのボタンを押した。三階なので、あっという間についてしまう。
廊下は狭いので、だいきは自然に僕の肩に回していた腕をほどいた。それでも後ろからついてくる。
僕の頭は動き疲れ、もう考えるのをやめていた。
鍵を開けて、ドアを開く。
「ただいま~」
電気をつけて、壁に手をつき、靴を脱いだ。
背中からびゅうびゅう冷たい風が吹き込んでくる。だいきがドアを押さえてこちらを見ていた。
「寒いからドアしめて、話終わってないなら寄っていけば」
だいきは無言のまま、入ってきた。
キッチンの戸棚をあけると、案の定コーヒーは切れていた。湯を沸かし、二人分のコンポタを用意する。だいきに適当に座るようにうながした。
向かい合って僕も座る。だいきは黙ったままなので、とりあえずコンポタに集中する。
ズズーっとすすると、温かさが身に染みた。ふやける前に食べてしまおうとクルトンをスプーンですくう。サクサクとした食感に満足する。ちらりとだいきを見るが、むっつりと黙っている。
まだ時間がかかりそうだなと、また一口、コンポタを口に含んだ。
「しゅん、恋人のふりをしてくれないか」
ぶっ。
ごほごほっ。
突然、衝撃的なセリフが聞こえて来て、思わず噴き出した。熱いコンポタが気管に入りそうになって、むせる。だいきがティッシュを差し出してくれる。
「なんだって?」
やっと落ち着いて、空耳であってほしいという願いを込めて、僕はだいきに聞き返した。
「恋人のふりをしてくれないか」
……空耳じゃなかった。
「僕、男なんだけど」
「知ってる」
そりゃ、知ってるだろうけど。だいきが何を思ってそう言っているのか分からなくて、しばし見つめ合ってみる。だいきはいたって真面目な顔をしていた。
「相談ってそれ?」
「ああ。おふくろに会って、ちょっと挨拶してくれるだけでいいんだ」
「だいきモテるじゃん。女の子すぐ見つかるんじゃない?」
「いや、しゅんにお願いしたい。女子はもう疲れた。実家なんか連れてってみろ。めんどくさいことになるだろ」
疲れた、だって。どれだけモテればそんなことが言えるのか。
しばらく前にだいきの元カノが数名バトルを起こしたという噂が流れたのを思い出した。
あれは本当だったのだろうな。
僕は可愛い彼女が欲しい。少々むかついた。
「今回は連れて行けませんって、おふくろさんに言えばいいんじゃない?」
「それは無理だ。おふくろが恐いって話は散々話してやっただろ。断ったらどうなるか。逆に今回適当に顔見せできれば、もうほっといてくれるんだ。頼む」
だいきの母親の武勇伝は、確かに飲み会でよく聞いた話だった。近所のヤンキーをやっつけたとか、学校に乗り込んで規則を変えさせたとか。言うことを聞かないとめちゃくちゃ怒られ、小さい頃から家事や女の子の扱い方をしつけられたとか。とにかく強そうな母親だという印象だ。だいきがやたらモテるのも教育のたまものなのかもしれない。男同士でいると分かりづらいが、とても優しいとの評判だ。
どうしようかと迷っていると、だいきがおもむろに立ち上がり、テーブルの横にひざまついた。
びっくりしている間に、手をついて頭を下げてしまう。
「え、ちょっと……」
「この通りだ。頼む」
「やめてよ」
だいきの肩に手を置いて、何とか顔を上げさせようとするが、体格が違いすぎてびくともしない。
行くというまで、動かないつもりらしい。
「本当に挨拶だけでいいの」
「ああ」
「ほんとの、ほんと?」
「ああ。旅費もこっちで出す」
金がない、とも言えなくなった。自分の実家に帰るか迷っていると飲み会で言ってしまった。もう断る理由も思いつかない。ずっとだいきが頭を下げているので、早く結論を出さなければいけないような気がしてくる。僕の頭はどんどん真っ白になっていく。僕はまた思考を手放していた。
「挨拶だけなら……」
ガバっとだいきが勢いよく顔を上げた。
「ありがとう!」
「うわっ」
だいきが覆いかぶさってきて、抱きしめられた。力が強すぎて息苦しい。
「本当にありがとな」
今日一日だいきはずっと眠そうな顔しかしていなくて、いつもだって目つきが悪い方なのに、まるで子供のようににっこりと笑顔を向けられた。思わず見とれる。しばらく忘れられそうにない。
自分が何を承諾したのか、もうよく分からないが、こんなに喜んでくれるなら、まあいいかとそう思ったのだった。